●ボツになった(ヒドイ)展開集 その7 (三巻発売御礼!)
9月2日にいよいよ完結編となる三巻が発売されます!
なので、今までとっておいた別ルートを発売に合わせ、四編公開いたします。
なお、普通の「ボツになった展開集」と「ボツになった(ヒドイ)展開集」の二つがありますので閲覧注意ですぞ!
例によってタイトル、サブタイトル、あらすじなど載せませんので、読んでからのお楽しみです。
「シン・ミッドランド様! 私セレア・コレットはあなたとの婚約を破棄し、今ここに新たにハーティス・ケプラー様と婚約することをあなたに告げますわ!」
「な……なんでまたそんなことに?」
和やかに行われていたはずの卒業パーティーに突然あがった声に、この国の第一王子、シン・ミッドランドは驚きを隠せない。
声を上げたそこにはシンの婚約者であるセレア・コレット公爵令嬢と、その後ろに控える文芸部の部長である伯爵三男、ハーティス・ケプラーがいた。
もちろん三人に会場中の視線が集まる。
「…………なんていうかさあ、あんまりにも突然のことなんで僕、ビックリなんだけど、どういうことか説明してくれる?」
シンは額に汗しながら、それでも怒りの表情のセレアに冷静に対応する。それに比べてセレアはやや興奮気味のようであった。
「とぼけないで! ずっとハーティス様をいじめてましたよね!」
「いやそんな覚え全くないけど……」
シンは本当に心当たりがなかった。なにしろハーティスは生徒会で書記をしていて、会長のシンとも旧知の仲だ。むしろ友人と言っていい。シンには彼をいじめる理由がない。
「三年連続で体育祭でハーティス様の顔面にボールを蹴りこんで鼻血を出させましたよね!」
びしっとセレアがシンに人差し指をさして決めつけた。
「……だからハーティス君をキーパーにするのはかわいそうだからやめてよって、ハーティス君のクラスに僕、いつも頼んでたよね? なのに毎年毎年、なんでハーティス君がキーパーさせられてたの?」
シンは気の毒そうに、一見女子にも見えてしまう小柄で運動が苦手そうな、美少年のハーティスを見た。
「ハーティス様にグラウンドを走らせろっていうんですか?!」
怒りのセレアにシンがあきれる。
「なんでそもそもハーティス君を出さないって発想がないの?」
運動なんかできなくたって、武道が弱くたってそれを補って余りある知性と教養と常識がハーティスには備わっている。しかも才能ではなく努力でそれを身につけた。そんなハーティスをシンは尊敬さえしているのである。
「ハーティス様の運動着姿を全校の女子生徒で思う存分観賞する機会を奪ってどうします! そんなの誰得ですか!」
「そんな理由でハーティス君、キーパーさせられてたの? 気の毒すぎるよ……」
若干ハアハアしているセレアに、シンはこれはもうだめかもしれないと思った。
「それにハーティス様がミスター学園になるのを妨害しましたわ!」
「……それ君がリーダーになって学園で組織票を動かしていたって抗議が来てたよ、ピカール派の女子のみなさんから」
これにはピカール派の女子たちから抗議の声が上がる。
「ひどい! ピカール様からミスター学園の座を奪ったなんて!」
すると、いつものようにくるくると華麗にステップを踏んで回りながら伯爵家長男、別名を『演劇部の王子様』とも呼ばれるピカール・バルジャンがシンの隣に並び立った。
「まちたまえレディたち、たとえ組織票であろうとも、それがハーティスくんを支持するものであればぼくはまったく気にしないよ」
何事にもレディファーストだが、その一方で全ての生徒とフェアであろうとするピカールもまた、ある意味尊敬すべき存在だとシンは認めているし、今では友人だと思っている。
「さすがだねピカール君」
「かまわないさ。だってぼくとハーティスくんではファン層がかぶらないし」
「……君がいいならそれでいいや。僕は妨害なんかしていないし、そんなの僕どうでもいいから会長決定で不問にしたでしょ。覚えてない? 結局ハーティス君ミスター学園になったし、セレアが怒る必要ないでしょ」
だがセレアはまだ怒りが収まらない。
「ハーティス様が武闘会で優勝するのを妨害しましたよね!」
「ごめん、あれは看過できなかった。君が出場者を全員叩きのめしてから優勝をハーティス君に譲ろうとか、いくらなんでもそんな茶番止めるに決まってるでしょ」
準決勝でのシンVSセレアの壮絶な剣激戦は今でも学園の語り草になっている。結果はセレアがろっ骨を折り、シンは鎖骨にヒビを入れるという痛み分けになったのだが……。
おかげでちゃっかり優勝しちゃった近衛騎士隊長の子息パウエル・ハーガンには棚からボタモチである。
「ハーティス様に生徒会の仕事を押し付けて帰っちゃったことなんて何回も!」
「文化祭の間はハーティス君は文芸部に集中してもらって、生徒会の仕事は休んでたからハーティス君がそのお礼にってやってくれたんだよ。僕、文化祭準備の間、仕事持ち帰って王宮で徹夜でガリ版印刷とか、ハーティス君の分もずっと仕事してたんだよ?」
「それにシン様、ハーティス様と踊ってたし!」
「誤解を招く言動やめて。あれは美術部の女子に頼まれてダンスのポーズを取っただけだってば! そのデッサン画が出まわっちゃったのは痛恨だったけど」
これは自身の名誉のためにも、シンはしっかり反論した。
「毎年夏休みにはジャックさんの領地に無理やり同行させて、ハーティス様をしごき抜きましたよね!」
『しごき抜いた』、のセリフに取り巻きの女子たちが顔を赤らめて悲鳴を上げたがシンはどうでもいいのでスルーした。
「それについてはハーティス君もすっかり男らしくなっちゃって、女子の皆様には好評だったけど……」
「わかってないです! ハーティス君はなよなよしてるから守りたくなるのであって、あんな受け攻めが逆になるような鍛え方するなんて腐女子へのイヤガラセにほかなりません!」
「ごめん、何言ってんのか全く分からない」
「ジャックのタチとハーティス君のネコが至高なんじゃないですか! 逆転させてどうします!」
「ごめん何がいけないのか全く分からない」
そしてセレアが薄い本を取り出して振り回す。
「せっかく美術部と文芸部で合同で出版したジャック×ハーティス本を生徒会で回収したりして!」
「まだ持ってたのそれ……。『実在の人物』でやるのはダメだよそれ。勝手にカップリングされたジャックの身にもなってみてよ。シルファさん激怒してたからね?」
「それは嘘です! だってあの本の発行にはシルファさんもシナリオの段階で参加していて……」
子爵長男、ジャックシュリート・ワイルズが婚約者のシルファをにらむと、シルファはさっと目をそらせた。
「……なにしてくれてんのシルファ。お前そんなのに参加してたのかよ」
「だってけっこうおもしろかったし……」
「お前なあ、もう少し友達は選べよ……」
「申し訳ありません……」
涙するシルファをジャックがそっと抱きしめる。それを裏切り者を見る目でセレアが厳しくにらみつける。
「セレア、ちょっとハーティス君の話も聞いてあげてよ。ハーティス君もう死にそうだからさ」
シンはセレアに歩み寄り、ハーティスを指さしてセレアを見上げた。
……セレア(身長196cm、体重95kg)が右手を見ると、さっきまで抱きかかえていたハーティスを片手でぶら下げてぶんぶん振っていたことに気が付いた。スーツとシャツがずり上がって完全にハーティスの首を締めあげている。
「あ……ご、ごめんなさい」
「ぐう……はーはーぜーぜー」
床に下ろされたハーティスは四つん這いになり真っ蒼な顔で荒く息をして呼吸を整えた。
「ぜーぜーぜー、ごほっ。せ、セレアさん誤解ですって。僕、シン君からいじめなんて一度もされたことないですって……」
「本当? 本当なの!?」
「ホントですって……」
会場が静まり返る。
この場をどう納めたらいいものか、シンはちょっと考える。いや、考えたからって今更どうなるものでもないだろうという結論になるしかないのであるが。
「……セレア、婚約破棄の件、了解したよ。お互いのために白紙に戻そう。婚約は解消で。その上で、ハーティス君との婚約は改めて両家で相談して決めてくれないかな。僕それでいいからさ」
セレア(身長196cm、体重95kg)の顔が輝く。
空気を読んだ音楽部の演奏が再開され、ダンスタイムになった。
ホールの中央ではセレア(身長196cm、体重95kg)が死んだような目になっているハーティスをぶんぶん振り回している。
そこから距離を取って、ジャックとシルファが仲良さげにダンスをする。
ホールの壁際では、この件に全くかかわろうとしなかった近衛騎士隊長長男、パウエル・ハーガンと侯爵家長男フリード・ブラックがヒロインことリンス・ブローバー男爵令嬢に一番ダンスの申し込み合戦をしていた。
その外では、ピカール・バルジャン伯爵子息がファンの女子たちと手をつないで卒業ダンスにふさわしい華麗な輪舞を踊っている。
「……パトリシア!」
「え、あ、はい? 私?」
踊る相手がいないシンはクラスメイトの学級委員長、自称貧乏男爵の娘、パトリシアに声をかけた。
「僕と踊ってくれないかな……」
「……いいですけど」
そして、二人、目立たないように会場の隅っこで踊り出す。
「ねえパトリシア、僕と結婚して王妃になってくれない?」
突然の申し込みにパトリシアが戸惑う。
「なんで私なんです?」
「もうどうでもよくなっちゃって」
「……アレを見てまだ王子と結婚したい女子なんているわけないですよ……」
「だよねえ……」
パトリシアと踊りながらシンはため息した。
「なんで僕そんなにモテないの?」
「なんででしょうねえ……」
関わりたくないからだ、と、正直に答える勇気はパトリシアにはなかった。
たぶんその原因となっているセレア(身長196cm、体重95kg)が、ホールの中央で、頭上にハーティスを持ち上げて、とびっきりの笑顔でくるくると回っていた……。
―――●ボツになった展開集 その7 END―――