50.一年生の学園祭
いよいよフローラ学園の学園祭が開幕です!
我がクラスの出し物、「執事・メイド喫茶」に最初にいらっしゃったお客様は……。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
学園の絶対女王にして生徒会長、エレーナ・ストラーディス公爵令嬢様です。
「……さ、御席へご案内いたします」
深々と礼をし、頭を上げて片手を広げ、席へ案内します。
女王様、僕が引いてあげた席に座ります。顔がこわばっております。はい、何も言わずただ、おそばに控えます。会計さんも一緒です。
「……殿下、いったいこのクラスでは何をしておりますの?」
「殿下はやめて、『シン』、と、お呼びくださいお嬢様。今日の私はあなたの執事。なんなりと命じていただければお嬢様にお仕えする執事としてこれに勝る喜びはございません」
「き、今日一日、あなたがわたくしの下僕になると!?」
調子に乗りすぎです女王様。なぜそこまで独占できると思う?
「……残念ながら一日ではございません。ご来店いただいているつかの間の主従ではありますが。それと下僕ではなく執事ですお嬢様」
エレーナ様、なんだか体がぞくぞくしてきたようですねえ。
あっちのほうでは会長お付きの生徒会役員の皆様方が、セレアに「おかえりなさいませご主人様」と頭を下げられてどぎまぎしておりますな。
スカートをつまんで広げ、片足を後ろに下げ腰を落としと、まるでバレリーナのような優雅さで。本当になんでもできるね凄いね君! その笑顔、勘違いしちゃう男がいっぱい出てくるよ!
「な……なんでも?」
「なんなりと」
会長がおそるおそるという感じです。うんいいですねこれ。案外相手の本音が引き出せるかもしれません。
「でしたら! まずわたくしに謝罪していただきたいですわ!」
うぉっと、そうくるか――!
まあ僕も、いろいろ悪いことしてる自覚はあります。
「……お嬢様に対する今までの非礼の数々、おかけしたすべての御迷惑に心よりお詫びを申し上げます。これすべて、学園のため、共に学ぶ生徒のためとはいえ、お嬢様におきましては多大なる心労をおかけしていることは事実。このシン・ミッドランド、伏してお許しをいただきたいと思います。申し訳ありませんでした」
頭を下げます。九十度直角で。
「許しませんわ。あなたのせいでどれだけわたくしたちが苦労したと思ってるの!」
そうですか。じゃあしょうがないね。頭を下げたまま待機します。
生徒会、学園祭まで毎晩遅くまで残って、出店のとりまとめ、行事の進行、プログラムの作成、真面目に自分たちでやってました。
やらなきゃ、僕がやっちゃうんですからね。全部僕が一人でやったって、記録が公式に残ります。現生徒会の無能っぷりが代々後世まで王立文書館の公式記録として残ることになります。それは断じて避けなければなりませんよね会長。ほら会長の手にも、洗っても落ちなかったガリ版のインクが少し付いてます。昔の姉上みたいですわ。あはははは!
「王族たるものがそう簡単に頭を下げていいものだと思ってるの!? あなたがそれじゃこの国の未来はさぞかし恥辱にまみれた暗鬱なものになるでしょうね!」
「……会長」
会計さんがさすがに声をひそめて注進してくれますが、おかまいなしなようで。
「執事たる私の頭の高さに価値などありません。また、失うものもない。私は欲しいものをとっくに手に入れておりますので」
セレアをね。
むしろこんな頭の高さで張り合うなんて疲れることのほうが、僕はうんざりです。
「……このお店では何を出しているのかしら?」
「お店ではございません。ここはお嬢様のサロンです。お好みのものがあればなんなりとお申し付けください。紅茶やお茶に合う茶菓子やケーキなども取り揃えてございます」
「おすすめを持ってきて」
「はい。あの……」
「何か?」
「頭を上げてもよろしいでしょうか」
「許しません」
はいはい。頭を下げたまま白いカーテンをめくって教室の窓へ。
「レモンティー。それにシュークリーム、二名分」
「あいよお!」
窓の外では男子生徒が厨房仕事をしているというのが面白いですね。
セレアも注文をもらってカウンター代わりの窓へ。窓の外ではコンロが組まれ炭火でポットのお湯をじゃんじゃん沸かしています。
「大変そうですね、執事長!」
様子をちらっと見ていたのか、セレアが笑います。
「自業自得だねえ……。ま、今の僕は執事、気にするようなことじゃないね」
「はいはい、ハンバーグとポテト、パン、ストレートティー、二人前!」
なにガッツリ食ってく気なの生徒会役員共。
お茶のカップとポット、シュークリームを盆に載せて持っていきます。まずお茶をそれぞれ会長と会計さんのカップに注ぎ……。頭を下げたままなのでやりにくいです。
「普通のお茶ね」
「ここからがちょっと見ものですよ」
皿に置かれたレモンの薄い輪切りをフォークで刺し上げます。
「レモンを入れるとお茶の色がさっと変わります。ご覧ください」
二人、カップを眺めていて……僕がレモンをカップに浮かべるとお茶の色が薄茶から淡いオレンジに代わりました!
これ、セレアのアイデアです。レモンティーって言うそうです。レモンを手に入れるのにちょっと苦労しました。
二人、驚いた顔をしてカップを眺めます。
「砂糖は二つにしてちょうだい」
「私も」
うーん、わかってないな。
「レモンティーはほんのり香りも楽しむものです。砂糖は少なめのほうがより味わいが増しますよ。砂糖一つをおすすめいたします。甘いものならこちらのシュークリームをどうぞ」
シュークリームはそこいらにあるものですが、今回はお店に頼んでジャックが持ち込んだ生クリームを使用しています。濃厚でレモンティーによく合うはずです。
「食べさせて」
……そうくるか。
「顔を上げてもよろしいでしょうか。お顔やお召し物にクリームをつけてしまっては大変です」
「……仕方ありません。顔を上げなさい」
やっと顔を上げさせてもらえました。ちょっと腰が疲れたかな。
シュークリームをフォークとナイフで切り分けます。上手にシューの上にクリームを載せて、下の左手にナプキンを添えながら右手で差し出します。
「あーんでございます、お嬢様」
真っ赤ですよ。エレーナ様。
「さ、お嬢様。あーん」
「ちょ、ちょちょちょっとお待ちになって」
「自分で言っといてなにあたふたしてんですか。さあお口を開けてくださいお嬢様」
「いや、本当にやるとは……」
「本当にやるのが執事というものでございます。下位の者は命令には背けないものなのです。だからこそ、上に立つもの、権力をふるうものはその命令に責任を持たなければならないのです。さ、責任もってお食べください」
観念してエレーナ様がお口を開けます。
その口にフォークでシュークリームのかけらを運びます。
「はうううっ」
エレーナ様、顔を赤くし、自分で自分の体を抱いて身もだえております。
「甘くて濃厚でしょう。もう一口いかがですか」
「いただくわ……」
店中の者がこの羞恥プレイを何事かと目が離せずに釘付けになっている中、セレアだけが淡々と業務をこなしております。
「……あなた、わたくしにこんなことをして……」
「はい?」
「セレアさんがお怒りになりませんの?」
ふうーって、ため息して肩をすくめて見せてあげます。
「怒るに決まっております」
「あのセレアさんにあなたが怒られているところ、ちょっと見てみたいわ」
「怒り方もかわいいから、きっと見るとイヤになってしまいますよ?」
「どんなふうに?」
「たぶん、おんなじことをさせられます。今日中に、あーんって食べさせてあげないと、口をきいてくれなくなりますね」
「仲がおよろしいこと……」
「それだけが私どものとりえですので」
テーブルが他のお客様で埋まってきました。待たせるわけにはいきませんので。
「ではごゆっくり。御用がありましたらお呼びください」
「あ……」
なにか言いかけた会長をスルーして、次のお客様の元へ向かいます。
「おかえりなさいませお嬢様。さ、席までご案内いたします」
「きゃ――――! 本当にやってるぅう! シン様ああ!」
「『シン』とお呼びくださいませ。今日の私はお嬢様の執事でございます」
「せ……セレア様がメイドを……」
「おかえりなさいませ旦那様。どうぞセレアとお呼びください。お仕事お疲れさまでした、さ、ご案内いたします」
午前中の執事&メイド喫茶、大盛況! とは……言えなかったかもしれません。
最初に来た客がみんな居座ってしまって、回転率が非常に悪かったです。
これは計算外……。来年は違うものにしたほうがいいかもしれません。いや、時間制限のほうがいいかな。
クラスのみんなは全員貴族なもので、暇なほうをありがたがり、お金を稼ぐことには汲々としないんですよ。自称、貧乏男爵家ご出身のパトリシア嬢はいらいらしていますが。
「ご苦労さんシン君、あとは僕たちでやるよ」
午前中のノルマを終え、ようやく午後に学園祭をセレアと見て回れることになりました。急いでまかないのジャック特製パスタを、窓の外に置かれた従業員用の丸テーブルでいただきます。
「セレア」
「……?」
「あーん」
口をきいてくれないセレアに、ビスケットを差し出します。
がりっ。指までかまれてしまいました。痛いです。
もう一個どう?
「あー、シン君セレアさん、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「着替えないで、そのまんまのかっこで見て回ってほしいんだ。クラスの宣伝になるから」
「はいはい」
しかし、執事とメイドのままじゃとんでもなく不義理なカップルに見えませんか? まるで仕事をさぼって逢引きしている同僚みたいで。
……いや、実際にそうなんだからそれでいいか。
セレアの部活仲間、文芸部のみなさんと合流して、講堂に向かいます。演劇部の劇、一緒に見る約束してましたから。
「うわー、セレアさん、よく似合いますね!」
使用人の服が似合うって、それ誉め言葉になってるかなあハーティス君。もちろん悪気があって言ってるわけじゃなくて、本心から言っていることがわかりますので突っ込みませんが。
「ありがとうございます」
セレアも笑って、スカートをつまんで優雅にあいさつします。
「シンくんも素敵ですう!」
はいはい、ありがとね部員の皆さん。まあ似合うならそれでもいいです。僕たぶん王子クビになっても執事で食べていけるかもしれませんし。
次回「51.シンデレラ」