51.シンデレラ
講堂、満員です。
「シンデレラか……」
「ん、まあシンデレラでしたら……。童話ですし」
僕らがまあ無難だと思ってると、文芸部の三年の先輩がこそっと教えてくれます。
「いやいや、ここの演劇部はね、毎年やらかすことで有名だから、今年もきっと問題作になりますよ。楽しみです」
不吉な予感しかしないんですが。
ちょっ……なにこれ。
主人公の灰かぶり姫はヒロインさんです!
一年生でいきなり主役か! すごいなそれ。
まあそれはそれでいいとして、冒頭からいきなり凄惨ないじめ描写です。
主人公のピンク頭が継母と異母姉妹にいじめられまくり。いやな仕事を押し付けられる、罵声を浴びせられる、小さなミスでネチネチと怒られる、食事を抜かれる、暖炉の灰をかぶせられる! 寝泊りは床の上……。
継母と異母姉妹の演技がまた鬼気迫るもので陰惨を極めます。一年生に主役をとられたから本気でやってんじゃないの? って思うほどです。入部してさっそく演劇部部長でも攻略してしまったのかもしれませんねえ。個人的な恨みがだいぶ入っているような感じがしました。正直言いますと、会場、ドン引きです。
そんな中、国の王子から妃を決めるためのお触れが出され、みんな着飾ってパーティーに行くことになります。もちろんシンデレラはそんなものに参加させてもらえるわけもなく、一人さみしくお留守番です。
床に倒れ伏したシンデレラ、ひっそりとさめざめと泣きます。
「ああ、王子様、王子様、あなたはなぜ王子なの? 私はこんなにあなたのことを愛しているのに、ひと目お顔を拝見することもかなわず、パーティーにも出られやしない。なぜ? 私が平民の子だから? 身分の差って、そんなに大事? 優しく、美しく、聡明な王子様、なぜ私はあなたに逢えないの……」
そして、切々と悲しいメロディーで王子への思いを歌にします。音楽部の全面協力で楽団の伴奏つきです。
いやそんなこと言われても……。
これさあ、普通に見たらそりゃあ感動的ないいシーンに見えるかもしれませんけど、本物の王子の僕が見たら正直、怖いです!
まったく見ず知らずの、僕の顔も知らないはずの女の子からこんなふうに一方的に想われていて、恨みつらみを言われてるのだとしたら想像して耐えられますか?
鳥肌立ちますよ。シンデレラって、王子が見るもんじゃありませんね!
ほらセレアなんて僕の手握って離しませんよ。手に汗握る展開です……。
「これじゃまるでヤンデレのストーカーです……」
ごめんセレアちょっと何言ってんのかわかんない。
そうすると何の脈絡もなく女神ラナテス様がキンキラキラキラ、キラランランと金色の紙吹雪とともに(ロープにつるされて)現れて、ピンク頭に魔法かけると、黒子がいっせいにヒロインさんの周りを取り囲み、衣装替えです。純白のすんごい衣装。気合入りすぎだっちゅうの!
王子様役は、演劇部の部長です。
王子様、君ねえ、こんな年になるまで婚約者もいないでなにやってたの? いまさらお妃探し? それも貴族から平民まで無差別に若い女の子をみんな王宮に呼んでダンスパーティーで決めるとかあんた何様?
いや、シンデレラって、そういうストーリーでしたね……。しょうがないか。あきらめて受け入れます。
王子、周りの女の子に目もくれず、いきなりピンク頭の手を取って踊りだします。
「ああ、なんて美しい人。どうか僕と、このまま、踊り続けてください」
それダメです。招待した以上、来てくれた女の子全員と公平に踊るぐらいのことをしないと王子としては招待客に大変失礼になりますよ? わかってる王子様?
だいたい将来王妃になってもらう人を、そんなふうに顔だけで選んでいいもんなんですかね? 僕はそこ激しく抵抗がありますね。
十二時の鐘が鳴り、あわててシンデレラが王宮を抜け出します。
「待ってくれ! 僕は君を、妃に、妃に迎えたい! 名前だけでも教えてくれ!」
例によってガラスの靴が足から抜け、逃げ出すシンデレラ。
ハイヒールですからね、片足だけ脱げたらもうドタバタとみっともない走りになりまして、そりゃあもうなんか見ててイタタタタッって感じになりますよ。
ホールの階段に残されたガラスの靴を拾い、絶望してそれにほおずりする王子。
……変態だ――――!
靴フェチですか! お願いだからにおいを嗅ぐのだけはやめてあげてほしいです。
「……なんで魔法が解けたのに、靴だけ残るんだろ」
「シン様、それは言わない約束ですよ……」
「隕石が落ちるなどして異常な高温にさらされた物質はガラス結晶化する場合があります。そういう魔法だったんじゃないですかね」
ハーティス君、ネタにマジレスって知ってる?
僕もセレアに聞いたんですけど、人のツッコミを、事例を上げて冷静に解説し、台無しにしてしまう行為のことらしいです。
まあそれはどうでもいいです。最後、その靴を国民の全適齢期の女性に履かせて、「ぴったりだ!」と言って、王子様とシンデレラが結ばれます。
「なんで足なんだろ。そこは顔でしょ」
「足が合う女性なんていっぱいいそうだけど」
「ということはシンデレラはとんでもなく足が小さいか、足がでかいということに」
「王子は求婚までした相手の顔も覚えていなかったと」
「どんだけバカ王子ですかそれ……」
「結局王子は脚フェチの変態だったんですね……」
みなさん批評はそれぐらいにしてください。僕の生命力がガンガン削られていくようです。
そのあと講堂で、ミス学園とミスター学園が選ばれ、投票結果が発表になりました。ミス学園は全校生徒の男子投票、ミスター学園は女子投票です。
学園の絶対女王、生徒会長のエレーナ・ストラーディス様がミス学園、ミスター学園は王子様役をやった演劇部部長です。
残念だったねピカール君。僕ら影も形もなかったよ。自意識過剰って、怖いね。
二人、講堂のステージ上で、恒例らしい、ミスとミスターによるダンスパフォーマンスが始まります。音楽部の全面協力による楽団の演奏付き。
優雅に踊る二人に、「これでミス学園はエレーナ様が三年連続ですねえ」、「毎年男は違うけどね」と言う文芸部の先輩たちの言葉に、なんかちょっとだけ、せつなくなりました。
劇と、ミス&ミスター学園によるダンスパフォーマンスが終了して、文芸部一同と図書室に帰ります。
「さあ! ポエムカードのお披露目ですよ!」
カルタでは訳が分からないので、そういう名前にしたようですね。
まあセレアの国の言葉で「歌留多」って呼ぶと、ヒロインさんが、セレアが前世の記憶持ちだと思うかもしれませんのでしょうがないですか。
「君がため、春の野に出で若菜摘む……」
「はい!」
「きゃあああ――!」
……けっこう燃えますねこれ。セレアが読み上げるカードに、普段おとなしぶっているご令嬢の皆さんがきゃあきゃあ歓声を上げながら床の上でカードの取り合いですからね。
体も使うし、反射神経も要求されるし、何より詩文への深い造詣が求められます。来年の体育祭の女子の競技になればいいですが。
僕も図書室の前で呼び込みに参加します。
「……なにをしていらっしゃいますの?」
こんなところにも絶対女王、生徒会長のエレーナ様が。
「ポエムカードです。古今東西の名文たる詩文を集めて、それを読み上げますので、床に置かれたカードを探してとる遊びです。文芸部の皆さんが作ってくださいました」
「まあ、優雅なこと」
「わかりますか、さすがですお嬢様。詩文への造詣に記憶力と反射神経も試されますよ? ご一緒にいかがですか?」
会長が参加してくれましたけど、いやあ強い強い!
「しのぶれど、色に出にけり、わが恋は……」
「はいっ!!」
読み上げられる詩文、ほとんどご承知のようでして、さすがのご教養でございます。記憶力もたいしたものです。ただ、そのものすごい気迫とスピードでカードを奪う力業はなんとかなりませんかね。どこが優雅ですか。会長の負けず嫌いはどこでも変わりませんね……。
「面白いですわね! 来年から体育祭の女子の競技に採用してみるのは確かにいいですわ!」
なんだか会長に圧倒的に有利なゲームってことになりますか。不公平でだめかもしれません。もっと女子全員が公平に楽しめるゲームにしないと……。
時間ギリギリになってしまいましたが、美術部の展示も見に行きました。
王子としての公務みたいなもんです。学園内で行われている行事で、王族が学園に通っているのに、見に来てもらえなかったとなるとがっかりされちゃいますから。音楽部は、演劇部と合同みたいなもんなので一応劇と一緒に聞きましたってことで。
「うわあ……素敵ですねえ……」
セレアはきれいな静物画に大喜びです。パステルと水彩が多いかな。
全部静物画ってのは、ちょっとどうかと思います。貴族の手慰みですので、インドアです。
「どうでしょう殿下!」
「殿下はやめて。シンでお願いします。静物画は美術の基本だと思うけど、上級生はそれを卒業してもっと外に出て風景を描くか、人物を生き生きと描くかしたほうがいいと思いますね……」
「うう、手厳しい……」
美術部の部長はがっかりしますけど、僕はセレアの紙芝居、見せてもらっていますから。美術部みたいに上手ではありませんが、それでも、物語の一場面を躍動感ある絵で生き生きと描いてました。それと比べると美術部の絵、つまらなく見えちゃいますねえ……。
「神話や物語の一場面を描いてみるのはどうでしょう?」
「なるほど、昔からある手法ですね……」
「絵は上手でなくてもいいんです。細かく描けてなくてもいい。僕は人物や物語が生き生きと描けていれば、作品として十分素晴らしいと思いますね」
「はい!」
「テーマを決めて、美術部員で協力して、それをつなげて、絵巻物みたいに一つの物語を作り上げるってどうでしょう」
「それ、いいですね! 来年やりたいです!」
美術部長にもいいアイデアだと思ってもらえたようです。
「その、できれば子供が喜ぶような内容で……」
「絵本ですか……」
いいものができたら、美術部や文芸部の部員たちに協力してもらって、孤児院や病院の子供たちに見せてあげたいので。
夕方には、学園祭も終了。夜には打ち上げのダンスパーティーがあり、そこで一曲セレアと踊ってから、早々に退散します。なんか予想付かないイベントとか始まっちゃったらイヤですもんね。
夜遅いので、コレット邸から馬車が来てくれて、二人でそれに乗って帰ります。
「学園祭、楽しかったね!」
「はい!」
僕ら二人、特にイベントらしいイベントもなく、無事に切り抜けられました。
ヒロインさんは、どうだったんだろう。誰かの好感度、稼げましたかねえ。
攻略対象でもない演劇部の部長さんと、ずっと舞台の上でイチャイチャしてたんだから、それをみんなに見られてあとのフォローが大変だったかもしれません。
「セレア、メイドさん役すごく上手だったね」
「そりゃあ本物を毎日、屋敷で見てますし」
「ベルさんみたいに?」
「……ベルみたいな接客はベルにしかできませんよ」
うん、あれは……、もう引退して今は主婦をしているベルさん、慣れればアレが普通だとわかりますが、わからない人には怖いかもしれません。まったく表情に変化がないですから。
「でも、今度のことでわかった。僕ら二人、たとえ王子や王子妃をクビになってもやっていけるよ。どんな仕事だってできる。君と一緒なら、なんでもできるよ、僕」
「あんな女ったらしの仕事をですか?」
「あははははは! いい加減、機嫌直してよ! 僕、廃嫡されて、追放されたって別にいいんだ。平民になって二人でなにかお店をやるのもいいし、孤児院や病院で働いたっていい。僕とセレアの二人なら、王子と王子妃でなくたって、きっとちゃんと生きていけるよ」
「はい、私も平民になったって、ぼろ屋に住むことになったって、全然平気です!」
セレアが凄く嬉しそうに、本当に幸せそうにそう言ってくれるので嬉しいですね。普通のお嬢様だったら、王子をやめる、国王になんてならないなんて言ったら絶対愛想尽かされますよ。そんなこと考えないでって怒られるでしょう。
「……ぼろ屋にしか住めないとか、僕、結構甲斐性無しだと思われてる?」
「あ……。そんなことないです。シン様なんでもできちゃいますから。でも、無理はなさらないでくださいね」
「うん、わかった」
屋敷前に着きました。
「……でも、今日のシン様はちょっとやりすぎだったと思います!」
あーあーあー、やっぱり怒っちゃったか。
「じゃあ、セレアにもあーんしてあげるから」
そっと、セレアを抱きしめてキスしました。
次回「52.武闘会」




