35.【一年生】入学式イベント阻止
ヒロインさんが転入してくるのはゲームだったら二年目から。二年生からなんですよね。
そこで僕は入学式で一年生を前に在校生代表として歓迎のあいさつをするのですが、そこに一年生と一緒に出席した転入生のヒロインさんが倒れちゃうので、僕は彼女を抱き抱えて(お姫様ダッコって言うそうです。なんだそりゃ)保健室につれていくんだとか。それがヒロインさんと王子の学園最初のイベントです。
強制イベントなんだって! 絶対に起こるんだって! なにそれ!
「ヒロインさん、男爵の養女になって入学試験受けていたから、一年目から入って来るよね」
「シン様、入試の成績トップでしたでしょう。新入生代表で挨拶させられますよ」
コレット家別邸で、セレアと入学式対策作戦会議でのセレアの絶望的なツッコミ。うああああ。回避不可かい!
つまりフローラ学園の入学式で、僕が演壇で挨拶していると、ヒロインさんが倒れると。トップ入学なんてするもんじゃなかったです。
「……そんなの無視しちゃえばいいような気がしてきた」
「いやシン様はそれ、お助けしちゃうでしょう……」
「だよねえ……」
挨拶中、目の前で女の子がドタッと倒れても知らん顔して挨拶を続ける王子。無理ですね。そういうわけにいかんでしょ。
「これ体育館で全員立ってやるからダメなんだと思うんです。椅子並べて座ってもらえれば、ヒロインさんも倒れることも無いんでしょうけど」
「いや……それじゃ椅子用意するのも並べるのも大変だよ」
「あっそうか。パイプ椅子とか無いですもんねこの世界」
「パイプ椅子ってなに?」
「あの、鉄パイプを曲げて作られている折り畳みのできる椅子で……」
「それ重そう」
「薄い鉄パイプを使っていますので軽いんです」
「いいなそれ、それも日本で使われてたやつ? あとでアイデア図にしてよ」
「いいですよ」
こんなふうに何気ない会話から、新しい道具のヒントとかもらえることがたくさんあって、それも僕がセレアと話をしていて面白いことの一つです。
「とにかく椅子はすぐに用意できないし、入学式は講堂でやるようにしようか」
「それダメだと思いますよ。王子様を学生のみんなが見下ろすことになります。学園が許可しません」
「気にしないよ僕はそんなこと……」
さっそく学園側に手を回しまして、入学式は講堂で行うように決めました。
学園側には変に思われちゃいましたけどね、「式の間ずっと立たされるほうがひどいよ」と言って納得してもらいました。病弱王子ってことになっちゃったかもしれません。
そんなこんなでついに入学式を迎えました。
真新しい制服に腕を通し、セレアをエスコートして馬車に乗せ、二人で学園の正門に乗りつけます。
残念ながら途中から雨になりまして、御者さんから傘を受け取り、二人で相合傘で学園に入ります。期せずに二人のラブラブっぷりをアピールすることになりましたか。
あちこちで「王子様だ……」「殿下よ」「婚約者のセレア様だ」「素敵ねえ……」と声がします。地方貴族の子息子女の皆さんも学園に来ますから、初めて見る人もいるかもしれません。珍しいよね。
多くの傘たちと並んで、入場受付を済ませ、講堂に入ります。
入学式がはじまり、学園長、来賓あいさつ。
「今年は過去最大、百二十名もの新入生を迎えることができ……」と学園長ニコニコです。
貴族の同年代の子息だけ集めて学園が一つ作れるほど、貴族がいっぱいいるわけじゃあありません。そんなにいたら、石を投げたら貴族に当たっちゃうじゃないですか。実は半分は騎士の家系の子息子女です。騎士は国軍の兵士ですから断然数が多いです。男爵もそうですが、一代限りの氏族ということになります。それでも貴族と同等の扱いで騎士の子息子女もこの学園に入学させることができます。
今年の新入生は通常より人数が二割増しなんですよ。王子が誕生した年は貴族の子の数が増えるんだそうです。
王妃ともなれば懐妊しただけで「懐妊パーティー」とかやりますから、王子とお近づきになりたい、息子を同級生にしたい、できれば娘を王子に嫁がせたい。そんな貴族の皆さんが王妃ご懐妊の知らせを聞いて、慌ててお盛んに子作りなさるそうで。
そのせいで今年の平民の入学枠は0人。
なるほどね。二年生になってからの転入ではなく、一年目から入学するために、ヒロインさんが男爵さんの養女にもぐりこもうとするわけですわ。競争率高いですもんね。
在校生代表生徒会長のあいさつに続き、いよいよ僕の番です。
「新入生代表、シン・ミッドランド!」
「はい」
名前を呼ばれて、講壇に上がります。講堂ですから、新入生全員が僕を見下ろすことになります。学園長が講堂で入学式を行うことを渋ったのはこのせいもありますな。そこは押し切りました。
「春うららかな今日、この日……というわけにはいきませんでした。残念ながら雨になってしまいましたが。そんな天気にもかかわらず、このような入学式を開いてくださり、学園長、来賓の方々、生徒会長からも温かい入学を祝うお言葉をいただき、新入生を代表して感謝を申し上げます」
かちゃり、講堂の一番上の扉がこっそり開いて、遅刻した生徒さんが最後部から入ってきました。
あの子です! ヒロインさん!
見かけないと思ったら、遅刻していましたか。セレアいわく「ドジっ子天然キャラ」とか言ったっけ。「天然」の意味が今ひとつわかりませんでしたが、こうして遅刻するところを見るに、今後もいろいろやらかすつもりなのでしょう。
さて、一通りそれらしい挨拶を無難にこなしてから、僕はここで一つ、ぶち上げなければなりません。前からずっと考えていたことです。
「フローラ学園は、今、存亡の危機にあります」
……講堂内、しんとしてしまいましたね……。
「御承知と思いますが、今国内では教育水準を上げる運動が盛んです。この国の最高学府であり、研究機関でもある国立学院の充実だけでなく、平民教育にも力が入れられ、その教育レベルは年々向上しています。そのためこのフローラ学園も単に貴族子息子女が学ぶ学園として、それ以外の特色のない凡庸な学校になりつつあります」
ヒロインさん、びしょぬれじゃないですか! 雨の中、傘も無く歩いてきたのですか? 途中で降り出したのかな? まったく不注意な人ですね!
「今日は残念なことに雨でした。みなさんは学園の門をくぐる時、上に書かれた『この門をくぐる者は全ての身分を捨てよ』という国王陛下のお言葉を目にしましたか? 傘に隠れて見上げるのを忘れてしまった人もいると思いますが、これからみなさんはあれを毎日、目にしながらこの学園の門をくぐるわけです」
ヒロインさん、講堂の後ろをウロウロしていましたが、いまさら座る席も無いようで、最後尾で立ち見を決め込んだようです。くそっせっかく会場を講堂に変更して生徒全員を座らせるように手配したのに……。凄いなゲームの強制力。
「あの陛下のお言葉は建前ではないのです。学問の前に全ての人間は平等であれ、共に学び、共に競えという意味があります。もちろん僕らは公の場では貴族たらしくあらねばなりませんが、学生でいる間ぐらいは身分に縛られず、良き友人であり、良きライバルたれという意味もあります」
新入生が顔を見合わせますね。
学園長はいまさらのようにうんうんと頷いております。同じような危惧を感じてはいたのでしょう。
「フローラ学園から国立学院への進学者は年々減っています。逆に平民学校からの進学生のほうが今は多くなっています。学院には進学せず、すぐに領地経営に戻る貴族子息子女の皆さんが多いとはいっても、学力でとっくに民間私立学校に逆転されているのです。今後、更に国策で平民学校の充実に力が入れられ、このままではフローラ学園は国から存在意義を問われ、見捨てられることになるでしょう。この学園は、貴族の御子息、御令嬢の社交の場。礼儀作法、社交辞令におべんちゃらのマナー教室、階級社会の上下関係を叩き込む場になり下がってしまいます。もう、そうなっているのかもしれませんが」
少し会場がざわざわしてきましたね。でも言い過ぎだとは思いませんよ。
なんてったって僕がトップ入学できる程度なわけですからね。つまりこの学園には僕の側近になる人材がいないってことです。コレは大変恐ろしいことですよ?
僕より頭悪い奴しかいない国で国政なんて運営できませんて。大臣だったら国王に意見できるぐらい頭良くないと務まりませんでしょう? 当然です。
国王陛下が重用する大臣たちだって今は半分が民間出身です。
「貴族の財産は領地や爵位ではありません。既得権益に汲々とする貴族では国益を守っていくことができなくなります。国民の信頼と尊敬だけが僕ら貴族の財産なのです。それを今一度意識し、認識を改めていただきたいと思います。ここで学ぶことは全て国民のため、臣民のため。民たちを教え導き、臣民の命と財産を守るという貴族本来の義務をもう一度、思い出してください」
ヒロインさん、ちょっとフラフラしています。雨にあたって体調が悪くなりましたか……。
「身分の壁に阻まれて、有能な人材を見失うことの無いように、身分に驕り、自身を高めることを怠らぬように、僕も陛下の意向に従い、この学園では身分を忘れることにします。僕のことはシンでも、シン君でも、シンさんでもなんでも好きなようにお呼びください。『王子様』や『殿下』はご遠慮願います。共に学び、共に競いましょう」
会場の子息子女の目がちょっと変わってきました。
「そして、願わくは身分を超えて生涯、僕の友人になってくれる人が現れることを希望します」
どたっ!
ヒロインさんが倒れました! ちょ、まだ喋りたいことがあるのに!
えええええ。なんでみんな気付かないの? 誰か助けてやってよ!
先生でも生徒でも誰でもいいよ! 凄いなゲームの強制力。これやっぱり僕が助ける流れかい!
「ま、まあ……そういうわけで、身分の差別なく仲良くやりましょう。いいですね。以上、ありがとうございました!」
僕はそのまま大急ぎで頭を下げて講壇を駆け下ります。
会場ざわざわしております。ガッチガチの貴族社会の典型みたいになった俗物学園に僕が投げ込んだ爆弾に、衝撃を受けているようです。
「セレア!」
僕が声をかけて講堂の通路を駆け上がるのを見て、セレアが立ち上がります!
「担架!」
慌ててセレアが講堂の壁に設置されていた担架を抱えて持ってきます。
セレアの提唱で担架がどの施設にも今は配置されているんですよ。それまでこの国には担架ってやつがありませんでした。今では国軍にも全面的に配備されて国民にもその使い方を知らない人がいませんよ。
「先生!」
「はい!」
どこにいたんだか知りませんけど、なぜか現れた礼服のスーツ姿の、僕の護衛のシュバルツが駆け寄ります。先生たちと一緒にしれっと教員席に座っていたようですね。さすがです。
「乗せるよ、はい、いちにっさん!」
「よいしょお!」
二人で倒れたヒロインさん、リンス嬢を担架に乗せます。
「そっち持って。セレア、一緒に来て」
講堂から笑いが漏れていたのは、まあいいでしょう。しょうがないです。
本来だったら僕が抱き上げて、お姫様ダッコで保健室まで運ぶっていう胸キュンイベントが、ヒロインが担架で運ばれて退場という、ロマンもへったくれもない、物凄くおマヌケなイベントになってしまいました……。
ざまあです。
シュバルツとえっほえっほと保健室まで担架を運びます。シュバルツは騎士の家系でもちろんこの学園の卒業生。保健室の場所既に知ってました。……けっこうな距離なんですけど。僕、これお姫様ダッコして女の子を運ぶって、いくらなんでも無理なんじゃないかなあ。ゲーム設定、厳しいです。
「殿方は出て行ってください!」
セレアと、保健室の先生に追い出されてしまいました。
ヒロインさんびしょぬれでしたもんね。着替えさせないといけません。
「(なんで悪役令嬢がいるの……)」
フラフラのヒロインさんがぼそっとつぶやくのを、僕はしっかり、聞き逃しませんでしたけど。
うん、こいつやべーやつだ。決定です。
セレアもすぐ保健室から出てきました。
「後はいいから先生が式に戻りなさいって」
「そうだった。途中で抜け出しちゃったよ」
二人で廊下を早歩きします。ロングスカートの制服のセレア、走らせるわけにいきません。
「あいつ、セレアのこと見て、『なんで悪役令嬢がいるの』ってつぶやいたよ!」
「決まりですね……。しかしこれだけ対策しても、ゲームのイベントって起きちゃうんですね」
「なんか凄いね。これからも気を付けないと」
うん、でもどうってことないや。今後も関わらないようにしていきましょう。
講堂に向かうと、新入生のみんながぞろぞろと歩いてきます。
「あれ? もう入学式終わり?」
「はい殿下、教室にクラス分けが貼ってあるから戻るようにと」
女子生徒が一人答えてくれます。
「ありがとう。でも今日から殿下はやめて」
通り過ぎる女子がみなさん、いちいち立ち止まってスカートをつまんで会釈をしてくれます。男子もちょっと頭を下げていきます。
「ちょっと待って! みんな聞いて!」
僕が声をあげると、廊下で新入生がみんな止まりました。
「お願いだからそれもうやめてよ。殿下ってのも王子ってのもやめて。シンでいいからさ。会釈もいらないし、挨拶も必要ない。そんなこと廊下でいちいちされたら僕、うかつにトイレにも行けないよ。頼むよ!」
みんな、笑ってくれました。
こんなことから始めなきゃいけないなんて大変ですね。まいります……。
総合評価が一万ポイントを超えました! ありがとうございます!
連載中に評価が一万を超えるなんてびっくりです。悪役令嬢物を人気ジャンルにしてくれて、それを確立された多くの先人の作家の皆様、読み支えてくださる読者の皆様に感謝したいと思います。
いよいよ学園編に突入しました。これからも更新頑張りますのでよろしくお願いします。
次回「36.追加イベント」