45.公務執行妨害
「あ、フリード君だ」
いつものメンバーで昼食に学食へやってきますと、あのクール系攻略対象、フリード・ブラック君が窓際の席でボッチ飯をしております。つまらなそうな顔でマズそうに食べてますね。
そう、こういう奴はいつも不機嫌そうにして人が寄り付かないようにしてるんです。クール系の特徴ですね。
貴族のパーティーでもこういうやつ一人はいるんですよ。なにしに来てるんだって思うんですが、要するにそうしている自分カッコいいとなぜか思ってるってことになります。理由は不明ですけど。
「僕ちょっと話してくる。みんなでご飯食べてて」
セレアがちょっと不安そうですけど、ま、情報収集です。どんな人間かってやつは、やっぱり本人と直接話してみるに限ります。
パスタとパン、スープのトレイを持って、彼の前の席に座ります。
一瞬、驚いたようですが、すぐに表情を戻して無視します。
「こんちわ」
「……なんだ?」
出たクール系。
「いやあ、君とは一度話をしておこうと思って」
「俺に関わるな」
うーん……そう来るか。
「君は関わりたくない相手にフルネーム呼びをして指さして、『俺はお前を認めない』ってわざわざ言うのかい……」
一瞬手が止まりましたが、無視を続けるようです。
「あんなみんなが見ている前で『認めない』と宣言した以上、何を認めないのか本人にちゃんと聞いておきたいと思うだろう普通。おかしいかい?」
「……あんな汚い作戦は認めないと言ったんだ」
あーあーあー、やっぱりそれか。
「王子がゴールキーパーやってたら誰も蹴り込めない、後が怖い、と?」
「そうだ」
「それはごめん。気が付かなかった。後で言われて確かにそうだなって思ったよ」
「ウソをつくな。明らかにそれを狙っての作戦だろう?」
「いやあ、僕がゴールキーパーやってたのはクラスで誰もやりたがらないから、しょうがなく立候補しただけなんだ」
「ウソだな。お前のクラスもお前の支配下にあるってことだ」
何なのその妄想。
「そうかなあ……。僕、ゴールキーパーに決まってから毎日練習で五十発以上チームの連中に蹴り込まれて特訓させられたよ。遠慮なんかないねみんな」
「それもウソだ。ありえない」
「だとすると、その程度の練習もしていないヤツに君はシュートを止められたってことになるんだけど……」
おっと、目の下がヒクヒクしてます。
「……お前にはあの程度で十分だと思っただけだ」
「手加減ありがとう。おかげで勝てたよ」
「貴様……」
思いっきりにらんできますね。
「俺は貴様が王子だの殿下だの認めないからな」
認めない項目が一つ増えてしまいました。
「君に認められて何かいいことでもあればいいけど、とりあえず王子と思ってくれなくても全然かまわないよ。僕、入学式からずっとみんなにそう言ってるんだけど、いくら言ってもなかなか理解してもらえなくてねえ……。できれば君のクラスの人たちにも、僕のことを王子だと認めなくていいよって伝えてほしいな」
「……断る」
「そうか、残念。『僕の顔面にシュート蹴り込める君』になら頼めると思ったのに」
はっとした顔になって僕を見ますね。
「『みんな王子様だからって蹴り込めなかったのに、君は本当に顔めがけてボール蹴っちゃうんだもん、凄い勇気! 王子も殿下も関係ない。君はそれを僕に教えてやるって意地を見せたんだよね』」
僕もヒロインさんのセリフを再現してみましょう。
「お前にそんなことがわかるはずがない!」
「『わかるよ。王子だろうがなんだろうが、コートの上では対等だ、卑怯な作戦を使わず正々堂々勝負しろって、言ってやりたかったんだよね』」
フリード君混乱しております。素になってますな。
ええええええ? って顔してます。
「ま、とにかく僕がゴールキーパーをやったのはちょっとマズかったのは事実。それを謝りたかった。来年からはもうやらないから、これからも遠慮なしで頼むよ。君みたいに僕の事、『お前』とか『貴様』とか呼ぶヤツはあんまりいないから、貴重だしね」
食べかけのトレイを持ち上げて、セレアたちの席に戻ります。
「ジャック、アイツどんな顔してる?」
僕は彼に背を向けてますので、正面のジャックに聞いてみます。
「ポカーンとしてるよ」
ジャックが笑いをこらえてますね。
「シン様?」
「ん」
セレアにちょっと睨まれます。
「また、やりすぎたんでしょ?」
「……ゴメン」
どこにでも現れるピンク頭が食堂にやってきて、ボッチ飯君の反対側の僕が座っていた席にトレイを持って座ります。ヒロインさん、せっかくきっかけができたんだから、さっそく攻略の続きですか。どうでもいいです。無視しましょう。
「スポーツ大会、フットボールだけで参加者が八人だけって少なすぎると思うんだ。なにか女子や、他の男子も参加できるような競技を追加できないかな?」
「そうですね……。そういうのがあれば僕も参加できるんですが」
文芸部員のハーティス君はスポーツが苦手ですか。うん、なんかイメージ通りです。
「歌留多ってどうでしょう?」
「カルタ?」
……セレアの前世知識かな。
「はい、古文や詩文、ことわざなどが書かれた札を二枚ずつ、百組作り、それを一組バラバラに床に並べるんです。二人以上で向かい合って座り、審判の読み手が一組の札を切って読み上げて、取り手が札を手で押さえて取るんです。たくさん取った人が勝ちです」
「へえ、優雅な遊びですね」
ハーティス君が感心しますね。
「そうでもないです。記憶力と反射神経が試されます。遠い所にある札は体を伸ばして取らなきゃいけないし、きゃーきゃー、一枚とるたびにけっこう大騒ぎになりますよ? 難しいものは下の句って言って、取る札には詩文の下半分しか書かれてなくて、読み手は上の句、前文から読み始めますから、詩文を全部覚えてないと先に取られてしまいます」
「それって、例えば四行詩だったら、取る札には下の二行だけしか書いてないってことですか?」
「そうです」
「教養と詩文に対する造詣も必要ですね……。なるほど、上流階級の婦女子の勉強、嗜みにもなるでしょう。古文嫌いな男子連中にもいい勉強になるかもしれません」
ハーティス君がうんうんと頷きます。
「授業でも詩文の朗読とかさせられますし、読み手にもいい勉強になりますね!」
シルファさんが喜びますね。そういうの好きなのかな?
「俺はそんなの苦手だなあ。そんなのよく知ってるねえセレアさんは」
ジャックはフットボール出場してりゃいいでしょうに。
「千年も前からある遊びですし」
すごいなあ。セレアの前世の文化、奥が深いなあ……。
「うん、なんかできそうな気がしてきました! それ、文芸部で編さんして作ってみましょうか!」
ハーティス君がやる気です。これは期待できそうですね。
放課後、図書室に行ってみると、テーブルに詩集の本が山積みされてまして、文芸部員がアレを入れる、コレを入れると古今の有名な詩文を選んでカードにいっぱい書いて、箱にどんどん入れてました。
「なにこれ?」
「いやあ候補が多くて、百枚を軽く超えてしまいましたので、箱にいれて引いてくじ引きにしようかと」
「真面目にやってよハーティス君……。この先千年経っても後世に残るかもしれないんだからさ、有名無名に関係なく優れた詩を残そうよ。ちゃんと価値を一つ一つ議論して」
「そうですね……。貴重な文化財になるかもしれないんだから、ちゃんとやります」
試しに箱から一枚抜いてみます。
「『1999年7の月、空から恐怖の大王が降るであろう。アンゴルモアの大王を蘇らせ、その前後にマルスが世界を支配するために』。……なんだこりゃ。誰が入れたの?」
セレアがさっと目をそらします。
また君か。ちゃんと気を付けないとそのうち魔女扱いされちゃっても知らないよ?
一週間ぶりのお休み。なんだかんだ言って学園生活が今の僕のメインですから、休日は公務に潰され、こんなふうに休みを取るのは本当に久しぶりです。
今日は時間がいっぱいありますので、街をぶらぶらしながらセレアの住むコレット公爵家別邸まで歩いていきましょうか。それからデートですね。雑貨店で買い物でもして、それから平民服コレクションでも増やしましょう。本屋にも行ってみたいな。
「あ――――! 王子様ぁあ――――!」
だ――――っとピンク頭の元まで走って行って口をふさぎます。
「ぎゅむむむむぅうう!」
「街中で王子禁止!」
手を放します。ぷはあっっと息を吐き出してヒロインさんが僕をにらみます。
「ひどいです! 婦女暴行未遂です!」
「ほんとどこにでも現れるな君は……。公務執行妨害だよ」
「こうむ?」
「こうして街の視察をするのも僕の仕事。今の僕は公務中。僕の周りを護衛の者がそれとなく取り囲んでいます。邪魔すると君、問答無用で逮捕されるよ?」
「ウソだあ!」
「ホントです」
パチン、指を鳴らしますと、がしっとヒロインさんの手がシュバルツの手につかまれます。
びっくりしてシュバルツの顔を見上げるヒロインさん。そのまま路地裏に引きずります。街にいた衛兵も何事かと駆け寄ってきますが、僕とシュバルツの顔を見て全員整列して路地裏をふさぎます。
「彼女を頼むよ……」
「はい。公務執行妨害、および機密漏洩罪で現行犯確保。10時25分。さ、事情聴取しますので衛兵詰め所までご同行下さいお嬢さん」
「き、機密漏洩罪ってなに!」
「本日殿下はご身分を隠しての公務です。それを市街地で公にしようとしたからです。王子様って大声で呼びましたよね?」
「私はフローラ学園の同級生よ! 義父はブローバー男爵で……」
「だったらなおさらダメです。平民でしたら説教して終わりですが、お貴族様と判明した以上、拘束して男爵邸に送り返し、後日王室より正式に男爵様に抗議が行きます。お沙汰をお待ちください」
「え――――!! 王子とか関係ないって言ってたじゃない!」
「それはあくまで学園内の話です。貴族でしたら公私の区別は付けてください」
護衛のシュバルツとヒロインさんのやりとり、笑えますねえ。
「シュバルツ」
「はい」
「今日は見逃すから、衛兵に十分経ったら解放するよう指示して」
「了解しました」
「えーえーえーえー……」
なに不満なのヒロインさん。逮捕しないって言ってるんだよ?
「帽子持ってる?」
シュバルツが懐からつば広帽子を出してくれましたね。さっきのやり取り見た市民もいたでしょうからね。
「ありがとう。じゃ、リンクさん、良い休日を。また学園で」
「リンスです! リンス・ブローバー!」
僕はシュバルツから借りた帽子、深くかぶって、盾になってくれてる衛兵たちにちょっと手を上げて反対側の路地から街に戻ります。
コレット公爵家別邸に行ってセレアと一緒に、外のテラスで昼食の時その話をしました。
セレアが自分で台車を押して食事を持ってきてくれるんですよ。
ベルさんが引退してからセレアには専属のメイドさんはいません。もう学生ですから。屋敷にいるメイドさんの誰かに頼むことはあっても、自分のことは自分でやりますよセレアは。僕のおもてなしも、セレアは一人でやりたがりますし。
僕は……いわれてみれば僕も専属メイドさんが付いたことは無いですね。だいたいメイド長が仕切っていて、役割分担ができていますから。一人が僕にかかりっきりってことは物心ついたときにはもう無かったです。王宮のメイドはベテランさんばかりになりますので、若い女性なんていませんし。僕も自分のことは自分でやるってのが身についてます。着替えまでメイドにやらせるなんて田舎の俗物貴族がやることですよ。王家はそんなこと人任せにしたりはしません。いざという時、自分でできないということはあってはならないのが王家というものです。
「やりすぎですシン様……」
ヒロインさん逮捕の話を聞いて、さすがにセレアが真顔になります。
「一度それぐらいの目にあわせないと、毎度こんな騒ぎになると思って」
僕にしたらたまったもんじゃありません。貴重なセレアとの休日、こんなことで台無しにされたくありません。市民に王子ってバレたら、うかうか街も歩けなくなるじゃないですか。
「しょうがないなあシン様は……。いろいろ面倒くさいですねえ」
「ホントしょうがないなあと思うよ。さ、そろそろお出かけの準備して。貴重な休みだよ!」
こんなのいちいち気にしてられますかっての。
さ、おでかけおでかけ。
次回「46.もうすぐ夏休み」