52.武闘会
「殿下はっ! 武闘会! ……出るんですか!」
シュバルツの上段からの切り下げ! 十手の柄と棒心を握って横一文字にして受ける!
「出ないよ! そういう実力ってのはね!」
横なぎっ! 十手を斜めにしてシュバルツの木刀を滑り下げさせ、カギで受ける!
「隠しておかないとっ意味がないし!」
足に来た! 十手の棒心を足にピタッと当ててこれを受ける!
剣の刃は十手の棒心に当たり滑ります。だから角度を間違えると 刃が滑って僕の体に当たっちゃいます。角度とカギの使い方がキモですね。
僕は片手剣と両手剣をシュリーガンとシュバルツから免許皆伝いただきまして、今は護身用に持ち歩く十手の訓練を毎日受けてます。
このシュリーガンが発明し、セレアが名付け、シュバルツが極めた捕り物具、今は市内見回りの私服巡回兵の標準装備になりました。
極めれば何でもできますねコレ。リーチ的に不利だと思うでしょ? そうでもないです。剣ってのは柄元を二本の手で支えてますよね。だから剣の先端を十手のカギで捕まえますと、片手でも対抗できます。テコと同じですね。釘抜きの長いバールで、固い釘を抜くように、敵が持った剣をねじり取ることができます。だから敵の刃のさきっぽをカギに噛ませて受けられればこっちのもんです。
そこが難しいと言えば難しいですが。普通に相手の三倍の技量が無いと対抗できません。賊を取り押さえる「捕り物具」なんですから。相手を殺すならどんな手段でも使えますから簡単です。殺さないっていうほうが、圧倒的な実力差が要求されますね……。
剣士は剣をかわしたり、剣で受けるのはされますが、剣を「つかまれる」ってのは発想にありません。そこに敵のスキができるわけです。僕はこの、十手で敵から剣を奪う方法を十通りぐらい伝授されまして、それをやっております。
学園を卒業するまでには、手加減していないシュバルツから剣を奪えるようになりたいですねえ!
剣術部のジャックは毎日部活で遅くまで練習をしております。
「お前は出ないのかよ……」
不満たらたらにジャックが僕に言うんですよ。二学期末に行われるこの学園の恒例行事、武闘派の貴族なんてもの少なくなりまして、出場者はほとんどが騎士のクラスの息子と剣術部で、それ以外は各クラスから一~二名ってとこなんですけど、ジャックは当然出る気満々です。
「……出るわけ無いよ。王族の剣術は王家御留流、いざという時に使う秘密の剣。大っぴらに知られるわけにはいかないさ」
「俺たち師匠のブートキャンプでいつも一緒に剣振ってたけど……」
「でも僕とジャックの対戦は一度もさせなかったでしょ。キャンプでシュリーガンが教えてたことなんて、ジャックに見られても全然かまわないものばっかりだったよ」
「だ――――! そうだったのかああああ!」
そこは王家の盾たる近衛兵たちの剣とは当然変わってきます。王家の役目は生き残ること。その神髄は、なりふりかまわぬケンカ殺法だと知ったらがっかりするでしょうねえジャック……。
「ま、そんなわけで今年は僕は応援するだけだよ」
「くそう……。卒業するまでには一回ぐらい出てくれよ。俺、お前とは一度決着をつけたいと思ってるんだからな?」
「うーん、それ難しいと思うな。出たとして、フットボールの時みたいに、王子に本気で打ち込めるやつなんてそうそういないから、簡単に優勝しちゃうよ僕。卑怯でしょそんなの」
「言うねえ……。まあそんなことが本当にあったら、俺は本気でやらせてもらうけどな」
「はいはい」
出場者全員のキ〇タマを踏み抜いて優勝する僕の姿をちょっと想像して笑っちゃいます。ダメだよねえそれ……。
さあてそんなわけで武闘会当日です。授業を休みにしてこんなことやるんだからおバカな学園ですねえ……。伝統的に体育委員会が主催ってことになっています。
むかーし、お強い貴族の生徒会長が、自分が優勝するために開催させた催し物ってのが発祥だったようです。もう潰しちゃえばいいと思うよそんなくだらない行事。
実行委員会作成のルール表を見ます。
場所は学園闘技場。場外に落ちるか、審判が止めるか、降参したら負け。防具はなにを使っても自由。武器は打撃武器のみ。刃付き刃引きは禁止です。剣でしたら木刀を使います。槍は棒ですね。
突きと急所攻撃は禁止、直ちに反則負けです。顔面、金的など打ったらダメな場所がいっぱいあります。なんだ、それじゃあ僕、出場しても勝てないじゃないですか……。
実行委員長の開催宣言で、武闘会が始まりました。優勝者は表彰と、ミス学園にキスしてもらえます。今年のミス学園は生徒会長のエレーナ・ストラーディス様ですからねえ、盛り上がっています。三年連続でミス学園だったよね? 人気はあるんだなあ。
僕とセレアも客席から観戦します。
「男の子ってこういうの好きですよねえ……」
「優勝できれば一年間、学園で怖いものなしだろうし。貴族の見栄と俗物根性丸出しなイベントって感じするよ……」
セレアが喜ぶようなイベントじゃありませんが、まあ僕だって出なきゃいけないようなこともあるでしょう。ちゃんと見ておきましょうかね。
ジャックの婚約者のシルファさんも、セレアの隣でハラハラしながら不安いっぱいに見ております。武闘会なんですから、ケガすることだってあるでしょう。そりゃあ不安にもなりますって。
注目のヒロインの攻略対象者で出場は、やっぱり出てきた脳筋担当のパウエル・ハーガン。それと剣術部一年生代表、僕の友人、ジャックシュリート・ワイルズの二人です。
勝ち方は……まあ相手の剣を叩き落すってのがセオリーですか。叩き落された相手は負けを認めると。実に紳士的な決闘方法ですなあ……。
戦場の戦いではありません。まあ、防具のある胴を思い切りぶっ叩くのもアリのようです。要するに誰が見ても勝ちってわかる勝ち方すればOKってことですね。けっこう審判しだいです。僕みたいにこっそり急所に当てるような勝ち方は認められないって感じかな。
二人とも順調に勝ち進みましたが、ジャック、準々決勝で三年生に剣を叩き落され、敗れてしまいました。残念です。でも強いなジャックも!
優勝は! ……パウエル・ハーガンでした。さすがは主人公の攻略対象。
剣術部でもない一年生が、三年生を破っての優勝ですから大したもんです。
と、言いたいところですが、パウエル、近衛騎士隊長の長男ですからねえ、だいぶ相手に遠慮があったような気がします。特に相手が騎士の家系だったりすると、勝つわけにいかないと言いますか……。パウエルのほうはかっこうつけて隙が多く、僕から見て、「あれが優勝?」って感じでした。女性客には、キャーキャーと騒がれていい気になっておりますけど。
これは潰したほうがいいかもしれないな。
行事として潰すのは無理かもしれませんが、爵位や身分の差をひけらかして相手を委縮させて勝つようなことはやめさせないと。
なんかうまい方法、ないですかね?
エレーナ・ストラーディス様が闘技場に上がり、優勝カップを手渡します。すると、パウエルが片膝ついて、エレーナ様の手をとってその手にキスします。
……え、それだけ?
エレーナ様からのご褒美のキスは?
どうやらエレーナ様にそれをさせるのはいくらなんでも恐れ多いということのようですねえ。つまんないなあ。
「あーあーあー! 面白くねえ!」
ジャック、荒れております。僕はそれなりに面白かったですけど、負けた当人にしたら面白くないですよね……。
「ケガはしなかったんだからよかったじゃない」
「……今日は残念会だ。街までなんか食いに行こうぜ!」
はいはい。
ジャック、シルファさん、僕、セレア、ハーティス君で、放課後街にお出かけします。
「どこに行こうか」
「そりゃちゃんとしたレストラン行くさ。フライドチキンなんか食う気しねーよ」
だよねえ。
「あ、あれ……」
ハーティス君が指さすと、街角であのピンク頭のヒロインさんが、ガラの悪そうな男どもに絡まれております。
「ナンパかよ……」
ジャックが言う通り、嫌がってるのは明らかですね。ま、見た目は物凄く可愛いからこういうこともあるか。こじれてるねえ。
「丁度いいや、ちっと助けに行くか」
何がちょうどいいのかよくわかりませんが、ジャックがずんずんとトラブルに関わっていきます。あーあーあー、やめときゃいいのに。
ほら、胸ぐら掴まれそうになってさっそくケンカです。ジャックは強いですが、まあ人数が向こうのほうが五人と多いですし、コレ、やっぱり僕も参加する流れですねえ。
「悪いけど加勢させてもらうよ」
ジャックを後ろから羽交い絞めにしているチンピラを一人、後ろから首に手を回して背負い投げして地面に頭から落とします。
「てめえ!!」
掴みかかってきたもう一人のチンピラをかわして足払いし、前のめりに転びそうになった裏の首に肘を落として顔面を地面に叩きつけます。
羽交い絞めから逃れられたジャックが、前にいるチンピラに顎フック。これも一発昏倒。五対二が二対二に。
「ふざけやがってえ!」
一人がナイフを抜きます。野蛮ですねえ……。ちょいちょいと手招きして挑発してやると、斬りかかってきましたので、十手を抜いてナイフを持った手首を打ちます。
折られた手を押さえて転がる男の胃を思い切り蹴るとうずくまって吐きました。
もう一人はジャックが顎をカウンターのストレートで殴り抜いて勝負アリです。
……ぱちぱちぱちぱち。
いつの間にか側にいたシュバルツがニコニコ笑って拍手してますね。
「いやあ、お二人ともお強い!」
「護衛がそれでいいの? 仕事しようよ」
「お二人がこの程度のチンピラにケンカで負けるわけありませんので」
この騒ぎで衛兵が集まって来ましたが、シュバルツの指示でさっさとチンピラ五人あっという間に確保され、縛り上げられ、連れていかれて終了。
「はー、スッキリした!」
武闘会で負けた腹いせを八つ当たりできたジャックと、手をぱーんとハイタッチして笑います。
「……お前、顔に似合わず、えげつないケンカするなあ」
「お互い様、ケンカに手加減無用。相手が倒れて動かなくなるまでやらないと、逆襲されるよ?」
「なるほど、秘密にするわけだ。王子があんな闘い方するなんて人に知られたらエライことだわ。あれじゃ武闘会に出られんな」
「……いや普通の剣もちゃんとできるってば」
「あ、あの……」
忘れてた。ヒロインさんがこっちに来て頭下げます。
「ありがとうございました! ナンパがしつこくて、困ってて……」
「別にいいよ、じゃ、僕たちこれからかわいい婚約者とデートだから」
「おいっ! お前たち!」
ずんずんずんずんずん、歩いてくるのはパウエル・ハーガンですねえ!
「貴様ら、彼女に何をしている!」
「……立ち話ですよ」
「右に同じく」
「ぱーくん! 来るの遅いいいいいい!」
……ヒロインさん、そのニックネームはどうかと思いますが……。
「お前ら、彼女をナンパしようとしていたな?」
「事実無根にもほどがあります」
「俺たちゃ自分の婚約者とデート中だよ。デートの最中にナンパなんかするかよ……」
そう言って、ジャックがシルファさんに手を振ります。セレアとシルファさんが制服のスカートをつまんで優雅にパウエルにお辞儀をします。通りの反対側の向こうですけど。
「あ……いたんだ」
なにその反応、ヒロインさん明らかにがっかりしてますね。
「ぱーくん、シン君はね、私がチンピラに絡まれてるところ助けてくれたの。それはホントなの。王子様が助けてくれたの」
ジャックどこ行ったヒロインさん。お礼を言うならそっちでしょ。
……パウエル、呆然としてますねえ。
「し、失礼しました、殿下」
「街中で殿下呼び禁止。お忍びだよ今の僕は」
お前今言われて気が付いたよね僕に。人に突っかかって来る前に相手は誰かよく思い出してみようよ。単純なやつだなあ……。
「じゃ、そういうことで。武闘会優勝おめでとう、ぱーくん。そっちもリンゴさんとのデート、楽しんで」
「リンスです!!」
「お、おい……!」
パウエルが動揺しているうちにさっさとセレアたちの元に戻ります。
優勝おめでとうデートですかねえ。見境ないなヒロインさん……。
「……ジャック様、危ないことはよしてくださいませ」
「あんなの軽い軽い。危ないこと無いって」
「いやあジャックいくらなんでも五対一はちょっと調子に乗りすぎだよ」
「シン様、やりすぎです。ドン引きですよ。相手の方大怪我ですよね……」
「……ごめん」
セレアに怒られます。僕が相手したほうは間違いなく病院送りです。確かにやり過ぎました。考えずに体が勝手にああいうふうに動くんです。シュリーガンの訓練のせいもありますが、ちゃんと手加減もできない僕、まだまだですねえ。まあ今回はキ〇タマを踏まなかったことはほめてほしいかも。
「時間無駄にしたな、さっさと行こうぜ!」
ジャックが先頭を歩き、五人でお目当てにしてたレストランまで向かいます。
「……あれ、パウエルさんのイベントなんじゃないですかね?」
こっそりセレアが教えてくれます。
「あ、やっぱり?」
「デートの待ち合わせをしているとヒロインさんがからまれて、それを攻略対象者が助けるんです」
「そりゃ悪いことしちゃったな。またイベント横取りしちゃって」
にやにやにやにや。
「……全然悪いことしたって顔じゃないですよシン様……」
「しかしお二人、強いなあ! 僕、暴力は嫌いだけど、あんなふうにいざってときに女性を守れるって、うらやましいです」
ほんと癒し系だよハーティス君は。
「ハーティスは、婚約者とか彼女とか、好きな女いねえの?」
ジャックが聞くと、ハーティス君どぎまぎしますね。
「……いないですよ。僕は研究が忙しくてそれどころじゃなくて」
「ハーティス」
ジャックが振り向いて、ハーティス君の両肩をがしっとつかみます。
「彼女はいいぞ。命短し恋せよ乙女。青春を無駄にするな。いいな?」
君がそれ言うのすごい違和感あるんだけど。
シルファさんが、ちょっと考えて手を打ちます。
「リンスさんなんてどうでしょう?」
「アレはやめとけ!!」
僕とジャックで合唱しました!!
次回「53.クリスマスパーティー」