57.【二年生】生徒会長、始動
※やりすぎたところをちょっと修正しました
新学期になり、僕らは二年生になりました。
一年生になる新入生が入学してきます。入学式での在校生挨拶は生徒会長の僕がやったんですが、例によって「この門をくぐる者は全ての身分を捨てよ」という、校門に掲げられた国王陛下のお言葉を挙げて、貴族としての親の爵位を持ち出すようなことは学園の中でやらず、同じ学生として対等に友人となるように念押ししました。
「学生の間ぐらいは、そういうのナシで、たくさん友人を作ってください。身分を気にしないでふざけあえる友達、身分差別によるいじめの無い教室を作ってください。そして、充実した学園生活を送ってください。その経験は、必ず、君たちの人生のプラスになります……」
それぐらい言っておかないとね……。僕もさんざん、今でも苦労させられていることですから。
生徒会の最初の仕事は、まずは部費の配分。
生徒会室で、副会長の三年生レミーさん、会計の三年生オリビアさん、僕と同じ二年生のハーティス君と一緒に作業してます。
過去五年分のデータを集計して、その推移をグラフにしてみます。グラフはオリビアさんが作ってくれました。優秀です。
部員一人当たりの金額が一番多いのが演劇部。一番少ないのが文芸部。
「……文芸部少ないねえ」
「紙とペンだけですからね……」
文芸部で、生徒会書記のハーティス君が苦笑い。
「文芸部は活動実績をもう少し作ってくれればいいんだけど」
「学園祭で文集の発行、展示だけですもんね」
学園のみなさんは貴族騎士ですから基本的に忙しいのを嫌います。活動が全体的に低調なんですよ。ま、そのへんは校風といったところですか。その分勉強をしてくれるんならいいんですけど、そうでもないところが情けないかな。
「セレアさんの提唱で、今、孤児院の子どもたちの慰問のために創作紙芝居を製作中ですが」
「それは素晴らしいよ! それ、ぜひ今年の活動実績にして!」
部費の何がよくないかって、部費を配った後は放置なところです。何に使われているのか使途不明ってことになります。
「これ生徒会が勝手に実績評価して配るようになってるからいけないんだと思うんですよね。部長さんを集めて会議してみましょうか」
そんなわけで初めて各部の部長さんを集めて、部長会議をすることになりました。生徒会室に集めて、各部の活動内容を説明してもらいます。
びっくりなんですが、剣術部の部長、脳筋担当パウエル・ハーガンです。去年の学園武闘会で優勝したので、大威張りで入ってきて、今年から部長なんだとか。なんだかなあ……。
「どの部にも言えることなんですが、活動実績がほとんどないんですよ。演劇部は学園祭の演劇発表だけ、剣術部は学園の武闘会だけ、美術部も文芸部も音楽部もです。これ、他校との交流試合や、発表会に参加していないのはなんでですか?」
「フローラ学園は貴族学園だ。市民と競い合うようなことはやらん。やるまでもない」
パウエルが訳の分からない理由で自分たちを正当化しています。
「そんなんだからフローラ学園は世間知らずで自分たちの実力もわからない、井の中の蛙になるんですよ。今年度からは学園外で、なにか活動実績を作ってください。まず今までの予算を三分の二に減らします。残りの三分の一を今年度の活動実績に応じて再分配します。各部は今月中に、今年度の活動計画と、購入品と使途別に予算申請をまとめて生徒会に提出してください。これ今までなかったことがもうおかしいんですからね? 昔はちゃんとやっていたんだから、元に戻します。いいですね」
元々、生徒会予算をあまり使わない美術部と文芸部と音楽部は抗議無しですが、剣術部、演劇部からは猛抗議。伝統がとか慣例がとかうるさいです。
「活動実績のない部に予算は出せません。ちゃんと活動計画を提出してから抗議してください。では以上」
こんなことから始めないといけないんだから面倒ですねえ……。
せっかくですので、放課後、各部を生徒会で訪問して、活動内容を見学させてもらいます。
音楽部は素晴らしいですよ。ちゃんと楽団になってます。
みなさん上流階級の貴族が多く所属していますので、高価な楽器も自前でして、あまり部費の消費がない部でもあります。金持ちクラブですね。
「私どもはどちらかというと、音楽をみんなで楽しむことを第一に考えていますので、それなりに活動をしている感じですか……」
要するに部費を餌に釣れないということでもあります。
「それはもったいないですよ。国内で行われている音楽コンクールにぜひ出場してください。他校の、一般市民の生徒にも、フローラ学園の名を知らしめるためにも」
「そうするとかなり練習も積まねばならなくなりますし……」
「とにかく目標を定めて、一度出場してみてください。お願いします。生徒会のほうでエントリーさせてもらいますから」
「うひゃああ……」
あんまりやる気のない部長に、ちょっとは本気になってもらわないとね。
次、文芸部。
みんな紙芝居を描いてます。セレアもです。和気あいあいと楽しそうです。こういう部活もいいですよね。部長さんは三年生です。生徒会で書記をやってもらっているハーティス君はここでは副部長です。
「再来週には孤児院で初のお披露目ですよ! 楽しみです!」
セレアはもう孤児院でセレアねーちゃんという感じでみんなとは顔なじみですし、きっとうまくいくでしょう。
「僕も一緒に行くよ。みんながんばってね!」
「はい!」
「セレアは何やるの?」
「ピーチ太郎!」
……なにそれ?
「川から流れてきた大きな桃から生まれたピーチ太郎が、おじいさんとおばあさんに育てられ、犬と猿と雉をお供に従えて、魑魅魍魎の魔物が跳梁跋扈する魔物ヶ島に攻め込んで壊滅させるってお話で」
「犬と猿と雉でなんとかなるのその作戦……。全然戦力足りてないと思うけど」
「無限ポーションの『キビダンゴ』もありますし、妖刀ムラマサってチート武器も持たせます。基本潜入のスニーキングミッションですから」
そんなやかましいメンバー連れて潜入作戦が成功するとはとても思えませんけど、まあがんばれピーチ太郎。無茶はするなよ。
美術部は、パステルと水彩画ですね。優雅な貴族の手慰みという感じです。
「シン君に学園祭の時に一冊の絵本を作るのはどうだろうと言われましたよね。あれ、試しに作ってみたんですが……」
見せてもらいますが、うわあ人物画が下手ですねえ! 女神ラナテス様の神話の一つですが、いろいろだいなしになってます。
「ダメダメでした。人間が描けるようにならないと、物語って、作れませんね……」
「では今年は、人物デッサンに力を入れてみてはどうでしょう」
「そうですね、部員で交代でモデルをやって、ポーズ付けてもらいましょうか」
「あ、あの!」
女子部員がスケッチブックをもって、集まってきます!
「か、会長! その、ぜひ、モデルを、モデルをやってくれませんか!」
ぎゃあああああ。僕がモデルですかあ!
「ぜひ!」
どういう理由だかわかりませんが、僕とハーティス君で、ダンスを踊るという設定でポーズさせられました。たしかにハーティス君は見た目も女の子っぽい美形ですけど、それでいいんですかね美術部の女子部員の皆さん? なにか非常に腐臭漂う感じに盛り上がるのはやめてほしいんですけど。
後で部長に、「本格的な油絵をやって、王宮主催のサロンに出展できるようになってもらうのが一番いいんですけど、それ目標にできませんか?」って提案してみました。
「うーん、今年はちょっと難しいかもしれません」
ま、学生ですからね、そこまで要求もできませんか。
演劇部も見に行きます。
ここ、あのピンク頭が所属してますからねえ、あんまり行きたくないんです。
「あ――――! シンくうぅぅぅんんん!」
目ざといな! 真っ先に目をつけられてしまいました。さすがはヒロイン。
「やあぼくのライバル、敵情視察かい?」
くるくる回りながらピカール登場。いやなんでここに登場するの?
「なんでいるの?」
「ぼくも演劇部に入ったのさ。去年の学園祭でシンデレラを見て感動してね、ようやくぼくが光り輝ける舞台を見つけたというわけさ。こここそ、ぼくにふさわしい!」
そうして、ピンク頭の手を取ってくるくると踊りだします。
「ぴ、ピカール様、部活中です! 練習はまた後で!」
「かまうものかぼくのヒロイン……。愛は立ち止まってはいられないものなのさ」
うん、かまわないことにしましょう。部長さんに話を聞きます。
「昨年はシンデレラが受けましたのでね、今年はもっと大掛かりなものをやろうと、一本に絞り、それだけを今から準備します」
「へえ、プロの劇団みたいですね」
「ピカール君が入部してくれましたんで、バルジャン伯爵のバックアップも期待できそうです。今年は演劇部の歴史に残るような作品が上演できると思いますよ。期待していてください」
それってピカールとピンク頭がヒーローとヒロインやるってことですよね。今から見る気が全く起きないんですけど。
「学園祭でやるだけではもったいないですねそれ。どこかで再演できるぐらいになればいいですが」
「うーん、それはどうかと。なんといっても学生の本分は学業ですし、学生演劇のコンクールみたいなものも、わが国にはありませんし」
そういえばそうか。市民学校だと演劇部って、まずありませんもんね。競う相手がいないわけですか。これはなにか考えてみたいです。
最後、剣術部。ジャック、剣術部でしたよね。話を聞いてみます。
「剣術部、どうなってんの?」
「ああ、あのパウエルってやつが威張ってるだけの部になったから、面白くなくなったな。俺は最近はさぼってるよ」
……あっさりすぎるわジャック。
「そんなことになってんの?」
「まあな」
「……肝心なこと聞くけど、そもそもアイツ強いの?」
「正直よくわからん。素振りとか型稽古とか偉そうに命令してるけど、自分では剣を振らない。実戦方式の試合もさせない。あれじゃ部員が強くならねえよ」
それでか。
「要するに今年も優勝したいんだ」
自分より部員が強くならないようにしてるわけです。
「……だろうな」
「自分はこっそりどこかで練習してるのかも」
「こっそりじゃねえよ。おおっぴらに騎士隊見習いに交じって訓練してるさ」
「本当かいそれ!」
「学園の部活じゃあのピンク頭が練習場に来てきゃーきゃー言ってるしなあ。他の部員はやってられんよ……」
僕の護衛をしている近衛隊員のシュバルツを呼び出して、真偽のほどを聞いてみます。
「ああ、パウエル・ハーガンですね。ハーガン近衛隊長の長男です。確かに王宮の近衛隊の訓練場に来て一緒に訓練してますね。隊長の息子なんで、みんなそれなりに対応してますな」
「……そういう公私混同は一番やめてほしいんですけど。シュリーガンはなにやってんの?」
「副隊長は隊長の業務をほとんど代行していますので、現場にいられませんし」
ズブズブですねえ近衛隊長、クビにしたほうがいいのかなあ……。
翌週、パウエルが訓練に来るという日、近衛隊の詰め所を訪れました。
近衛隊のみんなから話を聞いてみると、下の隊員たちから嫌われてますねえパウエル。相手させられるんだけど勝っちゃいけないらしくて、手加減してわざと負けてやっているんだってさ。
「……僕が相手するよ。顔を隠せるようなものは何かない?」
「殿下が何とかしてくれるんスか!」
みんな大喜びですよ。なんだかなあ。
「面頬を当てて兜をかぶれば何とか」
みんなあれこれ、用意してくれます。うまい具合に顔を隠して、簡素な防具もつけて、田舎剣士のできあがりです。
パウエルやってきました。
「今日も訓練に参加させてもらう。よろしく頼む!」
なんだその態度。お前隊長の息子かもしれないけど、ここではただの足手まといだろ。みんなに迷惑しかかけてないよ。
「坊ちゃん、ちょうどいいです。今日は近衛隊に入隊したいって、平民の男が来ていましてね、いっちょ腕を見てやってくれませんか?」
「……面白い。いいだろう、相手してやる。連れてこい」
みんなにノせられて、パウエルご満悦ですね。
円形のリングで、顔を防具で隠した僕が無理やりっぽく連れてこられます。
裏声で、「よ、よろしくおねがいしましゅ」なんて、おどおどした態度で向かい合います。
「貴様、平民か? 平民ごときが我ら誇り高い近衛騎士団に入隊するなど百年早い。実力のほど思い知れ」
そう言って、木刀の僕に対して、刃引きした鉄の練習剣をこちらに向けます。もうこの時点でかなり卑怯なような気がします。だいたいお前もう近衛団に入ったつもりでいるの? まだ学生でしょうに。卒業して近衛団の入隊試験に受かってから言えよ……。
「はじめ!」
「うぉりゃああああ!」
打ち込んできた剣をかわし、足払いして転倒させ、そのまま腕を取り後ろ手に肩を回してパウエルの腕に僕のひざを当て……。
こきい!
一気に肩関節を外します!
「ぎゃああああああ!!!!」
パウエル絶叫!
のたうち回るパウエルの足を取り、僕の足に引っ掛けてぐるんと回って……。
こきっ!
足首の筋を痛めつけます!
「ぐわああああああ!!」
うるさいんで、そのまま倒れこんで額に肘を落として、後頭部をリングにたたきつけ、昏倒させました。
「お、おおおお……」
周りを取り囲んでいた近衛隊がぱちぱちとまばらに拍手します。
「ひでえ…………」
「容赦ねえ……」
一斉に漏らすため息がそれですか。あまりにも無防備に倒れたので、つい体が勝手に動いちゃいました。
「まってまってまって。君らさあ、彼に何を教えてたの?」
騎士団を見回します。
「戦場に立つ者として、ただ転ぶにしたって転び方ってものがあるでしょ。こんな無防備な転び方するやついるもんかい? すぐ追撃されてとどめを刺されるに決まってるじゃない。不注意すぎるよ。起き上がるのを待ってくれる敵や魔物がいると思ってんの? ちゃんとそういうこと彼に教えた?」
「教えてないっス!」
わざとかよ。ひどいなあ。
「……殿下、前より強くなってません?」
「もう剣術じゃないですよねそれ、完全にケンカですよね……」
うーん、まあその点はみなさんおっしゃる通りですが。
「だって王室流の剣術見せたら、僕だとばれちゃうし」
パウエルが担架に乗せられて、運ばれて行きます。
「……殿下、これ後で大問題になりません?」
「ああ、僕のことは、みんなで痛めつけて城外に放り出したってことにしといて。坊ちゃんのカタキはとっときましたって言っとけば別に問題ないでしょ」
「それで済むんすかねえ……」
「平民の近衛隊志願の素人に、一対一で正式に立ち合ってコテンパンにやられましたんで、仕返ししたいからヤツの身元を教えてーなんて、言い出せないって。誰に訴えるの?」
「それもそうっすね」
一週間ほどして、パウエルを学園で見かけました。
頭に包帯を巻き、腕を肩から吊り、杖をついて足を引きずりながら歩いていました。ちょっとやりすぎたかな。
「あいつ剣術部やめたよ。三年が部長になった」
ジャックが笑いをこらえて僕に報告してくれます。
「……あいつどうしたの? なにやったらあんなケガするのさ?」
とぼけて聞いてみます。
「武者修行に城外に出たら、馬車が強盗に襲われてたんで、加勢して全員返り討ちにしたんだけど、自分もやられちゃったんだってさ」
「そりゃあすごい。生徒会で表彰してあげようか」
「それ、本気で言ってんのか?」
「もちろん」
ジャックが肩をすくめて「やめとけやめとけ。ウソに決まってるだろそんなもん」ってあきれます。
まあ誰が見ても、そう思うよね……。
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