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24.初めてのケンカ


 ケンカ殺法を卒業した僕は、シュリーガンと本格的に武器を使った練習やってます。もう一年になりますか。

「殿下はっ! なかなかっ、筋が! いいですな!」

「そんなっ、わけっ、ないでしょ! お世辞はやめてよ!」

 上! 下! 上! 下!

 まずは片手剣の型稽古ですっ! フェンシングの要領で打ち合わせます!

「子供ってのはね、もっとスゴい技ないのかとか、必殺技を教えろとか!」

 キィン! カキッ! キィン! カキッ!

 下段に振られた剣を下段で受け、上段に振られた剣は上段で受ける!

 前に! 後ろに! 前に! 後ろに!!

「そういうのばっかりやりたがってね! こういう型稽古はイヤがるもんなんすっ!」

 はーはーぜーぜー。一休みです。


「でも殿下はもう一年もコレ、文句ひとつ言わずやるでしょう」

「基礎もできてないのに、何やっても身につくわけがないよ……」

「それがわかってるところが凄いんすよ」

「はいはい、セレアが見てるからって無理にほめなくていいよ」


 今日はセレアが練習場に来て見ているんですよ。先生の課題の本読みながらですが。で、僕らがずーと同じことばっかりやってるもんだから、そろそろ飽きちゃってるんじゃないのかなあ?

 僕が座り込んでへたばってると、水筒持ってきて、渡してくれます。

 それゴクゴク飲んでると、頭からタオルかぶせてわしゃわしゃ汗を拭いてくれます。やさしいですね。僕の髪がくしゃくしゃですけど。

「戦闘の時はね、何も考えてるヒマなんてないんすよ。考えなくても体が勝手に動くようにならないと負けっす。そういう相手と闘うんすから」

「シュリーガンは何も考えないで闘ってるの?」

「そうすよ」

 いやそれはどうかと……。でもそれがシュリーガンの強さの秘密なのかもしれませんね。野生だなあ。僕それマネできるんでしょうか。

「剣は一瞬の間もなく攻撃が連続で来ます。闘ってる途中でなにか考えたいんだったら、その間は体が別のこと考えてても勝手に動いてくれてないとやられるでしょうが」

「そりゃそうだね」

「てなわけで、頭使って闘いたい殿下のような人こそ、頭使わなくても体が動くようにしとかなきゃいかんのですよ。片手剣の型稽古は二十種類。それができたら、今度は両手剣っす」

「了解」


「シュリーガンさん、それ、なんですか?」

 セレアがシュリーガンの腰のベルトに刺さってる護身具指さして聞きます。

「警棒っすね。護身具です」

「見せてくれませんか?」

「別にどうってことないただの鉄の棒ですがね。いつも持ってますよ? お二人がお出かけの時にも」

「そういやシュリーガン、お忍びで外出するときには剣、下げてないよね」

「剣下げてちゃお偉いさんの護衛してるって一発で見破られちゃうでしょ。だからコレだけっす。ズボンに突っ込んで見えないようにしてますから、気が付きませんでしたかね?」


 セレアが受け取ってその鉄棒見て、びっくりします。

「これ、十手ですよ」

「じゅって?」

「はい、古い武器でして、私が知ってる……その、昔話にも出てきます」

 セレアがこういう言い方をするのは、例の『前世知識』ってやつですね。

 普通に、肘下ぐらいの長さで、グリップのところからL字型にカギのような金具が飛び出しています。


「ジュッテかあ、俺はカギ付き警棒って呼んでますがね。なんでジュッテっていうんすかね?」

 セレアがくすくす笑います。

 僕は、「これってシュリーガンが考えたの?」って聞いてみます。

「これぐらいの長さの鉄のぶん殴り棒なんて何百年も前からあるっすよ。俺はズボンに引っ掛けておくのにちょうどいいように、金具をつけてもらっただけでね」

 セレアは受け取った警棒の、カギの部分を指さします。

「ぶん殴るだけじゃなくて、このカギの部分で剣を受け止めたり、ひねったり、押さえつけたり、なんでもできるんですよ。十通りの使い方があるから十手なんです。街を見回る役目の人がコレを使って、剣を振り回す暴れ者を取り押さえたり悪人を捕まえたりするのに使うんです」

 ほー……とシュリーガンが感心します。

「実際俺も、コレでチンピラを何度か逮捕したっす。確かにそういう使い方できそうっすね」

 シュリーガンが警棒を返してもらって、眺めます。

「剣を受けるように、カギの部分も丈夫にして、大きくして……。うん、なんかできそうな気がしてきたっす!」


「いいなあそれ。僕も使えるようになりたい」

「私もそれ、シン様に使えるようになってほしいです。それ悪人を成敗する、正義の味方が使う武器ですから!」

 セレアがそう言ってくれると、僕もがぜん使いたくなりますね!

「……男の子は剣のほうがカッコいいって思うもんなんすけどね、変わってますな殿下は」

「だって剣だと相手傷つけちゃうじゃない。剣持った相手でも無傷で取り押さえられるならそっちのほうがいいし」

「私もシン様が人殺しちゃったりするのはイヤですし」

「ナマ言ってんじゃないっすよ? そういうことは剣がそこらの野盗、盗賊の三倍は強くなってからにして下さいよ。まず自分の太刀筋もできてないうちからどうやって相手の太刀筋読むんすか。さ、練習の続きっす!」

「はあい」



 久しぶりにお休みにお出かけすることになりました。月に一度ぐらいはこんなふうにセレアと城下でデートしてます。

 今、国内各地から貴族領主が首都である王都に集まって、年に一度の諸侯会議が行われています。なので忙しいから王宮での習い事はお休みです。

 僕らも王宮にいても邪魔なだけなので、こうして外出することになりました。

 セレアのお父様のコレット公爵も、会議の間は王都の別邸に滞在しており、ひさしぶりにお義父様に会いましたね……。

 僕たちが既に結婚していることを知ってますので、「子供はまだか?」とか言われます。冗談でもやめてください。僕らまだ十二歳ですからね?


 十二歳になっても、デートにはやっぱりシュリーガンとベルさんが付いてくるんですけどね。ま、さすがに二人とも、今は僕らとはちゃんと距離を取って、デートの邪魔をしないようになってますが。

「今日は本屋さんと、雑貨屋さんと……あとコンサート!」

「楽しみです!」

 二人で絶対にいこうって楽しみにしてたやつです。趣味がいっしょって、やっぱり嬉しいですね。


「……シン様」

 セレアが僕の服の袖を引っ張ります。

 見ると、街角で女の子が泣いています。その女の子の前にちょっと怪しい感じの男が立ってて、必死になだめてる感じなんですよ。言っちゃ悪いけど危ない感じがします。

「どうしました?」

 二人で近づいて声をかけると、二人、僕らを見ます。女の子、僕らとおんなじぐらいの年に見えます。明るい茶髪の、ちょっとくせっ毛の巻き毛もかわいい子ですよ。


「で、でん……」

 男が殿下って言いそうになるのをとっさに口の前に指を立てて黙らせます。

 覚えあります。近衛兵団のメンバーでした。

 シュリーガンとベルさんが目立たぬように歩みよってきました。

「どうしたシュバルツ」

「あ、小隊長……」

 シュリーガンを見て驚いた近衛兵のシュバルツさんが「ちょっとまずいことになりまして」と声を潜めます。二人でこそこそ話してます。

 女の子はベルさんが相手してくれてます。なかなか泣き止みませんけど。

 セレアが一緒に、彼女の手を引いてカフェのテーブル席に座らせます。


「お前がついててなにやってんだよ……」

「申し訳ありません……」

 シュリーガンの叱責にシュバルツさんが真っ青です。

「説明して」

 僕が言うとしかたないというようにシュバルツさんが説明してくれます。

「自分らは休みでも頼まれれば護衛の仕事をするのですが、今日は王都に訪問してきたワイルズ子爵のご子息とそのご婚約者であるシルファ様のご案内をせよと申しつけられまして」

 僕らと同じようなことやってますね。


「ところがそのワイルズ子爵のご子息が、勝手に場を離れていなくなってしまいまして、護衛は自分だけなもんですからシルファ様をおひとりにして探しに行くわけにもいかずどうしようかと途方に暮れていたわけで……」

 そりゃ大変だ!

「申し訳ありません」

「いや、護衛対象が勝手に離れるとか想定外だ。そりゃしょうがねえよ」

 シュリーガンがそう言いますけどもっともです。護衛をするほうにルールがあるように、されるほうにだって守らなきゃならないルールがあります。

 護衛から勝手に離れてどうすんですか。なにかあって怒られるのは護衛の人なんですよ? 子供だからって部下にその程度の配慮もできずになにが貴族子息ですか。あるまじきやんちゃぶりです。


「女の子二人はベルさんに任すとして、俺らも捜しに行くか。どんなやつだ?」

「一見して平民とは違うちょい、いい服着てまして、紺のブレザー、短パンに長靴下(ゲートル)、首に赤いスカーフ、帽子はチェックで黒髪の十二歳で」

「行くよシュリーガン、シュバルツさん」

「おう」

「はい殿下!」

「ここではデンカはやめて!」


 三人で下町を捜します。

 案外簡単に見つかりました。フライドチキンの店の前のカフェ席でチキンにかぶりついていました。


「……おい君」

 声をかけるとギロッと座ったままこっち見ます。貴族らしく整った顔立ちはしてて上品さはありますが、なんかこう、人を見下してにらみつけてくる感じがイヤなやつです。

「なんだお前」

「君、女の子ほうっておいてなにやってんだ」

「関係ないだろ」

「無くないよ。シルファさん泣いてたぞ。早く戻ってやれ」

「うるせえよ。なんなんだよお前!」


 がーんって椅子をひっくり返して立ち上がります。僕より少し背が高いです。

「俺にそんな口利いていいと思ってんのか?」

「思ってるさ。女の子を泣かせておく最低男」

「てめえ!」

 いきなり胸ぐらをつかんできます。

 はい、こういう場合は下から両手を突っ込んで開くように上に跳ね上げます。僕の上着のボタンが飛びますけど。

 抵抗されたことに驚いた相手の足にローキックして転ばせます。

 さすがにここですかさずキ〇タマを踏み抜いたりはしませんよ。貴族にそれやったらあとで後継者問題になりますから。


「このヤロー!」

 起き上がって殴りかかってきます。スウェーでかわします。

 生意気にボクシングの構えですけど、そんなの労働者階級の格闘スポーツですよ。どこで覚えたのか、見よう見まねか知りませんが、パンチで相手が死ぬもんですか。戦場で役に立たない技です。

 腕を取って背負ってぶん投げます。シュリーガンとはマットの上とか芝生の上でやりましたけど、石畳の上で背中から落とされたら効くでしょう。

 今日は背中から落としてやりますけど、高さを変えて首が折れるように落とせば殺人技にだってなりますよ。投げ技舐めたらいけませんて。

「こ、この野郎!」

 寝ころんだままキックしてきます。投げ技は子供同士でやってもあんまり効かないか。高さが無いもんね。やれやれです。

 その子供キックの足を掴んで両脇に抱えて、ぐるっとまわってヤツをうつぶせにひっくり返し、そのまま後ろにのけぞります。逆エビ固め!

「いてええ――――!! クソ! 放しやがれ!」

「降参しろ!」

「するかバカ! おい! 護衛! こいつやっつけろ!」


 このなりゆきを途中から見てたシュバルツさんにそう言いますけど、「い、いや、すいません坊ちゃん」と真っ青のシュバルツさんの頭を、シュリーガンがわし掴みにしています。

「坊ちゃん、古今東西、子供のケンカには、大人は手を出さないってことになってましてねえ……」

 そう言ってシュリーガンがニヤニヤと笑っています。

 その顔を見たご子息、真っ青になりました。悪魔か魔物にでも出会ったかってとこですか。

「降参しろ――――!!」

「ぎゃあああああ! する! する! 放せ――――!」


 放してやると、周りを取り囲んでいた町の人たちから一斉に拍手されました。

 もう一度かかって来れるような雰囲気じゃありませんね。勝負アリです。

「で、でん……、そちらさん、ケンカ強すぎじゃありません?」

 シュバルツさんがそう言うと、あったりまえだという顔をしてシュリーガンが答えます。

「俺が弟に一番最初に教えたのはまずケンカのやり方だよ」

「なに教えてんですか小隊長……」

 シュバルツさんがあきれてますね。たしかに王子がやることじゃないかもです。




 誤字報告いつもありがとうございます。何度読み返しても見落としているものもあり、助かっています。お礼を申し上げます。

 作中登場する十手じゅってですが、「じって」「じってい」と呼ぶのが正しいのは承知しています(名和弓雄氏、井出正信氏の著作等より)。ただ、現在は時代劇等でも「じゅって」と呼ぶのが一般的で、「じって」と呼んでもわからない視聴者のほうが多いこと、舟木一夫が「銭形平次」のテーマで「じゅって」と歌っていること。時代劇を見て知識を得た小学生のセレアが本当は、「じって」と呼ぶほうが正しいことを知っているほうがヘンだということを考慮して、作中では「じゅって」で統一させていただきたいと思います。


次回「25.ダブルデート」

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― 新着の感想 ―
[一言] フリガナと送り仮名、用途に応じた漢字の使い分けは、難しいですよね。 一応公文書で使う指針が文部科学省から出ていますが、その中でも文学作品などには適用しないとうたっていたりします。 迷ったとき…
[一言] 常用漢字としての「十」の読み方に「じゅっ」という読み方がないためですね。 私の頃は、小学校の国語の教科書の最後の常用漢字表に「じゅう」「じっ」しかないと担任に教わりました。 だから「二十世紀…
[一言] 十手の読み仮名スルーしてましたw ナチュラルにじってと読んでいたのでwww
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