2.恋愛と結婚は別
王宮に着いて、部屋にもどろうとすると、サラン姉様が僕を見つけて走ってきました。
「姉上……。淑女がドレス姿で走ってくるとかやめてくださいよ」
「ここ自宅なんだから気にしない気にしない。で、どうだった相手の人!」
王宮を自宅と言い切る姉上、さすがです。
うーん、しかし説明がめんどうですね。
「会えなかった。なんか体調悪かったみたいで」
「大丈夫なのそれ……」
隣国へのお輿入れを控えた姉上が心配します。
「シン、あのね、王族の妃ってのはね、体が丈夫で、男を誘う色気があって、子供を何人だって産めなきゃダメなのよ。体弱いとか病気持ってるとか、そもそも色気がないとかそういうのは絶対ダメ。なんだったら断りなさいなそんな娘」
「たまたまだよ。別に気にするようなことじゃないよ」
「そうならいいけど……」
「姉上は……大丈夫そうだね」
母上譲りの大きなおっぱいと大きなお尻をくねくねさせて、ぽんとお腹を叩きます。あ、おなかが出ているわけじゃないですよ。姉上は太ってるわけじゃないですから。
「任せなさい! 殿下を骨抜きにして、子供をバンバン産んで、ハルファの国を我がミッドランドの血で染めてやるわ!」
言い方。もうちょっと言い方ってものがあると思います姉上。
「姉上は殿下にお会いしたことがあるの?」
「んー、あるはずなんだけど、三年も前の話だし全然覚えてないんだよね」
姉上は二年間、大国であるハルファに留学してました。僕らより進んだ国のようすをよく見て回り、帰国してからは国内に孤児院の設立や、病院の設立に力を尽くしてくれました。諸外国でも有名になりまして、留学先の学園のパーティーでハルファの第一王子にみそめられ、ぜひお妃にと申し込みが来たとのことでした。
「姉上は顔も覚えてない人のところにお嫁に行くの……?」
「……結婚と恋愛は別よ。貴族だったらそれは割り切らなきゃ。今まで国民の血税でよい暮らしをさせてもらえたのは民のため、国のため。恩は返さないとね」
家と家の結婚。関係を結ぶための政略結婚。貴族の結婚ってそうなんです。別に特別なことじゃありません。より良い血統を生み出すための品種改良、って言うと馬や牛みたいですけど、あれと似ているかもしれません。
なので僕が十歳で、「婚約相手が決まったぞ」と国王である父上に言われても、はあそうですかとしか思いませんでした。
「コレット公爵家の令嬢、セレア嬢だ。来週挨拶に向かわせるから覚えておくように」
順番ですね。いくつかある公爵家の中から、王子は結婚相手を選ぶことになります。たまたまのタイミングで僕と年の近いセレア嬢が順番通り、僕の婚約者に決まったわけで、そこに特別な理由なんてないんです。
公爵家からおむこさんを迎えて女王にとさえ考えられていた姉上ですが、大国のお妃ならばそっちが国益にかなうというわけで、あっさりそっちに決まりました。姉上のご婚約相手とされていた某公爵ご令息の方はお気の毒です。
「……シン、でもね、そこに愛がなくても当たり前とか思っちゃだめよ。私だって結婚したら、ちゃんと旦那様を愛するつもりよ。なに、向こうから嫁にくれって言うぐらいなんだから、私のこと不幸にしたりしないでしょ。そんな心配今からしちゃダメ」
「はい」
「シンもね、婚約者が決まったら、その子のこと、ちゃんと幸せにしてあげて。愛してあげてね。そうでないと、私が向こうで幸せになれないわ」
「きもにめいじます」
「ああ、シン……」
そう言って姉上が僕のことをぎゅっとだきしめてくれます。
おっぱいにむぎゅってされて息ができなくなりそうです。
「私はあなたに会えなくなるのが一番悲しいわ……」
はらはらと涙が僕の頭に落ちてきます。僕も泣きたくなります。
「今夜は一緒にお風呂に入って、一緒に寝ましょうね」
「寝るのはいいけど、お風呂はイヤ」
「なんでよう」
「〇んちんに触ろうとするから」
姉上が身を放してにらみます。
「私だって結婚するんだから、予備知識が欲しいのよ!」
「僕の子供ち〇ちん見てなんの知識になるんです。やめてください」
「生えた?」
「まだっ!」
「剝けた?」
「むけてない! 痛いからやめて!」
「いいわよ。だったらレンと入るから」
レンは僕の弟です。あと、妹が二人います。
「そうしてください……」
僕だってもう十歳ですから、もう女の人と一緒にお風呂に入るのはご遠慮しなきゃね……。
「流言に惑わされてはならぬ。己の目で確かめよ」
国王である父上のお言葉です。
国王はたった一人で国を治めることができません。多くの大臣や役人とやり取りをして物事を決めていきます。そこには多くの陰謀や嘘、ごまかしがあり、それを信用し実行させるか、だまされずに嘘を見抜き、やめさせるかも国王の資質だと父上は言います。国王の名を借りてサギをしてもうけようって人はいっぱいいるんです。そんなことになったら国王の責任問題になりますから。
僕はセレア嬢との婚約をどうするか、自分で確かめて決めなければなりません。やはり、もう一度、会わないといけないでしょう。
そんなわけで、はじめてのお茶会から三日後。お見舞いという名目で、僕はコレット公爵家別邸を訪れました。公爵様の王都での拠点です。
「あの、お嬢様は混乱しておりまして、まだ床に伏せっておりますが」
メイドのベルさんが僕らの案内をしてくれます。
護衛のシュリーガンがうれしそうについてくるんですよ。いや、あの顔がうれしそうに見えるのは僕だけかもしれませんが。
「そうですか……。でも、先日の無礼をお詫びしたいのです。ぜひこれを渡したい」
そう言ってバラの花束と、お菓子のバスケットを出します。
「もったいない。無礼もお詫びもこちらが申し上げなければなりません」
「二人きりで話がしたいのです。ぜひ会わせていただけませんか?」
「旦那様の許可をもらってきます。しばらくお待ちください」
あんがい簡単に、というかおおよろこびでコレット公爵の許可が出まして、護衛についてきてもらったシュリーガンにはサロンで待っていてもらって、ベルさんと二人でセレア嬢の部屋の前に行ってノックします。
「セレア様、セレア様? シン王子様がお見舞いに来てくださいました。ぜひご面会をと」
……無言。
「開けますよ。では」
すごいなこのメイド! 御主人であるお嬢様の許可なく、女の子の部屋のドアが開けられてしまいました!
はなやかなかわいらしいかざりに包まれた、実に女の子らしい一室の、天蓋付きお嬢様ベッドの上に、布団をまくってネグリジェ姿のセレアお嬢様が座っておられました。
部屋はカーテンが閉められ、暗いです。
「このようなかっこうで申し訳ありません。先日は失礼いたしました。おわびの申し上げようもございません。わざわざおみまいに足をはこんでいただいて感謝をいたします」
お嬢様がベッドの上でぱたんと伏せて頭を下げ礼を取ります。これってもう土下座ですねなんだか。
ベルさんがずんずんと部屋の中を進んで、しゃっとカーテンを開きます。お嬢様の断りなしです。つくづく凄いメイドです。
「顔を上げてください。昼間からこのように女性の寝室をたずねる僕の無礼こそお許しねがえればと思います」
常識で考えれば僕のほうが何百倍も失礼ですよ。ま、こんなふうに入れてもらえたのは、僕も彼女もまだ十歳の子供だからでしょう。子供で良かった。
姉上だったらいくら僕でも、「許可なく入るな――――!」って、ケリが飛んでくるところです。
……部屋にお日さまの光が入って、初めて(ふつうの)顔を見ました。きれいな子です。
長い黒髪がとてもきれい。白目むいてたあのひとみも、黒くて宝石のようにきらきらしてます。色白で、ほっそりした体をよくにあう、ふわふわの白いネグリジェでつつんでいます。
目を引く、かがやくような美しさではありません。ひっそりと、よく見ればこんなにもきれいという感じでしょうか。
地味と言えば地味ですが、それがつつましく、しとやかに見えると言えばいいのか。かざり気のない、素の美しさが僕にはとても好ましく思えます。
「初めまして。ラステール王国、第一王子、シン・ミッドランドと申します。このたびはぶしつけな訪問にもかかわらず、ご面談の席をもうけていただきお礼を申し上げます。急な病にふせっていらっしゃる中、勝手なおみまいを申し込んだご無礼、どうぞお許しください」
「あの……。初めてではございませんが」
「初めてです」
「お茶会を……」
「無かったことにしましょう」
メイドのベルさんがこっち向いてちょっと驚いたような顔になります。
「お茶をお持ちしますね」
そう言って、部屋を出ていきます。
「寛大なる殿下のご配慮に、感謝いたします」
そう言ってもう一度頭を下げるお嬢様。
「いやいやいやいや、もうそれはナシにして」
面倒くさくなりました。
「さ、もう誰もいないし、二人で話せるようにたのんだんですよ。もう礼儀とかおせじとかなしにしましょう。僕ら、婚約者になろうっていうんですから、えんりょしないで。僕も君も十歳の子供なんだし、めんどうくさいことなしで」
活発でわがままなお嬢様と聞いております。僕だっていいかげん素で話したい。
「その婚約なんですが……。その、大変失礼なのですが、その、できれば、無しにしていただいて……」
「なんで?」
「わたしのようなもの、殿下の婚約者などあまりにももったいなく、私では王妃の役もつとまるわけも無く、ごじたい申し上げたく……」
「……そんなに僕の顔ヘンだった?」
「いえっ! いえ! そんなことは!」
「僕のこと見てすごいびっくりしてたよね。で、おどろいて悲鳴上げてバッタリ」
「その話は無かったことにって」
「そうだった」
自分で言っといて自分でそのこと問いつめてどうする僕。
うーん、困ったな。頭をポリポリかきます。
「今でも体のぐあいは悪い?」
「ぐるぐるしてしまって……でもだいぶおちつきました」
「そりゃあ良かった。フルーツケーキ好き?」
「はい」
「じゃ、一緒に食べよう。花瓶はある?」
「あ、いえ……」
「そりゃそうか。これ、けさ庭園でつんできたんだ。受け取ってくれると嬉しいな」
バラの花束を渡します。
悲しそうな、さびしそうな、なんとも複雑な顔をして受け取ってくれます。
「……」
えーと話題話題。つまんない男だと思われるのはいやだもんね。
バスケットを開けて、ケーキを出します。
「これ、食べよう」
「お皿が……」
「いらないよそんなもの」
彼女にバスケットを差し出します。部屋のいすを勝手にベッドに寄せて、勝手にすわって、で、バスケットからうす切りにされたケーキをつまんで彼女に差し出します。
御令嬢、無言。
「じゃ、僕から食べるから」
えんりょなくむしゃむしゃ食べて見せます。
「……」
突然彼女がはらはらと涙をこぼします。
ええええええ――――! なんで? なんでえ?
「ご、ごめんなさい」
「え、きらいだった?」
「ちがうんです!」
「なんで泣くの!?」
おろおろしちゃいます僕。そりゃあ女の子に目の前ではらはら泣かれたら誰だってそうなりますよ!
「みたことあるんです、このイベント」
イベントってなに――――――――!!
次回「3.悪役令嬢ってなんなんですか」