43.破られた教科書
「コレは何ですか!」
もう学食で食事中に、生徒会メンバーを引き連れて怒鳴り込んでくるのはやめてほしいですね生徒会長……。
ほらセレアもジャックもシルファさんも、先日友達になってくれて一緒に席についているハーティス君もびっくりしちゃってるじゃないですか。学食で食事してる生徒が全員こっち見てますよ。
「会長の承認をいただいて決定した生徒会行事のスケジュールを、僕がガリ版で印刷し、各クラスに配布して朝のホームルームで配った生徒会広報誌ですね」
「そういうことを聞いているのではありません!」
怒ってますね会長。
「会長、お鎮まり下さい。腰痛が悪化しますよ?」
「よ、腰痛?」
「先日、教育大臣にちらっと聞かれたんですけど、『ストラーディスの小娘が、腰痛がひどくて専用の馬車で横になれないと通学できないと申請してきておると文官が言うんだが、コレ認可していいのかね?』って聞かれましたんで、しょうがないから認可してやってくださいって頼んでおきました。どうぞお大事に」
「ぐっ……」
つまり今後も学園の絶対女王、生徒会長エレーナ様が乗合馬車を使わず、公爵家四頭立て馬車で通学できるかどうかは僕しだいってことです。理解できましたかね?
「ストラーディス公爵も腰痛を理由にもう何年も御前会議に出席していませんよね。『あの一族は腰痛ばかりで大変だな』と陛下も笑いながらお見舞いのお言葉をくださりました。あまりご心配かけるようなことはなさらないで、ご自愛くださいね生徒会長」
「……」
「でもお元気そうでなによりです。でしたら教育大臣には心配ないって申請を取り消し……」
「いたっ。いたたたたたた……」
会長、しゃがみ込んでしまいました。
学食のみんなが笑います。
「どうぞご着席ください。一緒に食事にしましょう」
恐ろしい顔をして僕をにらみながら、副会長が椅子を引いてあげて、テーブルに会長が同席します。
ジャックの隣になります。
「では質問の内容をもう一度具体的に、この場にいる全員がわかるようにご説明下さい」
「この生徒総会というのは何ですか! 勝手にスケジュールに加えないでいただきたいわ!」
なんだそんなことか。
「生徒総会を行うのは生徒会の義務です。生徒会運営条項にちゃんと記載されています。毎年やっているはずです。担当教員が作成したリストにも抜けていたようなので、先生に言って追記してもらいましたよ? 会長の承認もいただき、既にサインされています」
「私はこんなもの承認した覚えはありません!」
「見落としましたね? その程度のチェックもできてないと。ちらっと見ただけでサインしちゃいましたもんね会長は」
学食から失笑が漏れて視線が集まり、会長が赤くなります。
「だいたいなんで生徒総会をしないのです。数年前から一方的にやらないことにしたようですが、やると何か困るのですか? 生徒会の活動報告と、会計報告、特に全校生徒に報告して困る内容などないでしょう。あるんですか?」
「……生徒会は伝統ある組織です。生徒の信任を得て……」
「だからその信任を得る場が生徒総会です。それを勝手に廃止して生徒の信任を得たといったい誰が言えるのです。仕事をさぼるのもいい加減にしましょうよ会長。最低、生徒総会ぐらいは主催できる有能っぷりを見せてください」
「この野郎……」
副会長がぼそっと言っちゃいます。まあ聞き流しましょう。
「特に会計はしっかりしてくださいよ? そこが生徒総会のキモですから」
思いっきりクギを刺します。要するに、今まで生徒会室で飲み食いした分は自分のポケットマネーからちゃんと補填しておけってことです。
「生徒総会は学年度末です。丸々まだ一年近くありますよ。準備期間としては十分すぎるでしょ。それぐらいちゃんとやりましょうよ生徒会長」
「……会長にそんな口をきいて」
書記長さんが凄い目つきでにらんできます。会長の信奉者なんですねえ。
「『この門をくぐる者はすべての身分を捨てよ』です。裏口から入学したんですか書記長さんは?」
学食のみんなが笑うのを書記長さんがギロッとにらんで黙らせます。
人に笑われたことが無いんですかねこの人は。僕なんてみんなに笑ってもらえるように、自虐王子ジョークを何本も持ちネタで用意しているぐらいですけど。
まあ、だいたいが「セレアに怒られた」オチですが。
「学園の最初の行事はスポーツ大会です。運営、がんばりましょうね。さ、食べましょう」
そのあとみんなで和やかに昼食を取りました。
「ジャック、カルボナーラ美味しいよ。君の所の産物だよねこれ」
「わかるか。今年からうちの乳製品、学園食堂に卸すことにしたからな。最高のバターとチーズを入れさせてもらってるよ」
「うれしいね――! 会長もぜひ食べてみてください! 学食の名物メニューになりますよコレは!」
食べないんですか会長。昼休みおわっちゃいますよ?
昼食が終わり教室に戻りますと、例のバカ担当、ピカールが踊るような足取りで教室に入ってきて、くるっと回ってアクセサリーをきらりと光らせ、僕の机に手を付きます。
「やあっ! シンくん。今日は友人であり、終生のライバルでもあるきみにぜひ頼みがあるんだが!」
教室の女子が「きゃー」とか歓声をあげてます。ファンいるんだ。こんな奴に。
「友人とかライバルとかについては一度ちゃんとお話ししないといけないかもしれませんね。で、用というのは?」
「重大問題が発生してね、教科書を貸してほしい~♪」
「ヤダよ。君、なんか返してくれそうな気がまったくしないし。教科書忘れたのかい?」
「失礼な……。教科書を無くしたレディが困っているのさ。あいにくぼくはクラスが違うし、今日は歴史の授業は無いのでね。かわりにぼくが借りてきてあげようかと」
人の教科書で女の子にいいカッコすんなよコイツ……。
「無くした?」
「……まあ、いろいろさ」
「その女生徒なんて名前?」
「なぜ女生徒とわかるのかね~え?」
「今自分で『レディ』って言ってたじゃない……」
「リンス・ブローバー嬢だよ」
……またイジメかな? 僕は歴史の教科書を出して立ちます。
「じゃ、行こうか」
「きみが行くまでもないよ。ぼくに任せたまえ!」
「いいからいいから」
僕はヒロインさんのクラスがどこにあるかなんて知らないってことになってますんで、ピカールに先導してもらってとなりのBクラスまで行きました。
女子がキャーとか言って騒ぎます。うううう、ヤダなあ。
ヒロインさん、机に座って、目に涙いっぱい溜めてますね。これは男だったらなんとかしてあげたくなるかもしれませんね。
「やあリンダさん、教科書忘れたんだって?」
「リンスです! 忘れてないです……。でも……」
机の上のノート、文房具、教科書……。その教科書がビリビリに破られてますね。あーあーあー、そういうことか。
「なるほど、教科書破れちゃったんだ。お気の毒に」
「……シンくん、その言い方は無いだろう。これは明らかに……」
そう言いかけるピカールを制します。
「えーと、リング嬢?」
「リンス・ブローバーです!」
「はいはい、では僕の教科書を君にあげます」
教室がざわっとしますね。ポケットから万年筆を出して教科書の表紙に書きます。
「……シン・ミッドランドより……年月日……っと」
ヒロインさんが目を真ん丸にしてビックリし、僕を見上げますね。
「さ、立って」
「はい!」
ガタっとヒロインさんが立ちます。
「この歴史教科書をラステール王国第一王子、シン・ミッドランドより下賜する。受け取りなさい」
「は、はい、ありがとうございます!」
ヒロインさんが頭を下げて教科書を両手で受け取ります。
「この教室にいるみなさん、証人になってください。以後、この教科書を破るものがあれば、王家より下賜された御下賜品を毀損したことにより罪に問われます」
教室がしーんと固まりますね。
「じゃ、こっちの教科書は僕がもらうから」
そう言って机の上のビリビリに破られた教科書をひょいと取り上げます。
「い、いや、それじゃ! それじゃシン様が困るでしょ!?」
「『様』はやめてって言ってるでしょ。この国の歴史なんて嫌というほどもう頭に入ってるよ。破れていても別に不自由ないね」
そして教室を見回します。
「これでこの教科書は僕の物です。誰ですかね僕の教科書を破るなんてみみっちい嫌がらせをしたのは。しかもコレ歴史の教科書ですよ? この国の歴史すなわち王家の歴史でもありますよね。あえてそれを破るとはそこに込められた意図を考えなければなりません。徹底的に調べてみるとあるいはこのクラスから……」
「シンくん」
「ん?」
ピカールがしかめっ面です。
「やりすぎ」
「冗談だよ」
そう言って笑いますが、まあ教室の皆さんは笑えませんか。
ま、これぐらい脅かしておけば十分でしょう。
「それではみなさん、僕の教科書を破るなんて、僕に対するいじめはもうやめてね。僕泣いちゃうからさ。じゃ、そういうことで」
さっさと教室を出て自分のクラスに戻ります。すぐに先生来ちゃいますし。
まあコレで教科書を破るなんて事件はもう起きないでしょ。
後でこのことを下校の帰り道でセレアに言いますと、うーんって思い出してます。
「好感度の高いキャラが別のクラスの場合、教科書を忘れたんで借りに来るってイベントはあります。教科書を破られるって嫌がらせイベントもあるんですが別々でした。それがなんか一緒になっちゃってますよねそれ」
「どっちも学園じゃフツーにありそうなことだよねソレ。イベントとかもう関係なくなってんじゃないのかなあ」
「私への断罪イベントで、『彼女のこの教科書を破ったのも君だろう!』って、シン様がそれを私に突き付けてくるんです……。その証拠の品を、シン様が本当に手に入れちゃうんですね。なんか強制力を感じます」
「ひどいな僕……。でも今日も僕、朝から昼休みが終わるまでずっとセレアと一緒だったし、それをジャックとかみんなも、生徒会長までそれ見ているし、破りに行くヒマなんてなかったでしょ。セレアが破ったなんて思うわけ無いよ」
「ありがとうございます」
セレア、ちょっとだけ、にっこりします。
この教科書、証拠になるんならもう燃やしちゃおうかな……。
「クラスの雰囲気も悪かったし、まあヒロインさんみたいに学園のいい男に片っ端から八方美人してたら、そりゃあ誰に教科書破られたって不思議じゃないよね」
「もしかしてそれ、ピカールさんの好感度が上がるイベントだったのかもしれませんね」
「なるほど」
「それをシン様が横取りしちゃったってことになりますか」
「あっはっは!! そりゃあ悪いことしたね!」
ってことは今ヒロインさんに一番好感度高いのはアイツかい! 笑えるんでどんどん仲良くなってほしいですね僕は。お似合いだと思いますよ。
「次こんなイベントがあったら、邪魔しないであげようかな」
「なんかもうどっちでもいいような気がします」
セレアもそんなこと言って笑ってくれましたね。
あとでヒロインさんの教科書見たら、すみっこにちっちゃい絵が描いてあるんですよ。なんだろこれってめくってみると、少しずつ違う絵で。
いろいろいじくりまわしているうちに気が付いたんですけど、これ、本を丸めてパラパラパラって指で少しずつめくっていくと絵が動くんです!
凄いなこれ!
リンゴが二つに割れて猫が飛び出してお尻を振って……破られてたんで途中までしかないんですけど。
最後どうなってたのかなあ。すごい気になる。
……いや授業はちゃんと受けてほしいとは思うんですけどね。
次回「44.フットボールとクール担当」