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38.例のイベントなやつ


 二週間もすると学園もようやく落ち着いてきたような気がします。

 ほら、こうして廊下を歩いていても、僕にいちいち会釈をするような人はほとんどいなくなりました。上級生にはまだ行き渡ってはいないようで、その時はこちらも挨拶を返し、立ち話をし、辛抱強く一人一人に、「挨拶も会釈も必要ないです。王子呼びも殿下呼びもやめて、シンで頼みます」と、他の方にも説明してくれるようにお願いしました。

 おかげでこうしてトイレに行くときも、いちいち貴族らしいもったいぶったやり取りを十歩、歩くごとにしなくてもよくなってきているわけで。ありがたいです。


「あ、王子さまぁ!」

 いつまでたっても、それを全く理解してくれないヤツもいるわけでして……。

「こんにちは! どうですか学園は!?」

 いやヒロインの君が僕にどうですかって聞いてくるのもねえ……。それ逆なんじゃないかなあ。

「辛抱強く繰り返し説明をしたおかげで、僕のクラスメイトはやっと僕のことを『王子様』なんて呼ばないようになってくれました。その点は、ありがたいと思っております」

「せっかく王子様と知り合いになれたのに、王子様と呼べないなんて残念ですよ」

「せっかく学園で同じ授業を受けている学友なのに、王子様としか呼んでもらえず、トイレに行くにも十歩歩くごとにお辞儀されて漏らしそうになる僕の身にもなってほしいです」

 そこんとこ、もうちょっと理解してほしいですねえ僕は。


「じゃあシン様で」

「様もやめて」

「じゃあシン君でいいの?」

「いいですけど、知り合いになれたという点は同意できません。僕、君のこと誰だか知らないし」

 さすがに彼女があきれますね。

「リンスです。リ・ン・ス! リンス・ブローバー。いつになったら覚えてくれるんですか!」

「長いよ。舌噛みそうだし。メモが必要かな」

「どこがですかっ」

 ぷんすかして地団駄踏むヒロインさん。かわいいですね。

 でもその程度のかわいさでセレアに張りあおうなんて無謀だと思いますが。

 まさに犬的なかわいさ。恋愛感情という奴がまったく湧きません。ジャック、言い得て妙だよ。

 廊下を歩く女生徒たちも顔をしかめたり、笑ったりしています。いいかげん放してほしいです。


「もう知りません!」

 そう言ってくるっと背中を見せて……。

「あ、ちょっと待って」


 廊下を歩く女生徒がちょっと笑ってたり、顔をしかめたりしてた理由がわかりました。

 彼女の背中、紙がピンの横挿しでとめてあります。


『私は元平民です』


 ……なんてこと。もうすでにこんないじめを受けているわけですか。

 だいぶ女生徒の反感を買っていたようですけど、さっそくこのような形でいじめが現実になるとはね。やり方が幼稚ですけど。

「動かないで」

 ピンを抜いて、紙をくしゃっと丸めます。

「え、なんですか?」

「なんでもないよ……」

「ちょっと待て――――!」


 いきなり呼ばれます。

「貴様! 今彼女になにをした!」

 見ると、僕より背が高くて、がっしりした男前です。


「別に何も」

「ウソを付け! 今彼女の背中に触れただろ!」

「ゴミが付いてたからとってあげただけさ」

「……貴様、とぼけるとタメにならんぞ? その手に隠したものを見せろ」

「見ないほうがいいと思うな」

「出せ」

「彼女の名誉のために、出せないね」

「貴様あああああ!」


 いきなり僕の胸ぐらをつかみ……そうになるのをかわします。

「やめてパウエル様!」

 様付けですかヒロインさん。そういうの学園内ではやめようって言ってるのにさあ。

「し、しかし!」

「この人王子! 王子様! シン・ミッドランド様よ! 知らないの!?」

「え……」

 パウエル、愕然としますね。知らんかったんかい。

 あー、そういやコイツも攻略対象者の一人でしたか。セレアいわく『脳筋担当』。確か近衛騎士隊長の息子、パウエル・ハーガンだったっけ。さっそくヒロインさんとお知り合いになってましたか。


「何事かな、騒がしい……。おやおやおやおや、リンスくん、シンくん、それにパウエルくんも」

 踊るような足取りでくるくる回りながらピカール・バルジャン伯爵子息登場。

 登場すんなよ……。向こう行っててほしいなあ。コイツも攻略対象です。

 今の騒ぎで僕の手から落ちた、丸められた紙をピカールが拾います。


「シンくん、これはどういうことだい?」

 くしゃくしゃの紙を広げて、顔をしかめます。

「ピカール、コイツ王子って……」

「彼は間違いなくこの国の第一王子にして、ぼくの生涯のライバル、シン・ミッドランドくんだよ。新入生代表で挨拶をしていたでしょう。きみ、入学式で寝ていたのかい?」

 勝手にライバル認定やめて。そんな覚えありません。

「じ、自分は所用で入学式に出られなかったもので! も、申し訳ありません!」

 パウエルが僕に頭を下げます。入学式にも出られないってどんな所用だよ。寝てたんだろ。ごまかすなよ。

 いやそれ以前に自分の国の王子の顔ぐらい知っておこうよ。近衛騎士隊の関係者だったらさあ。お役目が務まらないでしょ。

 ま、今はまだ学生なんだから、別にいいか。


「えーとパウエル君と言いましたか。大事に至らなかったということで今回は見逃します。次に学園内で暴力沙汰を起こしたら校則に従い直ちに処分。いいですね」

「は、はい!」

 こんな粗暴な男、僕が知るわけありませんね。いくら騎士隊長の息子だからって、今までどんなパーティーにもお茶会にも呼ばれたことがないんでしょう。こんなんじゃあねえ。


「で、コレは?」

 ピカールが広げた紙を僕に見せます。こうなったらもうしょうがないです。

「……この子の背中に貼ってあった。僕はそれを外しただけさ」

「嘆かわしい。いったい誰がこんなことを」

 まるで悲劇の主人公が嘆くみたいに大げさに、首を横に振り、頭に手を当ててうなだれるピカール。まるでハムレッツですわ。

「それは本当か!」

 パウエルが憤りますね。

「君、背中がなんかヒラヒラした感じがするのに気づかなかった?」

「いえ、全然気づきませんでした……」

 ヒロインさんも驚いています。本当かなあ? ニブ過ぎない?

 まあセレアも「鈍感主人公」って言ってましたし、あり得るかな?


「王子が今貼ったわけではないんですね? 証拠隠滅のために今隠そうとしたわけではないんですね?」

 失礼だなパウエル君。学園の平和と秩序は俺が守る! ってタイプですか。

「パウエルくん。学園内ではシンくんを王子と呼ぶことは禁止だよ。シンくん自身がそれを望んでいる。ぼくたちは対等な関係なのさ。覚えておきたまえ」

「はあ……」

 僕がいつも言っていることですけど、ピカールに言われるとなんか腹立つのはなんででしょう。まあいいけど。

「学園内では身分を忘れ、みな平等であれ。それを自身で体現しているシンくんがこのような嫌がらせするわけがない。それに見てくれ。どう見ても女性が書いた字だよ」

「そんなことわかるのか?」

「……君はレディから手紙を受け取ったことが無いのかい? これだから……」

 それ以上はやめてあげようよピカール……。

「しかしこいつ……おうじ……シン様はそれを隠そうとした!」

「僕は彼女の名誉のためと言ったはずですが。それから様はやめて」

「なるほど、紳士にふさわしい行いだ」

 ピカールが納得して頷きます。


「いいんです……。私が平民だから。元、平民なのは事実ですから……」

 ヒロインさんがぐずぐず泣き出します。

 涙をハラハラと。

 それを、制服の袖でごしごしと。

 泣きじゃくる子供のようですね。これは男どもの保護欲がくすぐられるでしょうね! 僕もコレをセレアにやられたときは結婚まで決心してしまうほど心動かされました。もう五年も前になりますか。僕もセレアも十歳でした。


 ……セレアは、誰にも見られずひとりで泣いていましたけどね。


「君たちは彼女と同じクラス?」

「残念ながらぼくは違うクラスだよ」

「俺も違う」

 そりゃ残念。

「じゃ、このことはこれ以上おおげさにしないで。騒ぎ立てれば余計に彼女が傷つき、敵を増やします。もう授業が始まる。急いで戻ってください」

「はい」

「賢明だよシンくん。むやみに追求し真実を明かせば、追及されたレディもまた不幸になります。さ、まいりましょうリンスくん」

 そう言って、パウエルが先導し、ピカールがヒロインさんを教室までエスコートします。

「リンスくん、きみは元平民であることを大いに誇ることです。ここには『貴族の血筋だから』ってだけの人間がたくさん入学しています。きみはこの学園に入学する権利を自分の力で勝ち取った。それは他の貴族子息子女の何倍も偉大な成果なのですよ。胸を張りなさい……」

 ……いいこと言うなあ。ピカール。

 君が言っていいことかどうかは、ちょっと議論が必要かもしれませんが。


 二人のナイトに守られるように、ヒロインさん、廊下を戻っていきました。

 学園が始まってわずか二週間で、他のクラスの男を既に二人も攻略済ですか。

 恐るべしヒロイン、凄まじい手腕です。


 関わりたくなくても関わっちゃうことになるのかなあ……。




 あとでコレット家別邸に帰ってから、このことをセレアに聞いてみました。

 二人で例の「手作り攻略本」をめくってみます。ありませんね。

「うーん、私も忘れてましたけど、これ、ランダムイベントですね」

「へえー。どうなるの?」

「ゲーム初旬で、まだヒロインと知り合っていない攻略対象者がこれを見つけて、ヒロインと知り合いになります。事情を聞いて、泣くヒロインさんを慰めて、胸キュンしちゃうんです」

「じゃあ僕、その機会を奪っちゃったってことになるのかな」

「いえ、もしかしたらシン様がヒロインさんと、まだ知り合っているってフラグが立ってないのかもしれませんよ? シン様のイベントだったのかも」

「僕、ヒロインさんの名前を覚える気が全く無いですもんね……」

「まあ、序盤はこんなふうに攻略キャラと知り合っていくんですけどね、まだ学園始まって二週間でもうここまで進んでいるんですね……」

 だったら凄いよ。


「このピン止め事件、犯人はわかるのかな?」

「わかりません。でもこのイベントがシン様だったら、これ悪役令嬢の字に似てるって思って、私への疑惑を膨らませます」

「だったら大丈夫。セレアの字とはぜんぜん違ってたよ。僕が見間違えるわけ無いよ」

「……ありがとうございます。嬉しいです」

 セレアが喜んでくれますね。

「私が卒業式に弾劾されるとき、シン様はその紙を突き出して私に、『これは君が書いたものだろう!』って言うんですよ?」

「ひどいな僕」

「ごめんなさい……。私ゲームの時はヒロインでしたから、確たる証拠を突き付ける王子様カッコいいとか思っていました」

「全然カッコよくないよその王子。こんなみみっちいイタズラ程度で婚約者を婚約破棄、国外追放とか、どうかしてるよ。だいたいその紙を何年もずっと証拠にしようと持ってたわけ? 恥ずかしい……」

 二人でうふふ、あははって笑います。

「ま、ヒロインさんへのいじめが始まったことは間違いないし、ちょっと注意しなくちゃ。いじめ自体は、学園から無くさなきゃいけないことだからね」

「はい、私も気を付けます!」



次回「39.フローラ学園生徒会」

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