11.ニアミス
今日もお妃教育に登城したセレアと一緒に、庭のテーブルで昼食です。
二人とも忙しくって、一緒にいる時間あんまりなくって、お茶の時間とかダンスのレッスンとかぐらいですかね。なので、昼食ぐらいはってことで二人でいっしょに食べる時間作ってもらいました。
「おいしい!」
シェフの新しい料理に二人で喜んで食べます。鶏肉を油で揚げた料理ですね。
「これも贅沢な料理だなあ……。丸ごと油で調理するなんて」
そう言うとメイドさんが教えてくれます。
「フライドチキンって言うんですよ。今城下ではやってまして」
「城下で?」
「はい」
「……」
セレアが考え込みます。
ん? なんかあった?
「ポットを持ってきます」
メイドさんがお茶のお湯を取りに行っちゃいました。二人きりです。
「……おかしいです」
「なにが?」
「前のポテトチップもそうでしたが、これ、私が前の世界で食べてたものとそっくりなんです」
「そうなんだ」
「いくらなんでもおかしいです。前世の記憶を持ったヒロインがこの世界にもういて、前世の知識でこれを作って広めているのかもしれません」
「……そうかもね」
僕らの国では、肉や野菜を油で揚げる料理ってのはありません。穀物を絞って取る油が貴重だからです。ご家庭で気軽に試せる料理方法じゃありません。
「レストランとかのお嬢さんにヒロインが生まれ変わっているんでしょうか?」
「あるいは油を扱う商人とか」
調べてみる必要があるかもしれません。
「こんど城外でデートするとき、いろいろ調べてみようか」
「かかわらないほうがいいのかもしれませんし、バッタリヒロインに会っちゃったりしたら、どうなっちゃうか予想がつきません……」
「会わないように、こっそり見に行くとか」
「シン様、けっこう好奇心おうせいなんですね」
「情報は何でも多いほうがいいし、対策も立てやすいってば」
「私はちょっと怖いかな」
「だいじょうぶ。僕もいっしょなんだから」
午後からダンス練習です!
「ににんがしっ、にさんがろくっ! にしがはちっ」
「ににんがしっ、にさんがろくっ! にしがはちっ」
「ちょっとちょっと、あなたたち、なにその掛け声!?」
先生がびっくりしてパンパン叩く手を止めます。
「九九なんです」
「くく?」
二人で勉強の進みぐあいを見たときに、セレアが計算が早くて筆算ですらすら解いちゃうのにびっくりしました。どうやってるんだと聞くと、九九っていうのがあって、セレアは一から九まで、掛け算をぜんぶ丸暗記しているんだそうです!
そりゃあ計算早いわ! 僕らだと算盤使ったりしてますからね!
そんなわけで、僕も教えてもらうことにしたんです。
「んー、算数のお勉強ねえ。あたしはダンスに集中してもらいたいところだけど、あなたたちがそれで楽しくダンスできるっていうんだったらまあいいわ。さ、続けるわよ」
クイッククイック、くるくるくるっ!
「にしちじゅうし! にはちじゅうろく、にくじゅうはちっ!」
「んもう、あたしまで覚えちゃったわ。計算高い男って言われちゃったらどうすんのよ」
相変わらず先生、おもしろすぎます。あっはっは!
「フライドチキン、おいしかった。城下で流行ってるんだって?」
厨房に行って、シェフに話しかけると、嬉しそうにしてくれますね。
「ありがとうございます殿下。下町で流行るような料理、宮廷にはふさわしくないかもしれませんが、おいしいのは確かでして、ちょっとマネしてみたくなりましてね」
「ポテトチップもね。セレアが喜んでいたよ」
「お嬢様にも喜んでいただけるとは光栄です。なに、ちょっとしたお遊びですよ」
かっぷくの良いシェフ長が笑います。
「油をたくさん使いますからね、毎日召し上がっていただくわけにはいきませんよ?」
「わかってるってば。それ、下町のレストランとかで出してるの?」
「はいそうです。シェフたるもの、味の追究、サボるわけにはいきません。常に新しいものを探さねばと心得ます。味に貴賤はありませんからな。最近新しい料理を次々と作り出して評判になっているようで、私も食べてきました。驚きでしたな」
「なんてお店?」
「ハンス料理店です。プラタナス通り三番街」
「ありがと!」
あやしいですね。
今までこの世界に無くて、セレアが知ってるような料理をつぎつぎと出してくるなんて。これは調べてみる必要があるかもしれません。
週末、また二人で城下をデートします。
とは言っても、例によってシュリーガンとベルさんのお供付きですけど。
「お休みなのに、お仕事させてしまって申し訳ありません」
セレアについてきてくれたメイドのベルさんに頭を下げます。
「もったいない。頭をお上げください。私も、しんちゃんとのお出かけ、楽しみにしておりました」
「弟よ、俺にはお言葉はないんですかい?」
何言ってんのシュリーガン、お前一番楽しみにしてたよね。
ベルさんが来るんだったらなんでもいいんだよねシュリーガン……。
「あのさあ、僕、前から聞きたかったんだけど、シュリーガン、なんで僕の護衛に選ばれたの?」
「そりゃあ、俺が安上がりだからっすよ!」
どういう理由ですか。そんな理由で僕の専属護衛になったんですか。人事担当に文句言いに行きたくなりました。
「ほら、賊が三十人現れたとしますよね、そうすっと、近衛騎士団と言えども十人以上はいないとヤバいわけです。その点、俺なら一人でも大丈夫っすからね、お手当が安く済むでしょ」
シュリーガンそんなに強いの!? 怖いのは顔だけだと思ってましたよ!
なに当たり前のこと聞いてんだって顔ですシュリーガン。
いつも無表情のベルさんも目をまんまるにして驚いてますよ。
「王子様に護衛一人って、いくらなんでも手抜きじゃないかって思ってました……」
「騎士団が十人もゾロゾロ付いて歩いちゃ、お忍びにならんでしょ。しょーがないっす」
凄いなお前。なにその自信。
「行くぜ弟!」
お前その設定大好きだな! まあいいけどさ!
例によってまた教会で、礼拝します。
セレアが教会のこと、よく見たがっていましたのでね、今日は時間を多めに取って、礼拝が終わってから、神父様の案内で教会の中を見学します。
「結婚式も、ここで挙げるんですか?」
セレアが目をキラキラさせて聞きますね。
「はい、市民に広く門戸を開いております。市民のための教会ですからな。身分の差はありませんよ」
「浮浪者でも?」
「歓迎しておりますよシン様。弱き者を救うのが教会の務めです。定期的に炊き出しもやっております」
「慈善事業か……。もっと手厚くしたほうがいいのでしょうか」
「それだけではダメです。職を与え、働けるようにしてやらなければなりません。人はパンのみにて生きるのではないのです。労働の喜び、仕事を成し遂げる充実感も必要です。手を差し伸べるだけではダメなのです。自ら立ち上がる力も無ければ」
難しい問題ですね。姉上の設立した孤児院によって、市内の浮浪児は激減しました。次は浮浪者を何とかしたいところです。
「学校を充実させないといけないと思います」
セレアがそんなことを言います。
「読み書きができるだけでも就ける職がたくさんあると思います。子供たちがみんな学校に通えて、読み書きや計算ができるようになれば、どの職業に就くにもぜったいに役に立ちます」
……セレアはずっと入院していて、学校にあまり通えてなかったって記憶があるんですよね。
「義務教育っていうんです。みんな学校に通って、勉強するのが子供の仕事って、法律で決めちゃうんですよ。これは無料で授業料はいらないんです」
街を歩いていると、働いている子供がたくさんいます。
売り子だったり、掃除だったり、お届け物だったり。
僕らと同じ年頃の子供たちが街を駆け回って働いています。
「そうなるには税金をそういうことに使うって同意を、国民にもらわないといけないし、大事業になるなあ……」
「俺はガキのうちから勉強なんてまっぴらごめんですがね」
お前ホントなんで騎士団に入れたの、シュリーガン……。
「こっちこっち!」
地図を見ながら、僕の先導で街を歩きます。
「最近評判のレストランがあるそうなんだ」
「それって、もしかしてハンス料理店っすか?」
「そうそう」
「それだったら俺も何回も行ったことありますよ。いやああれはウマいですな!」
「フライドチキンがおいしいとか」
「はい、行きましょ行きましょ」
セレアがちょっと不安そうですけど、ま、様子見だけです。
賑わってますね。店の前に行列ができてます。
「うわーこりゃ今日はちと無理かもしれませんな」
「……テイクアウトもやってるそうですから、私が買って来ましょうか」
ベルさんが気を使ってくれました。
「うん、それでお願いします。僕ら店の外で待ってますから」
シュリーガンに並ばせてやりたいところですが、コイツ一応護衛ですから僕から離れることはしませんもんね。
僕と、セレアと、シュリーガンで通りのベンチに腰かけてベルさんが戻ってくるのを待ちました。
ほかほかの揚げたてチキンです。おいしそうです。
セレアが一袋受け取って、手に持ってちいさく一口かじり、それから僕に渡してくれます。毒見やってくれているんです。かわいいですね。うれしいですよ。
「ありがとう」
さくさくで、じゅーって肉汁が中に閉じ込められてて、柔らかいです!
「おいしいー!」
四人で食べます。
「ぶつ切りで、骨付きなんだね」
お城でシェフが料理してくれたのは、慎重に骨が取り除いてありました。
「これね、小骨も食えるんスよ。かじってみてください」
シュリーガンのいう通り、かぶりつくと、小骨もパリパリしていて食べられます。
凄いなこれ!
「……」
セレアも驚きですね。
「これ、ケンタとそっくり」
「ケンタってなに。例のやつ?」
「はい、小骨も食べられるのはきっと圧力鍋で揚げてるからだと思います」
「あ、あつりょくなべ?」
「キャプテンサンダースって人が考え出して」
「へー」
「いつも白い服着て、フライドチキン持って店の前に立ってました」
「……店長自ら呼び込みとかどんだけヒマなの。もうちょっと他にやることあるでしょ?」
セレアがくすくす笑います。僕なんかヘンなこと言いましたかね?
ポテトをつまんだセレアが、ちょっとかじってから、僕に差し出します。両手がフライドチキンでふさがっていて手がべたべたなので、そのまんま口をあーんして、セレアの手から直接食べました。
「爆発しろやああああああ!」
ちょ、なんなのシュリーガン。
「ベルさん俺も」
「自分で食べてください」
「一口かじって!」
「あなたは毒見いらないでしょ」
いやお前はもういっそ毒盛られて死んじゃえばいいと思うよ。
ポテトは厚く揚げてあります。ポテトチップとはまた違う、パリッとした外側ともちもちした中の食感がおもしろいです。どれもつまんで食べられるのがいいですね。
四人で、あっという間に食べ終わっちゃいました。
これだけのもの、考え出した人、タダもんじゃありませんね。
「貴重な油をじゃんじゃん使って、贅沢な料理だなあ……」
「大量に作って売れるから、元が取れるんでしょうね」
冷静な分析ですベルさん。
特にこういうふうにお店の外に持ち出して食べられるってアイデアもすごいです。これなら商品の回転も速くなり、店の中の席以上の利益も上がるでしょう。今までの僕らの国にはなかったアイデアです。
「ちょっと、中、のぞいてみようか」
セレアが僕の袖を引っ張って止めようとします。
「のぞくだけ。今の僕らだったらただのおなかすかせた子供だから、誰もヘンに思わないって。セレアもいっしょにきて。二人はここで待ってて」
「弟、右見て、左見てっすよ!」
はいはい、うるさいなあ。
二人で通りを横切って、店の前に行って窓に取り付き、背伸びして中をうかがいます。
お客さんがいっぱい。満席です。
店員さんが忙しそうに受け付けしています。ウェイトレスさんがいるわけじゃないんです。カウンターでお金を払って、商品を受け取って、空いてる席に座る方式みたいです。セルフサービスですね。珍しいですよこういうのは。
カウンターにいてお客さんの対応している女の子……。
「あの子だ!」
思わず声に出ちゃいました。
あの子!
あの子だ!
僕が七歳の時、猫と一緒にいじめられているところを助けたあの子!
透き通るようなピンクの髪! キラキラした青い瞳!
白い肌、ふっくらした桜色のきれいな唇。まぶしいような素敵な笑顔!
間違いないです! 僕が七歳の時に出会ったあの子!
次回「12.強制力」