閑話「セレアのリバーシ教室」
ボツになった展開が続いたのでひさびさに閑話です。
異世界物知識チートの鉄板、「鉄砲、オセロ、マヨネーズ」!
「あ、いらっしゃいませシン様」
「こんにちは。今日はなにやってるの?」
十二歳になったシンがいつものように、王宮内のセレアの部屋を訪れると、妃教育を終えたセレアがまたなにかやっていた。
見ると、金貨と銀貨を並べて細工している。
「……えー、なにやってるの? それ」
「私が前世の世界でやっていたゲームを再現しようかと思いまして」
「金貨と銀貨を使うって、ずいぶん贅沢なゲームだね……。一応言っておくけど貨幣を損傷するのは重罪だから、そんなことしちゃホントはダメだよ」
「え、そうなんですか?」
紙幣と違って貨幣は、金や銀、銅や真鍮のように実際に価値がある貴金属や金属が使われる。なので、損傷させることを禁止しておかないと、例えば金貨を少しずつ削って集め、金をくすねる輩が必ず出てくるのだ。どの時代でもどの世界でも、貨幣の損傷は重罪とされているのはそのためである。
「のりで張り合わせているだけですし、お湯に漬ければもとどおりはがれますから大丈夫です」
「よくそんなお金持ってたね」
「お小遣いを使わないでいたらたまっちゃって……」
十二歳の子供が金貨や銀貨をおもちゃに出来るほど資産があるのもどうかと思うが、まあ公爵令嬢だし、そこはツッコんでもしょうがないかとシンは思った。
「誰にもらったの?」
「お父様、お兄様、お妃様に国王陛下も」
「甘やかしすぎだよ! 僕には全然くれないのに!」
自分の両親がセレアに甘いのは知っていたが、こっそりお小遣いをあげていたなんて事実にちょっとショックのシンである。
「できた! じゃ、ちょっとやってみましょうか。シン様、お相手お願いします」
「うーん、難しいルールは面倒だよ。大丈夫かな?」
「一分あれば覚えられます。じゃ、そちらへどうぞ」
そうして、8×8マスのチェス盤をテーブルに置いて向かい合う。
「こうして、互い違いにまず中央に四枚、石を置きまして……」
「石じゃないよ金貨と銀貨だよ……。なんて贅沢なゲーム」
「石って呼んでますけど、裏と表の色が違うものなら何でもいいんです。私たちの国では白黒で、こんな金銀じゃなかったですし、安い材料でいいんです」
そりゃそうかとシンは思った。こんなゲームに金貨銀貨を惜しみもなく使っていたら王侯貴族しか遊べない。セレアもたまにシンと一緒にお忍びで城下町デートで買い食いする程度での金銭感覚だと金貨の出番は無いし、何を買うにも全部メイドのベルさんが払っていた。これがとんでもなく高価なものという認識はセレアにはないかもしれない。今度デートするときには、セレアにも自分のお金を使ってもらわないといけないなあとこっそり反省である。
「なんで金貨と銀貨を使ったの?」
「丸くて厚さと大きさがちょうどいいから……。それにこの国の貨幣は金貨と銀貨が同じ大きさですし」
「へー」
「普通硬貨って、目が不自由な人でも触ればわかるように大きさや形が違うように作るんですけどね。こんなふうに価値の違う硬貨が同じ大きさって、あんまりないと思いますよ」
「そうなんだ!」
シンはびっくりだ。当然配慮すべきことであった。セレアと話をしているとこんなふうに何気ないことから新しいアイデアがもらえることがある。これはぜひ覚えておいて、この先いつか貨幣を改鋳することがあったら採用しようと記憶にとどめた。
「さ、シン様が先攻です。私が金で、シン様が銀ってことにしましょう。私はこれやり方知ってますから、譲ります」
「うん、それでいい。先攻有利なの?」
「実はこのゲーム、先攻と後攻で有利不利の差はありません。どっちでも同じなんです。コンピューターで計算してもまだ結論は出ていません」
「また『こんぴゅーたー』か……。セレアの前世って技術がすごいよね。でも普通、どんなゲームでも先攻が有利の場合が多いよ。先攻と後攻で有利不利が無いゲームなんて画期的だなあ」とシンは感心した。
「まず、中央に並べた違う色の石にくっつけて石を置きます」
「こう?」
「そうそう。そして、自分の色で挟んだ相手の石はひっくり返すことができます」
「こう? ……、なるほど、だから裏表で違う色の石になってるんだ」
「そうです。そうして相手の石を自分の色にひっくり返して、全部石を置き終わったときに、自分の色の石の数が多かったほうが勝ちになります」
「うわっ単純!」
シンは拍子抜けした。セレアの前世のゲームだから、ものすごく複雑でルールが難しいに決まっていると思ったからだ。
「次は私です。じゃ、ここ。こんなふうに挟んだ石は全部ひっくり返すんです。上下も左右も斜めもです。挟んだ石は全部ひっくり返さなければいけません」
「じゃ、僕はここ。たくさん取ったほうが勝ちなんだよね?」
「そうです」
そうして、二人で交互に硬貨を置いていく。
「あ、その斜め下の所にもシン様の石があるから、この列も全部ひっくり返せますよ」
「うわあたくさん取れちゃった。大丈夫セレア?」
「え、なにがですか?」
「だって君もう三枚しか残って無いじゃない! 弱すぎるよセレア!」
さっきからセレアは、はさんでは一枚、はさんでは一枚とちょっとずつしかひっくり返していない。シンが一列、二列まるごとひっくり返したりしているのに比べたら少なすぎる。
「もっとたくさん取れる列があるでしょ。手加減しないでよセレア」
「手加減なんかしてませんよ。本気でやってます!」
「いいのかなあ……。ほら、これでセレアは残り二枚だよ」
シンが硬貨を置くと、シンの銀がセレアの二枚の金を取り囲んでしまっていた。
「……もう全然セレアに勝ち目ないじゃない。こんなに僕が取っちゃってるんだよ? これもう逆転は無理でしょ」
セレアに絶望の様子はない。それどころか真剣に盤面を眺めて熟考しているのだから分からないものである。
「じゃ、いきます」
セレアが角に硬貨を置き、銀を数枚ひっくり返して金にした。
「えーと、ここは?」
「そこは置けません。必ずはさんでひっくり返せるところに置かないとダメなんです」
「じゃあここ」
「はい」
そうしてしばらく続けていると、シンは置ける場所がなくなっていることに気づいた。
「あれー、もう挟める場所が無いや。これどうするの?」
「その時はパスです。相手に譲らなければなりません」
「……しょうがないか。じゃ、パス」
「はい」
セレアは淡々と硬貨を置く。ぱたぱたぱたと連続でシンの銀がひっくり返される。
「……パス」
「はい」
「パス」
「はい」
「パス」
「はい」
すべての硬貨がひっくり返されて、まだ硬貨が置かれていないスペースが残っているにもかかわらず、盤面は全部セレアの金になった。
「あ――――! なにそれ!」
「シン様の負けです!」
「なんかズルしてない!?」
「してません! 同じルールでやってます!」
「だって僕あんなに石取ってたんだよ!? なんであそこから逆転できるの!」
「大逆転があるゲームですので」
「うわあ悔し――――! もう一度!」
「はい、よろしくお願いします」
そうしてセレアはくすくす笑う。
「これ実は後攻のほうが有利なんでしょ? 今度は僕が後攻やるからね?」
「はい、どうぞ。じゃ私が銀ですね」
ムキになって大量に金を取りに行くシン。セレアはあいかわらずローペースで淡々と石を置く。
しかし、終わってみると、またしても後半パスの連続で、今度はシンは全部銀色の盤面を見ることになってしまった。
「え――――なんでこうなるの! 手品みたい! セレアさあ、これ、なにか必勝法があるんでしょ!」
「無いです。運も先攻後攻も関係なし。絶対に勝てる手も存在しない、完全に実力だけのゲームなんです」
「そう言われるとすごい悔しい。もう一度!」
「はい、お願いします」
今度は先攻で銀を置いているうちに、シンは一つのことに気が付いた。
「これさあ……。この角に置いた石だけどね」
「はい」
「これ挟めないから、絶対ひっくり返せないよね」
「そうですね。『角』じゃなくて『隅』って言うんですけど」
「ってことはさあ、これ隅、先に取ったほうが圧倒的に有利だよね」
「そうですよ! よく気が付きました!」
「そこからか……。よーし、絶対、隅、取ってやる!」
しばらくやり取りが続いたが、すぐにシンは頭を抱える羽目になる。
「これ、もう僕ここにしか置けるとこ無いよね」
「はい」
「でもここに置いたら、セレアが隅取っちゃうよね」
「そうですね」
「うああああああ絶望――――! そんなことまで計算済み?」
「はい」
「うううう、パスできない?」
「置ける石がある時は置かなきゃいけないルールです」
「うわあイヤだなあ……」
しぶしぶシンが硬貨を置くと、セレアは別の所に硬貨を置く。
「えっ隅取らないの?」
「いつでも取れますし、後回しです」
「うっわあああああ屈辱~~~~!」
今回は最後まで打ち切ることができたが、それでも盤面はほとんど全部セレアの金で埋まった。
「……わかった。これ最初にたくさん取り過ぎるとダメなんだ!」
「その通りです! よく気が付きました!」
「序盤はセレアみたいに少しずつ取って、多く取り過ぎないようにするんだ」
「そうです。序盤に石を取り過ぎると、自分の石を置ける場所がどんどんなくなってしまいます。これは今自分の石が何個あるかよりも、自分が石を置けるところがたくさんあるかのほうが大事で、それが多いほうが有利なんです」
「よーしコツ掴んだ! じゃあもう一度やるよ!」
「はい。お願いします」
「お願いします!」
シンは途中から先攻と後攻をセレアと交代してやっているが、確かに先攻後攻で有利不利は無いようである。
「うわっまた隅取られるうううう!」
「残念でした。ここに置いたらダメなんですよ」
「うん、隅の隣、特に斜め方向に隣のコマが危ない。避けなきゃ」
「場合によりますが、その通りです。隅の斜め一コマはX打ちって言って、やっちゃいけないことの一つです」
「つまり相手に、ここに置かせるように誘導する」
「はい」
「ここしか置けないようにしてやるのか……。ちゃんと数手先を読まないとダメなんだね」
「もちろんです!」
がんばったおかげで、シンは今度こそ一面セレアの色にすることは防げたが、それでも圧倒的に差がついた。
「隅と並んで置かれた石はもうどうやってもひっくり返せない」
「そうですよ。こうして隅から並んだもうひっくり返せない石は『確定石』って言うんです」
「それを作るのを大事にしなきゃ。確定石の隣に置かれると手も足も出ないもんね」
「シン様、さすがです。飲み込みが早いです」
「打ち手がいいからだよ。なんでも実力が上の人とやるのが一番勉強になるし。セレアこれ強かったんだね」
「病院に入院していたときよくやっていましたから」
すごいなあと思う。また、それがセレアにとって思い出のゲームなんだろうということもわかった。こんなに楽しそうなセレアを見るのも、シンは嬉しかった。
「どれぐらい強かったの?」
「勝てる大人がいないぐらい」
「うわあ……」
普通どんなゲームでも、子供は大人にはなかなか勝てないものである。経験の差というものは絶対ある。でもこんなシンプルなルールのゲームが、これほど奥深いとは思わなかった。
「誰に教えてもらったの?」
「もっぱらコンピューター相手に対戦してましたね」
「よくセレアの話に出てくるコンピューターって、人間より頭いいよね!?」
「計算が速くて絶対にミスをしないんで人間より強いですね……。でも、コンピューターは新しいものを考え出すってことができません。言われたことだけしかできないのがコンピューターなんで、人間より偉いわけじゃあないですよ」
そのへん、シンには概念が正直まだよくわからなくて困るのだった。
「これ、なんていうゲーム?」
「『リバーシ』って言うんです」
「リバーシかあ……。これ面白いよ。シンプルだし、子供でもルールがわかるし、運が関係ないから公平だし」
「でしょ!」
「めちゃめちゃ高くつくけどね」
そうして金貨と銀貨を張り合わせた石を眺める。
「たまたま丸いから硬貨を使っただけで、材料なんて何でもいいんです。紙でも革でも木でも作れますよね」
「うん、それがいいよ。なにか職人さんに同じものを作らせて、ちゃんと形にしてみよう! 孤児院の子供たちにもやらせたいし、僕、いろんな人に相談してみる」
「はい! 楽しみにしてます!」
「でも、これが流行る前に、僕も強くなっておかないと」
「妙なところ見栄っ張りですねえシン様。じゃ、もう一回やりますか」
「うん! お願いします!」
そうして二人は時間ができるとよくリバーシをするようになった。
「隅の攻防でいつもセレアに負けちゃう! なんでなの!」
「偶数理論です」
「偶数……」
「空きマスが偶数と奇数の場合がありますよね」
「うん」
「この空いたマス、置く、置かれる、置く、で終わるのは奇数です。偶数だと置いて、置かれて終わり。偶数側のマスに先に置く方が不利なんです。どっちに置くか迷ったら、奇数のほうがいいんです」
「あっそうか! 大富豪で、最後自分が出して終わるほうが有利だもんね、それと同じだね!」
「そうです!」
シンはセレアをちょっとにらむ。
「ちゃんと必勝法あるんじゃない」
「必勝法ってのはそれを知っている相手には通用しないものです。これは『初心者』に負けないための手であって、上級者は定石も必勝法も自分で考えたものを使います」
「僕まるっきり初心者だもんね……。結局はちゃんと先を読まないと勝てないってことか……」
「あったりまえです!」
「セレア僕にも強くなってもらって、対等に戦いたいとか思わないの――――!」
「私は全力で一番いい手を打ってますから、そこから学んでください。こんなふうに『壁』を作るのはダメなんです。『中割り』って言って、敵陣に潜り込んでいる状況のほうが有利なんですよ」
「うわーなんか難しそう!」
シンの弟や妹たちも、二人がやっているのを見て、好奇心でやりかたを覚えて一緒にやるようになったのだが、すぐに飽きられてしまった。
シンにもセレアにも全然勝てないので、「インチキだ!」「絶対何かズルしてる!」って思われてしまったのだ。
国王も興味を示したのだが、やっぱりシンと少しやり込んだところで不機嫌になってきた。ルールが簡単なのですぐ強くなれると思ったら大間違いのゲームということだろう。
「え、これ僕は面白いと思うんですが。貴族や平民にも流行らせることができませんかね?」
「無理だな。お前はゲームの面白さというものを分かっておらん」
「え……」
シンは顔を上げて盤を挟んだ国王陛下を見た。
「このゲームにはまぐれがない。運が無い。純粋に頭が良い者が勝つ。頭が悪いほうは頭が良いほうに絶対に勝つことができない。一つでもミスをするともう逆転することも絶対に不可能だ。完璧で恐ろしく非情なゲームなんだよ。そこにはお互いに勝ったり負けたりしてゲームを楽しむ要素が全くない」
「……」
「先手後手で有利不利が無いというのもまずいのだ。有利不利があるからこそ上級者にも勝ったり負けたりするのもゲームの楽しみのうちだ。強い相手もたまには負ける、そんなことが全くないゲームなど楽しみのためにやるゲームではない。何度やっても絶対に勝てない相手ともう一度対戦したいと思うか? 二度とやりたくなくなるだろう」
「そうかもしれません……」
まだセレアに勝ったことが一度もないシンは、既にセレアに勝つことは一生ないかもしれないとあきらめている。だから逆にセレアの相手が続けられるのだ。
「このゲームが強い人間を国王にしたらよい国になると思うか?」
「……まったく関係ないと思います」
「その通りだ。法を司る者は決して非情であってはならぬ。厳格であっても、慈悲を失ってはならぬ。このゲームには極端な逆転があり得るから手加減をする余裕が無い。そこには人間らしさがカケラもない」
いや、国王様、僕に勝てないからってそこまで言うのはどうなんですかとシンは思うが、口にはしない。
「良いゲームだ。よくできた完璧なゲームである。だからこそ貴族にも役人にも教会の連中にも、遊んでいる暇など無い平民にも流行らぬ」
「……確かに」
貴族はプライドが高いから、経験や知識、教養で勝てず、子供にも負かされるんじゃ、面白いわけがない。負けたとしても、「運が無かった」と言い訳できないのではやりたくなくなるに決まっている。面白いゲームには、多少欠点もなければダメなのだ。
「すべての人間が平等になった世界でなら、これは流行るかもしれないな……」
そう言って国王は席を立った。
後でそのことをセレアに話すと、セレアはがっかりした。
「……国王陛下のおっしゃる通りです。このゲーム、好きな人は大好きですけど、嫌いな人は本当に大っ嫌いですからね。絶対にやりたくないって人はいっぱいいましたけど、言われてみれば全部その通りです」
「まぐれ勝ちが絶対にないゲームだってわかったら、負けた方は最悪な気分になるよねえ……」
「……シン様、我慢して私に付き合っていてくれていたんですか。申し訳ありません……」
セレアが今更気が付いたというように驚いて、ものすごくしょんぼりした。
「いや、そんなことないよ。まだセレアには勝ったことが無いけど、だからこそ、自分が少しずつ強くなってるのがちゃんと石の数を数えればわかる。僕はいいゲームだと思う」
「……ありがとうございます」
落胆したセレアを見て、シンは変かもしれないが、ちょっと嬉しくなった。
「そんな顔しないで! ねえセレア、このゲーム、世界一強いのは君なんだよ! そして僕は世界で二番目に強いんだ! ね、そうでしょ!」
セレアの前世にはこのゲームの世界チャンピオンがいる。でも、この世界では、セレアがナンバーワンだ。まだ二人っきりで遊んでいるだけなんだけど。
「さ、もう一回やろう! 僕、絶対君に勝てるように、強くなるからさ!」
「はい! じゃあ、今日は『開放度』について!」
「まだあんの――――!」
――――閑話:セレアのリバーシ教室 END――――
初心者あるある。