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54.ドレス、破れる


 新年を迎え、短い冬休みが終わって、三学期が始まりました。

 見るのを忘れていたんですけど、二学期の期末テストの結果がまだ貼ってありました。テスト終わったらみんなさっさと帰省してしまいますから、さすがに冬休みは赤点がいても補習は無しです。やるとしたら新年明けてからになりますか。


 一位は僕、二位はハーティス君。

 ……びっくりです。ヒロインさんが三位につけてます。

「勝負かけてきましたね……」

 八位のセレアがつぶやきます。これでヒロインさんは成績では女子のトップですね。ついにセレアも抜かれました。たいしたもんです。

「シン様があまりにもヒロインさんに興味を持たず名前も覚えてくれないので、イヤでも目に付く作戦に出てきたんだと思います」

「成績ってこんなに簡単に上がるもんかなあ」

「そこはゲームヒロインですから、パラメーター上げを全部勉強にすれば案外簡単に上がりますし……」

 パラメーターって何?

「言ってることはよくわからないけど、元々ヒロインにはそれぐらいの実力はあると」

「一通り攻略対象者と知り合いになってしまえば、あとは卒業までに目標値に達していればいいわけですし」

 へーへーへー。


 僕ら、孤児院と王宮のパーティーに顔を出し、学園の方のパーティーにはかかわらないようにしました。ラブいイベント盛りだくさんといわれている学園のクリスマスパーティーをスルーしたんです。出席していれば、何かイベントがあったはず。でも僕が関わるのはご遠慮願いたいわけですし……。

「シンくううううううん!!」


 ……くそ、ついに覚えたなピンク頭。僕のことを「シン様」とか「王子様」と呼ぶ相手を、僕は決して友人とは認めないことをようやく学習したようです。

「こんにちはリボンさん。なにか御用ですか?」

「『リ』しか合ってないし……。リンスです!」

「『ン』も合ってるじゃないですか。だんだん正解に近づいてきましたね」

「どこがですか……。これ見てくれました!?」

 そうして掲示板の成績順位、指さします。

「ふっふっふ、私もだいぶシン君に近づいてきましたよ?」

「あー、何位でした?」

「三位です! どうして名前覚えてくれないんですか!」

「僕もさすがに全校生徒の名前は覚えられませんので」

「そんなにハードル高いですか私の名前!」

「どの生徒さんも特別扱いはせず公平に接したいと思っております」

「じゃあ覚えておいてください。成績のライバルとして!」

 強いな――。これぐらい押しが強くないとダメですかねヒロインて。


「シン君、クリスマスパーティーに来てませんでしたよね? なにやってたんです?」

「僕はセレアと二人っきりで、クリスマスにふさわしいそれはそれはロマンティックな夜を堪能していましたよ」

 一応防衛線を張っておきます。

「あ……セレア様……セレアさん、失礼しました」

 今になってセレアに気がついたみたいに、ヒロインさんがセレアに挨拶します。

「お久しぶりです、どうぞお気遣いなく」

 何事もないかのようにセレアがヒロインさんに挨拶しますね。うん、大丈夫なようです。


「へえ……ふたりで。やっぱり婚約者って、素敵ですねえ―」

 いつも言ってることと違うぞコノヤロー。お前婚約者に縛られてるなんてかわいそうとか言ってたよなオラ。

「王宮のクリスマスパーティーに出たんでしょ? いいなあ! 素敵そうで! 私も卒業までには一度ぐらい、お誘いしてくださいよ!」

「王宮のクリスマスパーティーの招待状は王宮が発行します。僕がどうこうできるものじゃありませんね」

「ハードル高! でも学園のクリスマスパーティーも楽しかったですよ? お二人にはそっちにも出席してほしかったです。お二人、ダンスが素晴らしいって!」

 いろいろ情報集めてるなあコイツ。怖いわ。

「卒業するまでには、一度ぐらいね……」

「楽しみにしてます! じゃ!」

 やっと解放してくれました。


 教室に戻ると、ジャックとシルファさんがいました。

「よう久しぶり」

「ひさしぶりジャック。シルファさん」

 セレアとシルファさんも挨拶を交わします。

「ジャック、学園のクリスマスパーティーに出たかい?」

「シルファと一緒にね。ま、けっこう面白かったかな」

「どう面白かったのか詳しく」

「……妙なところに食いつくなあ、ほら、あのピンク頭いただろ?」

「うん」

「あれが、制服着て出席してきてさあ、ドレスを破られたって。男どもが誰が破ったんだって大騒ぎしてたなあ」

「……」

 セレアが複雑顔です。たぶんそういう事件起こると知ってたのかもしれません。

「なんだそりゃ……。男どもって誰?」

「脳筋とバカとクール担当」

 パウエルとピカールとフリードか。しかしその呼び方、ジャックにもすっかり定着してしまいましたか。

「誰か女生徒がやったってことになるのかなあ……」

「彼女学生寮住まいだからな、寮の女生徒は全員犯人扱いさ。シルファまで疑われてよ」

「そりゃひどいな」

「シルファは俺という婚約者がいるんだから、あのピンク頭に嫉妬する理由がねえよって言ってやったよ」

「ぐっじょぶだジャック」

「なんだよそれ……。とにかく、パーティーはそれでギクシャクしてたな」

 ふーん……。また敵を余計に作りそうですなあそれは。

 無自覚に目立ってしまう体質はあいかわらずです。来年は僕も学園のパーティーにちゃんと出たほうがいいかな。何より彼女がいじめられているなら、それを何とかしなきゃいけませんし、そんなことでせっかくのパーティーを台無しにされたらみんなにも気の毒です。男どもも、ヒロインさんにかっこいいところ見せたいのかもしれませんが、騒ぎたてるほどヒロインさんは困った立場になるでしょうに。


「彼女、パーティーでは誰とダンス踊ってた?」

「制服では踊ったりしないだろ。見てないね」

 特定のキャラとダンスをすると好感度が上がっちゃうってことですかね。

「……三学期の選択科目のダンスの授業、彼女も私達と一緒ですよ」

 シルファさんが教えてくれます。

「ああ、俺とシルファはダンスの選択科目とってるからな」

「苦手を克服しようとするその意志や良し」

「抜かせ。お前らにはかなわなくても、貴族のたしなみとして恥をかかない程度にはがんばらないと」

 なるほどねえ。ジャックも頑張ってるんだねえ……。

「ジャックさん、ダンスはテクニックじゃなくて、まずはダンスを楽しむことですよ」

 セレアがニコニコして言いますが、「そりゃわかってるけど、学園のダンスの先生はそうは言わんでしょ」ってジャックがウンザリ顔です。僕らが五年間習った先生とは違いますね……。


「僕らその時間は別の選択科目だからなあ」

「なに習うの?」

「哲学」

「お堅いことで……」

 正直言いまして、僕も「哲学」ってなんだかよくわかりません。

 でも、上流階級でも自己弁護的に都合のいい哲学者の言葉を持ち出して、それっぽくワガママを通そうとする俗物っぽい人は少なくないので、ちゃんと知識を持って反論していかないと恥をかく場合もあります。一般教養程度には、知識を持っていたいところです。


 哲学の授業、先生はおじいさんです。出席者は十人だけ。人気ないなあ……。

 残念ながら最初の授業、自習になってしまいました。授業のレベル合わせで、全員に知っている哲学者の言葉をなんでもいいから言ってみなさいってことになって、セレアが『我思う、故に我あり』って言ったら先生考えこんじゃって、本をぱたりと閉じ、「私は急ぎ研究に戻ります。今日の授業は自習にします」って言って教室を出ていっちゃったんです。

 セレア、なにしてくれてんの……。そんなに凄い格言ですかねそれ……。


「ジャックのダンス教室でも、見に行ってみようか」

 学園では選択授業で、自分の科目が無い間はフラフラしている学生がけっこういます。科目をあんまりギリギリに取ってると、一つや二つ落としただけで落第しちゃいますのであんまり感心しませんけど。


「セレアはなんであんなこと知っていたの?」

 廊下を歩きながら、さっきのことを聞いてみます。

「入院してた時に読んだ本で、『吾輩は猫である』って、猫が主人公の小説がありまして、その中で主人公の猫が、『こんな三歳児でも思いつきそうなことを真面目に考えてた哲学者がいるなんて人間ってバカだ』みたいなことを言ってたので覚えていまして……」

「……それ先生には言わないでね」

 猫にもバカにされるようなことを、先生はこれから大真面目に研究しようってことになっちゃうんですかねえ……。罪な女ですねえセレアも……。



 ダンス教室、廊下の窓から中の様子がうかがえます。

 ……なんか揉めてます。

 例によってピンク頭と、バカ担当と脳筋担当。ヒロインさんとピカールとパウエルです。もうこの三人、別々にしてどっかに監禁したいです。


 ダンス教室には生徒が二十人ほど。女子が十五人で男子が六人。

 男子は誰でもダンスなんてやつは嫌いですから、参加者は少ないです。これに加わるって、メンタル強くないとダメですね。それにしてもピカールはともかく、あの脳筋担当がダンスを習うって、なんか意外です。ま、ピンク頭狙いでしょう。

 ヒロインさんでも取り合ってるのかと思ったら、どうも違うようです。

 シルファさんが僕らに気が付いたので、窓を開けてちょいちょいと手招きします。


「なにもめてんの?」

「あ、あの……。リンスさんのダンスの練習着が、破られちゃったみたいで」

 またか――――!

 なんかクリスマスパーティーの時も、そんなのなかった?

「いったい誰がこんなことを!」

 パウエルがビリビリのダンス練習着を持って怖い顔してダンス教室のみんなをにらんでおります。シュールな情景です。

 ピカールも僕らに気付いたようで、「……やあシンくん、セレアくん、奇遇な所で顔を出すね?」なんて声をかけて近寄ってきます。

「授業が自習になってね。ジャックのダンスでも見てやろうかと」

「嘆かわしいことにそれどころじゃなくなってね。リンスくんのダンス練習着が破られてしまったよ。クリスマスパーティー以後、これが二度目さ。どうしたものか……。パウエルくんはあの通りだし」

 激怒しているパウエルを見て肩をすくめます。うーん、ヒロインさんの無自覚に事を荒立ててしまう体質はあいかわらずです。ゲームの強制力ってやつを感じますね。


 どうしたものかって言われても、こればっかりはね。女の争いに男が顔を出すとよけいややこしくなるような気がします。ジャックも、白けたふうに我関せずと、鏡の前でステップを踏んでいます。僕が口出していいものかどうか、ちょっと迷いますねこれは。

「私のダンス服、持ってきます!」

 そう言ってセレアが小走りに廊下を駆けていきました。なるほど、それはいいな!

 ダンスの先生がパウエル君をなだめていますが、怒りが収まらないようですな。やっかいなやつです。なんでも事をおおごとにし過ぎだよ……。

 セレアがダンス服を胸に抱いて戻って来て、教室に入ります。


「あの、私のダンス服、お貸しします。これを使ってください」

「せ、セレア様? なんでここに」

 ピンク頭びっくりですね。

「その、様はやめていただいて……。同じ学生ですから」

 にっこり笑って、リンス嬢に練習着のダンス服を渡してます。

「貸すだけです。これからもずっと使ってください。返す必要はありませんから」

「で……、でも、それじゃセレアさんが」

「私はいいんです。ダンスの授業は取っていませんでしたから。これは入学したときに支給されて一度も袖を通さずロッカーに入れたままでしたので、丁度良かったです。使ってください」


 ぱちぱちぱちぱちと、ピカールが拍手します。

「素晴らしい、美しい友情だ。リンスくん、受け取っておきなさい」

「でも……」

「セレアくんのダンス着ならば、まさかそれを破ろうとする者もいないでしょう。ここにいる全員が証人です。破った犯人が誰かなんてわかりませんが、もうそんなことはどうでもいい。今後はきみのダンス着を破ろうなんて人間は現れない。それでいいじゃないですか、ねえパウエルくん」

「……なぜ都合よくあんたらがここにいる?」

 パウエル、いいところ? を奪われておかんむりです。

「別の科目の選択授業を受けてたんだけど、自習になってね、やることが無いんでジャックのダンスでも笑おうかと思ってさ」

「おいおいおい、失礼な奴だな!」

 ジャックが燕尾服風の練習着でこっちをにらみます。まあ僕とジャックが仲のいい悪友なのはこの学園では知らない人間はいないでしょうし。


「シンくん、セレアくん、きみたち二人はダンスの名手として社交界でも名が知られている。どうだい、そういうことならついでだから時間まで、一緒に踊らないか? いいですよね、先生」

 余計なこと言うなよピカール! 関わりたくないんですけど僕!

「いいですね。ぜひお願いします。男子が足りなくて」

 中年女性のダンスの先生、助かったとばかりに僕らを見ます。

 ……しょうがないか。


 そんなわけで、僕らも時間まで、制服のまんまなんですけど、ダンスレッスンに参加しました。

 ピアニストさんのピアノに合わせて、基本のステップをみっちりと。

 僕は女生徒たち、だいたい全員と公平に。

 ピカールもパートナーをとっかえひっかえ。

 ジャックはシルファさんとずーっと二人で。

 ヒロインさんはピカールとパウエルを交代で相手してます。それ女子に妬まれるでしょう……。男子生徒なら他にもいるのに、先が思いやられます。

 パウエルはヒロインさんと踊った後は、一人でシャドーステップを踏んで練習してます。何しに来てんの。

 セレアは、びっくりなんですけど、男役(リーダー)を務めて女生徒と踊ります。器用だなあ……。踊りやすいって、女生徒に人気ですよ。


「さすがは殿下です。セレア様もお見事です。やはりダンスは上手な方をパートナーにして踊るのがなによりの勉強になりますからね!」

「先生、殿下はやめてください……」

「いや、実際、たいしたものだよ。さすがはぼくのライバル」

 こんな基本ステップで何言ってんのピカール……。

 まあ、ピカールはさすがに上手です。でも自分が目立とうとするそのダンスは感心しませんね。ダンスの主役はパートナー。そこ間違えたらダメだよ。

 ピンク頭が僕と踊りたそうにこっちを見ていますが、関わりたくないので他の女生徒に手を差し伸べます。

「こんなところで殿下と踊れるなんて感激です! 一生自慢できますわ!」

「こんなところで殿下はやめてよ。シン君でいいからさ。これからも何度だって一緒に踊るチャンスはあるんだから、自慢なんてしなくていいよ。さ、踊ろう!」


 結局、授業なのかダンスパーティーなのか、よくわかんなくなっちゃいました。

 今日も一つ、イベントを回避できたのか、余計かかわることになったのか、どっちだったのかなあ。

 ま、どうでもいいやもう。





次回「55.生徒総会」

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば今小学校でもダンスの授業があるのですね。
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