22.それぞれの恋愛観
時間があるので僕、シュリーガンのハーレム物読んでみました。
シュリーガンは僕の貴族と平民の恋愛小説、読んでます。
お店のカフェテラスで本を読みふける子供とメチャメチャ顔の怖い男の二人、シュールです……。まわりに人が座りませんて。
「……女ってのは、顔がいい、イケメンってやつが好きなわけですな」
「そうだね」
「金持ちも大好き、頭がよくて、仕事ができ、立ち振る舞いもスマート、礼儀正しくて優しくて、いざとなれば強い。ついでに彼女をどんな時も守れる強い権力も持っていてのべつまくなし、甘い言葉をささやいてくれると」
「理想だよね」
「そんな男、平民にいるわきゃないんす。だからこの『私はあなたが貴族だから好きなんじゃないんです、あなただから、大好きなんです!』ってセリフは大ウソなんスよ」
「そうだよ」
僕がそう言うと、シュリーガンが笑いますね。
「……わかってるんすね、弟」
「当たり前だよ。役に立つのかどうかもわからないことを勉強しておくのも、税を集めてお金を国のために使うのも、お金にならない仕事を損得抜きでやるのも、礼儀正しく外交をこなすのも、いざとなったら命を張って闘うのも、全部、平民に押し付けられないから僕らがやるんだよ。王侯貴族の義務さ」
「その通りっす」
「平民には平民の幸せがある。貴族なんかとくっついたって幸せになんかなれないよ。セレアがどんだけ努力してると思うのさ。そんな苦労、貴族だから一緒にやってもらうことが頼めるわけで、平民の子にセレアみたいなこと全部やれなんてとても言えない。他の女の子に僕を好きだって言ってもらっても、それがどうしたとしか思わないね」
「安心っすね弟は」
シュリーガンに読んでた冒険者のハーレム本を返します。
「これハーレムにする意味あるの?」
「いやそれ言っちゃあ……。いきなり核心ついてくるっすね弟。その、読者にしてみればいろんな女の味を楽しめるっていうか……その、選べる楽しみと言いますかね」
「読者サービスで、いろんなタイプの女の子をそろえてるよね」
「そうっすね。読者はそのヒロインの中からどれかは好きになるわけっすから」
「でも、これ一番最初の子が一番かわいく書いてるんじゃない? シュリーガンはこの登場人物で、どのヒロインが一番好き?」
「そりゃ、最初にパートナーになる娘っす。童貞卒業する相手っスからね、そりゃ作者だって最初に一番いいのを持ってきますわ」
いやそういう話じゃなくってね。お前のそういうとこ凄いと思うけどね。
「ハーレムだったらそこは平等にしないといけないんじゃないの?」
「そこはヒロイン回をそれぞれ設けてですな、……誰を相手に童貞卒業するか、最後までわからないという話もありますが」
「ヒロインのご利用は計画的に、か」
「厳しいっすね弟。言われてみりゃあ全部ごもっともですが、男には誰だってモテモテになりたいって願望があるわけでして。作者とてそこは例外ではないわけで」
「そういうのが好きな読者が読んだから売れて流行ったんでしょ? ハーレム物の流行を作ったのは読者だよ。作者じゃない」
「……弟はハーレム願望ないんすね」
「本当に好きな子を見つけたらハーレムなんていらないでしょ」
「いや、それを見つけるためにハーレムというやつがあるのでしてね」
「詭弁!」
「あのねえ、弟はね、あんないい子を嫁にもらえた自分が、とんでもなく恵まれてると思わなきゃダメっすよ? それこそ平民の男があんないい子、嫁にもらえると思います?」
「うっ」
そんな感じでシュリーガンと爆弾付きブーメランの応酬をしておりますと、セレアとベルさんがやってきました。
「ここにいましたか。ちょっと捜しました」
「ごめんごめん。噴水広場からならここが見えると思って」
「おひさしぶりっすベルさん!」
「しんちゃんもご機嫌よろしゅう」
「こんにちは。シン様」
「こんにちは!」
こうやって四人で出かけるのも久しぶりです。シュリーガンが一番喜んでるような気がしますが。
「なにしてたんですか?」
「ベルさんと嬢ちゃん攻略のために恋愛小説で作戦会議っす!」
お前なんでもしゃべっちゃうなあ! なんで言っちゃうのそういうこと!
「……私は隠し事が一切ないシュリーガン様のそういうところ、嫌いではありませんが、ご参考にされるには資料がいささか不適当かと」
あわてて本を隠そうとする僕に、ベルさんが冷徹に断罪の斧を振り下ろします。
「い、いや、本屋さんで適当に今一番人気がある本を適当に、その、適当に選んだらこんなのになっちゃって、その」
「私も読んでみていいですか?」とセレアが目をキラキラと。
「絶対ダメ――!」
「せれあちゃん、こんなもの読んでる男どもほっといて今日は二人で一緒に回りませんか?」
「……それはかんべんしてベル。シン様と一緒に遊べるって、ひさしぶりだし」
僕ら勉強と公務ばっかりでしたもんね。
「ど、どうだった紙芝居?」
とにかく話題を変えなくっちゃ。午前中はセレアが孤児院で慰問に、例の『月世界旅行』の紙芝居やってたはずです。
「……今回はあんまり受けなかったかも。『月に怪獣いないの―――!』とか、がっかりされちゃいました。石を集めて持って帰るだけって、内容も地味でしたし」
月に怪獣いないんだ……。僕もがっかりです。でもわざわざ月まで行って、持って帰るのが石だけですか。そりゃ地味だわ。どうせならお宝持ち帰ったりしてほしかったです。
「怪獣ものとか、子供たちに受けるかも」
「じゃあ、怪獣が大暴れってお話、考えてみましょうか」
「いいね、どんな怪獣出すの?」
「トリケラトプスくん」
「それ、どんなの?」
「大昔にいた恐竜です。四本足で、角が三本あって、首の後ろにヒレがある」
なんか面白そうですね。実際にいたってのがポイント高い。
「それ、最後どうなるの?」
「隕石が落ちて絶滅します」
「……それ、そういうラストでないとダメ?」
みんなで約束してた劇場に行きます。
今評判の恋愛劇で、『ロメオとジュリエッタ』って言うんですよ。
……最悪です。例のシェイクスピオの新作なんですけど、ハムレッツが国王陛下に酷評されたので、っていうか上演中に寝られたので、今度は甘い恋愛劇にしてきたようですが、主人公たちが最後自殺しちゃうんですよ。
どうしてこういうラストにしたいんでしょうねシェイクスピオは……。
「で、最後どうなったんス?」
「二人とも死んだよ」
やっぱりお前寝てたのかよ。何しに来てんだよシュリーガン……。
「シュリーガンさあ、僕らの事誰かに話した?」
「いえ、とんでもない。陛下に口止めされてますんでね、こればっかりは言ってないっす」
お前のその口を黙らすのには国政のトップたる国王陛下の厳命が必要なんかい。どんだけだよ。
「ベルさんも……無いか」
「無いですわ」
やたら惚れっぽいチャラチャラした十六歳のロメオが、対立する家の十四歳の一人娘に恋して結ばれるって話なんですが、夜、バルコニーまで忍び込んで会いに行ったり、教会でこっそり結婚式をあげたり、これまるで僕らじゃないの?! って展開でして、僕とセレアとしては異常に気恥ずかしくてこまりました。
しかもそれを知るベルさんとシュリーガンと同席なもんですから、これなんの公開処刑? って感じでもう僕ら二人自殺したくなりましたよ……。
全編、コッテコテのあまーいセリフに、バカな取り巻きがくだらない下ネタの連発で笑わせようとしてくるのがもう痛くてね、見てる間ずっと二人でつないでいる手が手汗で濡れちゃいました。まさに手に汗握る展開です。劇としては、ぜんっぜん楽しめませんでした。
甘いセリフの中に、「ガキのくせに恋愛ゴッコしたってロクなことにはならないぞ」という風刺の効いたシェイクスピオ流の恋愛劇と言えますか。
「誰か僕らのこと、知ってて、言ったやつがいるのかなあ」
「うーん……、他に知ってると言えば……」
「神父様じゃないですか?」
ベルさんの声にビックリです。あっそうか! あの神父! 僕らが結婚したときにいましたもんね!
「あのクソ神父がシェイクスピオにネタを提供したと。生かしておけませんな」
「いやそれは放っておこうよシュリーガン……」
「劇中の神父、やたらいい役どころでしたもんねえ。だいぶ話盛って、教会でこっそり子供のカップルを結婚させてあげたとか、自分目線でそういう話したのかもしれませんねえ」
確かにそうでした。ベルさんもなかなかいい読みします。
セレアもなんかちょっとご立腹ですよ。
「私も見てて全然面白くありませんでした。登場人物が全員バカすぎると思います。いくら顔がよくても甘い言葉ばっかりささやいてくれても、あんなに自分勝手で頭も悪くて、全然頼りにならない男、私だったら絶対好きになりません」
セレアに甘い言葉をささやいてもダメみたいです。
「二人とも、顔だけで好きになっちゃうなんてバカみたい。だいたいなんでロメオ、あんなに情けないんですか。困ったことがあると嘆き悲しむばかり。自分で解決しようとか二人で生きて行こうとか全く考えないんですか? 色恋ごと以外にやれることいっぱいあったじゃないですか。最後、心中なんかしなくたってシン様だったら、事を荒立てず穏便に済ませて、解決する方法、十通りは考え出すでしょ」
ゲームの中の僕、ハードル高かったですけど、セレアの中の僕も、けっこうハードル高いみたいです。がんばらないといけませんねえ……。
次回「23.他意はないです」