●ボツになった展開集 その8
9月2日にいよいよ完結編となる三巻が発売されます!
なので、今までとっておいた別ルートを発売に合わせ、四編公開いたします。その第二弾。
例によってタイトル、サブタイトル、あらすじなど載せませんので、読んでからのお楽しみです。
「クソッ、なんで勝てないんだよ!」
過去の武闘会の悪夢がパウエルを苦しめる。振り抜く鉄の練習剣に上半身裸の汗が飛び散る。
一年生で初出場した武闘会、軽く優勝して、学園最強の座を手に入れるはずだった。そのための手も回した。剣術部の上級生にも、「近衛騎士団長の長男たる自分に勝てば後でどうなるか」を遠回しに脅しておいた。楽勝のはずだった。
だが、「ニンジャマン」というふざけた名前の、黒装束の顔を隠した男に一回戦で当たったのだ。ふざけた男だと思ったが、顔を隠しているのも偽名を使うのも別にどうでもいい。そんなのは打ち負かして這いつくばらせ、覆面をはげばいいと思った。だが黒装束は強かった。完膚なきまでに敗北し、最終的には優勝を奪われた。パウエルは初戦負けという、健闘も認めてもらえないようなさんざんな成績に終わってしまった。
しかも相手は剣ではなかった。市内見回りの私服巡回兵が身につけるような警棒だ。確か「十手」とか言ったか。黒装束に思い切り打ち込んでやったが、叩きつけた木剣は魔法のようにひねられ、ねじられ、奪われ、闘技場に転がった。
黒装束の男は立ったまま微動だにしなかった。勝利条件となるはずの有効打を打ってこないのだ。
会場のものすごいブーイングを受け、恥を晒しながら木剣を拾い、再び向き合ったが、何度やっても同じだった。三回目の剣はリングの外まで木剣が転がって、そこでパウエルは負けを認めるしかなかった。正体不明の男に権力を振りかざすこともできない。奴は試合が終わっても覆面を取らなかった。
学園最強を名乗ることはできなかった。自分より強いやつがいるのである。
他の騎士の子息、名ばかりの貴族子息に威張り散らすこともできない。自分より強いやつが厳然といるのでは威張りようがない。
名誉を取り戻すには、強くなるしか無い。パウエルは剣術部に入部し、真面目に剣術に取り組んだ。威張るのも虚勢を張るのももうやめだ。それはヤツに勝ってからだ。
なにより今のパウエルには、自分を応援してくれる人がいる。
「ぱーくんは最強なの。本当は優勝するのはぱーくんのはずなんだから! だって私が応援してるんだから!」
そう言ってピンクの髪を揺らして笑い、はげましてくれる彼女の前で二度と無様な真似は見せられない。
二年目の武闘会、再び奴は現れた。
相変わらずの黒装束、顔を隠して十手を使う。
今年は負けない。十手対策は十分に整えた。今度こそ奴を破って、その覆面を剥ぎ取ってやると誓っていた。それに今年のミス学園はいつも自分を励ましてくれたあの学園のピンクのお姫様だ。優勝のキスは絶対に譲れない。
だが、今年も奴は強かった。
驚くべきことに奴は体術を使ってきた。前回はこれを隠して優勝したのかと驚愕した。
いったいなにをどうやっているのか全くわからないまま、剣を受けられ、腕ごとねじられ、リングに投げ飛ばされた。何度やっても同じだった。無様な格好でリングの上に這いつくばらされた。
数度目、後頭部からリングに落ち、その後の記憶はない。
気がついたら医務室のベッドで、横に、泣きそうな顔のあの娘がいた。
「ごめんなさい、ぱーくん、私があんなこと言ったから……」
「……いや、詫びを言うのは俺の方だ。今年もお前に勝利を捧げることができなかった……」
ちょっと気になることを聞いてみる。
「奴にキスしたのか?」
首を横に振ってピンクの髪が揺れる。
「優勝した途端にダッシュで走り抜けてあっという間に会場からいなくなっちゃったよ。誰だか全然わからないんだから」
……何者なんだ奴は。一年と二年で出場していたんだから二年生か、あるいは三年生。三年生だったら来年は出ないはずだが……。
いや、それは考えにくいだろう。三年生だったら、パウエルが一年のときの前年度優勝者だったはずだ。そんな出場者は聞いていない。
使う武器は十手。つまり市内見回りを任される私服衛兵のような下級騎士の息子? いや、だったらあんなに強いわけがない。そもそもこの学園の学生ではないという可能性は?
どれも考えにくかった。正体が誰であれ、それだったら勝利後名乗りを上げているはずである。間違いなくここの学生なのだ。パウエルが生徒会に怒鳴り込んでも誰もあの男の正体を知らなかった。生徒会室のドアに「ニンジャマン」で出場届が貼り付けてあったと生徒会長のシン王子も言っていた。
「そんな怪しいヤツ出場させるな!」と怒鳴ったら、「次出場禁止にしたら、君が勝てないから出場させないように抗議してきたって全校生徒が知ることになるんだけど……、それでいいかい?」とシン王子に言われ、グウの音も出なかった。
思い悩んだ末、パウエルは近衛騎士団の副団長に面会を申し込んだ。
シュリーガン・ダクソンという強面の騎士団ナンバー2だ。
無理かと思ったが、意外にも副団長はパウエルとの面会を許してくれた。パウエルの親が近衛騎士団長、シュリーガンの上司だったからかもしれない。
「で、十手の黒装束の男に、二年連続で負けたと」
「……はい」
「相手の男は正体もわからず、不明なままだと」
「はい。十手を発明してこれを私服衛兵にも装備させたのは副団長と聞いております。フローラ学園の十手の使い手にどなたか心当たりはありませんか?」
くっくっくっく、わっはっはっはとシュリーガンは笑う。
「わりい、全く心当たりないわ」
「……そうですか」
わかるわけがなかった。近衛騎士副団長が、下級騎士の市内見回り巡回兵の息子、たぶんフローラ学園の学生まで把握しているわけがないのだから当然である。
「俺……自分が二年連続でまったく手も足も出ませんでした。十手とは、そんなに強いのでしょうか?」
「冗談言うなよ。あんな鉄棒が剣より強いわけねえじゃねえか。リーチも短い、剣先も遅い、刃もついてねえ。なにより両手剣にパワーで勝てるわけない片手武器だぞ? あれが最強武器だったら、国軍の兵士全員が十手を装備してるってーの。ちょっと考えりゃわかるじゃねえか。チンピラ相手の捕縛具だよ」
「しかし……事実自分は負けました」
「そりゃあお前がチンピラ同然ってこった」
身も蓋もない言い方をされて顔が赤くなるパウエル。
「槍に剣で勝つには三倍の実力が必要って知ってるな? 十手も同じだ。アレで剣に勝つってことはそいつがお前の三倍は強えってことだよ。認めろ」
屈辱に膝の上においた手を握りしめる。
「でも、私服巡回兵に持たせているんですよね?」
「街のチンピラよりは巡回兵のほうが三倍は強いわ。それぐらいの訓練はさせてから任務につかせている」
もっともな話である。
「……奴は天才なのでしょうか」
「剣に天才なんているわけねえ。うぬぼれるな」
天才になら負けてもしょうがない、という逃げ道を塞がれた。
「そいつはお前の三倍努力してるに決まってるじゃねえか」
これにはパウエルは打ちのめされるしかなかった。
「いったいどんな努力を……」
「お前、ガキの頃俺に会ってるが、覚えてるか?」
「……覚えてません」
「そんときお前俺になんつったかも覚えてねえだろ」
「はい」
「『必殺技を教えてよ!』と来たもんだ」
顔が赤くなる。
「だから素振りをさせたら、『こんなのただの型稽古じゃないか!』って抜かしやがったな」
「申し訳ありません」
シュリーガンは羞恥に悶えるパウエルを面白そうに見る。
「俺の一番弟子は、その形稽古ってやつを打ち合いの前に一年以上文句一つ言わずにやったもんだ」
「こ、子供の時ゆえ、お許しください。今は自分も型稽古の重要性はわかっています」
「本当にわかってるか?」
「……」
「来い」
そうしてパウエルはシュリーガンに練兵所につれてこられた。
「振ってみろ」
そう言って渡されたのは、国軍の精鋭部隊が最前線で使う真剣の軍刀だった。
ひゅんっ! パウエルがそれを振る。
「駄目だ駄目だ。話になんねえ。お前今まで何やってきた」
シュリーガンはパウエルから剣を取り上げる。
「剣ってのはな、こうやって振るんだ」
ぴゅい!
鋭い空気を切り裂く音がした。
「……」
「音が違うだろ?」
「はい」
「お前真剣振ったことないだろ」
「……はい」
「太刀筋が正しいか、まっすぐ振れているかは音でわかる。それは真剣でしかわからねえ」
「はい」
「俺の弟子は一人のときはいつも真剣を振っていたぞ」
パウエルは驚いた。シュリーガンの一番弟子というのが子供だったかどうかは知らない。だが、子供に真剣を持たせて振らせるなんてことはパウエルでさえやらせてもらえなかった。
「真剣だから真剣にやるんだ。ダジャレじゃねえぞ? それぐらい緊張感を持って振れってこった。でないと自分がケガをする。お前戦場にも刃を丸めた練習剣持っていく気か?」
「いえっ! いえ! そんなことは!」
「だったら素振りは全部真剣でやれ! 剣技は踊りじゃねえ! 真剣の取り扱いは真剣でしか学べねえ。本番で真剣を振れないヤツが練習剣だけ振って強くなった気になるんじゃねえ!」
言われてみればもっともな話である。真剣を振った経験のない兵など戦場で役に立つわけがなかった。
パウエルは真剣で素振りを続けた。
「あの、副団長」
「ん?」
「その、副団長の弟子は、今、どうしているのでしょうか?」
「知らん」
シュリーガンの返事はにべもなかった。
「だけど、そいつだったら、きっと俺の言いつけを守って、今でも素振りの形稽古をやってるさ……」
そうしてシュリーガンはちょっと懐かしそうな顔をした。
「ぱーくん! あのさー!」
「すまないリンス……。今は剣術に集中したい。俺に構わないでくれ」
女や色恋にかまっているわけにいかなくなった。パウエルは学園でも真面目でカタブツな、脳筋剣士へと変わっていた。
そうして迎えた三年目の武闘会。やはり奴は現れた。
黒装束、覆面に十手を持って決勝戦の闘技場に上がってきた。
パウエルは例年通り、木剣を持って前に進み出て、いきなりニンジャマンに頭を下げる。
「どうか、頼みを聞いてくれないか?」
……ニンジャマン、無言。
「俺達にはこれが最後の武闘会になる。最後ぐらいは、木剣で戦ってくれないか」
思いがけないパウエルの謙虚な申し出に会場が静まり返る。
「……貴殿は、十手じゃなきゃ拙者に勝てると思うでござるかな?」
初めて聞くニンジャマンの声。今までこの男は一言も喋ったことがないのであった。パウエルはござるってなんだよ……と思いながらも、どこかで聞いたような声にまだ頭を上げない。
「いや、まったく思っていない。あれだけ剣筋が読めるんだ。俺以上に剣に精通していて、十手はあんたにとってただの護身術だってことはわかる。剣でやりあえばコテンパンにやられるだろう」
「それがわかっていても木剣で闘いたいと申されるでござるかな?」
「ああ。三年の俺たちにとって最後の武闘会だから……頼む!」
「わかったでござる」
ニンジャマンが係の者から木剣を借りる。
「頼みついでで悪いんだが、抜打ち勝負でどうだ」
「いいでござるよ」
この申し出をあっさり受け入れた黒装束の男にパウエルは内心驚いた。抜刀術にもかなりの自信があるということになる。
「ありがたい。礼を言う」
腰の帯に木剣を挿すニンジャマン。同じく腰のベルトに木剣を挿すパウエル。
二人、手を伸ばせば殴れそうな距離で向かい合う。会場がざわめいて、そして、静かになる。
『はじめ!』
審判が声を上げるが、二人、両手をだらんと下げたまま、動かずにらみあう。
抜打ちは速さ勝負だ。相手に先に抜かせ、それを上回る速さで抜打たねば勝負に勝ったとは言えない。だから、相手に先に抜かせようと根比べになる。
全く動かない黒装束、どれだけ自信があるんだと冷や汗が出る。
抜打ちは剣を片手で抜いて薙ぐ。両手剣を片手で振るのだからスピードはあってもパワーはない。太刀筋は横薙ぎ。どうしたって腹を撫でるぐらいの威力しか無い。真剣ならそれで斬れる。だが木剣ではたいした打撃にはならない。
パウエルは上に向かって剣を抜き、両手で振り下ろす型を繰り返し、繰り返し、特訓していた。片手で薙ぐ抜きに比べ、両手で振り下ろす剣は格段に威力がある。それを相手の頭、最悪肩に振り下ろすことができるはずだ。たとえ後れを取って先に腹を打たれたとしても、振り下ろしてしまえば奴に致命打は打てる。肉を切らせて骨を断つと言っていい。
ニンジャマン、黒い覆面をしているが、その額には鉄板の鉢金がある。打っても死にはしないだろう。たとえ奴のほうが速かったとしても、最後、立っているのは俺の方だ! この勝負、勝った!
パウエルはそう確信し、先に動いた。
上に抜き上げて両手で振り下……ぐはっ!
振り下ろすより一瞬早く、防具の上から脇腹に強烈な打撃が来た!
腹をえぐりパウエルを押し倒すほどの打撃!
パウエルは息ができずに後ろに吹き飛んでのたうった。
なにがあった? 全く見えなかった。相手の体が、利き腕と反対側に流れたのはわかる。完全に意表を突かれ、こちらの剣は当たらなかった。だいたい横薙ぎの剣でこれほどの打撃が来るわけがない!
脂汗を流すパウエルが見上げたのは、左手の逆手で木剣を握って立つ黒装束だった……。
優勝はニンジャマン。
やはり勝てなかったか……とパウエルは落胆した。勝っていれば相手の覆面をはぐこともできただろう。誰だって学園最強は自分だってアピールしたくてこの武闘会に出ているに決まっているというのに、こいつの正体はわからずじまいか。
パウエルは横腹の激痛に耐えながら、リングの上を眺めるしかなかった。
優勝カップを持ってセレア嬢が上がってくる。
え? 今年のミス学園もリンスだったから、それはリンスの役目では? とパウエルは不思議に思う。
見回してもリンスの姿はない。三年間、とうとう一度も優勝できなかった自分に愛想をつかせたか、それとも無様な自分の姿を見ないでいてくれているのか。
この優勝をリンスに捧げ、今度こそ愛を告白しようと思っていたのに、パウエルは泣きたくなるのを必死に耐えた。
優勝カップを渡したセレア嬢が、覆面の男の首に手を回してキスをする。
会場がざわめいた……。
パウエルは驚いた。セレア嬢は王太子の婚約者である。そのセレア嬢が誰かもわからない男の口に布越しとはいえキスをするなど大スキャンダルになりかねない。
何を考えているんだ?! わかってんのか?
貴族の機微に疎いパウエルでさえそう思う。
……黒装束の男、困ったふうにやれやれと首を振り、優勝カップをセレア嬢に持たせ、覆面の後ろの結び目をほどいた。顔を見せる気か。三年間隠し続けてきたその正体をここでバラすか。パウエルの視線が男の顔に釘付けになる。
会場が静かに……、そして、大歓声に変わる。
覆面を脱いだその男、ラステール王国第一王子、シン・ミッドランドであった。
「……俺は、王子に喧嘩を売っていたのか」
パウエルは愕然とした。全ての辻褄が合った。近衛騎士団のシュリーガンの弟子、この王子に間違いなかった。
そして、恥ずかしさで汗が止まらなかった。
王子が、身分を隠し、正体を知られないようにして出場している。身分を気にせず、本気で打ち込んでこいという意味があったに決まっている。王子でさえ権力を使わず公平に戦おうとしているのに、自分はどうだ。
親の身分や自分の強さをいつもひけらかして他の騎士たちを威圧しようとしていた。武闘会で優勝して、それを確固たるものにしようとも思っていた。
パウエルは、自分の愚かさに本気で恥じ入った……。
パウエルが後に、真に騎士としての役割を理解し、心を入れ替えて市内見回りの最底辺から実績を上げ、王国騎士団に入隊したのはこの学園卒業後の五年後であった……。
「ありがとう、セレアのおかげだよ」
閉会式が終わり、夕暮れの歩道を二人で歩きながら、シンが礼を言う。
「子供の時に、型をやってた僕に教えてくれたよね。一度試してみたかった! やるんだったらここしかないって思ったよ。よくセレアはあんな技知ってたよね!」
「前世のお父さんが古い時代劇が大好きでして、DVDで見ていたんで覚えていたんです」
「で、でーぶい……?」
「あれ、ミフネって人が見せた凄い抜打ちの技で、フィルムにわずか8コマしか写っていない早わざなんだそうですよ。お父さんがコマ送りで解説してくれました」
「ごめん何言ってんのか全然わかんない。でも左逆手で剣を抜いて、それを支点に右ひじで刀身を前に押し出す両手を使った抜打ちだもんね。普通の片手しか使えない抜打ちとは速さも威力も全然違うよ。ありゃ木剣で防具があっても、打たれた人は悶絶しちゃうね」
「痛そうでしたねそれ……。パウエルさんには悪いことしたかもしれませんね」
セレアがちょっと目を伏せる。
三年連続で優勝をかっさらわれること以上に悪いことなんてあるかなあとシンは思う。
「それにしても武闘会で優勝させないだけで脳筋ルート、ナシになるんだから簡単だね!」
そんなシンをセレアが睨む。
「……そんなの簡単だなんて言えるの、シン様だけですって。人の恋路を邪魔するのが、そんなに楽しいですかね!?」
ぐはあ。相変わらずセレアだけには勝てないシンだった。
―書籍化御礼! ボツになった展開集、その8 END―
※剣技参考:東宝「椿三十郎」 主演・三船敏郎 監督・黒澤明