59.多忙な王子
二年生になった僕らの学園で、スポーツ大会が行われます。
全クラスの体育委員を生徒会室に呼びまして、実行委員会を開催します。実行は体育委員長にお任せすることになりますが、生徒会からの要望として、今までフットボールだけだったスポーツ大会を、全校生徒が参加できる形にしたいと提案します。
「ボウリングはどうでしょう?」
残念ながらセレアがアイデアを出し、文芸部が作ったポエムカードですが、あまりにも知名度がないということで却下されてしまいました。
そのかわりに、男女ともに、スポーツが苦手な人でもできるものとして、ボウリングが提案されました。
ボウリングは、教会発祥のスポーツですね。
教会の修道士たちが、聖堂の通路を使って、酒瓶を、月の女神さまの石像が持っていた彫刻の月を転がして倒したという大変罰当たりな遊びが民間にも広がったものです。何考えてんの修道士さんたち……。
元祖は九ピンボウリングだったんですよ。でもそれがギャンブルになりまして、何度か禁止されたのですが、「九ピンでなくて十ピンだったら文句ないだろ」という無理やりな言い訳で今のような十ピンボウリングになりました。
教会から、重い黒檀でできたボールと、カエデのピンを借りてきました。場所は体育館です。生徒会と実行委員総出でラインを引きまして、五レーンほど設営しました。
「シン、今年はフットボール出ないのかよ!」
ジャックはじめクラスの男子から熱望されましたけど、出ませんよ。
「去年思い出してよ。ほかのクラスから大ブーイングだったじゃない。僕は今年は実行委員を手伝うよ……」
みんな男子も女子も、ゴロゴロとボールを転がしてはわーわーきゃーきゃー、大変に楽しんでもらえたイベントになりました。セレアも喜んでやっていました。
僕? 僕はずっとピン並べていましたよ。
文句なんて言わないよ。いいじゃない僕がそういうことやったって。
その一方で、フットボールの試合のほうは、観客が少なくなってやる気がそがれたと文句たらたら言われました。
言われてみりゃあそうなるか。いいとこ見せようと張り切ってたみんな、ごめん。バランスって難しいですねえ。あちらを立てればこちらが立たずかあ。
学園の休みの日に、久しぶりに学院の研究所をセレアと一緒に訪れます。
新婚さんですからね、スパルーツさんと、ジェーンさん。様子も見たいし、結婚のお祝いの品も、もっていかなきゃ。
「あのー、お二人さん、なんでそうよそよそしいんですか?」
行ってみますと、二人、どうもこうぎこちないんですよね。
「その、いきなり夫婦になっちゃったもんだから、その、心の準備もろくになく、研究所ではちゃんと仕事をしないといけませんし、その……」
「いけませんねえ。ジェーンさん、まずあなたは、スパルーツさんの家に引っ越しなさい!」
「えええええ!」
「いや殿下! ぼくもジェーンも学院の寮住まいですからね!」
「だったら家を借りてください! なにやってんすか二人とも! 実績を評価されて二人ともいい給料もらってるし、貯金だってかなりあるでしょ? 使わないからたまる一方でしょ? 使うべき時に使いましょうよ!」
「あああああ……」
二人、真っ赤になって並びます。
もうなんだかなあ。じれったい二人ですねえ。いい大人のくせに十六歳の僕らに結婚生活の指導を受けてどうすんですか、まったく。
「お祝いです! 受け取ってください」
セレアと僕から、食器一セット、調理器具一セット、贈らせていただきます。
「うわあ、ありがとうございます」
「……あの、殿下、私、実はその、料理が全然だめで……」
スパルーツさんは喜びますけど、ジェーンさんがうなだれます。
「ジェーンさん、料理なんて科学の実験と何も変わりませんよ。きっとできます」
セレアがジェーンさんを励まします。
僕も一言いいたいことがありまして、「スパルーツさんもね、ビーカーにアルコールランプで紅茶入れるようなことはやめてですね、普通にポットとカップ使うところから始めましょうよ」っていうと、やっぱりかーって顔するんですよね。
「それではですね、料理のコツ、伝授いたします」
いつも僕においしいお菓子とか、お弁当とか作ってくれるセレアが宣言します。
「料理のコツ! それは、レシピを完璧に守ること! この一言に尽きます! 料理における試行錯誤などはすでに先人の皆様がやりつくしているのです。そこに余人のオリジナリティなど入り込む隙間などないのです。材料がないから代わりを使う、調味料がないから別のものを使う、全部アウトです。料理本を買って、料理本の通りに作る。これが一番料理をおいしく作るコツであります!」
……セレア、聞きたくなかったよそんなこと……。
雑談はそれぐらいにしましてね、ペニシリンの動物実験状況を聞きます。
スパルーツさんが青カビから溶菌効果を発見し、抗生物質が誕生しました。僕とセレアでこの研究を国で支援するように、御前会議で必死に説得したのが効いたようで、今学院で、これを全力を挙げて研究中です。うまく行けば、セレアの言う「ペニシリン」が完成するはずです。
一番身近な青カビが、これほどの効果を持っているのは驚きですね。いえ、それだけの力を持っているからこそ、他のカビに打ち勝って、そこら中にあるのかもしれませんが。
「大変優秀な薬剤です。破傷風、ジフテリア、ブドウ球菌、すでに十数種類の細菌に対しての溶菌効果を確認しました。今動物実験をしていますが、良好な結果が得られています。特に炎症の症状にはだいたい効果がありまして、まず肺炎から、ヒトへの試験を始めようと思っています」
「それはすごい」
着実に成果が出ています。
あとはペニシリンの量産準備ですか。これも御前会議にかけないといけません。
「薬効の高い青カビの株も、今様々なところから採取しています。これも、人手はかかるのですが、全研究員を使ってやってますので、今年中には何とか」
「期待しています。よろしくお願いします」
午後には、文芸部の完成した紙芝居、さっそく孤児院でお披露目です。
無理言って美術部の部長さんにも来てもらいました。絵を描くのを頼めないかと思いまして、まずは紙芝居を一緒になって観てもらうところから始めないと。
文芸部の皆さん、無駄に凝りすぎです。子供達にはちょっと難解なものが多かったですね。セレアの「ピーチ太郎」が一番受けていました。まあセレアはもう何度も孤児院で紙芝居やってて経験豊富ですし。熱演してましたよセレアは。
最後、隕石魔法「メテオ」を島に落として跡形もなくしてしまうのはどうかと思いましたけど……。犬もキジもサルも出番無いし、前半の潜入工作の意味がないじゃないそれじゃ……。
美術部長、うーんうーんって考えこんじゃいました。
「面白いと思います。美術部の出番だとも思うんです。でも、これを美術部員にやらせるのはちょっと難しいかもしれません」
「どうしてですか?」
「その、美術部というのは、芸術を高尚なものだと考えている部員が多くてですね、こういう平民の、それも孤児を喜ばすためにやるようなもの、下賤なことと考える者も多いかと思いまして……。その、大変失礼だとは思いますが」
そうか――。
文芸部員でも、子供たちに受けなくて、静まりかえっちゃったりした部員は、もう一度、これをやってくれるかどうかわかりません。
よく話し合ってみないと、ダメなことかもしれませんね……。
「それにしてもセレアさんの絵はすごい! あんなふうに、まるで動いているように躍動感がある絵をなんで描けるんでしょうね! 決してうまいわけじゃないのに、子供たちをひきつける魅力があります。なぜなんでしょう?」
セレアは「マンガです」って言ってましたけど。僕もあれはすごいと思っていますよ。
いろんなことが、まだまだ前途多難です。
貴族の意識改革って、難しいかな。
そのことを、セレアと一緒に考えてみました。
「……子供たちは、字が読めない。大人は、子供たちに奉仕とかプライドが許さないかあ」
「……サイレントの絵本とかあるといいんでしょうか?」
「セリフ無しで、次々見ていくだけで面白いようなものってこと?」
ものすごく難しいですねそれ。
「でもいろいろヒントはもらえました。この国には子供向けのやさしい本が全然ないんです。読み書きが覚えられるようなもの、子供が読み書きができるようになりたいと思うようなものから、始めたいです」
「だったら、それ、童話の読み聞かせでいいんじゃあ」
「うん、そうですね。創作紙芝居とかいきなりハードル高すぎました。普通に童話の読み聞かせをやりましょう! それから、創作童話にしていってもいいですし、古今の名作を子供向けにやさしく書き直すのもいいですし」
「うん、確かにそっちのほうが文芸部らしいかな」
僕ら、最初からちょっと難しいことを考えすぎたみたいです。
人に何かやってもらおうとするならば、まずは、一番簡単なことから始めないと。
僕、成果を上げようとしていろいろ欲張りすぎているのかもしれません。
反省ですね。
次回「60.バケツリレー」