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63.教会の結婚式


 今日は二人でアルバイトを始めてから、初めての休日です。

 どこに行くかって? 決まってますよ。

 今日は御領主様の結婚式が行われる日なんです。

 実はこの地、メルパールは、前生徒会長、エレーナ・ストラーディス様がお輿入れされたビストリウス家の領地なんです! 領主の長男、公爵子息ラロードさんと、学園の卒業生、エレーナさんの結婚式が、今日、市内の教会で盛大に行われる予定です。領民も一目、お国の領主様跡継ぎを見るために大勢集まります。

 街はお祭り騒ぎ。屋台もたくさん出て、音楽隊や大道芸人たちが見世物を競ってます。僕らはそれを二人で一緒に、楽しく見て回りました。


 貴族たちの馬車が教会前に列を作り、礼服のドレスにタキシードの紳士淑女の皆さんが教会に入っていきます。

 僕ら市民はそれをほーっとため息しながら見てるわけです。

 本当だったら僕らも友人として、学友として出席してもおかしくないと思いますが、公爵家から王家に招待状を出すというのも無いようで、そんなものは届きませんでした。

 だったら僕らのほうで押しかけてお祝いしてあげましょう。一市民としてささやかにね。


 結婚式が無事に終了したようで、教会の鐘がからんからんと鳴ります。

 お二人、教会のテラスに出てきて、教会の周りを取り囲んだ市民に手を振ります。白いウエディングドレス、素敵ですよエレーナ様。

 さ、これは僕らも目立たなければ気が付いてもらえませんね。

 セレアが抱えていた布を広げます。僕はそれを持っていたデッキブラシの柄に縛り付けて、上に掲げます。右に、左に、振っているのは王家の紋章の入った旗!


 お二人、僕らに気が付いて驚愕ですよ。口あんぐりでした!!

 この街の市民は王家の紋章なんて見てわかる人もそういないでしょうし、市民の皆さんにはなにやってんだこいつらって目で見られましたけど、お二人はそれを振っているのが僕らだと気が付いてもうこれ以上ないぐらいの驚きよう。

 わざわざこの街まで出かけてきて、市民に紛れ、王家としてお二人の結婚を祝福するというアピールですから。気が付いてもらったところで、棒を下げ、旗を畳み、みんなと一緒に拍手します。

 二人、引っ込む前に、最上級の礼を取って僕らに頭を下げてくれました。

 お祝い、伝わったでしょうか。

 最後に僕らを見た新郎新婦に、僕とセレアで口の前に一本指を立てます。

 僕らが来てる。今街にいるってのはナイショだよってことです。

 二人、苦笑いして手を振って、テラスの奥に消えました。

 領主の御子息の結婚を祝う市民の歓声が、いつまでも続きました……。


 在学中は失礼に失礼を重ねてしまった生徒会長、エレーナ様。

 これで許してもらえるでしょうか。

 いろいろゴメンナサイです。幸せになってね……。



「僕ら、十歳の時に、あんな結婚式挙げて、ごめんねセレア……」

「そんなことないです。私、すごく幸せでした。きっとどんな結婚式よりも、嬉しかった……。世界で一番幸せな十歳でした……」

 ぷちゅって、セレアが、おやすみのキスをしてくれました。



 僕らのアルバイトも、最終日が近づいてきました。

 週末、今日はこのレストランの名物料理、クリームパイです!

 朝からオーブンに火入れして、薪を燃やし、熾きにして。

「あーもうちょっと待て。煙が出ているうちはまだ駄目だ!」

 火加減がキモですからねえ。慎重に、慎重に。

「よーし、突っ込め!」

 お客様が来る夕刻に合わせて、次々とパイ皿を入れていきます!

 週に一度のクリームパイの日、夜のお客様の席がほぼ満員です!

 注文を取って、レストランの客に出していくセレア。

 お客様も、いろいろです。

 デートの最後をレストランでしめくくる若いカップル。落ち着いた老夫婦、子供連れの御夫婦、なぜか面白くなさそうに不機嫌なご老人。くたくたに疲れたお役人。みんながこのレストランの食事を楽しみにして来てくれた人ばかりです。

 一皿、一皿、丁寧に、かつ素早く盛り付けて、準備していきます。

「シン君、腕が上がったなあ――――!」

 御主人も感心してくれます。なかなかやるようになったでしょ、僕も。

 それをかわいらしく上品なセレアが運んでくれるものですから、お客さんの顔も緩みます。

 おいしそうに食べてくれる笑顔が嬉しいです。料理人って、なんてやりがいのある仕事だろうって思います。お客さんが喜んでくれるところを直に見られる職業って、考えてみればそんなにないですよね。普通のお店は買い物して、お客さんが喜ぶのは家に着いてからですし。

 何が不機嫌だったのか、ずっと仏頂面だったご老人も、食べ終わるころにはにこやかになっているんですから、料理人って、凄いな。


 からんからんからん。

 お店のドアを開けて入ってきた客。

 うぎゃあああああああ――――――! シュバルツです!

「名物のパイとディナーを」

 ……さすがにセレアがおどおどしながら注文を取ります!

 逃げきれなかったか。いや、僕らの事ずーっと監視してたに決まっています。

 何もかも全部承知のうえで、来たんですね! そうでなけりゃ、バイト最終日に合わせて、わざわざ店に来るわけ無いですもんね!

 シュバルツ、一人で遠慮なくディナーを楽しみ、ワインを一本空けて、帰っていきました。僕らが行方不明になってた三週間、なにやってたか一つ残らず国王陛下に報告が行くわけですか。あとで何言われるんだろう……。怖いよう。


「シン様」

「ん?」

 セレアにちょっと笑われます。

「前髪焦げてる」

「ええええ――――!」

 触ってみると、たしかになんかちりちりになってます! 焦げ臭いし!

「あっはっは、オーブンに一日張り付いてると、どうしたってそうなるよ!」

 御主人にも笑われました。あーあーあー……。


 夜遅くまで皿洗いをして、ようやく終了。

「二人とも二週間ちょい、よくやってくれた。助かったよ。本当は子供に手がかからなくなるまで、もっとずっと働いてもらいたいぐらいだ。この先どうするんだい?」

「故郷に帰ろうと思ってます」

「そうか……。でも、もしなにかあったら、真っ先にここに来てくれ。いつでも雇ってあげるし、仕事も仕込んでやるよ。君ならきっといいコックになる」

「ありがとうございます」

「二人、まだ若いのに、もう夫婦になって働かなきゃいけないなんて、なんだか申し訳ない気がするよ。君たちぐらいの年だったら、まだ学生ってやつもいっぱいいるだろうに……」

「お世話になりました。本当にありがとうございました」


 暗くなった街を二人で歩いていると、店の外の塀にもたれかかって、シュバルツが立ってました。

「こんばんは、殿下、セレア様、休暇は楽しめました?」

「……僕らが休んでいたように見えたかい?」

「いえまったく」

 そのニヤニヤ笑いはやめてほしいなあ……。

 でも、ひさびさに会ったシュバルツに、安心しました。もう大丈夫って感じがします。

「明日には帰るよ。今夜はゆっくり休ませて」

「もちろんです」



 翌朝、二人で三週間を過ごした、狭いアパートを引き払って、寝袋と枕はゴミに出して、洗濯屋さんに出していた着替えを受け取りに行って、二人で荷物をまとめました。

 この街に来た時と同じように、平民の服を着て、かばんを背負って立ち上がります。

「さあ、帰ろう!」

「はい!」


 二人で、駅馬車乗り場まで歩きます。

 この先、なにがあっても、きっと二人で生きていける。

 そんな自信と、セレアとの絆を感じる、そんな夏休みでした。




 もちろん王宮は王子不在で騒ぎになってまして、国王陛下が「使者の用を頼んでおる」とごまかしまくってくれたのではありますが……。

 もちろん王宮関係者の方たちにも、不在の理由を聞かれます。

「かねてから交流のあるエレーナ・ストラーディスさんと、ラロード・ビストリウス殿の結婚式に、お忍びでお祝いを」といいわけしまくりました。


 公務たまっちゃったなあ……。

 病院ではいよいよ、スパルーツさん主導でペニシリンの臨床試験が始まりました。

 肺炎が悪化した老人患者などに、家族の了解を得て試しているようです。

 効果はほぼ期待通り。症状の悪化を食い止め、死を待つだけだったような患者も回復が見られました。効果はあるようです。

 破傷風や、それ以外にも梅毒のような性病にも処方することが検討されています。梅毒菌っていうのは存在が未だに不明で、単独で培養することができないらしく、今をもってしても謎の病気です。放置しておけば結局死ぬことになりますし、伝染病でもありますので積極的に臨床試験を行っていく予定です。

 貴族、聖職者にとって大変不名誉な病気ですから、これにかかることでひそかに更迭されたり廃嫡されたりする貴族、聖職者は少なくありません。

 まだまだ抽出に膨大な手間がかかる高価な薬です。薬草を煎じて飲む、なんてのとはまるで違う新しい医療技術です。お金持ちから治していきましょうということになっています。

 残念ながら狂犬病には効果なし。天然痘は、わが国で撲滅が急激に進んでいますので、外国で臨床試験する予定です。種痘の技術を伝授された外国からの研修生に、フリーズドライした結晶ペニシリンを持たせて帰国させ、天然痘患者に処方して、経過を見てもらうことになっています。

 そんなことを、学院でスパルーツさんから報告を受けました。


 セレアの話では、「天然痘と狂犬病はウイルス性の病気ですから、抗生物質では治らないはずです」とは言われています。でも、確認することが大事です。ペニシリンが万能薬のように誤解されて、効かない病気にまで無駄に浪費されていいわけじゃないですから、これらの臨床試験にはちゃんと意味があるってことです。



 夏休みが明けて、二学期が始まりました。

 びっくりですよ! ハーティス君が真っ黒に日焼けしてます!

 あの色白で、小柄で、女の子みたいに可愛かったハーティス君が!

「ジャックさんの領地に招待されましてね、ブートキャンプをやってきました!」

 へーへーへーそうですか……。後ろに長く束ねていた長い髪も切ってしまいまして、さっぱりしてます。それでもまだ、後ろから見たらショートカットの女子みたいではありますが。

 領兵の人たちと一緒になってジャックの指揮で鍛えられたそうでして、前から見ると、なんだか男らしく精悍な顔つきになってますよハーティス君。

 ひと夏の経験で男もずいぶん変わるものです。これに関しては周りの女子の反応が真っ二つに分かれたようで、「前のほうが可愛くてよかった」派と、「急に男になったみたいでドキドキしちゃう」派で。

「受け攻めが逆になったんだとよ」

「ジャック、それ意味わかって言ってる?」

「いや俺も全くわかんねえけど。お前意味わかる?」

「僕もわかんないよそんなこと……」


 なんだかなあ。まあ、皆さんそれぞれ充実した夏休みを過ごされたならそれでいいです。




次回「64.猫とクール担当と脳筋」

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