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60.バケツリレー


 今日も学食でみんなと昼食です。

 僕らいつも同じ席でみんなと食べていたんですが、生徒会のメンバーも加わって、いつの間にか指定席のようになってしまいまして、いつも僕らが座る席が空いているという事態に……。

 これではそうでなくても混み合う学食でみんなの迷惑になります。そこで毎日違う席で食べるようにしました。ま、そのせいで、みんなと一緒に席が空くまで並ぶことになるんですけど。

 そうして、席が空くのを待ってますと、くるくると回りながら……。いや、そろそろ違う登場パターンも工夫してもらいたいと思うんですが、ピカールがやってきました。


「やあシンくん! 今日もきみに友人として、ぼくの永遠なるライバルとして、お願いがあるんだが!」

「またかい……。君のお願いって、いつも僕もひどい目にあうものばっかりだからなんかヤダよ」

「そう言わず、まずは話を聞いてくれないかい、生徒会長」

「生徒会長としてなら聞くしかないか……。どんなこと?」

 こほん、ピカールが咳払いしてあらたまって言いますね。


「女子生徒の制服、下着一式を借りることはできないかな」

 なにを言い出すのこの男は。

「ちょっと待って、それ生徒会長に頼むこと?」

「きみなら女生徒にも顔が広いだろう。借りるあてがあるんじゃないかと」

「ちょっと待って、女生徒の知り合いだったら君のほうが断然、多いんじゃない? そっちに頼んでよ」

「確かに。この学園のレディのほとんどはぼくのとりこさ。でも、だからと言って、そんなものをぼくが借りたいと言ったら、ぼくが変態扱いされちゃうじゃないか」

「ちょっと待って、君は僕だったら変態扱いされてもいいと思ってるわけ?」

「きみなら女生徒に変態だと思われることもないだろう」


 ……頭痛いです。

「その大前提も今日で終わりを告げるよ……。そもそもなんで女子の制服が必要なの? そこから説明してよ」

 ……ピカールが顔を寄せて、こっそりと僕にささやきます。

 周りの女生徒たちから、「きゃああああああ――――」って悲鳴が上がるのはなんなんでしょうねいったい。

「(リンスくんがまたいじめにあってね、今度は二階から水をかけられてずぶぬれなんだ)」

 またか――――。


「事情はわかった。でもね、着替えさせればOKって話じゃないよ」

「……なにか対策があるってのかい? 犯人を追及するようなやり方は、ぼくは取りたくないんだが」

「彼女のいる場所に案内してくれるかな。みんなも一緒に来て。三年生の方はいいですから」


 かえって事を荒立てることになるんじゃないかとピカールが心配顔です。

 案内されて、僕、セレア、ジャック、シルファさん、ハーティス君で校舎裏にやってきました。

 頭から水をかぶせられてびしょぬれになったヒロインさんが泣き顔でうずくまっています。みじめで悲しい情景ですねえ……。

 その彼女を、まだ包帯巻いて杖を突いた脳筋担当パウエルと、クール担当フリードがナイトのようにそばに立っています。

「ピカール……なんでこいつを連れてきた?」

 クール担当、不機嫌ですねえ。君らなんの同盟なの? 自分たちだけでなんとかしてピンク頭にいいかっこをしたかったってところかい。

 セレアがその場から走り去ります。何か用意してくれるんでしょう。


「やあ、リーンさん、また大変な目にあってるね」

「リンスくんだよ……。きみねえ、この状況を見てその言い方はどうなんだい?」

 ピカールが顔をしかめて、ピンク頭にもにらまれます。名前を言い返してくる元気も今回はさすがに無いようで。

「前から気にはなっていたんだが、どうしてきみはそういつも彼女に対して冷笑的な物言いをするんだい。ぼくはどうもそのことが不思議でね」

「僕にはセレアという愛する大切な婚約者がいるわけだから、誤解を受けたりしないようにだよ。友達に噂とかされると恥ずかしいし」

「……はっきり言うねえ。ま、そういうところがきみらしいし、だからこそ信頼もできるんだが」


「コイツが信頼できるってえ!?」

 脳筋担当とクール担当が二人して僕をにらみます。

「だいたい、なんでいつもこう都合よく現場にいる!」

 パウエルが怒ってます。

「……いや、やっかいごとが起きるたびに僕を呼び出しておいてなにいってんの。それで『都合よくいる』とか言われても……」

「パウエルくん、フリードくん、きみたちは知らないかもしれないが、シンくんはこれまでも彼女を何度も助けているんだ」

 二人、びっくりして僕を見ますね。

「怪しいな……。まさか……」

 勝手に怪しんでりゃいいと思いますよクール担当。

「とにかく彼女をこんな目にあわせたやつを俺は許さない。必ず突き止めて後悔させてやる。たとえそいつが公爵だろうと、王族であろうとも!」

「おう、絶対に突き止めて断罪し、謝罪させてやる!」

 クール担当と脳筋が憤りますが、なんでそこで公爵に王族なんです?

 僕そんなに怪しいですかね。

 さて一方のピカールですが、「……二人、こんな調子でね。ぼくだって彼女へのいじめはやめさせたいとは思ってる。だからといって、大した証拠も無しに誰かを断罪するなんてことはぼくはやりたくない。シンくん、なにか方法はないのかな」と、案外常識派です。いいやつなんですよね、こいつ。


 セレアが小走りに走ってきました。大きなタオルを持っています。そのタオルを、ヒロインさんの頭にかぶせて、わしゃわしゃと拭きます。これにはさすがのヒロインさんも、「……あ、ありがとうございます」と言うしかないです。

「ほうら、困っている彼女を前にして、ただ怒鳴っているだけのきみたちより、シンくんやセレアくんのほうがずっと彼女の助けになっているじゃないか。実際に行動することがなにより尊いだろう。きみたち彼女を実際に助けたことがあるのかい」

「ぐっ……」

 脳筋とクールが黙りますね。でもそれはピカール、君がドヤ顔して言うことですかね。


「君たちさあ、彼女へのいじめを本当にやめさせたいと思っている?」

「もちろん!」

「当たり前だ!」

「決まってるだろ!」

 三バカがそろって返事します。もう三人ともバカ担当でいいような気がしてきました。

「じゃあ、これから僕とセレアがやることを、みんなも一緒にやってみて。いいかい、必ずやるんだよ。僕らが全員、これを一斉にやることに意味があるからね、できるかい?」

「何をやる気だ?」

「それを言ったら、君たちは前言をひるがえして逃げるだろう。言わないよ」

「俺たちが逃げるとでも!?」

「いいだろう。やってやる」

「シンくんの言うことだからね、ぼくは信用しましょう」

 三バカが同意しましたので、みんなで体育館の表、グラウンドとの間にある水場にやってきました。ヒロインさんもついてきます。

 そこにあったバケツに、手漕ぎポンプで水をくみ上げます。


「じゃ、セレア、やるよ!」

「はい! どうぞ!」

 バケツを持ち上げ、セレアの頭からたっぷりの水をぶっかけます!

「きゃあああああ――!」

「えええええええええ!」

「お、おいいいいい!」

「な、な、なにやってんのシン君!!」

 全員驚愕! 絶叫したあとは口あんぐりです。

 しゅこんしゅこんしゅこん。もう一杯、バケツに水を汲み上げて……。

「うぉりゃあああ!」

 ざぶ――――ん!!

 僕も頭からバケツの水をかぶります。

 もちろん僕も、セレアもびしょぬれです!!

「な、な、な、なにやってんだお前ら……」

 クール担当が動揺してますね。キャラが崩壊してますって。


「……なあシン」

「ん?」

「これ俺もやる流れかい……」

「当たり前だろジャック」

 ジャックが、しぶしぶといった感じで、バケツに水を汲み、一気に頭からかぶります!

「冷てえ!」

 ぶんぶん頭を振って水を飛ばしてますね。犬みたいです。

「あっはっは! なるほどねえ! さすがはシン君です!」

 そう言って、ハーティス君も笑いながら水を汲んでいます。

「……いやハーティス君、君まで無理にやらなくてもいいからね? 風邪ひくよ?」

「いやあやりますよ。やらせてください。やりたいです僕」

 汲みだしたバケツを持ってよろよろします。

「……あの、シン君、申し訳ないんですけど、お願いしていいですかね」

「いいよー!」

 僕もゲラゲラ笑いながら、バケツを受け取って、小柄なハーティス君の頭の上に持ち上げて、じょろじょろと少しずつかけてあげます。

「ひええええええ……」

 うん、ぎゅーって目をつぶって、びしょびしょになって髪が顔に張り付いたハーティス君、なんかかわいいです。子犬を洗ってるような気がします。


「そういうことか! シンくん、きみはまったく大したヤツだ!」

 ピカールが笑いますね。

「おい、こいつらなにやってんだよ」

 察しの悪いパウエルがまだそんなこと言ってます。

「頭悪いねえきみは。シンくんはね、自分たちも水をかけられた被害者になるって言っているのさ。いじめられたのは彼女だけじゃない、ぼくらもだ。彼女をいじめることは、ぼくらをいじめることと同じだって、全校生徒に教えてやろうとしているのさ」

 ピカールが笑いながらバケツに水を汲みます。

「ぼくらこの学園のアイドルがこれをやることに意味がある。さ、きみたちももちろんやるよね?」

 ピカールが、「よいしょおおお!」って掛け声して、これも一気に水をかぶります。

 濡れた長い金髪をぴっと手で払い、前髪をかきあげる妙にかっこいいポーズでさわやかに笑います。

「さ、これでぼくも、水もしたたるいい男さ!」

 うん、すごいよピカール。やるときはやる男です。見直しました。

 でも僕らまで「学園のアイドル」なんて呼び方はやめてください。そんなつもり全くないですからね僕は。

「さあきみたち、いまさら逃げたりしないだろうねえ?」

 ピカールがいい顔でバカ二人に声を掛けます。うん、これだけやってくれるんならバカ担当から解任してやってもいいかもしれません。


「……いいだろう。やってやる。このことは貸しにしておくからな」

「貸しって、誰にだい? 自主的に参加する意志がないんだったらやらなくていいよクール担当君。君が自分だけ逃げたってことは覚えておくから」

「なんだよその『クール担当』って! ほんっとうにイヤな奴だなお前は!」

 フリード君が僕を思いっきりにらみながら、ざぶんとバケツの水をかぶります。

 残りの一人、パウエルが無言のまま、ケガしていないほうの片手で水を汲んでおります。

「いやパウエルくん、君どう見てもケガ人だよね。ケガ人にこんなことは強要しないよ。今回は参加しなくていいよ」

 僕は止めたんですけど、パウエル君、片手でバケツをつかんで、頭から水をかぶってしまいました。あーあーあーあー……。ヒロインさんが見ている前で、自分だけ男気を見せないわけにいきませんでしたか。見栄っ張りな奴だなあ……。

「わたしもやります!」

「いや、シルファは止めとけ」

「シルファさんはダメですよ……」

「シルファさん、やめてください」

「貴女はやったらダメですよ!」

 ジャックも僕も、ハーティス君も、ピカールもこれを止めます。

「なんでですか!」

 いや、だってさあ、君みたいにおっぱい大きい女の子が水かぶったら、いろいろとマズいというか、そりゃあもうエロいことになっちゃいますって……。


「お腹すいたよ。さ、みんな学食行こう、早くしないと昼休み終わっちゃうよ」

 タオルで顔だけ拭いてから、みんなを誘います。

「断る。なんで俺がお前なんかと……」

 クール担当、面倒くさいです。

「さっき言ったでしょ? 僕らが全員びしょぬれになっているところを、できるだけ多くの生徒に見てもらうことに意味があるって。いまさらつべこべ言いなさんな」って言って、彼にもタオルを渡します。

「シン君……」

 ヒロインさんがうるうるした目で僕を見ますね。

「シン君は、やっぱり、私の王子様です!」

「その呼び方やめてって、もう何度も言ってるでしょリアラさん。セレアだって水をかぶったんだからさ、そのことは覚えといてよ?」

 一番に水をかぶって見せたセレアのことはスルーですか。

 ほんとやな女だなあ。


 いやあ見られた見られた。学食であわてて食事しても、教室に戻っても、みんなに「どうしたのいったい!」って聞かれます。

「んーなんか校内歩いてたらいきなり上から水降ってきて。誰か手を滑らせたのかな?」なーんて言って、とぼけます。

 僕もセレアも、ジャックも、全身びっしょびしょのまま、何事もなかったかのようにいつも通り授業を受けます。

 この一件でなぜか男子の間でセレアの人気上がりました。黒髪、黒目でいつも目立たずおとなしく上品なセレアでしたが、濡れた姿が大変に色っぽかったようでして、男子生徒がみんなドキドキしちゃっていました。言いませんけど。


 セレアについては、「なんかぱっとしないよね――!」「あれが王子妃って、地味過ぎない?」「ちょっと釣り合ってないんじゃないかしら」なんてウワサがあるのは僕も知ってます。知らんぷりしてましたけど。

 でも、セレアは綺麗ですよ。そういう素の美しさがあるんです。他の奴らにわからなくたって全然かまいません。僕は大好きなんですから。


 あったりまえですが、このことは当然学園でたちまち噂になりました。

 やらかした誰かが青い顔してるはずです。ま、これでヒロインさんが水をかけられるなんてことは、もう二度と起きないでしょ。へっくし!




次回「61.仕事の邪魔」

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