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33.学園入学前夜


 いろんな改革に手を付けてきた僕たちですが、どうしても認めてもらえないこともあります。

「フローラ学園の平民修学枠の拡大」もその一つですが、強固に反対されてこればかりは説得することができませんでした。


 僕が考えるに、ヒロインさんの一番の武器は「平民であること」。

 学園でただ一人の平民であるからこそ、注目され、特別な存在であり、貴族爵子の注目も浴び、周りから差別といじめも受け、攻略対象の保護欲をくすぐり、助けられる。貴族社会のルールもマナーもできてないからこそ、かえって彼女の素朴さ、純真さ、かわいらしさが光り、貴族社会の中で頑張るけなげさ、いじらしさが攻略対象には愛らしく見えるのです。

 つまり応援してあげたくなる。そんなキャラクターなんですよ。

 だったら、平民の入学枠を拡大し、学園内に平民がいることが別に珍しくもない。そんな環境作っちゃいえばいいんじゃないかと思ったんですが、甘かったです。


「貴族学園をどうこうなどより、平民の学校をまず充実させるのが先ではないか。平民学校の充実と教育レベルの向上、受け入れ生徒数の拡大、教育水準を上げるべきはそちらである」という国王陛下のド正論に、僕はグウの音も出ませんでしたわ。

 もちろん政策として正義であり、そっちのほうがいいに決まっているので、僕はなにも言えなくなってしまったわけで。なにより僕がずっと主張していたことを陛下が進めてくれているわけですから、なにが不満なんだとなりますよね。


「貴族階級の選民意識、特権階級の横暴を防ぐ意味でも、学園内で身分の差別なく平民と対等に過ごす機会を得られることは貴族たちにとってもマイナスにはならないはずです」

「その程度のことわからせるために平民の子息に苦労をさせるな。貴族学園に入学させられる平民の身にもなってみよ。貴族への社交辞令、礼儀作法などやらされても平民にしてみれば迷惑千万。なんのプラスにもならぬわ」

 ぐはあ、簡単に論破されてしまいました……。

「貴族への尊敬、信頼、強要して教え込むものでは断じてない。それは貴族が自身の仕事で民より獲得するべきものである。それができぬ貴族など長続きもしないし、貴族たり得ぬ」

「……おっしゃる通りです」


「フローラ学園にはお前も来年から入学するのであろう」

「はい」

「だったらそれはお前がやれ」

「……はい」

「鼻持ちならない貴族子息の特権意識、選民思想、爵位にあぐらをかいた怠惰、傲慢、気に入らないならお前が打破しろ。お前の姉、サランはそれをやっておったぞ」

 姉上、偉大過ぎます。これは僕も頑張らないといけません。



 貴族子息が通うフローラ学園でも、入学試験はあります。

 あまりにもレベルの低い奴は入れないようにするための防波堤でもあります。逆に言うと貴族子息、令嬢なのに学園に入れないとなると、これは大変な恥になりますので、貴族のわがまま放題の放蕩息子にちゃんと勉強させる理由付けにもなっています。元々フローラ学園というものは、貴族子息の教育レベル低下に歯止めをかけるために設立されたものです。貴族が平民よりバカでは話になりませんから。


 僕は王子です。無試験でも入れますが、それは辞退して他の貴族子息と同等に、みんなと一緒に試験を受けます。ぶっちぎりで成績トップになるぐらいでないと他の貴族に示しがつきません。入学する十五歳になるまでは、今まで以上に時間を取り、勉学に励むことになりました。

「……ゲームの中の王子様はいつも成績トップでしたが、こんなにたくさん勉強していたんですね。知りませんでした」ってセレアが感心してくれます。

 そりゃあそうです。僕、別に天才じゃないんですから。


 ジャックとシルファさんも入学試験のために、王都にやってきました。馬車の駅に迎えに行きます。試験期間中は二人とも王都内の親戚の別邸に滞在します。

 ラブラブなようでなによりです。


「ひさしぶりジャック! 勉強はかどってるかい?」

「毎日ヘロヘロだよ……。お前はいいよな地元だから。俺らみたいな地方の領主の息子は大変なんだからな」

 あーそうかもしれませんね。

「お久しぶりです。また会えて嬉しいです!」

 シルファさんも久しぶりです。セレアと再会を喜んでいます。


「あれ? シュバルツさんは?」

「ちゃんと来てるよ。僕らももういい年だからお守りみたいにべったりくっついてたりはしないよ」

 ジャックがクルクル回りを見回しますけどね、いませんね。

 あの恐怖の顔で目立ちまくってたシュリーガンはこっそり護衛するってのを放棄してましたが、シュバルツはちゃんと目立たぬように、見つからないように護衛します。そりゃあもう見事なものです。僕でさえ全く気配がわかりませんから。


「とりあえず最後の息抜きだ。なんか食っていこうぜ」

「いいね。ジャックは何食べたい?」

「フライドチキン。なんか王都に来るたびに食い逃しちゃうんだよな。そのせいかめちゃめちゃ食いたくなるんだよ。なんでかね」

 フライドチキンか――――! 僕らにはけっこう鬼門なんですけど。


 しょうがないので嫌々ですけど、ハンス料理店の支店、フライドチキン専門店に行ってカウンターで注文し、店の前に並べてある外のテーブル席で四人、座ります。


「おいしい!」

 シルファさんは食べるのは初めてですか。美味しいですよね油揚げチキン。

 セレアも一口かじって、僕の分を渡してくれます。もうそうするのが自然になっちゃってて当たり前って感じですけど。


「……前から気になってたんだけど、お前らのそれなんなの? いつもセレアさんの食いかけ食ってるよねシン」

「面倒なんだけど、毒見なんだよ。一応僕、王子だから、外食する時は毒見無しで食べたらダメってことになってて、セレアがやってくれるの」

「へー。王子って面倒だな!」

「セレアさんけなげですわ……」

 シルファさんが感心しますね。

「……俺にはイチャイチャしてるようにしか見えねえよ」

「だよねえ……。こんな外食店でそんな心配する必要も、もうないと思うけど、古い慣習だよね。ま、そんなことは気にしないで、さあ食べよう食べよう!」

「しかしコレ美味いなあ! 手が油でべとべとになるのがイヤだけど」

 ジャックはこれ食べるの、三年ぶりだっけ?

「フォークとナイフで食べたいよね。でもコレこんな味だったかなあ……。初めて食べた時は美味しいと思ったけど、改めて食べてみると、これウマいかなあって気がするよ。味が濃いし油でギトギトしているのがなんかイヤだな」

「私もそう思います……。」

 セレアもおんなじ感想ですか。毎日食べたいような料理じゃないよね。


「ま、そんなところも庶民ぽくていいかもな。郷に入っては郷に従え、さ」

「ジャックがそんなこと言うなんて驚きだよ」

「お前なあ、俺のことどう思ってんだよ……。これでも庶民派の跡取り様で領地では通ってんだからな?」

「はいはい」

 そんなふうに笑ってますと、テーブルの横に人が立ちます。


「凄いメンバー……」

 ぼそっとつぶやいたのは、あの子です!

 薄い透き通るようなピンクの赤髪! 青い瞳! ヒロインさん!

 リンスです! うわあああああああ見つかった!


「いらっしゃいませ。ハンスのフライドチキン店へようこそ!」

「……どうも、御馳走になってます」

 くそうコイツ絶対知ってて話しかけてるよね。攻略対象の僕とジャック。それにヒロインのライバルキャラになる悪役令嬢のセレア、ジャックの婚約者のシルファさん。そりゃあヒロインの君から見りゃあ凄いメンバーでしょうよ。


 おそるおそる、ジャックを見ます。

「ん? 注文は全部そろってるけど?」

 いつものジャックです。よかった。ここでいきなりヒロインさんに一目ぼれとかはなさそうです。僕と違って幼い頃の出会いイベントとか無いもんねジャック。


「ただいま新製品のキャンペーン中でして、ぜひ試食と、そのご感想をいただきたいと思いまして!」

 そう言って、盆の上に載せていたカップをテーブルに勝手に置いていきます。ジュースのようです。

「……このジュースすげえ。氷が入ってるよ」

 北方の領地のジャックも、まさか氷入りジュースが王都で飲めるとは思っていませんでしたよね。麦の茎のストローでカップをかき混ぜてます。

 製氷技術が確立され、さっそく自分の店にも採用してきましたかヒロインさん。やるものです。製氷機はまだまだ高価な機械で、病院に設置された以外は、食料品を扱う商人ギルドぐらいにしか納入されていないはずですが。

「グレープ味、レモン味、ストレートティー、オレンジとなっております」


 セレアは固まっちゃって、完全に無表情です。

「グレープうめえ」

 ジャック喜んじゃって。

「このオレンジ、炭酸水なんですね、凄いです」

 シルファさんも喜んじゃってます。

「じゃ、僕は……」

 ストレートティーに手を伸ばすと、はっと気が付いたようにセレアがそれを取っちゃいます。自分でちょっとストローから吸い込んで一口飲んでから、僕に渡してくれます。

「ごめんごめん。はい」

 セレアにレモン味を渡します。


「オレンジ飲ませて?」

「はい」

 ジャックがシルファさんからオレンジ味を受け取って飲んでみてますね。

「これも美味いな!」

 シルファさんもジャックのグレープを飲みます。

「おいしいですよ」って言ってにっこり笑います。


 僕もストレートティーを飲んでみます。要するに冷めた紅茶です。

 氷が入っているからって、別に美味しいとは思いませんね。安い葉ですよ。

「……酸っぱいです」

 セレアはレモン、苦手みたいです。

「じゃあコレ、あげるよ」

「ごめんなさい……」

 僕はストレートティーをセレアに渡し、セレアからレモン味受け取って、ストローで飲んでみます。

「うわあ酸っぱいよこれ。炭酸水の酸っぱさと合わさって酸っぱさ二倍!」

 それを見てジャックが笑います。

「ツキが無いなあシン」

「だったらそれくれよ」

「ヤダよ」


「みなさん、仲がいいですね……」

 ヒロインさんが驚いています。こんなの設定にないってことですかね?

「仲がよかったら変ですかね? 一緒に食事をする仲なんだから普通でしょ」

「男女間で飲み物の回し飲みをすると間接キスに……いえ、なんでもないです」

 そんなこと気にすんの? おかしな子ですねえ。

 僕なんかいっつもセレアの唾液のついた食いかけ食ってますよ。マズいと思ったことなんか無いですね。


「グレープとオレンジはどうでしょう。五点評価で」

「五点」

「五点でいいと思います。ご馳走様でした」

 ジャックとシルファさんは満足みたいです。

「ストレートティーとレモン味はどうでしょう」

「要するに冷めた紅茶。レモンは酸っぱい。人の好きずきもあると思うから両方二点で」

「……私もそれで」

「さんざんだなあ……。失敗だったかな。高貴なお方にはお口に合いませんでしたか」

 そう言ってセレアをちょっとにらみます。何言ってんのこの子。僕らが高貴な人ってどうしてわかるの。今日だってみんな平民の服着てんのにさ。けっこう言葉のあちこちにボロが出やすいタイプみたいですね。バレバレだよ。


 ヒロインさん、なぜか帰らずにずっと僕たちを立って眺めてるんですよ。

 僕らの関係を観察しようってことですか。セレアは目を合わせないようにちょっとぎくしゃくしてます。挙動不審になっちゃってるかも。

「あの、用は済んだ?」

「……はい。アンケートご協力ありがとうございました。またご来店ください。お待ちしてます!」

 そうしてアンケート用紙にメモして、お店に戻っていきました。


「ジャック」

「ん?」

「今の子どう思う?」

「店員にしてはメチャメチャ可愛かったな。看板娘ってとこかね」

 オーナーの娘ですって。今や男爵令嬢ですし。

「でも胸はシルファのほうが勝ってるし」

 シルファさんがジャックをつねります。

「いてえ!」

 うん、心配すること無いみたいですね。

 ジャックのデリカシーの無さは、ちょっと心配しちゃいますけど。


 あとでセレアにこっそり、ヒロインさんをどう思ったか聞いてみました。

「やっぱり、ちょっと怖かったです」とのこと。

 いっそ、権力使って入学阻止してやろうかなあ。



 まあそんなこんなで、入学試験が終了しました。

 結果ですが、僕もセレアも、ジャックもシルファさんも四人とも合格通知が来ました。一安心です。

 入学試験、ヒロインさん来ていました。当然ですけど。

 男子生徒の注目をめちゃめちゃ浴びてました。すごくかわいいのにみんな彼女に覚えがないんです。そりゃそうですよね、最近男爵家の養女になったばっかりですし。

「……あの子、誰?」ってこそこそウワサになってたようです。

 学園が始まったらどうなっちゃうんでしょうねえ。

 モテちゃうんだろうなあ。


 まさか、逆ハーレム狙い?

 考えすぎかな。




次回「34.公務の仕上げ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハハ、ジャックはヒロインの胸が現在の婚約者ほど大きくないので、彼女を潜在的なガールフレンドとして見ていませんでした。彼はとても単純です:'D
[一言] さてさてどうなることやら
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