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31.おめでとうシュリーガン


 十四歳の僕たちにおめでたいニュースが届きました!

 シュリーガンとベルさんの結婚が決まったんです!


 ……やるなあシュリーガン、あの顔で。

 ベルさんは最初からシュリーガンの顔、まったく気にしていないようでしたが、まさか結婚までする仲になってたとは思いませんでしたよ。ほら、僕、ベルさんが笑った顔なんて見たことありませんし。

 案外似た者同士なのかもしれません、あの二人は。

 セレアも大喜びですね。二人の結婚、本当に嬉しそうです。


「悪いけどベルさんはこれでメイドは引退です。これからは殿下がセレア様を守るんですよ?」

「了解」

「十歳から四年間、毎日休まず、剣を殿下に叩き込んできました。今や俺の自慢の弟子です」

「ありがとうシュリーガン……」


 シュリーガンは小隊長から、副隊長に昇進です。近衛騎士団のナンバーツーですね。

 もう僕の護衛をしてくれることは無いんです。僕もシュリーガンから、卒業しないといけません。

「てなわけで、俺から殿下に卒業試験っす」

 いきなり口調が元に戻ったシュリーガンに、近衛騎士団の練兵所に連行されてしまいました。僕は胴と頭、小手にプロテクターを着けただけの軽鎧です。なんだか街の冒険者ハンターみたいなかっこうですね。


「俺はいよいよ、殿下の護衛から引退だ。新しく、殿下の護衛を決める」

 僕に礼を取った近衛兵団が、顔を上げてどよめきます。大変な出世チャンスですから。

「当たり前だが、殿下の護衛をしてもらう以上、殿下より強くなければ意味がない。これから一人ずつ、殿下と闘ってもらう」

 団員が顔を見合わせますね。

「一切遠慮はいらん。王子と思うな。では始める。バクスター!」

「おう!」

 いやいやいやいや、僕真剣に闘うの! 本気勝負?! 聞いてないんですけど!

 一人、出てきました。

 両手剣に見立てた木刀を持って向かい合います。

「始め!」

 騎士団らしい実直な太刀筋です。でも四年間、シュリーガンのケンカ剣法を学んできた僕からすると読みやすい!

 剣を受け止め、腹にキック!

 よろめいたところを足払いして転倒させて顔の横に木刀を突き立てます!

「それまで! 次、トールスター!」


 薙ぎ払いに来た木刀を逆手で受け止め、そのまま前に出て顎を左手で打ち上げます。これは昏倒。

 実戦ですからね、長々と打ち合うとどんどん僕が不利になります。

 実戦では一撃で勝負が決まる。くどいほどシュリーガンに言われました。


「次! オーリエン!」

 近衛兵、今になってみんな驚き、そして、目の色が変わります。明らかに本気です。殺気さえ感じられます。

「殿下、そのような邪剣、いつまでも通用すると思いますな。我々近衛団をコケにしたツケ、払ってもらいますぞ」

 僕の学んできた剣、邪剣だったんですか。なに教えてくれてんのシュリーガン。


 連続で次々に打撃来ます。それを剣で受け流して隙を見て足にタックル!

 すくい上げて転ばせます!

 これも相手が近衛兵団ですからね、キ〇タマを踏み抜くのはやめて、腕を取ってひねりあげます。

「ぎゃあああああ!」

「次! ジークランド!」


 槍じゃないですか! いやいやいやいや槍が護衛ってダメでしょ。槍持った護衛が僕とセレアの後ろからついてくんの? 目立ってしょうがないよ。コイツだけは絶対倒さないとダメですね。

 振り下ろしてきた槍に見立てた棍を、木剣の鍔で受け止めて切っ先を下げ、僕の剣ごと踏みつけて棍を地面に引き倒します。思わず前につんのめったジークランドの顔面を……。

 蹴るのはやめて、木剣を首の後ろに当てて地面に押さえつけます。真剣だったら首が落ちてます。


「次! シュバルツ!」

 うわあシュバルツさんです。あのジャックの護衛をやっててひと騒動あったあの人ですね。これはやりにくいです。

「殿下」

「はい」

「手加減いたしませんよ」

 そう言って、木剣をひょいと放り投げます。

 え、剣無しで戦うの?


 そしてシュバルツさんが腰から抜いたのは十手です!

「……護衛にはいい武器だね。シュリーガンから習ったの?」

「コレについては、もう私のほうが副隊長より強いんで」

 うわあ……それホント? ホントだったらもう全然勝てる気がしません。だって僕シュリーガンに勝ったことなんか一度もないんですから!

 じりじりと低く構えるシュバルツさんと間を測り合います。

 思わず誘われて剣を振り下げてしまいました。うかつでした。

 十手のカギでガキッと受け止められ、そのまま柄を握られて木剣を百八十度ぐるんと回され、交差して剣を握っていられなくなった手から木剣をもぎ取られてしまいました。

 からんからんからん……。僕の手を離れた木剣が転がっていきます。

 もちろん、僕のひたいにはぴたっと十手の棒心が当てられているわけで。

「まいった」

「ありがとうございます」


 シュリーガンがぱちぱちと拍手します。

「よくやったシュバルツ。殿下、最近調子に乗ってたから、いいお仕置きになっただろう。これからよろしく頼む」

「はい。謹んでお受けいたします」

 そう言って作法通り、僕に頭を下げてくれます。


「しかし殿下がこれほどお強いとは……」

「い、いや、王族にあるまじき邪剣、こんなもの認めてよいのですか!」

「あのような不意打ち、卑劣な技、王子にふさわしくありません! まるでケンカではありませんか!」

 評判がさんざんなんですけどシュリーガンのケンカ剣法。


「黙れ」

 シュリーガンが一喝します。

「殿下はまだ十四歳。それが大の男に勝つ手段など限られておる。騎士らしく正々堂々たる王道剣相手でないと勝てないのか貴様らは。手段を選ばぬ街のチンピラや冒険者ハンターたち、王族の命を狙う暗殺者、戦場での死に物狂いの戦いに負けたときも『卑怯だ』と言い残して死ぬつもりか? 王家の盾たる近衛騎士団がこの程度のケンカで負けてどうする。認識を改めよ」

 それ言っちゃあ……。なんだかすみませんみなさん。




「来たぜ!」

 シュリーガンとベルさんの結婚式に出席するために、ジャックとシルファさんが王都にやってきました。久々に会う親友のために、僕らも駅馬車乗り場まで迎えに行きました。僕らには新しく護衛になったシュバルツも一緒です。

「いやーひさしぶり! データ取れた?」

「……会うなりそれかよ。ほら、言われた通り調べてきたよ」

 そう言って、ジャックが紙の束を渡してくれます。僕らの後ろにいるシュバルツに気が付いて、頭を掻きます。

「あ、シュバルツさん。お久しぶりです。いつぞやは大変ご迷惑をかけました。申し訳ありませんでした」

「いえ、そのことはもう忘れましょう。お元気そうで何よりです」

 いやあ、あのジャックがこうも簡単にお付きの者にお詫びを言うとは……。あの時はさんざん迷惑かけといてふんぞり返っていましたからね。

「人間って成長するんだな……」

「なんか言ったか」

 ジャック、僕をにらんでから、笑います。


「シュバルツはシュリーガンに代わって、僕の専属護衛になったんだ。これからはしょっちゅう会うことになるよ。よろしくね」

「よろしくお願いします」

 頭を下げるシュバルツに、ジャックも礼をします。

「よろしくお願いします。そりゃあよかった。師匠も子守から解放されてせいせいしてるだろうよ。近衛団の副隊長になったんだっけ?」

「子守で悪かったね」

 ジャックはもう毎年恒例になりました「シュリーガンブートキャンプ」以来、シュリーガンのことを師匠って呼んでます。こんなジャックとのやり取りも久しぶりです。


 まあそれは無視して紙の束をぺらぺらとめくってみると、ジャックが、「牛の畜産農家四百人分のデータだ。お前の言う通りだったよ」と教えてくれます。

「……これ、どんなことの役に立つんです?」

 セレアと抱き合って再会を喜んでいたシルファさんが不思議顔です。

「画期的な医療技術の元になるんだ」

「医療技術?」

「そう、うまくすれば天然痘が撲滅できる!」

「確かに、俺の領地では天然痘は大発生はしないんだよ。言われてみればな」


 天然痘。かつては村が一つ滅ぶほどの猛威を振るった伝染病です。天然痘にかかった人の死亡率は50%を超えます。

 猛烈な感染力のある病気でもありますが、現在では僕らが監督する病院の指導による徹底した隔離とアルコール洗浄により、感染が広がることは無くなりました。でも、それでも地方ではまだ天然痘に苦しむ人たちがいます。

 セレアの「牛痘にかかったことのある人は天然痘にはかからない」という話、本当かどうかちゃんとしたデータが必要です。セレアの知ってる病気が、僕らの世界の病気と同じかどうかなんて保証はありませんから。

 そのことを、ちゃんとしたデータにして、スパルーツさんに見てもらおうと思ったんです。畜産が盛んで乳製品の主要な生産地であるジャックのワイルズ家領地でないと取れない、貴重なデータです。


「……しかし、師匠がベルさんと結婚ねえ……。あの二人、全然そういうふうには見えなかったけどな」

「一方的にシュリーガンがベルさんに気があるだけって感じだったけど、思い切ってプロポーズしたら簡単にオッケーもらったみたいでさ」

「股間はウソをつけねえもんな……」

「股間かあ……」

 二人でウンウンと頷きます。


「なんですの?」

「男だけにわかる話!」

 シルファさんに聞かれちゃってあわてて話をやめます。

 セレアはニコニコしてますが。

 僕、セレアに何回もたっちゃったとこ見られちゃってますからねえ……。まいっちゃうな。

 それにしてもシルファさん、また胸がおっきくなっちゃって……。

「シン」

「ん?」

「今回も俺の勝ちだ」

 ジャックがニヤリと笑って親指を立てます。

 ぶん殴るぞお前。



 その日の夕方、教会でシュリーガンとベルさんの結婚式が行われました。

 ほら、僕らが夜中にこっそり結婚式を挙げた、あの教会です。

 ……僕、ベルさんの笑顔って初めて見ました。

 かわいいというより、むしろ恐怖を感じました。笑った顔が全く変化しないんです。これが営業スマイルってやつですか。セレアは喜んでましたけど。

 シュリーガンも満面の笑みでしたが、それがわかったのが、僕を含めて教会に何人いたか……。

 神父様の前で誓いを立ててキスをした、白いスーツと、ウエディングドレスの二人に手招きされます。王子が来てるってのはナイショですんで。

「ぜひ、お二人に結婚の証人として、記帳していただきたいんで」

 あの時、僕らが結婚の記帳をした婚姻の記帳書です。

 僕がセレアと婚姻の記帳をし、証人としてシュリーガンとベルさんが記帳してくれました。今度は立場が逆になりますね。感慨深く、また、そのことがとても嬉しいです。

 シュリーガンと、ベルさんが分厚い記帳書に名前を連ね、その同じ行に、僕とセレアで名前を書き込みます。

「未成年者が証人って、それはちょっと……」

 神父様がいい顔しませんけど、「王国の王子と王子妃でなにかご不満でも?」とシュリーガンがあの顔で神父様にこっそりささやきますと、黙りました。

 ちょっと、ぺらぺらって、ページをめくります。

 もう四年も前になりますか。僕と、セレアの幼い字で、名前が書いてありました。恥ずかしくて、二人で赤くなっちゃいます。


「幸せになってね、ベル」

 セレアが差し出した花束を、()()()()笑ってベルさんが受け取ります。

「お嬢様にはかないませんが」

 あいかわらずなベルさんです。

 教会を出てくる二人に近衛騎士団、コレット家メイド一同。他、わけのわからないものすごく見た目が怪しい人たちが一斉に花びらを投げかけます。ほんと謎な交友関係です二人。

「おめでとー!」

「おめでとうー!」


 式が終わって、恒例のブーケトスですね。後ろを向いて、セレアが作った花束をベルさんが投げると、見事なコントロールを描いて、列席していたシルファさんの手元にすぽっと花束が届きました。やることが粋ですねえベルさん。さすがです。

 ジャックとシルファさん、周りから祝福されて、てれってれです。

 僕らには……無いか。

 もう結婚しちゃってますもんね僕ら。ブーケなんていらないか。

 別にうらやましくなんかないよ。

 うん。




次回「32.最後の報告」

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