14.十歳の花嫁
夜道、シュリーガンがランプをぶらぶらさせながら先導します。
セレアとベルさんを公爵別邸まで送っていくことになりましたんで。
「シュリーガン……、その、今日はありがとう」
「そりゃあかわいい弟の結婚式っすからね、すっぽかすなんてことはしませんて」
その設定まだ続いてるんですか。
「あの、今夜のことは他言無用に」
「そりゃ無理ですな」
「言うよね! 絶対父上に言うよね!」
「言うに決まってるでしょ。言わなきゃ俺の首が飛びますって」
「あーあーあーあー」
「でも証人としてシュリーガン様も記帳なさっておいででした。殿下の片棒を担いだことになりますわ」
ベルさんも非情ですねえ。
「なに、陛下がどんなに怒って俺のクビを飛ばしたって、これで二人の結婚は決まりです。もう動かしようがありませんて。なんてったって女神様に誓っちゃったんですから」
こんなことでクビ飛んでもいいのシュリーガン? クビが飛ぶって、この場合ギロチンかもしれないんだよ?
「ベル……。ごめんなさい」
「おめでたいことですよお嬢様。謝ることなんか何一つありませんわ」
「お父様に言う?」
「言わなくても夜が明ければ、王家から連絡が来て屋敷中の人間が知ることになりますわ。ちょうど旦那様も別邸に滞在中ですし」
「ううう……」
セレアも頭を抱えます。公爵殿、領地から王都に来てたんですね。
「内緒にしておかなきゃいけない理由があるんで?」
「僕たちの切り札なんです」
「妙なことを言いますなあ。ま、殿下は俺より何倍も頭いいっすから、なにか考えあってのことだとは思いますがね」
十歳の僕にそんなこと言って情けなくならないんですかねシュリーガン。
そうこうしているうちに、コレット公爵別邸に到着しました。
「セレア」
「シン様……」
「その……、また明日」
「はい。おやすみなさいませ」
セレアがぺこりと頭を下げて、ベルさんが開けた門を通って屋敷に消えます。
「さ、帰りますぜ」
「ねえシュリーガン、今夜のことは……」
「だから言いますって、陛下に」
「他の人には絶対ナイショにしてね!」
「さあー、こんなめでたいこと、言わずにいられますかねえ俺」
「頼むってば!」
「さーて、どうしましょうかねえ!」
「面白がってるよね! っていうかヤキモチ焼いてるよね!」
そんな怖い顔でゲラゲラ笑ったって、全然怖くなんか!
……ごめんなさいウソです。ものすごく怖いです。
でも不思議ですね。
僕すっかり忘れてました。
あんなにはっきり思い出した、七歳の時に出会った、あの子の記憶、なんか王宮につくまでに全部、頭から消えてました。
眠い目でベッドに入って、あーそーいえばそんなことあったっけって感じで。
あの胸が締め付けられるような、せつない初恋の恋心が、なぜかきれいさっぱりなくなっていました。
女神様の御利益すげえ。
金貨、もう二枚ぐらい、追加してもよかったかな。
翌朝、父上の執務室に呼び出されました。
もちろん大変お怒りの御様子です。仕方ありません、ここは開き直りますか。
「昨夜、セレア嬢と結婚したそうだな」
「はい」
「……早まったことをしてくれた。婚約をしてからまだひと月も経っておらぬ。いくらなんでも拙速ではないか?」
「陛下は結婚の時期は僕たちで相談して決めてよいとおっしゃいました」
「お前もセレア嬢もまだ十歳だぞ? 成人もしておらぬうちから婚姻させたなどと国民に知れれば、王家の独善が批判にさらされるわ。なにもあのようなところで結婚せずとも成人してから大聖堂で堂々とやればよいではないか。なぜそう事を急ぐ?」
困ったことをしてくれたという顔ですね。
確かに、これを王家がやらせたとなれば国民からの批判はあるでしょう。まだ幼い子供にそのような家の事情を押し付けたと。政略結婚を急がねばならない理由があったのではと、お家の事情を勘ぐられることにもなりかねません。
これは正直に言ってしまったほうがいいですね……。
「婚約破棄をされないためです」
「婚約破棄?!」
父上が思わぬ言葉を聞いて口あんぐりです。
「姉上はオルスト公爵子息とご婚約されておいででした」
「婚約はしておらぬ。婚約同然と言ってよかったかもしれぬが」
「いえ、婚約をしていました。しかし、ハルファとの婚姻の話が来て、王家より婚約を破棄した形になり、姉上は結局ハルファに嫁入りしました」
「人聞きの悪いことを言うな。あれは婚約をしていたわけではないし、破棄もしておらぬ」
「対外的にはそうなっていますが、事実は異なります。そんなことはみんな知っています」
「……余がお前の婚約にも、盟友であるハーストを裏切りセレア嬢に婚約破棄のような不義を突き付けると申すか」
「いいえ。ですが、もしそれが国益にかなうのであれば、ハースト・コレット公爵はみずから身を引くでしょう。公爵は義のお方です。私情よりも国を優先なさいます。セレア嬢に婚約を辞退させるでしょう」
「余がお前を婿に出すとでも?」
「他国より息女をめとる話がくるやもしれません」
「余が嫡子と認めた第一王子にそのようなことをさせると思うか? 余を信用できぬと申すか?」
ちょっと苦しいですが、ここからは屁理屈で通すしか無いですね……。
「国王としての陛下を信用しております」
「……?」
「陛下は息子である僕の幸福より、国民の幸福を第一にお考えになるはず。その時は国益にかなう決断をなされることと思います」
「……結婚したという事実があればいかなる理由においても婚約破棄などはあり得ないと。既に結婚しておるのだからなと、それほどまでにセレア嬢を愛しておると?」
「はい」
「廃嫡されてもか」
「御存分に」
陛下がやれやれと頭を横にふりますね。
「……わかった。その意志、貫くがよい」
「ありがとうございます」
「考えてみれば別に悪いことは何もないのだ。余はまこと、お前がセレア嬢と結婚し、王位を継ぐことを願っておる。それに値すると余も、ハーストも認めておる。親として人並みに結婚式を盛大に挙げてやりたかったのだ。なにもあんな場末の教会で夜中に隠れるようにこっそりと婚姻することもあるまい……。いったいなにがお前をそう急がせたのか、さっぱりわからぬわ」
「申し訳ありません」
つべこべ言わず頭を下げます。
実際申し訳なく思っているんです。
「このことは他言無用とする。悪い前例となってはたまらん。ハーストにもそう申し伝える。対外的な結婚式をどうするかはお前が成人後に改めて考えるとしよう」
「ご配慮感謝いたします」
「下がってよい」
「はい。失礼いたします」
「あー、ちょっと待て」
退席しようとして呼び止められます。
「結婚おめでとう。シン」
「……ありがとうございます」
最敬礼して頭を思いっきり下げます。涙が出そうです。
ごめんなさい、父上。でも、セレアを守るには、僕はこれしか思いつかなかった。その分、勉強を頑張りますから、どうか許してください。
お昼、またセレアと一緒に昼食です。
あ、城内の食事ですからね、いちいち毒見してもらったりしませんよ。あれは城外で何か口にするときの慣習ですから。
「あ……、こんにちは」
「こんにちは、殿下」
なんか物凄く照れくさくて、はずかしくて、二人ともよそよそしい挨拶になっちゃいます。
「あの……、あれからなにか変わったことはなかった?」
「朝、お父様に『でかした!』ってほめられました」
凄いな公爵様! 十歳の娘が親に無断で結婚して、よくそのセリフ出るな!
「そっちは問題なかったんだ。僕は陛下に怒られてさんざんイヤミ言われちゃったよ」
「そうかもしれませんね」
「十歳の子供を結婚させたなんて政略結婚でつごう悪い事情があるに決まってるって思われちゃうってさ」
「あ、そうですね! 私全然そんなこと考えてませんでした!」
めんどくさいですね、政治っていうやつは。
「だから、この結婚のことは、時が来るまで秘密にしておけって」
「はい、陛下のおっしゃる通りだと思います」
「……僕も秘密にしておくべきだと思う。だって、目的は果たしたと思うし」
「目的って?」
「僕ね、あの子を見た時、胸がどきどきした。すごく好きだった人に会ったみたいに、初恋の幼なじみに会ったみたいに、全ての思い出が頭の中でよみがえった。僕、一目であの子に恋しちゃった」
「えっ……」
「でもね、教会でセレアと結婚式を挙げたら、それっきり、何とも思わなくなっちゃった。どうでもよくなった。そういえばそんなことあったっけって。凄いねゲームの強制力って……。ゲームって言うより、運命の修正力? なんか前もって決められてた運命にムリヤリ従えって命令があったみたいに。でもそれがきれいさっぱり無くなった」
セレアがうんうんって、うなずきます。
「……私もなんです。あの子のこと、あんなに憎くて、泣きたくなるほどくやしくて、絶対にゆるせないって思ってたはずなのに、あれから、いったい何に腹立ててたんだろうって、ふしぎなくらいなんとも思ってないんです。今は」
「すごいね! 女神様の御利益、ばつぐんだね!」
二人で一緒に笑います。
「もう婚約破棄なんてありえない。だって結婚しちゃったんだから、もう誰も僕とセレアを引きはなす権利がないよ。ムリヤリ離婚させる法も聖書の決まりも、いくら探したってないからね。思った通りになったね」
「女神様だって、困っちゃったかもしれませんね」
うふふって、セレアが笑います。
あー、よかった。結婚して大正解でした!
「僕、これからがんばるよ。ちゃんといい王様にならなくちゃ。いっぱい勉強して、国を良くする方法を考えなくっちゃ」
「シン様ならきっとできます」
「できるよ。だって僕はもう一生、恋に悩んだり、失恋したり、恋人を探したり、そんなことしなくていいんだ。どんな時も、もうセレアがいてくれるんだから。きっとうまくいく」
「はい、私もいっぱい、お手伝いします」
十歳で、お嫁さんをもらいました。
十歳で、お嫁さんに来てくれたんです。
僕、絶対に、この子、守って生きなきゃダメですね。
どんな運命でも来ればいい。負けるもんか。
僕はセレアの笑顔を見て、そう思いました。
次回「15.王子様っていそがしい」