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48.執事喫茶ってなに?


 夏休みも終わり、学生のみんなが学園に帰ってきます。

「シン、夏休みどうだった?」

「……ずーっと公務。ジャック、種痘受けた?」

「もちろん。俺が集めたデータのせいで始まったんだからな、俺が真っ先に受けてやらなきゃしめしがつかんだろ」

 助かります。現在、領から王都の学園に戻ってきた学生、学生の関係者(お付きのメイドさんなども)、区別なく全員に五年の時限立法で義務化された種痘を、王都の各門で接種しているはずです。ジャックとシルファさんも、シルファさんの補習が終わってから一週間ほどだけ、故郷の領地に里帰りしてました。

 種痘を接種すると肩にできるかさぶたが剥がれたような接種跡、入出時に確認をしており、これがない人間はその場で接種しちゃうようにしています。種痘を接種したばかりの針の跡も確認しています。これ、証明書やカードにすると、必ず偽造されてしまいますので。

 ま、それでも貴族のお偉いさんやその子供ともなると、「そんなもの受ける必要はない!」と強引に門を通り抜けてしまうやからもいるようで……。


 そんなわけで、全校生徒を講堂に集めた始業式の後、そのまま、ジェーンさんによる説明講演会が行われたわけでして……。


「私は両親と兄弟、すべてを、天然痘で失いました……」

 この衝撃的な告白から始まったジェーンさんの講演はかなり生徒たちにガツンと来たようです。王都で学生をしていて感染を免れたジェーンさん、故郷の村の家族をすべて失った後、医学の道を目指すことにし、苦学して医学アカデミーの研究員にまでなったこと、勉強を続けるうち、スパルーツさんの血清を用いた抗体治療が天然痘にも有効ではないかと方法を模索していたが、うまく行かず、人体実験を行うわけにも行かず途方に暮れていたこと。そんなとき、「牛痘にかかって自然に回復した人間は天然痘にかからない」というデータがあることを知ったこと。

 畜産業が盛んなワイルズ領で詳細なデータを集めて、牛痘にかかった人間は天然痘にかからないという確信を持つに至ったこと。

 そして、自ら牛痘を自分の体に接種し、牛痘にかかったこと。その後、天然痘が発生している村に赴き、患者の治療に尽力する一方で、手当した患者の体の水疱の膿を自らの体に「接種」し、天然痘に感染したこと。


「たしかに私は患者から天然痘に感染したはずなのです。しかし、私は発病しませんでした。天然痘は牛痘接種により防ぐことが可能なのです!」

 会場がざわめきますね。さすがにとんでもない箱入り娘か、お坊ちゃまでもない限り、天然痘の恐ろしさを知らない学生なんているわけないからです。


 現在この「予防接種」は、ジェーンさんの研究グループ十五名で自ら人体実験を行い、安全性を確認したこと。国軍の志願兵五十名により追試を行い、効果が確認されたこと。天然痘の予防効果は五年から十年。現在は国王陛下の発布により、国民全員に五年以内に種痘を行うことを義務化したことを説明してくれます。

「みなさん、ぜひこの種痘を受けてください。そして、学園のみなさんが、領でこの効果を訴え、お父様を説得し、全ての領民に接種を行ってください。国民全員が五年以内に、この接種を受けることで天然痘は必ず撲滅できます! 天然痘は私の家族を奪った人類の敵であり、天然痘のない世界の実現は私の夢です。協力をお願いします!」


 講堂の全校生徒に頭を下げる、あまりにも悲壮なジェーンさんの訴えに、かえって学生の方が動揺してます。「大丈夫なのかそんな物受けて……」とひそひそ声が聞こえます。ちょっと、良くない雰囲気ですね。力説しすぎて、まるでジェーンさんの個人的な頼みを押し付けているような感じになってしまいました。


「セレア」

 僕が立ち上がってセレアに手を伸ばすと、にっこり笑って、僕の手を取ってくれます。そのまま、セレアをエスコートして講壇に登ります。会場がざわざわします。

「えー、みなさん、お久しぶりです。シン・ミッドランドです。この天然痘の予防接種ですが、実は僕も受けました。セレアもです。最初の実験で接種を受けたグループの一員として僕も臨床試験に参加させていただきました」

 ええ――って会場から声が上がります。無理もないです。


「実際に僕も、予防接種後、天然痘を自ら接種してみましたが、発病しませんでした。僕は天然痘にかからない体になったんです。それは、一度天然痘にかかり、死なずになんとか生き残った人と同じなんです。効果は間違いないです」

 会場のざわざわが収まりません。

「最初の予防接種では軽い風邪みたいになり、ちょっと熱が出たりしますが、これは風邪と同じですぐに治ります。その程度で五年間以上、天然痘にかからない体になれるならお安い御用だと思いますよ? 国策で進めていますので無料でやっています。この会場の別室で接種を準備していますので、皆さん会場を出るときに受けてください。僕からもお願いします」

 そう言って、セレアと二人で頭を下げます。


 ……しんとなる会場。


 かっ、かっ、かっと靴音がして誰か講壇に上がってきました。

 顔を上げて驚きました。学園の絶対女王、生徒会長のエレーナ・ストラーディス様です!

 僕のことをきっと睨んで……。

 それから会場に向き直り、「生徒会長のエレーナ・ストラーディスです。私はここに、今から天然痘の予防接種を受けることを宣言いたします」と言いましたよ!

 あわててどかどかと生徒会メンバーが、あの副会長さんや書記さんに会計さんまでが講壇に上がってきて、口々に「俺も受ける!」「自分も受けます!」「私も受けます!」と宣言なさいます。

 おおお――――って会場から声が上がりますよ。

 会長、ジェーンさんに向き直って握手しております。なんなんですかまるで自分がこの講演会主催したみたいに。アンタ今から受けるってことは、国王陛下の牛痘接種の発布を無視して強引に門から入って入城したってことですよね。そういうの、後出しジャンケンっていうんですよ。まったく……。


「殿下」

「学園では殿下はやめてって言ってるでしょ生徒会長」

「お恨み申し上げますわ」

「なんで?」

「……あと五年早く、この予防方法を確立していただけていれば、私の敬愛する兄上が、天然痘で廃人のようになり、廃嫡されたりはしなかったはずですので」


 ああ、そうか……。

 天然痘の致死率は50%。生きるか死ぬか半々です。

 かろうじて生き残ることができた人も、顔や全身に疱瘡跡が醜く残り、体の一部が動かなくなる、目が見えなくなるなどの障害が残ることも多いです。天然痘で死ななかったとしても、そのために廃嫡されたり、身分を失う貴族の例は少なくないのです。


「五年前の僕は十歳でした。致し方ないかと思います」

「……よく言う」

 思い切り睨み返されてしまいました。嫌われてますねえ僕。


 その後、別室で生徒のみなさんが列を作って、接種をうけてましたよ。

 腕をまくってぎゅーって目をつぶって歯を食いしばってる会長、笑えました。

 腕じゃないです、接種するのは肩です会長。あ、女子は別の部屋にしたほうがいいですね。退散退散。



 予防接種の話が長くなっちゃいましたか。

 季節も秋になり、王都の収穫祭が近づいてきました。

 学園でも学園祭が行われます。演劇部の劇、音楽部の楽団演奏、美術部の絵画展示などがメインですか。それを見たら学園祭は終わり、一般の生徒にはそんな感じです。行事が少ないですねえ……。伝統的にクラスでもなにかやるというのはあったらしいですが、だんだん活動が低調になってきており、特に何もやらないクラスのほうが今は多いです。


「せっかくだし、何かやりたいところだね」

「私もそう思うんですけどね」

 文化委員のパトリシアが教壇の前でそう言います。ホームルームの時間です。

 文化祭の行事は文化委員が主体になって行いますので、委員長である僕が出しゃばることもないですので任せますが、もちろん協力は惜しみませんよ。

 僕のクラスには公爵、侯爵の子息がいなくて、伯爵、子爵、男爵の子息ばかりです。他のクラスには公爵など高位の貴族子息のみなさんもいますよ。王子(ぼく)王子妃(セレア)がいるということでバランスを取りましたか。親の威を借り権力を振りかざすような学生もどうしてもいますので、クラスによるパワーバランス差がないように調整してあるということになります。

 まあそのせいで、フリード・ブラック君みたいに、「お前に支配されているということだ」なんて誤解するやつもいるんですが。

 そんなこと無しに、僕らのクラスは仲いいです。クラスに親の爵位を鼻にかけて威張ってるようなやつがいませんので。っていうか威張れませんよね。王子の僕が威張ってないんだから。


「とりあえずですね、皆さんにやりたいことを自由に言ってもらいたいと思います」

 文化委員のパトリシアの進行で、ホームルームの時間を取り、みんなの提案が黒板に書かれていきます。

 みなさん地元の領では領主の子息として、地元の収穫祭などの手伝いに出たことがありますので、それぞれお国柄が出ます。高位の貴族だとそんなことは下の者に任せてしまって領主、子息自らがなにかやるなんてことがありません。その点、低位の貴族子女ばかりが集まっている僕らのクラスのメンバーは経験豊富で頼りになるということになりますか。


「ローストチキンの店」

「ローストダックの店!」

「豚の丸焼き」

「牛の丸焼き!」

 うん、少し丸焼きから離れようか。


「お化け屋敷?」

「喫茶店……?」

「いやもう少し特色だそう。せっかくうちのクラスには王子と王子妃がいるんだからさ」

 僕ら対外的にはまだ婚約してるだけなんですけど、僕らが毎日あんまり仲良くしているものですから、もうセレアもすっかり「王子妃」でどこでも通用してしまいます。「王子様の婚約者の公爵令嬢」じゃ長いですもんね。

 こっそり結婚していますので、いまさらそう言われてもいちいち否定する気にもなれないのでそのまんまほうっておきです。

「だったら、あの……執事&メイド喫茶ってのはどうでしょう!」

 あ――、城下で流行っていると噂の喫茶店ですよね。

 なんでも、ウェイターとウェイトレスが執事の服とメイドの服を着ていて、「おかえりなさいませお嬢様」とか、「おかえりなさいませご主人様」とかやるそうです。

 爵位を持たない市民でも、お気軽に貴族気分が味わえるので、人気だとか。

 どういう人気ですか……。

「ナイスアイデアです!」

 なんでパトリシアのテンションが上がるの?! 貴族の学園なんだから、みんな家に執事やメイドがいるなんて普通でしょ。いまさらです。


「ふっふっふっふ……。シン君とセレアさんが執事とメイドをやる……。これはウケますよ! 満員御礼間違いなしです!」

「……なんで間違いないの」

「あのシン君とセレアさんを執事やメイドにしてなんでも命令できちゃうんですよ? 一度そういうことやってみたかった人がわんさか訪れますって」

 僕ってそんなに恨み買ってるかなあ……。

「いやいやいやいや、協力は惜しまないし、みんなが決めたことには従うよ。でもそれみんなも一緒にやってよ。僕らだって初めての学園祭、見て回りたいんだからさあ……。一日中は困るよ」


 まあさすがに一日全部それでつぶされるのってのはなしになりまして、それでもなんとか午前中だけ、僕とセレアたち女子でウェイターとウェイトレスをやることになりました。

 ほかの仕事は全部クラスでやるからそれ以外は何にもやらなくていいってさ。

 はい、そういうことでしたらお任せしますよパトリシア。君がそういうのに萌える世界の人だとは知りませんでしたよ……。




次回「49.学園祭前夜」

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