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40.バスガス爆発


「ファーガソン侯爵家、御着(おつ)き」

「はい、ファーガソン侯爵、1」

「殿下、おはようございます」

「おはよ! 殿下はやめて。シンでお願い」

 ファーガソン家の御令嬢にセレアと一緒に挨拶します。


「レミンスト伯爵家、御着き」

「はい、レミンスト伯爵、1」

「おはようシン君。どうしたの正門で……」

「おはよ、ちょっと調査だよ」

「おはようございます」

 レミンスト伯爵の三男坊にご挨拶。


「えーと、これはちょっとわかんないな。御者さんに聞いてくる!」

「はい、保留1っと」

「……」


「……なにをしてらっしゃいますの?」

「あ、エレーナ様、御久しゅうございます。おはようございます。ストラーディス公爵家、1っと」

「それいったいなんですのセレアさん?」

「交通量調査です。どうぞお気になさらずに」

「こ、こう……」

「あ、おはようございます生徒会長」


 はい、学園の正門前で、僕とセレアが二人、クリップボードを抱えてメモしながら学生の登校を記録しております。多くの学生が怪訝な顔で僕らの横を素通りしていきますね。顔見知りの人とはご挨拶しますけど。

 そんなところに学園の絶対女王、生徒会長のエレーナ・ストラーディス様がひときわ立派な四頭立て馬車でご登校なさっておいでです。

 一人で学園に登校するのに四頭立て馬車って凄いな公爵家……。


「……いったい何を始める気ですの殿下」

「なに、ちょっと頼まれごとでしてね。セレア、さっきの、バルバトール子爵家、2」

「はい、バルバトール子爵家、2」

「生徒会の許可なしに勝手なことは許しませんよ?」

「これは生徒会活動とは全く関係ありません。お約束します。御迷惑はかけません」

「本当でしょうね?」

「ボランティアでね、ちょっと調査を」

 疑ってますねえ生徒会長。


「セレア、コーナズ侯爵家、1」

「はい、コーナズ侯爵家、1」

「遅刻しますよエレーナ様? お急ぎください。セレア、ブランシュ侯爵家1」

「はい、ブランシュ侯爵家1」


 エレーナ様、険しい顔で執事に見送られ、校門をくぐってご登校されていきました。まあ、後でわかると思うよ。



 放課後、久々に学院のスパルーツさんの研究室を訪れます。

「ペニシリンの抽出はできました?」

「ぺ、ぺに……」

 あ、口が滑っちゃったな。

「アオカビの抗生物質のことです」

「なるほど……。確かにアオカビ(ペニシリウム)から抽出できるんですから、ペニシリンというのはいい名前ですね! それいただきです!」


 天然痘の予防接種につきましては、国軍の協力もあってその有効性については既に確立されています。国軍兵士の志願者五十名に牛痘による予防接種を行い、天然痘の追加接種による発病がなかったことが証明されました。

 現在では近隣の農家さんの協力により、牛痘に感染した牛が学院で飼育されており、近々、王都の正門、東門に種痘所を設け、出入りする全員に接種を行う予定です。こちらの指揮はジェーン女史が陣頭に立って準備中です。

 今月末には国王の命で、種痘法が発布され、五年の時限立法で国民全員に種痘を行うことが義務付けられます。

 そのことで研究メンバーが各所に教育、指導のため出向いてしまっており、今研究所はちょっと人手が足りないんですよね。


「アオカビから成分を抽出する……。その抗生物質成分は水溶性で、水に溶けるのまでは間違いないんです。油と水でかき混ぜると分離できました。ただ、それだけでは薄すぎるんです。どうやって濃縮するか、そこが問題でして。今は炭とか酸とか使ってなんとか、濃縮方法を模索中です。物凄く手間なんですが」

 うーん、さすがにそれはまったくわかりません。困りましたね。

 セレアもうーんうーんって考えこんじゃいます。


「ぐらぐら沸かして煮詰めるわけにもいきませんしねえ……熱に弱いようですし」

 困ってますねスパルーツさん。


「あの、スパルーツさんは、フリーズドライって知ってます?」

 セレアの前世知識キタ――――!!


「ふりーずどら……い?」

「今病院で、真空ポンプを使って氷を作っているの、御承知ですか?」

「ああ! セルシウスが開発したやつね! 画期的ですよ! 素晴らしいアイデアです」

「真空中に水を入れると、温度が低いのにぐらぐら沸騰して水分がどんどん抜けるんです。氷からもです。それで凍った物からでも水分だけを抜くことができるんですが」

「……フリーズドライ。なるほど……」

「本来は食べ物の保存方法です。カラカラに乾かして保存し、水に浸すと元に戻って食べられるって方法なんですけど、それ応用できません?」

「やってみます!! セルシウスに都合をつけて、機械を貸してもらいますよ!」

 凄いなセレア! よく思いつけるねそんなこと!

 青カビから抽出した抗生物質、濃縮方法が確立できるかもしれません!



 そんなことがあって、後日。

「てなわけで、この種痘の共同研究者の名前、ジャックの名前も載るからね」

「俺の名前が? スゲエなそれ!」

 学園の学生食堂で、セレア、ジャック、シルファさんと一緒に昼食を取っています。午後、選択科目が始まってからは毎日です。他のクラスメイトとか、セレアの文芸部のメンバーとか、ジャックの友人とかもたまに混じりますが、固定メンバーはこんな感じ。

「天然痘の予防接種、なんといってもまず、そのジャックの調べてくれたデータがきっかけになっているんだから、立派な研究協力者だよ。あれのおかげで僕ら、この国策、進められるようになったんだからさ」

「いやー嬉しいねえ。最初はなんだと思ったけどさ、まさかここまで大事になってくれるとは……」


 ズカズカズカズカズカッ! ドガッ!

「殿下!」

 うわっ物凄い怖い顔して女王、エレーナ生徒会長が僕らのテーブルにどずんと手を突きましたよ! 見ると、後ろには副会長、会計、書記のオールメンバー! 何事ですか?


「この『馬車での登校禁止令』というのは何です!」

「ああ、それですか」

 紙をぺらっぺらに振り回して爆発寸前の生徒会長をなだめます。

「ここは学食です。みんな食事中です。静粛にお願いします。よく読んでくださいよ。全面的な禁止じゃありませんて。学生にスクール乗合馬車(オムニバス)を利用してもらおうという話です」

「どういうことです!」

「学園の周り、登下校時に、学生の送り迎えの馬車が混雑し、交通渋滞を起こしています。近隣の住民より長年にわたって再三の抗議を受けており、問題視されておりました。なので、馬車による登下校を行っている生徒には、学園が用意した乗合馬車を利用してもらい、渋滞を解消するための施策ですね」


「わたくしたち貴族に乗合馬車に乗れと!?」

 会長、激怒です。

「はい。校門で調査したところ、馬車で登下校している生徒は四十二人、都内の諸貴族邸、もしくは別邸から出ている馬車は三十八台。これが登下校時間に集中するものですからその混雑っぷりは大変なものです」

「あの時調べていたのがそれですか!」

「そうです。今後は十二人乗りの馬車を四台用意し、王都を四ブロックに分け巡回します。それで各爵子邸を回り、乗っていただきます。朝一回、生徒により下校時間が異なりますので夕刻三回」

「生徒会の許可なくなんて勝手なことを!」

 きいいいいい――――って感じでキレそうですね生徒会長。


「生徒会の許可はいりません。学園とは関係ないことですから。単に都内の交通渋滞を改善するための王都条令です。」

「お、王都条令……?」

「送り迎えをする学生の父兄の方にも負担になっておりまして、これを乗合馬車で済むのならばと喜んで協力を約束していただきました。馬と馬車、御者の費用については各貴族の父兄の皆様からの共同出資で運輸馬車組合に委託で手配しております。十分の一の費用になるのですから、みなさん大喜びで既に承認をいただいておりますよ?」


「殿下にこんな決定をする権限などありません!」

「僕にそんな権限があるわけないでしょう? ちゃんと御前会議で総務大臣、教育大臣、全ての関係者に賛成をいただいた上で国王陛下に承認をしていただきましたよ。だから発布できるんです。大臣の皆さんも、『これでガキどもの渋滞から解放されるわ』と喜んでいらっしゃいました。登城する際、学園を避けてわざわざ遠回りしている大臣さんも少なくありませんでしたので」

「わたくしの父が反対したはずです!」

「僕はもう四年もストラーディス公爵を御前会議で見たことが無いのですが、何をしていらっしゃるので?」

「許しません! そんなことは生徒会長として断固反対させていただきます!」

 バンバンバン! テーブルを叩きます。あーあーあー、爆発しちゃった。


「……逆に聞きたいのですが、会長は、何の権限があってこれに反対するんです?」

「な……」

「生徒会長は、どんな権限で、国王陛下発布のこの行政執行に反対するんです?」

「……」

「反対できるんですか?」

 会長、がっくりです。


「この件もう僕の手を離れています。僕に抗議してもどうにもなりません。通知をよくお読みください。どうしても必要があるのなら、教育省の認可を得て馬車通学を認める条項があります。お父様にご相談されてみてはいかがでしょう? 認可が下りるかもしれませんよ?」

「……王子の権力を使って何と傲慢(ごうまん)な」

「先ほど僕にそんな権力などあるわけ無いとご説明いたしました。ご学友に生徒会室でお茶くみをさせたり、毎日一人で四頭立て馬車を正門に乗りつけて、朝の忙しい登校時間に、他の生徒の通行を数分間にわたって妨害するのは傲慢ではないのですか」


「殿下」

 後ろに控えていた生徒会メンバーから声をかけられます。これも怖い顔ですねえ。まあ僕はシュリーガンで怖い顔に耐性がありますので、どんな顔されてもまるで平気なんですけど。

「殿下は生徒会の敵になるおつもりですか?」

 なんでそうなるの? 話聞いてた?


「僕は等しく国民の味方ですが」


「……殿下」

 会長が顔を上げます。

「お恨み申し上げますわ」

「この程度で?」


 これを御前会議で提案したときねえ、陛下に呆れられましたよ。

「お前そんなしょうもない仕事までやっておるのか」ってね。

 大問題でも何でもありませんよこんなこと。その証拠に満場一致であっさりOKもらいましたから。


 ま、これで生徒の通学時間は、いままでの一時間半から半分以下になるでしょう。歩けば二十~三十分の距離をほとんど校門前で順番待ちしてたんですから。

 その時間を馬車の中で無為に過ごすのではなく、もっと有意義なものにすべきですよ。乗合馬車の中で隣人と毎日語らうこともできるのです。身分に関係なくね。

 決して無為な時間にはなりませんて。


 生徒会、悔しそうに学食から退場したら、学食にいた生徒たちから一斉に拍手が上がりました。女王がやり込められているのを見て面白かったようです。

 えええええ? この学園で生徒会って、そんなふうに思われてんの?

 そっちのほうが大問題。


「すご――――い!」

 なんか大喜びで駆け寄ってくるピンク頭。

「あの生徒会メンバーをやっつけちゃうなんて、さすが王子様!」

 君、学食にいたんかいヒロインさん……。


「シン様」

「……」

「やりすぎです」

「ゴメン」


 セレアにだけは勝てませんね。




次回「41. 癒し担当くん」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 何がやりすぎだったんだろう…? 乗合馬車にする制度に対してではないだろうけども… 会長に対して説明した件でしょうか? セリア的にやりすぎじゃないと思う説明が想像できなかったです。
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