●ボツになった(ヒドイ)展開集 その9
9月2日にいよいよ完結編となる三巻が発売されます!
なので、今までとっておいた別ルートを発売に合わせ、四編公開いたします。その第三弾!
例によってタイトル、サブタイトル、あらすじなど載せませんので、読んでからのお楽しみです。
(本作だけ、登場人物は一部仮名です)
貴族学園であるフローラ学園で、卒業式を終えての夕刻、男たちが学園の使われていない用具置き場の一室に集まっていた。
「フフフフフ……、シン王子もこれで終わりさ、婚約者のセレア嬢とともに貴族社会から葬ってやる」
「ああ、これだけ証拠がそろえば、たとえ王子であろうと、会場で貴族たちの支持を得ることはもうできないだろう。楽しみだ」
「おっと、触らないでくださいよ? 僕らの指紋が付いたら大変です」
「わかってるよ。きみは神経質だなあ」
その薄暗い部屋には、侯爵長男、ウリード・ブラックと、近衛騎士隊長長男のカウエル・ハーガン。伯爵三男、ダーティス・ケプラーと、これも伯爵長男であるピョエール・バルジャンがいた。(登場人物は一部仮名です)
「まず第一の証拠だ、これがリンスの背中に貼られていた紙」
ウリードが箱に入った紙を改めて見る。
「前もってセレア嬢の机の中に入れておいた紙だ。ただの白紙だったが、セレア嬢はその紙を何の紙かわからず、手に取ってから机の中に戻していた。それをあとで回収して……」
「ああ、あのとき『私は元平民です』とリンスくんの背中に張り付けた紙がそうか。なんで一度セレアくんの机に入れたわけ?」
「セレア嬢の指紋をつけるためだ。まさか自分の指紋がついた白紙の紙を、悪口を書かれて貼り付けられることに利用されるとは思いもしないだろう」
「なるほど、さすがだよウリードくん……」
ピョエールがにやりと笑う。
シンがリンスの背中から中傷文をはがした現場にいたカウエルも得意げである。
「うまく誘導して、あいつをあの場に立ち会わせ、俺とピョエールであいつがそれを処分しようとした現場を押さえた。ほかに見ていた生徒もいたし、これはとぼけられないだろうよ」
「第二の証拠、破られた教科書だ」
これもウリードが箱を開けて見せる。
「二年生になって歴史の授業が始まってすぐ、リンスとセレア嬢の歴史の教科書をすり替えた。だからこの教科書にはリンスとセレア嬢両方の指紋がついている」
「それで?」
「……こいつをびりびりに破いてリンスの机に放り込んでおけば、破いたのは指紋が残ってるセレア嬢がやったってことになるだろう? 簡単な仕掛けだよピョエール」
「しかしその教科書はシンくんが自分の教科書と交換して持って行ってしまったはずだよ? 僕もその場で見ている。格好つけて『第一王子、シン・ミッドランドより下賜する』とか言ってね。よく手に入ったねそれ」
「俺と奴はクラスが違うんだ。選択科目とか奴が教室にいない時間はいくらでもある。盗み出すのは簡単だったな」
「シンくん、その破れた教科書ずーっと使っていたのかい!」
ピョエールが驚く。
「そうさ、馬鹿な奴だ。後で証拠になるだろう物をいつも持ち歩いているなんてな」
「……そんな破れた教科書を使い続けるなんて信じられないよ。王子なら新しい教科書なんていくらでも手に入るだろうに、シンくんには美意識ってやつがないのかねえ……」
あきれるピョエールにダーティスが答える。
「シン君はあれでけっこうケチなんですよ。そこがみみっちくて王子らしくないところの一つですが」
ダーティスもあざけるように口だけで笑う。そんなダーティスにピョエールが言う。
「そんなびりびりの教科書でよくシンくんは三年間、成績トップでいたねえ」
ダーティスがギラリと眼鏡を光らせてピョエールをにらむ。
「絶対に不正しているに決まってるんです。そうでなければ王子の公務、生徒会長の仕事、それをこなしながら三年連続で一度も成績トップを僕に譲ることがないなんてことができるわけがありません。先生にテストの答えでも前もって教えてもらってるんですよ、シンくんは」
ダーティスが憎々しげに吐き捨てる。
「だいたいそれを言うならピョエール君だって同じでしょう。ミスター学園、三年連続でシンくんに奪われ続けて」
「あれこそまさに不正さ! フローラ学園の真のプリンスたるこのぼくがミスター学園で次点にとどまるなどありえない! この学園のレディたちなら、だれもがそれをわかっているはずさ!」
大げさに両手を広げたピョエールは顔をゆがませて天を仰ぎ見るが、カウエルは疑問の顔になる。
「……しかしミス学園はリンスがなっていただろう。どうせ不正をするならなんでシンはセレア嬢もミス学園にしなかったんだ?」
「シンくんは自分のことにしか興味がないのさ。それにベストカップル賞だっていつもシンくんとセレアくんだった。それだっておかしいだろう!」
「……学期ごとに女を取り換えていたお前がベストカップルになれるわけないんじゃあ……」
「それぐらいにしておけ、カウエル」
今この場で仲間割れはまずい。そう思ったか、ウリードが止める。
「カウエルくんは三年連続でシンくんに武闘会で負け続け。あれこそ不正無しの実力なんじゃないのかねえ?」と言ってピョエールがからかった。
「王子だぞ! 王子が武闘会に出てきて、俺ら近衛騎士の息子が本気でやれるわけないだろう!」
「……きみはいつもそう言い訳してたけど、シンくんは『王子と思うな、本気でこい!』って試合前に公言してたし、きみだって本気だったのは明らかだよ。三年の武闘会の決勝戦ではやっとシンくんの十手を何回か外してみせて喜んでいたじゃない。あれが不正だったっていうのかい? それはぼくから見たってわかったけどねえ!」
からからと笑うピョエールに、「貴様……」と怒りで赤くなったカウエルが帯剣した剣の柄に手をかける。
「やめろ。そんなことは卒業式が終わってからにしろ。今ここで仲間割れしてどうする」
ウリードが止めると、二人、ふうっと息を吐いた。
「三つ目。破かれたドレスだ」
ウリードがびりびりに切り刻まれたリンスのドレスを取り出す。
「こっちがクリスマス会、こっちはダンス練習着、どちらも仕掛けたはさみで切り刻んでおいた。ダーティス」
「はい」
「首尾は?」
「上々、ハサミはもうセレアさんの手芸箱からすり替え済です」
「ハサミってなんだ……。どのハサミで切ったのかなんてわかるのか?」
カウエルが疑問に思う。
「わかりますよ。ハサミの先端、指二本分のところに欠けを作っておきました。それで切れば切った跡に欠けた跡がばっちり残りますからね、セレアさんのハサミだって断定できます。会場で、僕がそれを指摘してやりますから」
「やるなあダーティス!」
喜ぶカウエルにピョエールが割って入る。
「でも、それ、どうやって取り換えたの?」
「僕が、その……」
「ん?」
なぜかダーティスは言いにくそうだ。
「……女装して、女子のロッカー室に忍び込んで」
これにはこらえきれず全員が爆笑した。
「やれって言ったのはウリード君でしょう!」
「悪い、いや、これも作戦のためだ。すまなかったな」
笑いをこらえきれてないウリードがダーティスをなだめる。
「さて最後だ。リンスが水をかけられた。その時水場に残っていたのが、この……」
そして石膏型を取り出す。
「セレア嬢の足跡ってわけだ」
「よくそんな足型が取れたねえ……」
これにはピョエールが驚きである。
「雨上がりの時に、ニセの呼び出し状を作ってセレア嬢を裏庭に呼んだ。ノコノコ現れたよあのお嬢様は。疑うってことを知らんのかねえ」
「で、どうなったんだい?」
「どうもしないさ。誰も現れなくてセレア嬢は待ちぼうけ。あきらめて帰ったところでこの足型を取った」
「悪い奴だねえウリードくんは」
「あとはリンスに水をかけて、水場で女子の靴で適当に足跡を作っておき、学長の立会いのもと、目の前で型をとって、こっそりすり替えたコイツに学長にサインさせると。それで学長のサイン入りセレア嬢の足型の完成というわけさ」
「リンスくんに水をかけたのはきみだったのか!」
「お前だったのかよ!」
これにはピョエールとカウエルが怒り出す。
「大事の前の小事だ。王太子を失脚させるんだ、それぐらいの仕掛けはいる」
ウリードはなんでもないというふうに真顔のままだ。
「……やり方が紳士的じゃないねえ。なんできみはそこまでする」
「俺は奴を王太子から引きずり降ろせればそれでいい。お前らとは目的が違うかもしれないが」
ウリードが暗い顔でにやりと笑う。
「それは、第二王子の婚約者がきみの実の妹だからかい?」
「……なぜそれを知っている」
鋭い目でウリードがピョエールを睨み返した。
「一年生のぼくのファンがそんなことを言っていたからね。ぼくのファンクラブに入らない女の子がいて、理由を聞いたら、『私には尊敬するお兄様がいるから』って言ってたらしいよ。確か、ミレーヌ……」
「よせ」
これにはウリードが少し赤くなって動揺する。ダーティスはよーくわかったというふうに頷いた。
「シン君を廃嫡させて第二王子のレン殿下を王太子にする、ウリードくんの妹であるミレーヌさんが次期王妃にと。元ビストリウス公爵家の三男であった君は、ブラック侯爵家に養子に出されて、面白くなかったと。まあ実の妹が王妃になれば、ウリードくんも跡を継いでから公爵に爵上げということもありうるかもしれないですねえ、シスコンのお兄様」
この話を聞いたピョエールとカウエルも驚いた。
「……お前、なんでそれを知っている?」
殺気のこもった目でウリードがダーティスをにらむ。
「こんな悪だくみ一緒にやるんです。君の目的ぐらい、調べておきますよ。ギリギリで裏切られたりしたらたまりませんからね、当然じゃないですか」
そう言ってダーティスが肩をすくめる。
「な、る、ほ、ど! そういうわけか! よーくわかったよウリードくん!」
「おいおい、それ、レン殿下は知ってるのか? 勝手にそんなことやっていいのかよ」
ピョエールとカウエルも半笑いでウリードに問いかける。
「……教えておくわけがないだろう。王子なんてバカで手駒になるほうがいい。シンは利口すぎる。あんな奴は早いうちにつぶしておくに限る。そうだろう? ふふふふ……」
「はっはっは!」
「わはははははは!」
「あはははは!」
「話は聞いたでござる!」
四人が笑っていると、突然、天井がバキバキと崩れ落ち、テーブルの上に黒い塊が落ちてきた!
どずーんと着地し、テーブルの上のセレア嬢の足型がバラバラに踏み砕かれて四散する。石膏の粉が舞い、四人が驚く中、その黒装束の男はむっくりと起き上がった。
その姿は黒の和装、鎖帷子に手甲脚絆、背中には直刀の小太刀に顔は頭巾に鉢金という忍者だった!
「数々の証拠の捏造でシン殿下を陥れ、無実の罪でセレア嬢を断罪し、王家に仇なそうとする悪党どもの悪だくみ、拙者がすべて聞き届けたでござるよ!!」
「な、何者だお前!」
ウリードがあわててテーブルを見上げる。
「忍びの者である拙者に名を問うとは笑止千万! 死して屍拾うものなし。それが我ら忍びでござる」
「ふざけやがって!」
カウエルが真っ先に抜刀して忍者の脚に斬りかかった。
それを軽くジャンプしてかわし、そのままカウエルの顔面を蹴る!
のけぞったカウエルに飛び上がって踏みつけ! カウエル悶絶!
その頭を蹴り飛ばし、カウエルは完全に昏倒した。
「貴様ああああああ!」
続いてレイピアを繰り出してくるウリードを、すかさず背中の直刀を振り下ろしてレイピアを叩き落とす!
一瞬動きが止まったウリードに直刀を振り上げ、顎を強打! これにはウリードものけぞって倒れ、気絶!
「峰打ちでござる」
そう言って、ピョエールと、ダーティスに向き直る。
「何者かは知らないけど、聞かれた以上、きみは生かして返すわけにはいかないな……。野蛮なことはぼくは嫌いだけど、ここで死んでもら……げはっ!」
ウリードが取り落としたレイピアを拾おうとしたピョエールの顔面にいきなり蹴りを入れる忍者。容赦なしである。
「まっ、まった! 剣を構える前に攻撃するなんて紳士にあるまじき……ぐはあ!」
素早く背中に小太刀を収めた忍者、パンチパンチパンチパンチ! 手甲の連打がピョエールの美麗な顔を襲う。
ぐらあ……、バッタンと、ピョエールが倒れた。
「今の拙者は紳士でも騎士でもないでござるよ」
「ぼ、僕はなにも……、この場に呼ばれただけで……」
ダーティスが後じさりし、ばっと身を返して部屋のドアに走り出し逃げようとした。
ひゅんっ!
投げられた十手がダーティスの後頭部を直撃する!
「十手術、十の手、投げ十手!」
声もなくその場に倒れるダーティス。
あっという間に四人を倒した忍者は、用具置き場にあったロープで厳重に縛り上げ、猿轡をかませて部屋の柱に固定し、逃げられないようにした。ハンカチに浸した薬を吸わせ、眠らせる。明日まで目が覚めないだろう。
「卒業パーティーは欠席していただくでござる。残念でござったな」
そこまで確認した忍者は、並べられた証拠の品をすべて風呂敷に包んで背負うと、現れた時と同様、天井に飛び上がってつかまり、身をくるりと穴に飛び込ませ、そのまま姿を消してしまった……。
卒業パーティーの扉を前にして、セレアの手は震えていた。
「大丈夫、大丈夫……。何も心配いらない。セレア、堂々と入場しよう」
そう言って婚約者であるセレアの手を取るこの国の第一王子、シン。
「……はい。もしもゲーム通りになるのなら、どのルートでもシン様は私をエスコートに迎えに来てはくれません。こうして、お側に立っていてくれるだけで、私、何も怖くありません」
そうして、パーティー会場に他の卒業生と並んで、順に入場したシンとセレアは、盛大な拍手で在校生たちから迎えられた……。
会場で和やかに歓談しつつ、参加者に目を配るセレア。旧友だがゲームの攻略対象であるジャックと、その婚約者のシルファは並んで近隣の領の子息たちと話し込んでいる。二人の仲は心配するまでもない。
「ウリードさんと、カウエルさん、ピョエールさんにダーティス君も、会場にいませんね……」
「攻略対象者が四人もいないって、変だよね……。でも、ほら、ジャックとシルファさんはあそこでイチャイチャしているし、大丈夫だよ」
会場ではゲームのヒロイン、リンスがきょろきょろしながら会場を歩き回っている。誰も見つけられずに困っているようだ。困っているリンスの様子にシンが笑ったが、それでもセレアは心配顔だ。
「なにかあるんでしょうか……」
「兄上!」
突然、声をかけられて振り向いたそこには、シンの弟、第二王子のレンがいた。横に、婚約者のミレーヌ、ビストリウス侯爵令嬢を連れて。
「お兄様、お姉様、ご卒業おめでとうございます!」
とびっきりの笑顔でミレーヌ嬢が挨拶する。
「兄上、セレアさん、ご卒業おめでとうございます。いやあ無事に卒業できてよかったよな」
レンも屈託なく笑う。仲が良かったりケンカしたり、はらはらさせられることも多かったレンとミレーヌだが、今は二人の仲は良好のようだ。
「ありがとう、レン、ミレーヌさん。でもお兄様、お姉様はまだ早いよ」
シンも笑い返す。
「ありがとうございます、お二人ともこの後も学生生活、楽しんでくださいね」
「はい、それはもう!」
セレアにかけられた言葉に、二人は嬉しそうに笑ってくれた。その二人の笑顔になんだかシンもセレアも、もう大丈夫って感じがした。
「わたくし、はやくお二人をお兄様、お姉様って呼べるようになりたいですわ。待ちきれません」
「あはははは! そりゃあもうちょっと待たすことになるかなあ! お二人だって学園を卒業しなきゃいけないし」
シンとセレアが結婚式を挙げても、レンとミレーヌが結婚しないと義理の兄妹になれないのが残念そうである。
「わたくし、ずっとシン様みたいなお兄様が欲しかったんです……待ち遠しいですわ」
「ミレーヌさんにはラロードさんって素敵なお兄様と新婚のお姉様がいるじゃない?」
ラロード・ビストリウス氏とその妻である、この学園の卒業生であった元生徒会長、エレーナ・ストラーディス(旧姓)嬢のことだ。
「そっちじゃないですわ。私のすぐ上の兄ときたら……、いや、それもうどうでもいいです。今は他人ですし」
「いろいろひどい……。仲良くやってよ、頼むから」
「はあい」
歓談の時間が過ぎ、ダンスタイムになった。
まずは卒業生から、それぞれのパートナーと踊り出す。
「素敵ですねえ……」
「ああ……」
レンとミレーヌは仲良く踊る二人を見てため息した。
「さっき言ってたことだけどさ……」
「はい?」
「俺も、セレアさんを、姉さんと呼べる日が楽しみなんだよな」
そう微笑むレンを見てミレーヌ嬢が少しふくれる。
「ずるいですわレン様。レン様はシン様とセレア様が結婚すれば呼べますけど、私はレン様と結婚しないと、そうは呼べないんですからねっ!」
「はいはい。ま、俺らが卒業してからだよ。それまでは我慢しろって」
一曲目が終わり、レンもミレーヌの手を取ってホールに進む。
「今日だって遅刻してきて、わたくしレン様が迎えに来なかったらどうしようかと思いましたわ!」
「悪い悪い、機嫌直してくれよ!」
二曲目が始まるとともに、ミレーヌを抱き寄せる。
じゃりっ。
「……なんです、それ?」
ミレーヌはレンのいつもと違う感触に戸惑った。
「ああ、鎖帷子。脱いでる暇がなくってさ」
「なにやってたんです?」
「まあ、いろいろだ」
そうしてレンは中央で踊るセレアに目をやった。
『な、なにやつ!』
『しょうし! しのびのものであるせっしゃに、名を問うとはしょうしせんばん!』
『笑いごとなの?』
『ぜひもなし!』
『ぜひってなに?』
『死してしかばねひろうものなし。それがわれらしのびでござる!」
『ごめんなにいってんのかわかんないよセレアねーちゃん』
『いざしょうぶでござる!』
『やあ――――!』
『たああ――――!』
シンがいないとき、一緒に遊んでくれた、幼い時のやんちゃなセレアのことを思い出して、レンはちょっとふき出した……。
――――ボツになった展開集、その9 END――――
※作中登場する「投げ十手」は十手の型に実在します。