15.王子様っていそがしい
王子は武術も習わなければなりません。
先生は……シュリーガンです。
「人体の急所! 顔面なら目、耳、鼻! 首なら喉! ボディーは胃、肋骨、足なら脛、足の甲、そして、金的っす!」
「……あの、それ武術なの?」
「ナマ言ってんじゃないっすよ? 殿下はまだ十歳なんだから、まず急所に一撃、そして逃げることっす。要するに護身術っすね。それができるようになったら、剣でも槍でも教えてあげますって」
「なんか王族のやるようなことじゃないよねそれ」
「戦場では生き残ることが第一っす。どうせ殺す相手なんだから躊躇無くキ○タマを蹴り上げずにどうします?」
「お前よく騎士になれたよねホント」
なりふり構わぬケンカ殺法なんですよ。
顔面狙って鼻を折る。
掌底で顎を突き上げる。
蹴り上げてきた足を持ち上げて転ばせる。
頭を押さえつけて膝で顔面を打撃する。
後ろから羽交い絞めされたら後頭部で頭突きする。
足の甲を思いっきり踏みつける。
どの動きにも必ず最後に金的を蹴り上げるか踏みつぶす動作があります。
怖いですね……。
もちろん、シュリーガンはちゃんとプロテクターをしています。子供でも大人を倒すための技ですから本当に決まればシュリーガンだって倒れますわ。
「いいっすか? ためらうのは一切なしです。中途半端が一番ダメっす。相手を怒らせて事態はかえって悪化します。キ〇タマを踏みつぶすまで止まっちゃダメですぜ」
「男として、やっててつらいものがあります……」
「そりゃあそうです。これ、女性に教える護身術ですから」
「うわあ……」
「つまり今の殿下は女、子供っちゅうレベルなんすよ」
「……子供だもんね」
「殿下って時々、『俺より年上じゃねえの?』って思うことありますけどね、体は子供なんだから。コレができるようになったら、お上品な貴族らしい、剣とか槍とか教えますんで、それまではひたすら護身術の練習っす」
「はあい」
終わったら、次、ダンスの練習。
ギャップがありすぎます。野生動物の殺し合い同然のさつばつとしたタマの取り合いから、いきなり淑女との優雅で上品な社交ダンスなんですから。
ちゃんと気持ちを切り替えないと、間違ってセレアの股間を蹴り上げちゃいそうです。
「ちょっとちょっと! シンちゃん! 遅いわよ!」
先生のギャップも凄いですねこれ。
「遅刻しちゃいました。すみません」
「それはいいわ。セレアちゃんが凄いの! ちょっと見てあげて!」
「え、なになに?」
薄いダンスウェアを着たセレアが恥ずかしそうに答えます。
「先に来てたので、ちょっと昔を思い出して鏡の前でやっていたら先生に見つかっちゃって」
いったいなにやってたんです。
「お願い、セレアちゃん、もう一回やってみて――!」
先生がこんなふうになるの珍しいですね。
つぃーつぃーつぃーつぃー。
うわあなにそのステップ!
ヘンです! なんでそうなるの? 不思議です!!
普通に歩いてるようにしか見えないのに、なぜか後ろに進んでます!
「なんでそんなのできんの!?」
「小さい頃、ちょっとはやりまして、冬に水たまりに氷が張った時とかやってたんです。クラスで一人できる子がいまして、みんなでマネして」
「どうやってやるの?」
「右足の、つま先を立てて、左足はかかとを付けたまま、後ろに滑らせます」
「うんうん」
「で、今度は後ろの左足をつまさき立てて、右足はかかとをつけます」
「うん」
「そして、右足をかかとを付けたまま、後ろに滑らせます」
「セレアちゃん、それ、滑らせるほうの足には実は重心はかかって無いのね?」
「はい」
先生が感心しますね。
「……目の錯覚を利用してるわけね。凄いわ」
「私が考えたわけじゃないんですけど……。マイケルっていう歌手で、ダンサーの人の技で」
「あたしそんな人知らないし見たこと無いわ」
そりゃあないでしょうねえ。きっとセレアの前世の記憶ですから。
「とにかくみんなびっくりするわ。それぜひマスターしちゃいましょう! 今日はもうその練習でいいわ。あたしもできるようになりたいし!」
それから先生も一緒になって、三人でずーっとその謎のステップの練習ですよ。
「これ滑りやすい靴で練習したほうがいいわね。なるほど氷の上で練習するわけだわ。みんな履き替えて!」
さすが先生、すぐマスターしちゃってすっごく上手にできるようになりました。
次がセレア、僕が一番ヘタクソですね。
三人でリズムに乗ってつぃーつぃーつぃーつぃー。
ちょっと不気味かもしれません。
止まらず、流れるようにやるのが難しいです。先生なんですぐできちゃうんですか。
「素敵ね! これ、みんなを驚かすことができる必殺技になるわ」
「じゃあ先生、これごひろうできるようになるまでナイショにしましょう」
「うーん惜しい! あたしが使いたいわ。でもセレアちゃんに教えてもらったんだし、二人だけの技にしたほうがいいわね……」
先生がそう言って考え顔になりますね。
「うん、わかった。二人が正式にダンスパーティーでデビューするときは、これを入れるルーティンで組みましょ。それとこのステップなんて名前にしようかしら?」
「これ、名前があるんです。『月面歩行』っていうんです」
なんで月なのセレア……。
「月って重力が地球の六分の一しかなくて体が軽くなるんです。宙にういているように歩くから、そういう名前になったみたいで」
ごめんちょっとなに言ってんのかわかんない。
「よくわかんないけど確かにそんな不思議なステップよね。イメージ湧いてきたわ―――! 任せて! 最高の形でご披露できるようにしてあげるから!」
やっぱり先生、おもしろすぎます。
三時には一休みでティータイムです。
「姉さま! あそびましょー!」
「ねえさま! 今日は夕食をごいっしょにって母上が!」
妹たちともだいぶなじんできましたね、セレア。
母上も気に入ってくれています。でも、母上のこの「夕食をごいっしょに」というのは事実上の食事マナー教育です。
「習うより慣れろ」が母上のモットーでして、マナーをマナーと意識せず、自然に当たり前にできるまでやれということ。ご飯を食べるのにも気が抜けないんだからセレアも大変です。
夕食までちょっと時間がありますので、妹たちと遊ぶことにしました。
「姉ちゃん! 俺も!」
……最近生意気になってきた弟も参加です。
いちばん上のサラン姉さんが隣国に嫁いでから、急に僕にはりあうようになってきましたねえ。新しくできたお義姉さんに、子供に見られたくない意地もあるのでしょうか。いろいろな思いがあるかもです。サラン姉さんが嫁ぐため家を出る日、一番泣いていましたからねえ。
「なにやりましょうか」
「ブタのしっぽ!」
僕、カードゲームというとブリッジやポーカーとかのテクニック、心理戦を駆使した大人向けのものしか知りませんが、セレアはびっくりするほどたくさんのトランプゲームを知っています。子供たちが喜ぶようなかんたんなものとか。
ジョーカー抜きとかブタのしっぽとか、「もうそれ運しかないじゃん」というゲームもありますが、幼い妹たちには大好評です。
「病院に入院していたとき、いっしょに入院していた病室の子供たちとやっていました」ということで、小さい子供と遊んだりするのが意外と上手です、セレアは。
「えー、大富豪がいいよ!」
弟がワガママ言いますが、なんですそのゲーム? 初耳です。
聞いてみると、負けた人は貧民になり、大富豪に自分の一番いいカードを差し出さなきゃいけないそうです。そのうえ、大富豪からは一番悪いカードを交換で渡されるそうじゃないですか。なんとせちがらいゲームです。
「それじゃあ大富豪、ずっと勝ち続けることになるじゃないですか。子供のうちからそんな格差社会の現実を思い知らせるようなゲームやらせていいんですかねそれ……」
「大丈夫です、四枚カードがそろうと、『革命』って言ってカードの価値が逆転して大富豪は一気に貧民に落ちぶれますから」
「『革命』を狙うようなゲームを貴族の子供たちにやらせていいんですかね……。まずはブタのしっぽからやってください」
弟や妹が大富豪になって勝ち続けて平民や貧民を見下すのが面白くてしょうがないような人間になったり、革命で下克上を狙うようなテロリストになったら困りますって。王族としてそれはダメでしょ。
夕食が済むと、公爵別邸から迎えの馬車が来ます。セレア付きのメイドのベルさんが乗ってます。
三人で、サラン姉様の部屋だったセレアの部屋でコッソリ、情報の確認です。
「ハンス料理店は、本店は普通の、まあちょっといいレストランなんですが、そこで出したポテトチップ、フライドポテト、フライドチキンが大評判になりまして、支店としてそれを専門に扱う店を出したのが、この前行ったお店なんですね」
「そうだったんですか……」
ベルさんが頼んだ情報を集めてくれて、僕とセレアに報告してくれるんです。
「人気なのでもう一店ぐらい支店を増やすかもしれません」
「大量の植物油が必要になりますね。その入荷先は?」
「ブローバー男爵領の菜種油です。店の人気に気を良くして生産量を増やすとか」
「男爵家ともつながりができているわけですね」
「そうですね。鶏舎も今大きなものを男爵領で建設中でして、同じ店でビスケットにカエデの樹液をかけたものや、キャベツのサラダなんて新商品も次々にメニューに加え、人気になっています。炭酸水の果汁ジュースなども販売されていてどれも男爵領の生産物ですね」
うんうんとセレアがうなずきます。
これは知っているということです。つまりセレアの前世で同じものがあったということ。僕も知らない、初耳のものばかりですから。
「驚くべきことは、これが全部、店主でありオーナーシェフのハンスの娘、リンスが考えたってことなんです」
娘!
あの子のことでしょうか?!
「殿下やお嬢様と同じまだ十歳なのに、次々と新メニューを考え出し……。あ、その娘が料理するわけではなく、リンスのアイデアをハンスが実際に料理にしてみるというものだそうですが」
十歳ですからね。実際に料理までできたらそりゃすごすぎちゃうか。
「でも小さな店舗でも利益が出るように、カウンターで商品を受け取るセルフサービスの方式を確立したり、他のレストランには無いテイクアウトも始めたりと商才もあるようで」
すごいなそれ! 十歳の子供のやることかい!
「……びっくりだね」
セレアを見るとやっぱり、難しい顔をしています。
「ベルさんって、どうやってそんな情報集めてるの?」
「私はお嬢様付きメイドとして、コレット家の間者を使う権限を与えられていますから。ハンス料理店のバイトとして一人、もぐりこませました」
「怖いなそれ! 怖いよ! 僕のこともいろいろ調べてんじゃないの?!」
「もちろんですわ」
「ひどっ! 王宮の中にまで、人を潜り込ませていないでしょうね? ね?」
「御心配には及びません。殿下の情報はほとんどシュリーガン様からなんでも聞けますから」
うん、シュリーガンはやっぱり、クビにしたほうがいいみたいです。
「当家の集めた情報を殿下にもお渡ししているんですから、それぐらいはご了解いただきたいですわ。協力できなくなりますので」
うん、シュリーガンはクビにできないみたいです。
「ねえベルさん、僕、前から一度聞いてみたかったんだけどさあ」
「はい」
「ベルさんは、シュリーガンの顔、怖くないの?」
「コツさえつかんでしまえば簡単ですから」
「技術的な問題なの!?」
よくわかんないですね。ベルさんは。
「チキンのレシピについてはまだ分からないことが多いですね。お嬢様のおっしゃる通り、圧力鍋という、密閉された容器の中で油で揚げて調理しているところまでは突き止めました。問題はハーブとスパイスの調合で、これは現在調査中です」
「いや、知りたいところはそこじゃないから……。それはやめてあげて」
毎日フライドチキン食べたくて調べさせてるわけじゃありませんよ。知りたいのはリンスという娘のことなんですが、それはベルさんには言えませんからね……。
「……そのような一店舗、なぜお嬢様と殿下が気にされるのか、そこが私にはよくわかりません。もちろん依頼とあればどんな情報でも集めますけど、目的がはっきりしていればより精度よく必要な情報を集められますが、理由はお聞かせ願えませんのでしょうか」
ベルさんが疑問顔ですね。
「ごめん。まだちょっと気になるなってことだけだから」
「お店が繁盛するのも、男爵領の産業が豊かになるのも、わが国の国益から見て悪いことはなにもないのですがねえ……」
「僕らとしては、問題は今後、そのハンスの店が拡大していくのか、その男爵との関係がより強くなっていくかです。無視できない力を持つようになりつつあるのか、様子を見たいと思います」
いつの間に貴族とまで関係もっちゃって、あの子、けっこうやり手ですね。
僕らが学園で共に学ぶようになるまでには、「平民ながら貴族学校に入学する」ぐらいの実力と名声を手に入れているかもしれません。
セレアの言う、「前世知識」というやつを駆使して。
そこからが、本当の勝負の始まりになるのでしょう……。
次回「16.国王誕生日」