64.猫とクール担当と脳筋
昼休み。
学園祭も近づいてきていますので、備品のチェックをしておきましょう。体育館裏の備品倉庫にチェックシートを挟んだクリップボードを持って向かいます。
「ふふっ……。かわいいやつだな、お前は」
おっとお、なんか怪しい声が体育館裏から聞こえてきます。
そっと顔を出して覗いてみます。クール担当、フリード・ブラック君が、にやけた顔で黒猫を抱き上げてむにゅむにゅしてます。何やってんだか……。いつものクールッぷりがだいなしです。
座り込んで、猫を膝の上に置いて撫で回しておりますな。猫好きなのかな?
「ほら、食べろ」
そんなこと言いながらポケットから出した干し肉をかじらせております。
「お前は本当に、気まぐれで、甘えん坊で、寂しがり屋で……」
痛い独白始まりました。意外とポエマーですなクール担当。
「それなのに、俺がそばにいて欲しい時はちゃんとそばにいる。不思議なやつだ……」
わざわざ体育館の裏に猫に会いに来て、何言ってんでしょうこの男は。
独り言ってのはね、聞かれても大丈夫なことを前提に話すべきです。僕ら王族貴族は何気なく放った一言に言質を取られ、利用されてしまうこともあるのですから、そこは不注意であってはいけません。ちょっと無防備じゃないですかねえクール担当?
「こんな俺でも、相手してくれて、甘えてくれて……。そんなワガママさえ、今は愛しく思う。この気持ちはなんなんだろうな。まるであいつのように」
それは攻略されちゃってるっていうんだよ。ハマっちゃってますねえヒロインさんに。
「アイツも、お前みたいに、俺だけに振り向いてくれたらいいのに……」
それは違うと思うよ。猫って、そこらじゅうの人間から餌もらって喜んでるよ。君にだけじゃないのは普通だよ。そこはヒロインさんと同じだよ。気付こうよ。
「わかってる。俺が冷たいせいさ。彼女への気持ちが悟られるのが怖くて、素直になれない。だが、俺はこの気持ちをどうしたらいいのかわからない。いや、わからないふりをしているだけなのかもしれないな……」
そう言って、ふーってため息します。重症ですねえ。
「俺はいつか、この心の仮面を、外すことができるのだろうか……」
あいたたたたた……。なんか恋愛相談に乗ってあげたくなります。
君の仮面なんて、バレバレだよ? お面と言ったほうがいいぐらいだよ。
素直になりたいとかなんとか言う以前にね、その格好つけなやせ我慢をやめたほうがいいと思うよ?
さてクール担当と猫のラブシーンいつまでも覗いているわけにも行きません。こっそり離れてから、わざわざ足音高く、「えーとこっちだったっけかな」とか独り言を言いながら角から倉庫に歩み寄ります。
「お、妙な所にいるなあ。何やってんの?」
今気がついたみたいに声をかけます。
クール担当君、一瞬動揺しましたが、すっと立ち上がって「何の用だ」とクールを装います。いやもう手遅れだよ。それは言わないけどさ。黒猫がストンとフリードの手元から滑り落ちて、走って行っちゃいます。
「学園祭が近いから備品のチェックだよ。ちょっとそこ避けてくれるかい?」
そう言って倉庫の鍵を開けます。
「……お前そんな仕事までやってるのか?」
クール担当がちょっとびっくりしています。
「どんな仕事もやるよ? それが生徒会長ってもんさ」
ガララララって引き戸を開けて、埃だらけの備品倉庫を覗き込みます。
「うーん、この看板は使いまわし過ぎだな。今年は新しく作るとするか……」
「……邪魔をした」
「あーちょっと待って」
せっかくですので少し話したいです。
「どう? あのピンクの髪の子、まだいじめられてそう?」
「……なぜそれを俺に聞く」
めんどくさいやつだなあ。
「一緒にバケツの水をかぶっておいて何をいまさらでしょ。あれからどうなったか僕が気にしちゃいけないかい?」
「お前もリンスに気があるのか?」
「『も』ってなんだよ『も』って。一緒にしないでよ」
今のは失言だったと、クール担当、失敗したって顔します。
「僕には婚約者のセレアがいる。愛してるよラブラブだよ? 他の女の子なんてどうでもいいよ、バカバカしい。それは言っとくよ」
「言うなあ……」
あまりにもミもフタも無い僕の言い方にクール担当呆れます。
「だったらなぜ彼女に手を貸す? ピカールに聞いた。今までも背中に張られた中傷文を隠そうとしたり、破れた教科書を取り替えてやったりしたそうだな。なんで王子たる者がわざわざ水をかぶるなんて、そこまでする?」
「この学園が好きだからさ。学園からいじめをなくそうとするのがそんなにおかしいかい?」
「ウソだな」
「んー、なんでそう思うの?」
「お前にメリットがない」
「君はあの場で素早く損得勘定した結果、メリットがあるから水をかぶったのかい? どんなメリットがあったのか、今後の参考に教えてほしいな」
「……あれは、あそこで断ったりしたら……」
「あそこで水かぶるの断ったら、そりゃあカッコ悪いもんなあ! 男として! あっはっは!」
痛いとこ突いちゃいましたか。僕をにらみつけますね。
「……君ねえ、よく思い出して。あの場に僕の婚約者のセレアもいたでしょ。しかも一番に水被ってくれたのがセレアだよ? 自分の婚約者にまで水をかぶせるって、カッコいいかい? みんな呆れてたよね。つまり、僕はアレをカッコつけるためにやったわけじゃ全然ないの。僕とセレアにはそれができる信頼関係がもうあるのさ。僕にはあのピンク頭さんにモテたいとか、気を引きたいなんて気はサラサラ無いね。断言しとくよ」
「……お前がリンスに普段、冷笑的なのは俺も知っている」
「よく見てるね」
「しかしアレはやり過ぎだ。偽善だ。まるで自分たちが彼女をいじめているのを疑われないようにするために……」
うーんしつこいな。これがゲームの強制力ってやつなのかな?
「冗談やめてよ。僕やセレアが彼女をいじめなきゃならない理由ってなにさ? そんなの一つもないんだけど?」
「成績だ。彼女は今どんどん成績アップして順位もお前に近づいている。お前の婚約者も抜いた。いずれは邪魔になる」
えーえーえー……。いや、そんなふうに見えるの僕?
「勘ぐるなあ……。それじゃ僕は彼女が僕の成績をおびやかすことを予想して、入学当時からずっと彼女をいじめてたってことになるのかい。水をかぶせたら彼女の成績が下がるのかい? その答えは予想外だったよ」
なんでそう僕を睨むの? なんかヘンなこと言ってますかね僕。
「そんなふうに考える奴いるかねえ……。もしかして彼女がいじめられているのはそのせい?」
「目立っている。生意気だと思われている。平民出身だということもあわせて、高位貴族の女子共の反感を買うのは当然だろう」
それだけじゃないんだよ……。学園のイケメンを片っ端から自分のモノにしてるからだよ。君、自覚ないんかい?
「あのねえ、僕は憂慮しているんだよ。僕が成績トップって、全然いいことじゃないよ? わかる?」
「わからん。何を言ってる」
「つまりこの学園には僕より頭のいいやつがいないってこと。それって、将来僕が国王になったとき、僕の助けになってくれる人材がこの学園にはいないってことになる。国政の運営上、それは困る。僕一人じゃなんにもできないよ」
「……」
「優秀な人材は大歓迎さ。早く僕の成績を抜いてほしいねえ。それが誰であったとしてもね。僕はそう考えている」
「ウソだな」
こいつすぐ「ウソだな」って言うんですよね。決め台詞ですか。それカッコいいと思ってるのかねえ?
「そう? 君の考えだと、自分の成績を抜きそうなやつがいたら、いじめて学園を追い出さないとおかしいわけだ。君は自分が王子だったらそうするんだ」
「そんなこと俺がするか!!」
「しないよね。自分より頭の悪い奴しかいない国。君だったらそんな国、背負いきれるかい? 僕には無理だね」
チェック、チェックっと。イスとテーブルの数は十分かな。演劇部の大道具、これは部長さんに見てもらったほうがいいなあ。昔やった分はある程度処分しないと、倉庫がいっぱいだよ。
「ウソだと思うんなら成績で僕を抜いてみなよ。たちまち僕が君をいじめに来るはずだよね? 君を全力で学園から追い出そうとイヤガラセをしに来るわけだ。そりゃあ楽しみだねえ!」
「ほんっとうにイヤな奴だなお前は!」
あっはっは! それ言われたの二回目かな!
「人のことをウソツキ呼ばわりするのはイヤな奴じゃあないんですかね……」
「……俺は自分で見たことだけしか信じないことにしているだけだ」
「そりゃあ大変だ。学園で学ぶ意味がゼロだよ。今すぐ退学して旅に出て、見聞を広めるべきじゃない? ずいぶん人生無駄にしてるねえ」
「……クソが」
「カッコいいセリフは行動が伴ってないとマヌケってことだよ」
それは覚えておいてほしいですね。
「いいかい? 王子である僕が、気に入らない奴がいるなら、わざわざいじめたりしなくたって学園に言って退学させればいい。そうは思わないかい?」
「……」
「でもそんな手は使っていいわけがない。使えないんだ。いじめを止めたいと思っても、いじめをやっている奴を探し出すことも、そいつを退学にすることもできない。王子といえども水だって被らなきゃならないのはそれが理由」
「綺麗ごとだ」
「その綺麗ごと以外の手段を使ったらダメなのが、王子ってやつでしてね」
チェックが終わって振り向きます。
王子でいるって大変なんだよ? 裏工作だの、悪いことだの、できないんだよ。少しはわかったかな?
真顔で表情凍らせていますね、フリード君。
「呼び止めて悪かった。これからもあの水かけられた子がいじめられたりしないように、それとなく見守ってあげて。なにかあったら生徒会に相談に来てよ。いつでもいいよ。頼んだよ」
「……わかった」
「わかってもらえて嬉しい。ありがとね、フリード・ブラック君」
物置のカギを閉めて、振り返ると、あの猫がじーっとこっち見てるんですよ。
話が終わるまでスタンバっていたのかな? まだ肉もらえると思ってるのかねえ。ほんとヒロインさんみたいだよ。
翌日、学園の正面ホールの出入り口の寸法を測ります。飾りつけのゲートと、「フローラ学園祭」って看板をつけないといけませんからね。倉庫にあったやつが古いので、今年は新調したいです。
ホール入り口の外で……。
腕のケガを吊る三角布と、杖がいらなくなったけどまだ包帯巻いてる脳筋担当、パウエル・ハーガンが、黒猫と戯れてます。シュールです……。
「お前はいいよなあ、猫で……」
何言い出すんだこの男――――!
「自由でさ……。俺なんか、親の後を継ぐってプレッシャーで、大変だよ。近衛隊は『舐められたらおしまいだ』なーんてオヤジに言われてさ、散々威張り散らしてやったけど、このザマさ。平民のガキにも勝てなくてコテンパンだぜ? いい恥さらしだって親父に怒鳴られたわ」
そりゃあコテンパンにして悪かったパウエル君。でも近衛隊長って世襲じゃないからね? 君が継ぐ必要なんてまったくないからね。僕はシュリーガンを後釜にするつもりだから、君、出番無いよ。そこは覚えておいてほしいなあ。
「でもな、彼女は言ってくれたんだよ。『強いあなたが一番素敵!』ってな! 『強盗団をやっつけたんでしょ! 市民を守ってくれたパウエル様は、もう立派な近衛隊ですよ! 名誉の負傷です。尊敬します!』ってさ」
ピンク頭にもその言い訳してるんですか。後でバレても知らないよ?
「俺は今より、もっと、ずっと強くなる! 武闘会で、三年連続で優勝してやる! そのためにはどんな手だって使う。そして、彼女に結婚を申し込むんだ。お前も見ててくれ。俺はやるぞ!」
猫に見てもらってどうするんです。彼女に見てもらいましょうよ。
「どんな手だって使う」ってところがアウトですねえ。要注意人物です。
こいつゲームだとそうひどいキャラでもないんです。親のせいでどんな手を使っても勝たなきゃ、ってプレッシャーがいつもあるんですけど、一年生の武闘会で僕と決勝を戦った時、僕に「王子と思うな、本気で来い!」って言われて、それで目が覚めるんです。王子でさえ身分を捨てて正々堂々と闘っている。それと比べて自分はどうだってね。
で、武闘会後はパウエルは、卑怯な手を使わない真の騎士を目指し、ヒロインさんとも知り合って、彼女に対して恥ずかしいマネはできないと、正義感あふれる熱い男に変わるんですが……。
本来なら二年生で転入してくるヒロインさん、一年の時パウエルが僕に勝ったことになっているらしいですが、僕、一年の武闘会に出場しないで華麗にスルーしちゃいましたんで、そんなイベント発生してませんということで。そのイベントが無いと、こんなカッコ悪い人間になっちゃうんだ。そんなの予想付かないって。
バタンと音を立てて扉を閉めます。パウエル、びっくりして振り返りますね。
「あー、パウエル君、いい所にいた。ちょっと手伝って」
「あ、え?」
驚くパウエル。僕を見た黒猫、走って行っちゃいます。振り返って、こっちを見てますね。
「学園祭の飾りつけ作るからさ、門の寸法測りたいんだ。メジャーの片方持ってくれないかな」
「……なんで俺が」
「ヒマそうじゃない。少しは学園行事に協力してよ。奉仕の精神が無い奴は騎士になれないよ?」
パウエルは大男ですから、丁度いいです。
寸法を次々測って、クリップボードに図面書いてメモしていきます。
「俺は前から疑問なんだが、あんた本当に王子なのか?」
「公務ではちゃんと王子やってるって。見たこと無いかい? めんどくさいから学園にいるときぐらいは王子はやめてくれって言ってるだけさ」
「こんな仕事やる必要あるのか? 誰かにやらせればいいじゃないか」
「だから君に手伝ってもらってるでしょ。生徒会メンバー知ってるだろ? 女性が二人に、あとはハーティス君。僕が一番背が高いから」
「……聖人君子を気取ってるつもりか」
「この程度で? 君はこんな仕事手伝ったくらいで、みんなのために働く俺すげえ、俺偉い、俺って聖人君子っていちいち思うわけ?」
ちょっと僕のことを睨みます。
王子が聖人君子なんて、国民にとって最悪でしょ。そんなバカ王座に据えて国が持つわけないってば。世の中綺麗ごとばかりじゃないんだからさ。汚いことを綺麗にやるのが王子ってもんです。
「俺はあのとき、なんであんたが水をかぶったのか、すぐにはわからなかった。なんで王子がここまでやるんだって。でも後々考えてみると、たしかに王子や俺らにまで水をかけたとなると、犯人はビビってもうできなくなる。実際、リンスがあのあといじめられたという話は聞かん」
「そりゃあよかった」
「だが、そこまでリンスに肩入れする理由がわからん。あんたにしてみればあの子がいじめられてたって別にどうってことないだろ。なんでだ」
「パウエル君としては、犯人をとっ捕まえて、糾弾して学園から追い出したかったんじゃないの?」
「まさにそれだ」
「それは困る。学園から退学者を出したくはない。そんなことになったらその生徒の人生は終わりだろう。この程度の学園卒業できないんじゃあ貴族としてはダメすぎるよ。そこまでやっていいものと思うかい? 人間はそんなに完璧な存在じゃない。間違ってるってことを教えてやればそれでいいでしょ」
「……犯人を知ってて、かばってるのか?」
「知らないね。そんなことより、まずいじめをこの学園から無くすこと。そのほうが優先順位が高いだろ」
「いや、アンタは間違ってる。それは厳しく断罪しなければ正義じゃない。俺はそんなやり方は賛成できない」
「賛成できないんだったら、もう水をかぶるなんてことはしなくていいよ。今後はもう君には何も頼まないことにしよう。ご苦労様でした」
メジャーを巻き取って、抱えます。
「もしこれからもあのピンクの髪の子がいじめられても、犯人がわかっても、自分でどうこうしてやろうとはすぐには考えないで。彼女のことはそれとなく見守って、なにかあったらまずは生徒会に相談してほしいと思っている。でもそれは君に頼むのは無理っぽいね」
「当たり前だ」
……うん、生徒会長の頼みも聞いてくれない人間が、将来近衛隊で誰の言うことを聞くんでしょうね。もしコイツが近衛隊の採用試験に来たら、面接で落としましょう。
「アンタのやってることは偽善だ」
「王子のやることなんて一から十まで全部偽善に見えてあたりまえでしょ。偽善者だって言われることを恐れて、王子が務まるかっての。そんなことは百も承知だよ」
自分は正義だと思い上がっているのに、自分の尺度だけでしか物を見られない奴の典型ですね。自分よりいいことをやってない奴は正義が足りてないと思うし、自分よりいいことをやっている奴がいたら偽善だって決めつける。僕はそんな人間をうんざりするほど見てきたね。
「あんた……」
「ん?」
「リンスに、気があるのか?」
こいつもかい。
「僕には愛する婚約者のセレアがいるんだから、他の女の子はどうでもいいんだけどね。学園でいじめがあるならそれを止めたい。あの時、僕と一緒に水をかぶったセレアだってそう考えてる。それだけだよ」
そう言うと、なんかほっとして安心した顔になりますね脳筋。僕もライバルに入ってたんかい。余計な心配すんなよ。
あの時お前をコテンパンにしたの、実は僕だって知ったら、どうくるでしょうねえ。ま、知らぬが仏かな。
次回「65.バカ担当と非実在ネコ」