17.悪役令嬢の前世知識
十一歳になった僕たちは、本格的に公務の開始です。
「セレアも『前世知識』ってやつを使って本格的にやってみようよ。ヒロインに負けてらんない」
「うーん、私あんまり学校に行けてませんでしたし……」
「ずーっと病院にいたんだっけ」
「はい」
「だったら病院のことは詳しいよね!」
「そうですね!」
僕の姉上は先進国のハルファに留学して、帰ってから国内に病院と孤児院を設立しました。建物は既存の建物の再利用ですが、これを受け継いで監督するのが僕に与えられた最初の公務になります。もちろん病院は厚生大臣、孤児院は教育大臣がいますので、僕が前面に出るわけじゃありません。でも問題があればそれを指摘し、改善させることができます。姉上から受け継いだ僕のライフワークになりますか。セレアはずっと病院に住んでいたようなものですから、きっとその知識は役に立ちます。
まずは孤児院です。
実際に人命を左右する病院のような現場は荷が重いと思いますので、まずは孤児院のような厚生施設から始めるのがいいでしょう。
僕らもまだまだ子供ですし、子供目線で、改善点がわかるはずです。
王子と王子妃(予定)の視察、ということではなく、僕もセレアも平民の服を着て、孤児院の関係者の子供という形で身分を隠して訪問します。
「僕は院内を見回るけど、セレアはどうする?」
「私は子供たちと遊んでいます」
うん、それがいいね。やっぱり子供たちから直接話を聞かないとね。
院長に案内され、一通り、院内を見て回りました。ちょっと不潔で暗い感じがします。
「このように子供たちは規則正しく、自分のことは自分でできるように役割を決めて共同生活をしております」
院長はそう言いますが、問題はまだまだ山積み。孤児院制度は始まったばかり、その運営は手探りの状態です。
子供たちの所に戻ると、セレアがみんなと一緒に床に座って、トランプをやってましたね。
「ページワン!」「ストップ!」
わあー、きゃはははって、子供たちの笑顔が弾けます。楽しそうです。
「セレア、そろそろ行くよ。会議」
「あ、はーい」
「ええ――――!」
子供たちからブーイングですわ。
ぱんぱんと手を叩く院長先生の指示で、子供たちも解散です。
「はいはい、お休み時間は終了だ。みんな役目に戻って!」
「おねえちゃん、また来てね――!」
「うん、また来るからね!」
かわいいですね。
院長と、上級職員数名で職員室で会議を始めます。
「まず院内が暗いですね。壁紙を張り替えて明るくしましょう。カーテンも取り替えたい」
「そうですね」
「昼間にはちゃんと全部のカーテンを開けて院内を明るくしてください。閉め切ったままではよくないと思います」
「はい」
「窓も開けて空気も入れ替えましょう。こまめにやってください」
とりあえず今すぐできることから、気が付いたところを言っておきます。
「そうですね。子供たちが臭いです」
いや、ちょっ、セレア? いくらなんでもそれは……。
「も、申し訳ありませんセレア様、次回はそのようなことが無いように……」
院長が慌てますね。
「いえ、そういう意味ではないんです。臭いということは、衛生状態が非常に良くないということなんです。子供のときというのは、免疫も無く、病気への抵抗力も弱いですので、かんたんに病気にかかります。赤ちゃんや子供の死亡率が高いのもそのせいです。だから、子供たちは清潔にさせなければなりません」
「それは、心得ておりますが……」
院長が汗を拭きます。
「まずですね、子供たちを日中と、寝るときに着替えさせてください」
「夜具ですか」
「はい、いつも同じ服を着てるとそれだけで皮膚病にかかります。着の身着のままで寝かせるということが無いように。着替えを用意して、服は洗濯して着られるように何着か用意してあげてください」
「そりゃ用意はしたいですが、何分予算が……」
「それから、子供たちを毎日入浴させてください」
「入浴!」
「今はどうしていますか?」
「週に一度タライで体を洗わせておりますが」
毎日入浴ですか。それって王族並みですよ。市民ができる贅沢じゃありませんね!
セレアの先進性って、なんかすごいな!
「頭も洗って。子供たちにはこの清潔、ということが大変重要です」
「でも一人一人を入浴させるのは大変な手間で……」
「大きな浴場を建設したいですね。大人数で一度に入れるような」
「浴場ですか。薪とかの燃料も大量に使うことになりますが」
大浴場になりますね。大昔、そういう文化を持った大国があったそうですが。
実現できないことは無いと思います。燃料については、あてがあります。
「それについては、陛下に話してみます。わが国でも石炭を採掘するようになりましたので、そちらの燃料を回してもらえるように考えてみましょう」
産業大臣が石炭の採掘に最近力を入れてますから、市内にもだいぶ流通してきましたよ。
「風呂の建設、大臣に掛け合ってみるよセレア」
「それにしても入浴ですか……」
「入浴と、歯磨き」
「歯磨きも!」
「食後の歯磨きを三食ごとに、必ずやらせてください」
セレアが力説します。
「子供の時に、どうせ生え変わるんだから乳歯が虫歯になってもかまわないって考えてる人がたくさんいるんですけど、それは違います。生え変わった歯にも悪いんです。あとで乱杭歯になりやすいんです。一生使う歯なのにそれではかわいそうですよね」
「なるほど……」
「衛生管理を徹底して、お食事の前には必ず手を洗わせるように。食後には歯を磨かせるように、必ずやらせるようにしてほしいです」
「子供たち全員にやらせるには、やはり人手の問題がありますね……」
どうしよう、人手、人手……。やってくれそうというと、教会かな。
「教会に派遣してもらいましょうか?」
「教会ですか?」
「はい、教会の修道士、修道女の方に来ていただいて、奉仕活動としてこれをやっていただくというのはどうでしょう」
「うーん……どうでしょうねえ……」
「僕が司教様に掛け合ってみます」
みんなびっくりしてますね!
下っ端を飛び越えていきなりトップに相談できるのも、王子の特権ってやつです。有無を言わさず利用させてもらいましょう。
「それと、子供たちを規則正しく働かせるだけでなく、遊びの時間も作ってあげてください」
「遊ばせるのですか」
セレアの言うことに職員さんたちが驚きます。
いや子供が遊ぶのは当たり前だと思いますけど。
「はい、子供を、ただしかりつけて言うことを聞かせるだけでは、自分で何も決められない大人になります。浮浪児が、成人して浮浪者になるだけです。子供たちは子供同士の遊びの中で、ルールを守って遊ぶこと、守らなければ嫌われてしまうこと、競争心と、それとともに人を思いやり、自分だけが勝てばよいわけではないことも学びます。遊ぶということは全員が幸せになることです。自分だけ面白ければいいわけじゃないことが理解できます」
たしかにね。そんな経験もない人間、将来犯罪者になっちゃうよね。
「うーむ、それはそうなんですが、孤児を税金で遊ばせるというのは市民の理解が得られますでしょうか」
ケチ臭いことを言わないでくださいよ。
「そのような差別意識があるからそういう考えになるんですよ。僕らと同じ、孤児だって等しく子供です。まずその考えから改めてください」
……大人たちが一様にバツが悪そうにします。
孤児院をあずかる職員が、まず孤児だという差別意識を持っていてはダメでしょう。
それと、セレアにも言われていたことを僕からも言っておきます。
「あと読み書き、四則演算は最低、習わせてください」
「勉強ですか!」
「はい、それができずにだまされて、お金を取られて一文無しになったり、ひどい条件で働かされたりして親が貧困し、結果、子供が孤児になります。市民の労働条件の改善は、まずは教育からです。それは僕から教会に頼んでみます」
「はあ……孤児に教育ねえ……。無駄にならなければよいのですが」
あんまりいっぺんに何でもかんでもやらせられませんので、これぐらいかな。
「しかし正直驚きました……。殿下も、セレア様も、大変な見識をお持ちです。この孤児院創始者のサラン様もびっくりなさるのではないでしょうか」
「その仕事を僕が受け継ぐんです。今後は僕らのことを、十一歳の子供だと思わないようにお願いしたいと思います」
「そうさせていただきます」
これ、教会に了承させました。
教育大臣に僕からよく意見して、理解してもらい教会に同行してもらいました。
司教様相手に「教会は非営利の慈善団体ではないのですか」「教会は常日頃、女神様の名の下に平等をうたっていらっしゃいます。孤児も等しく神の子です。まず孤児から平等に愛さねば教えに反するのではないのですか」、という建前をヌケヌケと前面に押し出して、ノーが言えない状態にまで追い込んでやりましたよ。
王子という立場も上手く使えばけっこうゴリ押しが効きますね。
国王陛下の執務室に直接押しかけて、直訴もします。
王子ですからね、なんの遠慮が要りますか。
セレアと二人で、訪問します。ちょっとズルいかもしれませんね。陛下もかわいいセレアの前で、これに公然と難色を示すってわけにいきませんから。
口頭でなく、ちゃんと文書にして改善点のリストを渡します。
「……ずいぶんカネのかかる話だが、これをやりたいと?」
「はい」
「大臣にも教会にも、話は通してあると?」
「はい。ですが子供の意見ですから誰も取り合ってくれません。どうしても『国王の了承をもらってこい』という話になりますから」
これもまたズルい言い方ですが、利用させていただきますよ、父上。
「どのような成果が見込めるか?」
「街から浮浪児、浮浪者がいなくなります。貧困が解決し、犯罪者になるものも減るはずです。全部とは言いませんが」
「孤児に教育か。もっと優先すべきことがあるのではないのか?」
「いえ、逆です。『孤児でさえ、これぐらいのことは学んでいる』ということが市民の意識を底上げすることになるのです。孤児からのほうが始めやすいし、良き前例になるでしょう」
「十数年後の先を見越しておるのだな?」
「はい。いずれは国民すべてが読み書きができるようにするのを最終的な目標にすべきだと僕は考えます。」
陛下、感心してくれます。
「よかろう。これを元に大臣らに指示をする。予算も捻出させよう」
「ありがとうございます!」
セレアと二人で頭を下げます。
「王宮にとどまらず広く見分を広げるその方らの働きに感謝する。これからも余の目に成り代わり、臣民の力となれ。期待しておる」
「お言葉、肝に銘じます」
一か月後、孤児院に大浴場ができました!
僕らも石炭を満載した荷馬車と一緒に訪問します。
「せ、セレア! なにそのかっこ!」
「子供たちを洗ってあげようと思いまして」
「一緒に入る気?」
「はい」
職員さんと風呂に石炭をくべて、風呂場に湯加減を見に行きますと、セレアが裸にエプロンだけして更衣室にいるんですよこれが。子供たちと一緒に!
「シン様も入ってください」
「いや僕はいいよ!」
「石炭で真黒ですよ。臭いですし」
そう? そうかなあ?
お湯加減、いいですね。ちょっとぬるいかな。もうちょっと石炭くべるか。
一回の入浴でどれぐらいの石炭を消費するかも記録しておかないと。ちゃんと秤で量ってから放り込みます。
「あとはやっておきますよ殿下。どうぞお戻りください」
「じゃ、お願いします!」
職員さんに後は頼んで、僕も浴場に行きます。
セレアが石けんだらけになって子供たちをみんなごしごし洗ってます。
裸にエプロンなんだから大事な所は隠れてますが、かえってやらしく見えちゃうのはなんででしょう。
僕も、セレアと一緒に子供たちを洗います。セレアは女の子。僕は主に男の子を。
垢すげえな……。泡が立たないよ。まずお湯に浸けこんでふやかさないと。
子供たちを清潔に、毎日入浴させることってのがどれだけ大事か、わかるような気がします。
ざばーって、お湯をかけて石けんを流して一人、おしまい。
「兄ちゃん男だろ――! タオル取れよ!」
「なんで隠してんだよ!」
いいじゃないのそれぐらい。僕にだって事情はあります。
いやだってセレアが裸でそこにいるんだから……。おしりとか、ちらちら見ちゃうし。
「ロリコンだー!」
「あぶねーやつだー」
まってまってまって。十一歳の僕をロリコン呼ばわりしてどうすんですか。とんでもない言いがかりですよそれ。子供の相手って大変ですね。
すみません職員さん。これ毎日やることになっちゃって。
子供たちがみんなお湯につかって、真っ赤な顔して出ていきます。
「さ、シン様、最後ですよ」
「いやいいよ! 自分で洗うから!」
「お顔がまだ黒いですよ?」
「えっそう?」
セレアが体を洗ってくれます。
エプロンの隙間から白い肌にピンク色のものがちらちらして、どうしても見ちゃいます。
あー、ダメだ。タオルがぴょこんって持ち上がっちゃいました。
「……」
「な、なんかゴメン」
セレアの顔が真っ赤です。
「……セレアはさ、赤ちゃんって、どうやって作るか知ってる?」
僕の体をこするセレアの手が止まります。
「あ、知ってるんだ」
「知りません!」
「いやその顔は絶対知ってるね」
「知らないです!」
「おませさんだなーセレアはーっ」
「バカ!」
怒っちゃって、ざーってお湯をかぶって石けんを流してから、お風呂場を出て行っちゃいました。
一人で体を洗います。
……それにしても、僕のコレ、どうしたらいいんでしょうね。
今度、シュリーガンに聞いてみましょうか。
作中使用していた「現代知識」を、「前世知識」に変更しました。
次回「18.医療改革」