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65.バカ担当と非実在ネコ


「ラララ、ラ~~~~♪」

 学園祭実行委員長と打ち合わせがしたかったんですが、演劇部舞台となる講堂にいるって聞いたんで、行ってみると、バカ担当ピカールが舞台の上で猫と踊ってました。


 ……いや、なんちゅうかね、黒猫を胸に抱え、その前脚を左手で小さく握って、クルクルステップを踏んでるんですよ。

「ああ、リンスくん、なにをやっているんだ。早く来てくれないとぼくはこの気持ちを抑えきれない。きみと踊りたいというこの衝動が! ラララ、ラ~~~~♪」

 安定のバカっぷりです。隠す気ゼロですか。さすがです。


「ピカール様、あの、練習でしたら私がお相手しますが」

 見かねた演劇部の女子部員が申し出ます。

「ありがとう、子猫ちゃん。でも今のぼくは、もう少し、この小さなレディと踊っていたい。彼女の体温、息づかいを感じていたいんだ。それはきっとぼくのインスピレーションを刺激する。見えるかい? ぼくに、今まさに舞い降りようとしている天使たちが!」

 メスだったんですかその猫。

 くるくると回って足を後ろに延ばして身をそらしピクチャーポーズ。

 いや猫は猫背だからそのポーズはきついと思うよピカール。ほら、暴れ出して手から逃げちゃったじゃないですか。

 ひゅんひゅんひゅんっ! さすが猫。逃げ足の速いことったら。


「ああああ……。残念。ラストダンスから逃げるきみはまるでシンデレラ。きっと捕まえて見せるよ」

 手を伸ばすな手を。猫の迷惑考えろ。

「最近どこでも見るなあ、あの黒猫」

「やあ、永遠のぼくのライバルにして、ともに競い合うことを運命づけられた親友のシンくん、ぼくの華麗な舞台を見学に来たのかい?」

「勝手な設定やめて。君、演劇部に入ったんだったね。どう調子は」

「なにもかもが順調さ。しかしぼくが目指すものはパーフェクト。その高みはどこまでも限りがない」

「そりゃ心配だ」

 その情熱、斜め上の暴走しなきゃいいですが。

「演劇部長、本当にコイツが主役でいいの?」

「もちろんです」と言って、部長が苦笑い。

「(パトロン様ですから)」って小声でささやいてくれます。あー、ピカールの実家の、バルジャン伯爵の全面的なバックアップがあるんでしたか。

 そういや建設中の舞台セット、どう見ても学生じゃない男どもが何人も大工仕事してますわ。大人を使うなよ。学生の本分の範囲内で活動してほしいです。


「ピカール君、何の役?」

「王子様に決まってるよ!」と舞台の上からピカールが返事します。

 どんな王子様だよ。内外に誤解を広めるようなことはやめてほしいです。

「はいはい、不敬罪で捕まるようなことだけはやめてね」

「気を付けます」

 部長さんにそう言われてかえって不安になりました。


「去年の学園祭ではきみとの勝負は決着がつかなかった。残念だったよシンくん」

「勝負って何?」

「忘れたのかい? ミスター学園さ。学園の本当のプリンスは誰か、勝負だ。今年はぼくがその栄冠に輝く。負けないよ」

「本当のプリンスってなんだよ……」

 本物の王子の前で言うセリフかい。

 ミスター学園、去年は演劇部の部長でしたか。そんな称号、のしつけて差し上げますって。


 ここまで、攻略対象にそれとなくヒロインさんの様子を聞いたりしていましたが、コイツには必要ないですね。

 コイツ、ヒロインさんがらみでトラブルが発生すると、なぜか真っ先に僕の所に来ますもんね……。


 実行委員長がいましたので、部長さんと交えて話します。

「上演時間はどれぐらいになるでしょう?」

「えーと、実は通し稽古を一度やらないと不明でして。一時間半はかかると」

「そんなに長いセリフ覚えられるのかねピカール……。なるべく早くご連絡ください。プログラムの作成に関わりますので」

「善処します。今週中には何とか」

「頼みますよ」



 講堂を出ます。

 うーん! 外の日差しがまぶしい!

 ふと横を見ると、ハーティス君がいました。

 うずくまって、黒猫を相手に話してます。小脇に丸めて抱えているのは文芸部のポスターでしょうか。

 話しかけようとして近づいたら……。


「ふふ、君の黒い毛並みは、まるであの人のようにツヤツヤだね……」と言って、撫でまわしています!

「僕の片想い。報われない恋。僕は王子様にはなれない……残念だけど」

 こ、これはダメだ。聞いたらダメなやつだ!


「でもいいんだ。僕はあの人のそばにいられれば、それでいい。あの人の声、あの人のつややかな黒髪、あの人の笑顔、たとえ手に入れることはかなわなくても、僕は近くにいられればそれで……」

 なんでこの猫を前にするとみんなポエマーになるんですか。

 僕はハーティス君に気付かれないように慎重に後退りし、その場を離れます。

 ハーティス君、猫を抱きしめて。

「ああ、セレ…………」


 僕は全力ダッシュでその場を逃げ出しました。

 ごめんハーティス君! なんかゴメン!



 濃いメンズに当てられてセレアで口直ししようと、文芸部の様子を見に行くため廊下を歩いていると、「あ、シンくぅぅうううう――――ん!」って呼び止められました。

 この甘ったるい声はアレですね。ピンク頭さんですねぇ。もう廊下で呼び止めるのやめてよ。バカ同盟の一員だと思われるじゃない。

 後ろに手を回して、上目遣いでそろーり、そろーりと近づいて、ぱっと手を前に出します。しぐさもポーズも、あざといなあ。

「演劇部のチケットです! これをシン君に渡したくって、探してました! ぜひ見に来てください!」って首をちょっと傾けた笑顔満面で。

「ああ、リンパさん、君、演劇部だったんだ」

「リンスです! リ・ン・ス! リンス・ブローバー! シン君ってもしかして頭悪いんですか?」

 天下の学園廊下で堂々と王子をバカ呼ばわりするヒロインさん、いい度胸です。

「そうだっけ? ごめんごめん。……って、ちょっとまって。チケットがあるって、有料でやってるの演劇部?! 有料だったら、悪くて受け取れないよ」

「無料でやってるんですけど、ただ、入場者が毎年凄いので、優先券ですね。ぜひ見に来てください!」

「講堂は全校生徒が入場できるけど?」

「学外からもお客様が大勢見に来ますから!」

 へーへーへー、そりゃあ凄いですねえ。


「ちょっとまって、なんで一枚なの?」

「そりゃあ、シン君に見ていただきたいからです!」

「こういうのって、普通、ペアでくれるものじゃない?」

「ぜひシン君に一人で見ていただきたくて……」

「それは無理だなあ。その間、僕の()()()のセレアの事、放っておくわけにいかないからね。僕たちだってこの学園祭、すごく楽しみにしてるんだから一緒に見て回りたいじゃない。ペアで券くれるんだったら、見に行ってあげられるかもしれないけど、どう?」

「……婚約者でしょ。しょうがないですね」

 あきらめ顔で彼女が券くれます。何気ないやり取りの中で物凄い攻防が行われていることがわかるでしょうか。

「きっとですよ! 絶対見に来てくださいね!」

 まあせっかくです。ヒロインどうこう言う以前に、僕もセレアも舞台は大好きですので、これは見に行きましょう。せいぜい笑わせてくれることを望みます。



 図書室に行きます。図書室が文芸部の部室であり、展示会場になります。

「今年はなにやるの?」

「今まで作った創作紙芝居を展示しますよ」

「やって見せるの?」

「展示だけです。ストーリーやセリフもいっしょに張っておきますので」

 地味だなあ文芸部。ま、文芸部って、そういうものでしょうね。


 みんなが童話や昔話を題材にしている中、セレアの「ピーチ太郎」が異彩を放っています。二百匹の魔物が警戒している魔物ヶ島にピーチ太郎と、犬とキジとサルで海中から上陸して密かに潜入工作し、武器や道具は全て現地調達。四天王と一人ずつ対決してから、最後は魔物ヶ島の魔物たちが極秘裏に開発していた中枢部のメタルゴーレムを爆破ですか。エンディング変わっちゃってるよ……。

 最後、隕石魔法メテオじゃ、犬とサルとキジの出番無いですもんね……。



 自分のクラスの教室に戻ろうと渡り廊下を歩いていたら、黒猫いました。

 にゃーんって可愛く鳴いて、すりよってきます。

「人懐っこいなあ、お前」

 僕もしゃがんで、猫の相手してみるとしますか。

 喉を撫でてやると、ゴロゴロと鳴らして横になります。

「お前、モテモテだな。イケメンに囲まれて楽しかったかい?」

 ふにゃーって、あくびします。

「なるほどねえ、ホントにピンク頭みたいだな、お前」


「シン様! その猫から離れて!」

 その声に起き上がって、ひゅんっと逃げる猫!

 渡り廊下の向こうから、セレアが小走りに走ってきます。

「え、どうしたの?」

 セレアがにらむように猫が走り去ったほうを見てますね。なんかあった?


「あの猫、『クロ』って言って、ゲームのマスコットキャラクターなんです。毎回主人公に攻略対象の好感度とか教えてくれる役なんです!」

「えええええええ」

「……どうやって好感度だの傷心度だのの情報、入手してるんだろうって思っていたんですけど、こうやって攻略対象から直接聞きだしていたんですね……」

「へ、へえー……。ヒロインって猫と話ができるんだ」

「乙女ゲーですから、多少のファンタジー要素はありますよ。攻略キャラが『最近彼女が冷たい』とか、『彼女が気になってしょうがない』とか、うっかり猫に話しかけるからそれが伝わっていたんでしょう」

 うわあ……。


「そういや、あの猫、クール担当とか脳筋担当とか、バ……、ピカールにじゃれついていたよ。いつも攻略対象とばっかり一緒にいるから、妙な偶然だなって思っていたけど」

「シン様、なにかあの猫に話しかけました?」

「いや別に。『イケメンにちやほやされてお前あのピンク頭みたいだな』っとは言ったけど」

「よかった……。なにか情報与えたら付け込まれます。気を付けてください」

 そういうことか。


「あ、そう言えば僕とヒロインさんの七歳の出会いイベントにも猫いたよね」

「黒猫でしょ? あの猫です」

 アイツだったのか――――!

 九年も前の出来事でしたからね……。あんまり記憶になかったし、同じ猫だとは思いませんでしたね!

「僕も猫は好きなことは好きだからなあ。攻略対象者は全員、猫が大好きなの?」

「スパルーツさんは猫アレルギーで猫に近づけないんです。だから好感度がわからなくて攻略が難しいキャラでした。まあゲームだと学園の先生でしたし難易度高いんですけど」

 ごめんちょっと何言ってんのかわかんない。



 翌日、各クラスの進行具合をチェックしてから教室に戻ろうとすると、また渡り廊下であの猫が、にゃーんって鳴きながら寄ってくるんですよ。

「よーしよーしよーし、かわいいなあ! こっちおいで」

 無防備に足元に来た黒猫を抱き上げます。


「クロ、お前、リンスの猫なんだってな」

 黒猫の目がまんまるに見開きます。

「そうやって、じゃれるふりして、攻略対象から愚痴を聞いたり独り言を聞いたりしてるんだって?」

 猫が目をぐっとそらします。僕の顔が見られなくて、僕の手にかけた肉球に力が入ります。決まりですね。


「ピンク頭に言っとけ。僕には通用しないってな」

「にゃっ!」

 猫、僕の手を引っ掻いて、素早く逃げていきました。

 今度見かけたら蹴飛ばしてやりましょう。猫をいじめてたひどい王子って噂が立ってもかまうもんですか。


 オスだったしね、あの猫。


次回「66.二年生の学園祭」


 誤字報告いつもありがとうございます。

 長音表現の「ぎゃーーーー!」(例)ですが、過去作の書籍化の際、全て

「ぎゃ――――!」というダッシュの連続に校正されたので、出版社様によって違いはあるのかもしれませんが、以後それに従うようにしています。誤字報告ありがとうございました。

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[一言] 雄なんかーい!
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