25.ダブルデート
セレア、ベルさん、シルファさんが待つカフェテラスまで四人で歩いて戻ります。
「お前なんかなあ、剣だったら絶対俺に勝てないんだぞ!」
そんな負け惜しみをぶつぶつ言ってます。まあ剣だったら僕も始めてまだ一年ぐらいだから、勝負になるかもしれません。
「街中で剣振り回したら即刻衛兵に逮捕されるけど?」
「お前俺が誰だか知らないからそんな口きけんだよ」
「誰なのさ」
「誰って……見てわかんねえかよ!」
「まったくわかんないね」
たしかワイルズ子爵の御子息でしたか。四つ離れた北方の領地です。ジョージ・ワイルズ子爵は何度か面会していますが、その御子息となると何番目かも知りませんし、パーティーでも会ったこともありませんね。王宮での諸侯会議に出席するんで、御子息を連れてきたってことになりますか。
「俺はワイルズ子爵の長男だ! お前みたいな平民のガキとは身分が違うんだよ!」
「どこの田舎領地から来たかしらないけどさ、この王都じゃ子爵や伯爵の息子や令嬢なんてそこらじゅうにゴロゴロしてるよ。別に珍しくもない……。そのお貴族様の御子息が平民のガキにコテンパンにやられてよく恥ずかしげもなく名乗れるねえ? 僕が貴族だったら負けてから名乗るなんて恥ずかしくて絶対できないよ」
「うっ」
「貴族ってのはいざって時に平民を守って闘うんだろ? だから威張ってられるんだろ? なのに平民より弱いって、君こそホントに貴族なの? 僕そんなこと言われても全然信じられないんだけど? はい、もう一度名乗ってみて。フルネームでどうぞ」
「このやろう……」
バツが悪そうです。
「お前、名は?」
「シン」
「シンってなんだよ……。シンドラーか? シンクリフトか?」
実は僕みたいに「シン」なんて短い名前名乗れるのはよっぽど高位貴族か王族でないとダメなんですよね。下級な貴族ほど名前、どんどん長ったらしくなるほうが多いです。
「貴族はどうだか知らないけど、僕ら平民なんて短くてわかりやすい名前しかないに決まってるでしょ。めんどくさい」
「俺はジャックだ」
ジャックシュリート・ワイルズか!
いたよそんなやつ、セレアの言うゲームの中に!
お前ヒロインの攻略相手かよ!
セレアと、ベルさんと、シルファさんを見つけてテーブルまで戻ると、そいつどかっと座ります。態度悪いなジャック……。
「ジャック様……」
「ふんっ!」
いやお前の婚約者だろシルファさんは。仲悪いのかな……?
「ジャック様、ベルさんと、セレアさんです。先ほどよりごいっしょさせてもらっていました」
「ベルです。よろしくお願いします」
「ベルの妹のセレアです。こんにちは」
「で、この怖い顔の男は?」
無視するようにシュリーガンを指さします。
「僕の兄ちゃんだよ。シュリーガン」
「シュリーガンっす。弟がやらかして申し訳ないっす」
「似てなさすぎだろ!」
ジャックが僕とシュリーガンを見比べて驚きますね。
「どっからどうみても兄弟でしょ。ほらそっくり」
肩を抱くなシュリーガン。顔が近い近い近い。
「顔のことは言わないでよ。大きなお世話だよ」
「いったい何者なんだよ……」
「俺は近衛騎士で、ベルさんはメイドっすよ?」
聞かれたらなんでも答えちゃうシュリーガンが言っちゃいます。
「近衛騎士の弟か。どうりで強いわけだ……」
ジャックが驚きますね。近衛騎士の弟だからって強いわきゃ無いと思いますけど、まあ納得してもらえるなら何でもいいです。こういうプライド高そうなやつは負けを認めずあとあと絡んできそうですから。
「強いって……なにやったんですシン様」
セレアが心配顔です。
「別に。ちょっと男同士のやり取りをしただけさ」
「シン様、ボタンが取れちゃってますよ」
「『様』ってなんだよ偉そうに……。お前彼女にそんな呼び方させてんの?」
お前にだけは「偉そうに」とか言われたくないですね。
「関係ないだろ。君も今シルファさんに『ジャック様』って呼ばれてたよね?」
「俺は貴族なんだよ。うるせえわ」
怒り方が子供みたいですね。子供ですけど。
「さてこれからどうしますかね」
シュリーガンがそんなことを言います。
「せっかく仲良くなったんですし、みなさんでご一緒に回りましょうよ」
セレアちょっとうれしそうです。シルファさんと気が合ったのかな?
「……ジャック様、私もそうしたいです。これもなにかの縁ですし」
「俺は仲良くなった覚えはない。俺に指図するな」
腹立つなーコイツ。
「もういいや、コイツほっといて僕らで一緒にコンサートに行きませんかシルファさん。ジャック君にはシュバルツさんが付いてるでしょうし、僕らで家まで送ってあげますから」
「お、おい!」
「じゃあ君はどこに行きたいって言うのさ」
「うーん、俺はせっかく王都に来てるんだから、武器屋が見たかったんだけど」
「……女の子つれてどこ行こうとしてんのさ……」
「ダメなのかよ」
「ダメでしょう」
「ダメですね」
「ダメすぎるわ」
「ダメなんじゃないですかね……」
僕がダメ出しするとベルさんもセレアもシュリーガンも、すっかり空気になってるシュバルツさんも首をひねります。
「ジャック様がそうしたいなら、私はそれでいいですが……」
シルファさんがけなげにそういうと、「よし決まりだ!」とか言ってジャックが喜んでます。
「決まりじゃないよ! 君ねえそんなことじゃ一生女の子エスコートとかできないよ? 彼女を楽しませてあげるのがデートでしょ」
「デートじゃねえよ!」
めんどくさいやつですねえ……。
「はいはいはい、おなかが空いてるから皆さんそうピリピリしてるんですよ。さ、まずこれ食べてください」
ベルさんが大量にカフェからサンドイッチとお茶を買ってきてくれていて、勧めてくれます。セレアがさりげなく毒見して僕に食べさせてくれるんですが、それを見てジャックがびっくりしますね。
「……お前ら仲いいな」
「君らは仲悪いのかい。婚約者だとか聞いてるけど?」
「親が勝手に決めてんだ。仲いいかどうかなんて関係ないさ」
「君ねえ、婚約者とも仲良くできないんじゃ、この先一生モテないよ?」
「モテませんね」
「モテねえな」
「モテないでしょうね」
「モテるのは無理でしょう……」
はい、ベルさん、シュリーガン、セレア、シュバルツさんからダメ出しいただきました。
突然、シルファさんがぽろぽろと涙を流します。
「お、おい……」
さすがにジャックが慌てますね。
「ジャック様は、モテなくてもいいんです!」
苦労してますねシルファさん。胸が痛くなります。
セレアの顔見ると、僕にだけわかるようにゆっくり小さくうなずきます。これはわかってるって意味です。
なんだかんだ言って、コイツも強情でして、まず武器屋に行くことになっちゃいました。それから、僕らが今日行くはずだったコンサートにしぶしぶついてくるということで了承させましたね。
街を歩きながらセレアと二人でこそこそ相談します。
「(セレア、あいつ、ジャックシュリート・ワイルズだって!)」
「(はい、私もシルファさんから話を聞いて気が付きました)」
「(うーんどうしよう。僕らとしては仲良くなってほしいよね……)」
「(そうですね……。シルファさんがかわいそうです)」
セレアの記憶によるとジャックはオレ様系ドS担当。
婚約相手を親が勝手に決めたことにどうしても納得いかないジャックは、婚約者がいるってことや、粗暴な発言で学園の女の子たちに一定の距離を置かれている中、物おじせず話しかけてくるヒロインさんに心惹かれ恋しちゃうんですよね。シルファさんは悪役令嬢ではありませんのでゲームではちょっとだけしか登場せず、ジャックがシルファさんに別れを言い渡し、シルファさんがあっさり了解する場面をヒロインが盗み見しちゃうってエピソードがあるそうで。その後話の中ではいつの間にか二人の関係は自然解消でシルファさんの話はゲームに出て来なくなり、エンディング後の行方は謎です。雑だなゲームの設定。
現実にジャックに会ってみると、こんな男いいと思う女の子いるのかねえ……と僕は思いますが、今は子供だからでしょうか。
こんなんでもちゃんと青年に成長したら、イケメンでその言動に見合う実力の持ち主になるのかもしれません。そうなる前にすっかりシルファさんに愛想をつかされそうですけど。
武器屋に行くとはしゃいでますね、ジャック。
僕は王宮で、国の先鋭部隊が第一線で使う本物の武器をいやというほど手にしていますので、こんな武器屋で手に入るようなハッタリの効いた剣だの槍だの、安っぽくて自分では使う気になれませんが。
ほらシュリーガンもシュバルツさんもまったく興味なさそうです。
それ以上に興味なさそうなのがシルファさんですね。っていうか怖がってます。
セレアは物珍しそうにあれこれ眺めてますけど。
「お前これどう思う!?」
ジャックがなんか子供でも振れそうなカッコいいショートソードに目をキラキラさせています。
「こんなカッコだけの剣なんて身を守れないよ……」
「そうかあ? ピカピカで刀身の磨きが凄いだろ。かっこいいと思わないのか?」
「剣は命を預ける実用品だよ。カッコなんてどうでもいいよ」
「……実に平民らしい考えだなオイ」
「だいたいそんな刀身全部に焼きが入っちゃってるような安物すぐ折れるでしょ」
「何モンなんだよお前……。だったらお前ならどれ選ぶんだ?」
見回しますけど、大したものは無いです。
「(僕だったらこの店では買わないよ)」
声をひそめて言いますと、驚いてます。
「(お前ホント何モンなんだよ)」
結局なんかキンキラキンの格好いいショートソード買ってました。
持ち歩かせるわけにはいかんってことで、お付きのシュバルツさんがあとで届けさせると言ってお店に連絡先を伝えてましたけど。
次回「26.ダンスタイム」