37.バカ担当
改めて講義の内容を見ますと、選択科目多いです。全体の半分が選択科目。音楽、ダンス、作法、詩文、礼文、哲学など、貴族らしい雅な科目も多く、また、貴族子息子女の皆さんにはそういう科目が人気なようです。男子に人気はもちろん武術ってことになるかな。まあ生徒の半数が騎士の家系ですから。
武術はともかく、雅なやつについては僕もセレアもそんなものはとっくにマスターしておりますので、科学、生理学、農学、工学、経済学などの実用科目のほうが興味あります。
こういうのをおろそかにして雅なことばっかりやってるから私学の平民学校にも学力で抜かれちゃうんですよ。領主の氏族として将来は領地に戻って領地経営するんだったら、何が大事かよく見極めてほしいです。
これをうまく講義時間を割り振って埋めていくのはなかなか難しいパズルです。
授業を受けてみたかった先生の名前などもありますので、悩ましいです。
一通り、一応三年間の授業の時間割を組んでみました。ぎっしりですよ。遊んでる時間なんかありません。僕ら国民の血税で学んでいるんですから、王子がサボっててどうします。
あとはセレアと相談してみましょう。一緒に受けられる授業があればできるだけ一緒に受けたいですもんね。
朝、馬車で王宮を出て、王都のコレット家別邸までセレアを迎えに行きます。その後は、二人で並んで歩いて学園まで向かいます。セレアの護衛は僕。僕の護衛はどっからか見ているはずのシュバルツです。
初日のあの王侯貴族の子息子女たちの馬車の列、ウンザリしました!
人生で物凄く無駄な時間を使っているような気がしてしょうがなかったですね!
幸い、コレット公爵別邸は学園から目と鼻の距離。歩いたほうが断然早いです。
もちろんどこからかシュバルツがこっそり護衛してくれているわけですから、なにも心配ありません。
学園横の学生寮の前を通り過ぎると、「おうい!」って声がして、後ろからジャックが追いかけてきました。僕らも立ち止まって、後から来るシルファさんを待ちます。
「ようシン、おはよう」
「おはよ。どうしたの?」
「いやお前ら歩いてるの見えたからさ」
王子とその婚約者が、学園までの歩道を歩いてたらそりゃびっくりかも。
「おはようございます!」
「おはようございます」
セレアとシルファさんも挨拶をかわしています。
街道を延々と馬車の列が並んでいます。
「この馬車の列が学園まで続いているんだからな、ウンザリだな!」
「王都に別邸を持っている子息子女は馬車を正門に乗りつけるのがステータスなんだよ」
「そうそう。シンでさえこうやって歩いてんだから見栄張って正門に乗りつけるようなことやらんくてもいいだろうに……。バカらしい」
学園近隣でも苦情が出ているんですよ。改めようがないんで、事実上ほうっておきになっています。何とかしなきゃいけないかあ。
「……スクールバスとか、ないですもんね」
セレアの前世知識キタ――――!
「なにそれ」
「二~三十人ぐらい乗れる乗り物で、各家をまわって、子供たちをまとめて学校まで送り迎えしてくれるんです」
「いいなあそれ。導入できないかな」
「貴族は見栄っ張りだからなあ……。当分は無理なんじゃね?」
「しかし、お二人さんは学生寮でも一緒かあ。ラブラブだねえ」
「お前らには言われたくねえよ。いや、そういうのとは違うからな! シルファはうちの領の保護領に当たるからさ、仲良くすんのは当たり前だしさ、何言ってんのお前。わかってて言うなよそういうこと!」
「はいはい」
笑いたくなりますねえ。ジャックにもそういうとこがあるんですね。
シルファさんもてれってれです。
シルファさんは男爵令嬢です。元家である子爵領から領地を分けてもらって家臣の男爵さんが小さな領地を治めているわけですが、男爵は世襲しませんので、現当主の男爵没後は、その領地は元家にあたるジャックのワイルズ子爵領に戻ります。だからこそ、シルファさんがジャックの婚約者になったということになりますか。将来を見据えてそういう政略結婚になっています。
もちろんこういうのはトラブルになりやすいのですが、ジャックとシルファさんがとても仲良くラブラブならば、それぞれの領民も安心して、また元の鞘に納まることができるってもんです。
政略的にも二人は良好な関係を結ぶポーズが必要なんですが、ポーズでなく、本当に相思相愛なら言うこと無しです。そっちのほうがいいに決まっていますよ。
ヒロインさんの邪魔が入らなければ、ですが。
まあそっちはもう心配する必要は無いでしょう。だってシルファさんの胸、凄いことになってますから。本当に十五歳ですかシルファさん……。
並んだ馬車の横を歩いていく僕らを、馬車の中から子息子女のみなさんが驚愕の表情で見ています。
王子が馬車に乗らずに歩いてる! いちいち驚かれるんだから面倒です。
「お前は王子ってだけで誰にも負けないプレステージが既にあるの。他のことがどうでもいいぐらいにな。ありとあらゆる場面で張り合わなきゃならない他の貴族とは余裕が違うってこと」
ジャックはそう言いますけどね、そういうもんですかねえ。僕って昔からそういうの気にしたことが無いですけど。
正門でヒロインさんが待ち構えています!
ぎゃああああああ。朝っぱらからイベントかい!
「おはようございます! 王子様!」
「学園では『王子』禁止」
「まだ門くぐってませんし」
そう言って門の上を指さします。
『この門をくぐる者はすべての身分を捨てよ』
国王陛下のお言葉が書いてあります。くそう、やるなヒロイン。確かにここは門の外です。
「だったらさっさとくぐろう」
「あーん! まってえ!」
なんで待つ必要がある? 僕ら四人ともさっさとくぐっちゃいます。
「シン様、お友達の方ですか?!」
「『様』もやめて。以後禁止」
「私にもご紹介してください!」
ジャック目当てか。ジャックも攻略対象の一人です。
「それは無理」
「えー、なんでえ?」
「だって僕、君が誰だか知らないし」
「えええええええ!」
ヒロインさんがぷんってふくれます。なんなんだ。
「何度も名乗ってるじゃないですか?」
「いやそれはない。現に僕、君のこと知らないし」
「よーく思い出してみてくださいよ!」
「いくら思い出しても記憶にないよ」
なんで勝手に名乗って勝手に覚えてもらってるって思うわけ? そういうの自意識過剰じゃないのかな。
「リンスです。リ・ン・ス! リンス・ブローバーですってば」
「はいはい」
強いな――――。
これぐらいでないとヒロインは務まらないってことかもしれませんね。
「シン様、私の事、男爵の娘だからって、わざと無視してません?」
「君、男爵の御令嬢でしたか。初耳です」
最近養女になったんだっけ。情報は持っていましたけど、知らんぷりです。
「学園では差別しないって言ってませんでしたっけ?」
「差別なんかしていませんよ。ほら、こちらのシルファさんも男爵令嬢ですけど、僕の大切な良き友人です。セレアの大親友さんで、幼なじみですよ」
「初めまして、シルファと申します」
嬉しそうにシルファさんがお辞儀をします。
「初めまして、セレアと申します」
セレアも微笑んでお辞儀します。「初めまして」が皮肉が利いてていいですね。やるなセレア。
「お二人とも、昨日放課後、会ってますよ?」
「そうですか、失礼いたしました」
「待って待って待って。なんでフライドチキンの店員さんがこの学園来てんの?」
ジャック、いきなり思い出して爆弾発言します。あっはっは、どんどんやってください!
「思い出してくれましたか! 実は私、みなさんごいっしょしてる時に一度会ってるんですよね!」
……なんでフライドチキンの店員さんが来る客いちいち覚えてるの? そっちのほうがおかしいよね。
「あれからブローバー男爵様に養女にしてもらいまして、この学園に通えることになったんです!」
へーそう。知ってましたけど。自分のこと勝手にしゃべりまくるこの茶番にいつまで付き合わないといけないんですか。
「やあっ! シン・ミッドランドくん!」
いきなり名を呼ばれて、振り返ります。助かった……。
金髪のロングヘアの男が微笑んでいます。美男子ですよ。気持ち悪いぐらい。
前言撤回。助からなかった……。これはさらなる死亡フラグの予感がします。
きゃあああ――――って女子のみなさんから歓声が上がります。
「そう、きみはぼくのことを覚えているね!」
……覚えてますよ。ダンスパーティーなんかで何度か見たことがあります。
紹介されたことは無いんで、名前は知らないってことにしておきましょうか。
「きみとこの学園で一緒になることができて良かった。昨日のきみの演説、実に見事でした!」
そう言ってぱちぱちぱちと拍手します。キンキラキンのアクセサリーで飾られた制服が光ります。せっかくの制服が趣味の悪いゴテゴテの飾りでだいなしですよ。校則違反やめてくださいって。
「今まではきみは王子、ぼくは伯爵子息、しかしこれからは対等に競える学友というわけです! あの演説で、きみは自らぼくと対等となり、今後は良きライバルとしてこのぼくとレディたちの人気を競うことになると認めたわけだね」
なんでそうなる。
「学園一の紳士は誰か。さあ、共に磨き合いましょう! 至高なる美の頂へたどり着くのはどちらか! 楽しみにしているよ!」
そう言って、くるっと回ってキラッと光ってから、学園へ歩いていきます。
女の子たちがキャーキャー言いながら追いかけていきますね。
何なのあれ。
「誰だっけ」
「(ピカール・バルジャン伯爵子息ですよ……)」
セレアがこっそり答えてくれます。あーあーあー、いたっけ。攻略対象。
馬鹿担当。
めっちゃ顔がよくナルシストで美意識が高く、美しいものを愛し、そうでないものを毛嫌いし、女性(ただし美人に限る)にはとことん優しいフェミニスト。
僕もね、学園に入学する前にできるだけ攻略対象たちとは、一通り顔見知りになっておこうと思ったこともありますが、あきらめた人もいます。
その一人がアイツですね。パーティーで一目見ただけで、あー無理だと思いました。とても友達になれそうもありません。女の子いっぱい引き連れていましたから。
「きゃあああ――――! 本物のピカール様ぁ!」
なんでテンション上がるのヒロインさん。攻略対象が目の前に現れてさっそく標的にしますかそうですか。
「ピカールっていうのあいつ?」
ジャックがあきれてます。
「そういや名乗らなかったね」
「ピカール様にライバル宣言されるなんて、さすが王子様!」
そういう予備知識はあるって自白しちゃってますよヒロインさん。
「名乗るまでも無いと思ってんのかね。エラい人の坊ちゃんは違うねえ……」
ジャックが肩をすくめますね。
「どうして、どいつもこいつも名乗らないんだろうねえ」
「私はちゃんと名乗りましたよ!」
「はいはい」
なんでそこでキレるのヒロインさんてば。
「じゃあ失礼します」
「え?」
「教室着いたし」
はい、A組の前です。
「あ……」
かまわず教室に入っちゃいます。
「なんなのあの子。シンが保健室に連れてったってとこまでは知ってるけど」
さすがのジャックも疑問顔ですね。
「さあ」
そのうち聞かなくても勝手に向こうで色々教えてくれるんじゃないかな。
「ジャック、あのフライドチキンの子、どう思った?」
「うーん……」
ジャックがちょっと考え込みます。
「犬」
「それだ!」
うまいこと言うねえジャックは!
「『フライドチキンの子』はやめましょうよシン様……。それに犬も」
それもそうだねセレア。他の人に聞かれたらえらいことになりますわ……。
次回「38.例のイベントなやつ」