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41.癒し担当くん


 今日はセレアが図書室で司書をする日です。貸出、返本の受付ですが。

 図書委員としての初仕事ですね。ちょっと覗いてみましょう。


 この学園も図書室は立派ですよ。蔵書は五万冊を超えます。

 生徒さんがけっこう来ていますね! にぎわってます!

「やあセレア、どう? 図書委員の仕事は」

「今日はなんかいつもより人が多いです。いいことですよ」

 そう言ってニコニコしています。

 図書室にいる生徒のみんなが一斉に僕らのことをちらっ、ちらっと見るんですよね。そういうことかい。


 ま、何にせよ未来の王子妃も、それに会いに来た王子様も、こうして図書室に現れるとなれば、お近づきになりたい生徒の利用も増えて文句なしです。「図書室の利用率を増やしたい」って話、セレアがいるだけで解決しちゃうんじゃないのかなあ。

「生徒会活動の記録とかもここで蔵書してるって先生に聞いてきたんだけど」

「ありますよ。ご案内します」


 カギのかかった別室ですね。セレアにカギを開けてもらって、ファイルを持ってきます。七年分です。名簿に名前を書けば、生徒でしたら誰でも閲覧することができます。

 僕の姉上、サラン姫殿下が入学されてから学園がどう変わったか、これでわかるというものです。殿下が留学でいなくなった後、どう腐っていったかもね。


 空いてる席は……ちょうど、図書委員で文芸部員のヒロイン攻略対象、ハーティス・ケプラー君が座ってますね!

 ケプラー伯爵の三男、インテリ担当、癒し系です。眼鏡に中性的な顔立ち、ちょっと小柄かな。男子の制服着てなきゃ、そのロングヘアを後ろで縛ってるとこなんか女の子にも見えちゃいます。

「前の席、いい?」

「あ、どうぞ。え、殿下……」

「殿下はやめて。シンでいいよ。学園ではそれでお願い」

 どさっと七年分のファイルを置きます。


 こうして見ると、生徒会活動、昔はちゃんと学生が自身でやっていたことがわかります。ほら、姉上の手書きの書類がいっぱいありますよ。一年生のうちからもうこんなことやってたわけです。なんでもやるなあ姉上は……。

 姉上がハルファに留学するために学園をやめた六年前から、だんだんファイルが薄くなるんですよね。生徒会の仕事がどんどん減ってるってことです。なにやってんだか……。

「生徒会のお仕事ですか。なにかお調べですか? お手伝いいたしましょうか」

 けっこう普通に話しかけてくれますねハーティス君。いい人っぽいです。

「いや、探してるわけじゃないんだ。全部目を通すつもりだから」

「これを全部ですかあ?! 凄いですね!」

 ハーティス君が驚いてますよ。


「びっくりしたよ。今の生徒会ってなんにも仕事してないんだからさ。全部、顧問の先生任せ。昔はそうじゃなかったはずだから、記録を見てみようと思って」

「そうなんですか……。だとしたら嘆かわしいですね」

「そう思ってくれて嬉しいね。これ見てよ。年を追うごとにファイルがだんだん薄くなってる。生徒会程度(・・・・・)の組織運営もできなくて人任せじゃ、将来この学園から僕の片腕になってくれるような人材は期待できないってことになっちゃう」

「殿下……シン君はやっぱり凄いですね! あの生徒会メンバーを一刀両断ですもんね。僕も学食であの騒ぎ見ていましたよ。大きな声じゃ言えませんが、スカッとしました」

 そう言って笑います。うん、付き合いやすいタイプです。僕と似てるかな。お友達になれそうです。


「セレア様……さんも凄いんですよ。僕、感心してしまいました」

「セレアが? そういえば文芸部に入ったとか。君、文芸部員?」

「はい、申し遅れました。ハーティス・ケプラーと申します」

「シン・ミッドランドです」

「はは! いまさらですよ! 僕みたいなものに声をかけてくれてありがとうございます」

「二年も前に一度パーティーでお会いしていますよ」

「そんな前のことを覚えていてくれて嬉しいです」

 にっこり笑った顔が可愛いですね、男ですけど。これはこれでモテるでしょうねえ! さすが癒し担当、攻略対象者です。いいやつです。


「セレアさんとは色々話をするようになりましたが、天文学への造詣(ぞうけい)深く、驚かされました」

「へー……。まあ女の子は占い大好きだから」

「それは天文学じゃなくて占星術ですよ。星や惑星が軌道に従って規則正しく動いていることが証明されてしまった現在では占星術は意味がなくなってしまいました。星の動きが予測可能になりましたからね。今や日食だっていつ起こるかちゃーんと計算できますよ」

 セレア、『はやぶさくんのおつかい』とか、『月世界旅行』とかの話、してないでしょうねえ。アレを聞いたらこの世界の学者さんたちがぶっ飛んでしまいそうです。


「シン君は惑星って、御存じで?」

「うん、水星、金星、火星、木星、土星。一か所にとどまらず、星座の中を移動している明るい星」

(まど)っているように見えるから惑星なんですよね」

「そうだね」

「セレアさんはあれが他の星とは異なり、太陽を中心に地球と一緒に回っているとご承知でした。月は地球の周りをまわっているとも」

「地動説か。この国でも認められて、教科書も書き変えられてもう百年も経っているけど、未だに教会の一部が反対してるんだよなあ。市民レベルじゃ知らない人もまだいるからね」

「それだけではないんです。惑星の軌道、観測記録とどうしても計算が合わない部分があるんですが、僕の父もずっとそのことを疑問に思っていて。今でも学院で議論の対象になっているんですけど、セレアさんが『惑星の軌道って確か楕円なんですよね』って言ったんですよ!」

 セレアの前世知識キタ――――!


「失礼ですがお父様は?」

「あ、父は学院の天文学科、学部長です。ヨフネス・ケプラーと申します」

「たしか伯爵で」

「ケプラー伯爵です。御承知いただいていましたか。光栄です」

「セレアの思い付きが何かのお助けになれば幸いですね」

「お助けどころじゃないですよ! 父にそれを話すと、過去の観測データを全部ひっくり返して計算を全部やり直して、徹夜続きなんです。学院の天文学研究員も動員して大変な騒ぎになっています。確かに惑星の軌道が楕円軌道だとすると、観測データとぴったりなんですから、みんな驚いています!」

「しーっ。図書室ではお静かに」

「あ、失礼いたしました!」

 二人で顔を伏せて周りを見回します。あーあーあーみんなに見られちゃってますね。慌ててコソコソ話に切り替えます。

「天体は神様がおつくりになった物。全てが完璧なはず。美しい円を描いているに違いない。そういう思い込みの常識が根底から(くつがえ)されたわけです。革命的な発見ですよ」

 セレア、そんなところでも学者さんをひっくり返して……。なにやってんだか……。


「その、セレアはちょっと変わったところがあって、たまに妙なことを言うこともあるんですが、文芸部で浮いちゃったりしていませんか?」

「それはご心配なく。皆さんに慕われていますよ。面白い本を見つけ出すのが上手で、僕なんか最近セレアさんに勧められて、こういう空想科学小説とか読むようになりましたが、実に楽しいです!」

 そうして読んでいた本を持ち上げてくれます。ヴェールズの「火星人襲来」かあ。なに読んでんのセレア……。


「地球に襲来した火星人が、地球の病気の免疫を持っていなかったからって全滅しちゃうんです。免疫がないって怖いですね!」

 それつながりで読んでたのかセレア。細菌と免疫の概念、空想科学小説家が題材にするぐらい、だいぶ認識されるようになったようです。セレアの功績の一つかもしれませんね。近々牛痘接種も始まりますし、国民に広く伝わってくれると嬉しいですね。


「ハーティス君、人に本を紹介するのに、いきなり『全滅しちゃうんです』って話のオチを一番最初に説明してしまうのはどうかと思うよ……」

 彼の素直な人となりは見て取れて好ましいんですけど。

「あっ! そうですね! すいません。気を付けます」

 しょぼんとしたハーティス君に手招きして顔を寄せます。

「(それセレアにやるとめっちゃ怒るからね!)」

「(そう言えば目が全く笑ってなかったことが何回か……。御忠告感謝します)」

 僕らの間に妙な連帯感ができてしまいました。あはははは!


「……セレアさんは素晴らしい女性です。誰とでも分け隔てなく本当に友人になってくれます。あんな人を婚約者にしているなんて、僕は殿下がうらやましい……」

 ハーティス君、ちょっと赤くなって、司書席に座って笑顔で生徒と図書のやりとりをしているセレアに目をやります。

 あーあーあー、セレアに攻略されちゃってるよハーティス君。

 そういう手もありましたか。盲点でした。

「あ、し、失礼いたしました! 今の無し! 無しで!」

 ガタっと椅子から立ち上がり、僕にサッと頭を下げます。

「はいはいはい、無しで。あっはっは。なんかいろいろごめん。セレアのことは僕も大好きだよ。これからもよろしくね。殿下とか王子とか抜きで、僕とも友達になってよ」

 手を伸ばすと、その手を握ってくれました。


「セレアが考えたり、言ったりすることは、周りから見るとちょっと異端なこともあるんだ。貴族らしくない、王子妃にふさわしくないって問題になることもあるかもしれない。君、同じ文芸部員として、それとなくでいいからそこ、ちょっと注意して、フォローしてあげてくれませんか」

「せっかくの才能がもったいない気もします……。でもごもっともです。(うけたまわ)りました」

「ありがとう」


「あ――――! いた――――!」

 ……図書室ではお静かに願いますヒロインさん。

 どこにでも現れますねこのピンク頭!

「ハーティス様! また授業でわからないことがあって……、その、教えてくれると嬉しいんですが」

「……様はやめてくださいって言ってるでしょリンスさん。同じ学生なんですから。それにここは図書室なんですから静かにしましょう」

「ここ、ピタラコスの定理、どうしても証明のやりかたがわからなくて」

「五十通り以上ありますよそれ……いいかげんどれか一つぐらいは覚えてください」

「ごめんなさい……。努力します」

 インテリ系担当にもちゃんと攻略開始してましたかヒロインさん。さすがです。勉強を教えてもらうというのは確かにいい手です。出会いイベントもとっくに済ませていたわけで、やりますねえ。手ごわいです。

 僕は関わりたくないので、生徒会資料の閲覧に戻ります。


「あ、王子様」

「……」

 関わりたくないので無視します。

「殿下? シン様、シン君?」

 関わらないわけにはいかないみたいです。


「はい?」

「え、もしかしてシン君、ハーティス君とお知り合いなんですか?」

「二年も前から友人です」

 それを聞いてハーティス君嬉しそうに笑ってくれますね。僕もこれぐらいずうずうしくいきませんとね。ヒロインさんに負けてられませんし。

「えー、知らなかった」

 はいはい。

「リンスさん、シン君は公務中です。邪魔したらダメですよ……」

「はあい」


 せっかくですのでそれとなく様子を探ってみましょう。

 見た限りでは、ハーティス君、頭のいい聡明な女性が好みのようで、ヒロインさんに心奪われているという感じはまだまだゼロですね。しょうがなく教えてやってるという感じで、よそよそしいです。

 油断なりませんがハーティス君も、ジャック同様、僕らの陣営に引き込むことができたらいいな。


 それ以前にハーティス君とは、僕もちゃんと友達になりたいし。




次回「42.姉上が残した伝統」

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[気になる点] 職業柄、「図書館で司書をする」という部分がどうしても抵抗があります。 ご存じかも知れませんが、もともと、司書は「する」ものではなく、司書で「ある」ものなのです。 なぜなら、司書とは…
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