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56.卒業パーティー


 一年の最後の行事は、卒業式と、卒業パーティーです。

 卒業式は学園、卒業パーティーは学園の保護者会が主催ですので、生徒会の仕事はありません。伝統的に生徒が手を出してはいけないことになっています。

 卒業生の皆さんがローブを羽織り、ハットをかぶって入場し、学園長の話を聞いた後、一人一人、卒業証書を授与され、特に目覚ましい成果を上げた者はその場で表彰されたりします。あとは退場、そして庭で全員で一斉に帽子を投げ上げて終了。

 あっさりです。生徒会長の僕が特に何か送辞の言葉を言ったりとかは無いんですよ。まあ在校生にも卒業生にも、余計なことを演説されないほうがマシというものなのかもしれません。

 そんなことよりみんなの意識はもう卒業パーティーに向いているわけですから。


 午後、六時から学園の大ホールで卒業パーティー開催です。

 素敵なドレスに、タキシードに着飾って卒業生は全員、在校生は任意参加です。

 先輩たちと最後の別れを惜しむ在校生の皆さん、学生のパーティーですので、別に同伴者のエスコート無しで入場できないとか固いことは無しです。まあ当然僕はセレアを伴って出席です。

 なんといっても主役は卒業生ですので、僕らは卒業生入場前に在校生の皆さんと一緒に先に入場しています。ジャックもシルファさんの手を取って入場。

 ハーティス君は決まった相手がいないので、文芸部の女子部員を一人ずつエスコートしております。大変ですね! ハーレムじゃないですか。あはははは!

 えーとーえーと、ヒロインさんは……。

 いませんね。あのピンク頭いたら一目でわかるはずですが。

 まだ誰をエスコート係にするか決められないってことでしょうか。あとでコッソリ入場してくるかもしれません。


 卒業生が順に入場して、パーティーが始まります。

 絶対女王、元生徒会長のエレーナ様は、ご自身の婚約者を同伴なさって出席していらっしゃいました。卒業したらご結婚なさるそうで。相手は五歳以上年上の公爵家の方でしたか。僕を見つけて二人で歩み寄ってきます。

「殿下、セレア様、この度はエレーナの卒業のパーティーに足をお運びいただいて恐悦至極に存じます。ラロード・ビストリウスと申します」

「ビストリウス殿におきましては近年のご活躍、何度も耳にさせてもらっています。王国のための尽力、感謝を申し上げます」

 僕とセレアの二人でラロードさんに礼を取ります。


「在学中においては、エレーナを散々いじめてくださったそうで」

 そういってニヤリと笑います。

「ラロード様、わたくし、殿下に別にいじめられたりはしておりませんわ? 人聞きの悪いことをおっしゃらないで」

「会うたびに殿下のことを、それはそれは憎々し気に文句を言っておりましたが?」

 うんまあエレーナ様ほどの方ですと、当然親が決めた政略結婚ではありますが、別に仲が悪いようなことも無いようですね。お幸せにと思います。

「生徒会長というお立場のエレーナ様に、僕のような一年生がご意見できるようなこともございません。在学中に失礼がありましたら、お詫び申し上げます」

「お詫びを言われるようなこと覚えがございませんわ。わきまえて」

「はい」

 笑いを必死にこらえる顔を作ります。まあこれでラロードさんには通じるでしょう。


「じゃじゃ馬をならしていただいて、私からも感謝を申し上げます。エレーナは卒業が近づくほどに、どんどん元気がなくなっていきましたからねえ。よほど学生生活が楽しかったと見えます。よい学生生活の思い出をありがとうございました」

「それはよかった。生徒会長のお勤め、お疲れさまでした」

「……本当に疲れましたわ。お恨み申し上げます」

 さっき言ってたことと違うじゃないですか。あっはっは。

「ま、これでエレーナ様も、僕との付き合い方が分かったでしょう。お世辞やおべんちゃらでなく、これからも本音で文句言ってきていいんですよ。ラロード殿もそうお心得下さい」

「承知しました殿下。これからも殿下がエレーナの良き友人であってくれることを望みますよ」

 そう言って、ラロードさんから差し伸べられた手を握り返します。


 ダンスタイムが始まりました。三年生の皆さんが踊りますので、僕ら在校生は壁の花です。

 二曲目、僕らもホールに進んで、シックなドレスに身を包んだセレアと一緒に踊ります。できるだけ優雅に、おしとやかにね。このパーティーの主役は卒業生ですから、僕らが目立ったらいけません。卒業生への感謝を込めて、踊ります。


 ラストダンス、僕はこっちを見てるエレーナ様にダンスを申し込みます。

「あらあら、殿下、いまさらわたくしに目移りしても、もう遅うございますよ?」

「ごめんよエレーナ、卒業おめでとう。独身最後のダンスを僕と」

「冗談ですわ殿下。謹んでお受けいたしますわ」

 そう言って楽しそうに僕の手を取ってくれます。

 中央に進んで、くるくると回ります。

「お恨み致しますわ殿下」

「またかい。僕そんなに君に恨まれるようなことやったっけ」

「お目見えのお茶会、公爵家で順番に執り行うはずでしたのに、一番最初で決めてしまって、わたくし出番がありませんでしたわ」

 あーそーなるのか。僕、すぐセレアに決めちゃいましたもんね。

 もしセレアがダメだったら、二番手、三番手が一応決まっていたわけですか。

「そりゃあ悪かった!」

「ちっとも悪そうに見えないところが本当ににくたらしいですわ」

 そう言ってエレーナも笑いますね。


「……小さい頃、絵本のように、王子様とラストダンスを踊るのが夢でしたわ」

「こんな王子でゴメン」

 君にも小さい頃があったのかって思ったら、くすくすいたずらっぽく笑いますね。少女のような笑顔でね。小さい頃の君はきっと、こんなんだったんだろうなって思えるような笑顔で。

「幸せになってね、エレーナ」

「ありがとうございます、殿下も」


 エレーナのラストダンスを僕に取られたラロードさんが、あてつけっぽくセレアにダンスを申し込んで一緒に踊ってます。ま、しょうがないか。ごめんねセレア。今日は譲って。


 中央ではいつのまにか来ていたピンク頭のヒロインさんが、演劇部の部長と踊ってます。演劇部の部長も三年生で卒業ですからこれが最後になりますか。あの『シンデレラ』で披露したダンスを再現していますよ。目立ちたがりだなあ。


 ダンスタイムが終わって、セレアの元に戻ります。

「……緊張してお腹が空いたよ。なんか食べさせて」

 セレアが小皿に盛った料理を渡してくれます。どれもかじった跡があるのがお約束です。遠慮なく食べさせてもらいます。テリーヌを直接セレアの指から口の中に押し込まれ、周りのみんなに笑われます。ま、仲がいい所、アピールですな。

 文芸部の三年だった部長さんも来て、僕らに挨拶してくれました。

「今後の活躍を期待するよ、セレアさん」

「ありがとうございます部長。卒業おめでとうございます」

 

 ヒロインさんは、バカ担当ピカール、脳筋担当パウエルとご歓談中。クール担当のフリードはパーティー会場の目立たないところでボッチを決め込んでおります。なにしに来てんの。ヒロインさんのフォロー待ちってとこですか。演劇部の部長さんがピンク頭の所に来て、他の男どもと険悪にご歓談しております。騒ぎ起こさないでね。


「(……シン様はこの会場で、私に婚約破棄を突き付けるんですよね……)」

 セレアがこっそりと、つぶやきます。

「(こんな和やかなパーティーで、そんなこと言い出すほど僕って空気読めない人間に見えますかね? 狂気の沙汰でしょ)」

 なんなんだろうね、ゲームの中の僕。どう考えてもあり得ないよ。パーティーぶち壊しじゃない。そんな常識の無いこと、僕がやるわけ無いよ。

 セレアが真顔で、会場を改めて見まわします。


「……本当にそんなことが起きたら、私はもういなくなってしまいたい……」

「それは困る。僕は愛する妻を一生失うことになる。絶対にそんなことさせるもんか」

 セレアの手を握ります。

「シン様がやらなくても、ヒロインさんの攻略対象の誰かがやります……。シン様は元々私のことが嫌いでしたから、放っておくか、一緒になって断罪してきます」

「……ひどいな僕。でも大丈夫だよ。もしどうにもならなくなったら、二人で逃げよう。どこに行ったって二人だったら生きていけるって。なにも心配しなくていいよ、セレア……」

 セレアがちょっと涙ぐんで、笑います。握られた手が、僕を信じてくれていることを伝えてきます。


 僕らの卒業式の時は、僕たちにとってここが戦場になるかもしれません。

 やれることは全部やって、それでもダメだったら、逃げ出せばいい。僕は今の地位も権力も、セレアのためだったら何一つ惜しくない。

「逃げ出す練習しよっか」

「え?」

「こっちこっち」


 セレアの手を握ったまま、そっと、移動します。会場が、わあって盛り上がるたびに、少しずつ移動してカーテンの陰に隠れ、窓のカギを開いてカーテンの裏から窓の外に出て、セレアの手を取って、横抱きにして窓から出します。


 ……なにやってんのヒロインさん。

 ピンク頭が外のテラス席の広場で、窓明かりを受けて、かすかに聞こえてくる会場の曲に合わせて、クール担当とダンスしてます。クール担当、戸惑い、困った顔しながらも、しょうがないなあという感じでピンク頭のリードに任せて踊っています。これもなんかのフォローイベントかな? 無視します。


 植木に隠れて移動、移動。

 たったったーと、足音を立てずに、暗い庭を横切って、学園の柵にたどりつき、手をついてひょいと柵を飛び越えます。

 それから、セレアの両脇に手を入れて、抱き上げて柵の外へ。

 並んでいる馬車たちの中から、コレット邸の馬車を見つけ、こっそり近寄ります。

 トントン。ノックすると、御者に扮したシュバルツが待機していました。

「え? あ、殿下、もうお帰りで?」

「まだ途中だけどね、退屈だから抜け出して帰ることにしたんだ」

「はー、そうですか。殿下がいなくなっちゃあ、騒ぎになりませんか?」

「かまうもんか。さ、屋敷まで送ってよ」


 音を立てずに扉を開け、セレアの手を取って先に乗せてから、僕も乗り込みます。こっそりシートに二人で身を伏せて。

「……なんか会場でやらかしたんですか? 殿下」

「いや、隠れて帰る練習さ」

「……なんで殿下がそんな練習する必要があるんです」

「会場がテロリストに占拠され、全員が人質になったときのために」

「そんなことが実際に起こったら、真っ先に逃げ出したりはしないでしょ殿下は」

 シュバルツが肩をすくめて、馬車を出します。


 僕は馬車の外から見えないように。シートに横に寝転がって、その間ずっとセレアを体の上に乗せて抱きしめていました。

 やわらかくて、あたたかくて、いい匂い。

 たっちゃった。


 ……もう二人とも、子供じゃないんだなあ。

 十歳から、ずっと一緒だったのに。ほとんど毎日、見ていたのに。

 あの頃と、僕たち、ずいぶん変わっちゃった。

 でもこうやって二人でくっつくと、たちまち十歳に戻っちゃうような気がします。一緒のベッドでお昼寝していても、誰にも怒られなかったあの頃に。


 今じゃもう無理ですね。メイド長厳しすぎます。




次回「57.【二年生】生徒会長、始動」

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― 新着の感想 ―
[一言] 漫画からやって来ました! とっても面白いです!最近悪役令嬢ものが大体のストーリー決まっちゃってて飽きてきていたのでこういう最初から王子様視点のものはとても新鮮です 完結済みなので終わりがどん…
[良い点] なるほど逃げちゃうのね!二人の逃避行も素敵かも! [気になる点] 「生徒会長というお立場のエレーナ様に、僕のような一年生がご意見できるようなこともございません。 意見しているのは殿下です…
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