61.仕事の邪魔
期末テストも終わって夏休み前になり、音楽部や美術部の市民コンクールへの出場エントリー、剣術部の他校、市民学校との交流試合など、休み期間中の学生イベントの参加手配などで生徒会はそこそこ忙しいです。
テスト順位は前と変わらず。僕が一位、二位ハーティス君、三位ヒロインさんでした。セレアは十一位かな。僕もハーティス君も猛勉強しましたから。絶対にヒロインさんに負けてられません。
その分、生徒会の仕事はたまっちゃいましたけど。
「この分だと夏休みはまたどこにも行けそうにないな――――!」なんてみんなで愚痴ります。どれも夏休み中の行事ですからね、生徒会は参加です。ま、しょうがないですけど。
「こんにちは――――!」
……なぜかピンク頭が生徒会室に来るんですよ。今日も差し入れだって言ってお菓子とかお茶とか持ってきました。
「……リンリンさん、何か御用ですか?」
「リンスです! シン君に差し入れです!」
「何度もいらないと申し上げているでしょう。生徒会の皆さんで召し上がって下さい……」
「前から疑問なんですけどねえ、なんでシン君は私の作ったものを食べてくれないんですか!」
「そうでしたっけ?」
「そうですよ!」
このやりとりを生徒会役員が全員見せられてウンザリしているわけです。どうして気が付いてくれないんでしょうねえ……。
さすがに副会長の三年生、レミーさんが見かねて声をかけてくれます。
「リンスさん、私たちは職務中です。邪魔をしないようにしてください」
「私はいつも私を助けてくれるシン君にお礼がしたいだけなんです!」
ぐいぐい来るなあ……。
僕は単純に、学園内でのいじめはやめさせようとして水をかぶったわけですが、それで懐いてしまったというか、そこまでやってくれる以上僕も彼女にまんざらでもない、という勘違いをしているようです。
あの時、一番に水をかぶってくれたのはセレアなんですけどね、そのことはまるでなかったことみたいになっているってこと? 都合いいことだけしか見ないなあコイツ。
セレアと作った手作り攻略本によりますと、水をかけられたヒロインは、その時一番好感度の高いキャラが着替えを用意してくれて、ラッキースケベハプニングもあってめでたしめでたしとなるようでした。
「ラッキースケベってなに?」って聞いたときのセレアの顔ったらなかったですね。真っ赤になりながら、「意図しないでヒロインさんの着替えや裸を見ちゃったり、さ、さ、触っちゃったりって偶然が起きることなんです」とか。
その程度のラッキーだったら、セレアとはもういっぱいありましたけど……。
子供の時からずっとね。たっちゃってるところを見られたことなんかも何回も。
ちなみに、攻略対象が着替えをどうやって用意したのかは不明。主人公の着替えをいつも用意しているボーイフレンドって、怖いですよね。誰もそこに突っ込まないの?
まあ現時点で一番好感度高いのはピカールってことになりますか。あっはっは。お似合いなのでぜひ付き合ってほしいですね。イベント阻止しちゃって悪いことしちゃったかな。
ま、着替えを用意するはただのその場しのぎで、いじめをやめさせる根本的な解決にはなっていません。僕はその場しのぎで彼女を助けるのではなく、いじめそのものがなくなればいいと思っているわけですから、ああいう対応をしたわけです。
別に僕のヒロインさんに対する好感度が上がったわけではありません。でも逆に、ヒロインさんの僕に対する好感度が上がったってことですか。これは計算外でした。ゲーム未登場イベントってことになりますか。
「とにかくですね、僕に何か食べさせるのは諦めてください。さ、みんな仕事に戻りますよ」
夏休み前に生徒に配るプリントの印刷をやらないとね。
「あきらめろって……。なんか理由でもあるんですか!?」
「山のようにいっぱいあります。では印刷業務に戻ります」
夏休み中に行われる生徒参加のイベントの案内です。音楽部の市民コンクールの出場、剣術部の交流試合の案内、美術部の市民芸術祭への出展など、休み中に応援に来てくれるように宣伝をするのです。わが校からはどれも初参加となりますので、できるだけ沢山の学生諸君に見に来てほしいですね。
ローラーにインクを着けて、謄写版に紙を敷いて一枚一枚印刷していくわけです。
「私も手伝います!」
「ダメです。絶対にやらせません」
謄写版に張るロウ紙は書記のハーティス君がガリ版で手書きしてくれたものです。一枚しかなく、破られたりしたら最初から全部書き直しです。絶対にミスなくこれで三百枚を印刷しないといけないのです。
これは一番印刷が上手な僕の役目になってます。僕はエプロンと手袋の装備をしてこれをしてますが、手や体にインク一つ付けずに全部やることができますんで、「なんでそんなに上手なんです!?」ってみんなにも驚かれました。
ゲームの中ではヒロインさんが生徒会活動に参加して、後に僕が生徒会役員に任命するというイベントもあるんです。でも、このヒロインさんは特に今まで生徒会活動には参加してませんので、そのルートは選ばなかったってことになりますか。セレアが言う「ドジっ子天然属性」のヒロインさん、生徒会室でいろいろやらかすイベントがあります。その中に謄写版の原稿紙を破いちゃって、最初から僕と一緒に(重要)作り直すってイベントもあったはずですからね、やらせませんよ。
ゲームでは泣いて謝るヒロインさんを僕が優しく許して一緒にやろうって、夜遅くまで二人っきりで作業するんだそうですが、現実にそれやられたら僕でもキレちゃいそうです。
会計の三年生、オリビアさんが紙をさっと謄写版の下に敷き、僕が謄写版を当ててローラーを転がし、副会長のレミーさんが印刷の終わった紙を取り上げ、書記のハーティス君が並べるという流れ作業です。インクが乾くまで重ねられませんので。
「こんにちは」
セレアが生徒会室にやってきました。
差し入れのお菓子とお茶のポットをバスケットに入れて持ってます。
「あ、いらっしゃい」
生徒会全員でにこやかに対応します。セレアは良くこうやって差し入れを持ってきてくれるし、仕事も手伝ってくれますよ。ヒロインさんが来ているのを見て二秒ほど笑顔が固まりましたが、すぐに元に戻りますね。
「悪いけど印刷中でね、手が離せないよ。食べさせて」
「はい」
セレアがバスケットからお菓子を出して、一口かじってから、僕に食べさせてくれます。
「あ――――! 私のお菓子は絶対に食べてくれないのにい! なんでセレアさんのお菓子は食べるんですかあ!」
うるさいなあピンク頭。
「妻が夫に食事を食べさせてくれる。なにか疑問ですか?」
「婚約者じゃないですか……。私のは食べない理由になってません。差別でしょそれ」
「ちゃんとした理由があります。説明はしませんが」
「ひどい」
「これに関してはひどいと思ってもらって構いません。僕だけのルールですので」
ヒロインさんぷんすかしてます。どうでもいいけど。
「それにどうしてセレアさんだけがシン君を『様』付けなんですか?」
「セレアは僕の婚約者であり、将来の結婚相手です。私的な呼び方を許しています。僕にとって特別な相手ですから」
「私だってシン君を、『シン様』って呼びたいのに」
「それは許しません。公私の区別は付けてください。学園では身分の差別なく『君』付けであり、学園外では僕のことは『殿下』です。貴族だったら守ってください。公私の区別をちゃんと付けられることも貴族社会のルールです。学園を卒業してから社会においても要求される常識です」
「だいたい生徒会役員でもないセレアさんがどうしてここにいるんです?」
「セレアは空いた時間はたまにこうして生徒会役員の仕事を手伝ってくれます。ボランティアによる生徒会活動のお手伝いは誰でも拒んでいません。生徒会室を一般生徒は立ち入り禁止にしていないのものそのためです。現に生徒会関係者でない君が入って来ても注意しないし、出禁にもしてないでしょう? 本当に忙しいときは委員会や学級委員の人にも頼んでいます」
「私だって何か手伝いたいです!」
君今まで、手伝うって言ったことが一度もなかったと思うけど?
「それはありがたいですね。ではこのプリント、読みにくかったり印刷が潰れている個所がないか一枚ずつチェックしてください。お願いします」
「ええええ……」
ぶつぶつ言いながら、まだインク臭いプリントをめくってます。
「私の作ったお菓子は食べてくれないのにぃいい……」
しょうがなくて、アルコールランプでお湯を沸かしているセレアが説明します。
「あの、シン様は王族ですので、王宮以外では毒見していないものを口にすることができません。なので私が毒見をしています。失礼がありましたら私からお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるセレアにヒロインさんも驚きですね。
「そんなの知らないよぉ!」
この発言には生徒会役員一同びっくりです。言い方も悪いです。これはハーティス君が注意します。
「王侯貴族は全員それを承知していますよリンスさん……。パーティーとかの会場でも、王室関係者を招く場合は主催者側はその手続きをちゃんと取ります。知っておいてください。それにセレアさんが頭を下げているのにその返事はないでしょう……。失礼ですよ?」
「……フライドチキンのお店でも平気で飲み食いしてたじゃないですか!」
「その時は私がいましたので、ちゃんと毒見をしていました」
ヒロインさん、セレアにそう言われると、なにか思い出したように手を打って、「ああ、そういえば!」とか言ってます。どんだけ視界に入って無いんですかセレアの事。失礼だなあ。
「シン君、ハンスのフライドチキン食べたことあるんですか!」
みんなもびっくりしています。
「二年ぐらい前にね」
「そうそう、シン君、お店に来てくれて!」
嬉しそうにするヒロインに、みんなが不思議顔です。
「なんでリンスさんが嬉しそうなの……?」
「ハンスのレストランもフライドチキン店も、私の実家ですから」
聞いたハーティス君が、あーそーなのかって顔してます。
「また、みなさんでご来店ください! 待ってます!」
「……」
みんな無言になっちゃいました。
「なんでみんな黙るんです? 私が平民の出身だから? フライドチキンなんて下賤な庶民料理だから?」
「違うよ。現に僕が食べに行ってるじゃない。そんなことで差別はしないよ。だからそういう貴族ルールとか礼儀作法をあんまり知らないんだなって思っただけだよ」
一応フォローしときます。
「みんな、私の事、面倒な女って思ってるんですね……」
ピンポーン! 大正解! やっと理解してくれましたか!
面倒って言うのはその君のやたらぐいぐいくる図々しい性格のことです。君の身分や出身のことじゃありません。でもたぶん悪いふうにしか取ってくれてないと思いますけどね。これヘタしたら僕が彼女をいじめたってことになって言いふらされたりするんでしょうか。そうだとしたら不本意です。
「マナーが身に付くのは時間がかかるからね。それは勉強しましょう。学園内でマナー違反が許されているのは、学生のうちに学べってことですから。はい、三百っと……。おわりー! さあ、一休みしてお茶にしようか」
「これ、みんなで食べてください。失礼しました」
印刷が終わって、休憩しようかと思ったら、ヒロインさん、自分が持ってきたお菓子の袋を置いて生徒会室から出て行っちゃいました。
「……あーあーあー、これ、僕が悪く言われるパターン?」
「そんなこと無いですよ。当然だろうってみんな思います。逆に彼女がそんなことも知らないのかって、あきれられて……」
「またイジメられることになるのかなあ」
「どうでしょうねえ。彼女がこのことをペラペラ人に喋るかどうかですが」
ハーティス君が冷静に分析してくれます。
頭痛い……。
「理由は何であれ、いじめられているのが誰であれ、学園内でのいじめはダメだ。またなにかあったら生徒会でいじめ撲滅キャンペーンをやろう」
生徒会メンバーが全員頷いてくれます。
彼女が置いて行ったお菓子、結局、誰も手を付けませんでした。僕にって持ってきてくれたものを、僕が食べないんですからそうなっちゃいます。
これもいじめになるのかなあ……。
持って帰って、シュバルツに食わせました。「女学生の手作りだ!」って喜んで食ってました。
シュバルツに特になにも変化が無かったので、何か仕込んでいるようなことは無いようですね。はい、よかったです。
次回「62.夏休みの家出」