●ボツになった展開集 その6
今ならどんな駄作をアップロードしても大丈夫な気がする(笑)ので、駄作中の駄作なIF展開をアップロードいたしますぞ!
「聞いているのかセレア!」
「はい、シン様」
こんな和やかな卒業パーティーの場で、いきなり生徒会メンバーを集めて断罪を始めるなんて、すっかり愚かになってしまったシン王子に婚約者のセレアは落胆した。
王子だけでなく、副会長を務める侯爵長男であるフリード・ブラック。書記のハーティス・ケプラー伯爵三男。それに会計を務める男爵令嬢のリンス・ブローバー嬢。それに、剣術部部長パウエル・ハーガンに演劇部部長のピカール・バルジャンまで引き連れて、これが後でどれほどの醜聞になるか考えてもみてほしかった……。
こんなふうに本当に卒業パーティーで牙をむくゲームの強制力、セレアがいくらがんばっても、それを覆すことは結局できなかったのかと思う。
「このような数々のいじめを行っていたなど、僕の婚約者として、いや、この学園の生徒としてあるまじき卑劣な行為、断じて許すわけにはいかない!」
「そんな証拠があるんですか? 私にはまったく覚えがありません」
「残念だよセレア。こっちには数々の証言がある。なによりリンスが実際に君にいじめられていたという事実がある」
明らかな証拠の捏造だろう。でもこうして王子がその権力を持って示した証拠は、たとえ捏造であろうと、伝聞でしかない証拠であろうと、それは効力を持つ。もうセレアにそれをひっくり返すことなど、できるわけがなかった。
「残念だよセレア。君との婚約は破棄する。そして、数々のいじめを行っていたことを理由に君から貴族籍を剥奪し、国外追放処分とする!」
「お待ちなさい!」
突然、パーティー会場から声がかかった。
セレアたち全員が振り返ると、そこには厚生大臣がいた。
「私はそんなことには反対をさせていただきますぞ!」
意外な実力者の横槍に驚きながらも、シンは「厚生大臣、これは王家の問題です。口を出さないでいただきたい」と反論した。
「いいえ、私はたとえその職を辞すことになろうとも、セレア様を守る所存です。今までセレア様がどれほど国内の医療技術の発展に尽くしてくれていたか、殿下はご承知か!?」
「い、医療?」
これにはシンがびっくりだ。こほんと厚生大臣が咳払いをしてから語り出す。
「セレア様はわずか十歳かそこらの年齢から、自ら病院を視察なされ、その衛生状態の悪さを改善し、新しい消毒、殺菌の手法としてアルコール消毒の手法を確立され、その醸造から生産まで軌道に乗せるよう御前会議でたった一人でご提案いただいたのですぞ!」
「なんだって?」
そんなことやってたのかとシンは驚いてセレアを見た。
「今や医療用アルコールは我が国の期待の輸出産業ですよ。これがどれだけ国民の命を守ってくれたか、病気の感染を防いできたか、殿下はご承知ないのですか?」と財務大臣も前に出る。
「それだけではありません!」
今度は名誉厚労章を国王から授与された国内でも高名な医学者、スパルーツが声を上げる。
「ボクに、血清による免疫治療を教えてくれたのはセレア様です。現在学院でジフテリア、破傷風の発生に備えて抗体を持つ馬が飼育できるようになったのもセレア様の提唱によるものです。アオカビの溶菌効果を教えてくれたのもセレア様です。おかげでペニシリンを発見することができました。その純粋抽出にフリーズドライの手法を提唱してくれたのもセレア様です。現在、国内から梅毒のような不治の病とされていた性病から、破傷風、肺炎、様々な感染症を治療できているのは全部セレア様の功績なんですよ!」
「それだけじゃないです! セレア様は牛痘にかかった人間は天然痘にかからないということを自らの体で実験して見せて、私たちに種痘の普及を提言してくれたのです! 今、五か年計画で進めている種痘法だってセレア様の提言でやっているんですよ? 知らないんですか!」
同じ学院の研究員、スパルーツの妻のジェーンが進み出てセレアをかばう。
厚生大臣が頷く。
「人類最大の敵、天然痘。これを撲滅することを各国と共同で現在進めています。外国から多くの研修医がわが国で種痘技術を学び、自国に持ち帰って天然痘対策を進めています。全国民、いや、全人類に種痘を普及させて天然痘を根絶やしにする。それを国際会議の場で各国に呼びかけ、進めていらっしゃるのがセレア様だとご承知ですか殿下?」
学院の物理学者、セルシウスも前に出る。
「ペニシリン精製技術のフリーズドライ、セレア様が真空ポンプを使った製氷技術を確立されたから実現できたものです。私たちがその装置を大型化して病院などで製氷し熱病などに処方しておりますが、全部セレア様の功績なんですよ」
「製氷技術はいまや食品保存にも使われていて、肉や野菜の保存に欠かせないものになっています。国民がもう腐ったものを食べなくてもよくなったのですぞ。国民の食生活も衛生状態も向上しました。これすべてセレア様のおかげですぞ」
商人ギルドのギルドマスターが出てきて、セレアを絶賛する。
「今はその大型製氷機で蒸気機関を使っていますが、ご承知ですかな?」
国内最大の鍛治職人ギルドの技術顧問、ジェームス・ワッツも卒業パーティーに出席していた。
「セレア様は我々の蒸気機関を一目見ただけでその熱損失の欠点を指摘され、従来の冷却復水式シリンダーをバルブの切り替えによる往復ピストン式に改良するようアイデアをくださいました」
同ギルドのスティーブンサンも前に出てきた。
「今までレールの上を馬のトロッコで荷物を運んでおりましたが、我々にクランク・フライホイール式の蒸気機関を提案し、蒸気シリンダーの往復運動を回転運動にして蒸気機関車を作るようアイデアをくれたのもセレア様です。現在国内の炭鉱から市内まで鉄道を引く工事をしておりますが、今試験しているロケット号が実用化されれば、馬が引くトロッコの二十倍の能力で石炭を運搬することができるようになります。これの開発を国策で援助してくれたのもセレア様の助言によるものです」
「そういえば馬一頭当たりの仕事量を物理的に測定し、それを『馬力』という単位にして蒸気機関の能力を広めるというのも、セレア様の提唱でしたな」とワッツが言う。
「……セレア、そんなこともやってたの」
シンはびっくりだ。
「セレア様の功績は医学、産業だけにとどまりませんぞ」
学院の天文学科学部長、ヨフネス・ケプラー伯爵が声を上げた。
「セレア様は我々に過去の惑星の観測記録を調査させ、その軌道が楕円であることを実証しました。天文学における数百年ぶりの大発見ですぞ! 数学的にその軌道を計算可能なことを我らに示してくれたのです!」
「それだけではない!」
いつもは学院に引きこもってめったに出てこないアイザック・ニートン教授が、珍しく公の場に現れた。
「セレア様は天体望遠鏡に、レンズを使うのではなく、凹面鏡を使った望遠鏡のアイデアをくれました。おかげで天体望遠鏡の解像度は飛躍的に向上し、現在では火星の二つの衛星、土星の環まで観測できるようになったのです。火星の運河だって、そんなものはないことは今はもうわかっていますぞ」
「彗星の軌道が極端な楕円で、同じ天体が周期的に太陽の周りを周回していることを予言してくれたのもセレア様です。過去の観測記録からそれがわかりました。昨年現れた彗星、実は七十五年周期で太陽に接近しているということがセレア様が調べた過去の観測記録から実証できたのです! 我々はこれを『セレア彗星』と名付けました!」
同じ天文学部研究員、エドモンド・ハーレイが興奮したように訴える。
「だいたいその軌道計算ができるようになったのも、セレア様が正しい円周率を教えてくれたからですぞ」
学院の数学教授、ブィルヘルム・ライブニッツも声を上げた。
「円周率は3.1415926535以降延々と続く無理数であると教えてくれました。全く分からない状況から計算するより、わかっている数値で証明するほうがずっと簡単ですからな。我々はこれを基にさらに計算を進めています。セレア様の言う円周率が正しかったことがもうすでに証明されております」
「……なんでセレアそんなこと知ってるの?」
これにはさすがにシンが驚きを隠せない。
「電卓のπ(パイ)を叩くと出てくる数字なので覚えてました……」
「電卓って何?」
「そもそも、宇宙はどうやってできたのか、皆さんご承知ですかな?」
天体望遠鏡の観測所主任、エドモンド・ハップルの声に皆の注目が集まる。
「私はセレア様の提案で様々な星の分光分析を行いましたが、赤方偏移を測定したところ、すべての天体が我々の地球から遠ざかっていることがわかりました。すべての銀河、天体が遠ざかっている。しかも遠い天体ほど高速度で。これがどういう意味を持つかお分かりか?」
「……」
会場の全員が意味が分からず、押し黙った。
「宇宙は膨張しているのです。つまり宇宙はもともとは小さな特異点であった。それが爆発して膨張したということがこのことからわかるのです。セレア様はその宇宙の発祥を『ビッグバン』と名付けられました。この宇宙はすべて爆発から始まって……」
「ハップルさん! それはまだ仮説です! まだ大っぴらに発表することでは……」
あわてたセレアの声に、ハップルは頭を掻いた。
「そ、そうでしたな。まだ早いですな。申し訳ありません。今の話はなかったことに……」
「それはおかしい! すべての天体は重力で引かれあっている! 私はセレア様の言う『万有引力』を今研究中だが、その理論によれば宇宙が縮むことはあっても、膨張するなんてありえない! 何か別の、謎の質量でもない限りは!」
ニートン教授が怒り出した。
「仮説です、まだ仮説です! ニートン教授、どうぞこの場はお納めください!」とセレアが必死にとりなしているのだが……。
「宇宙が、この世界が、そもそも本当に存在しているのか、みなさんはそれが実証できますかな?」
話がややこしくなるだけだから引っ込んでいてほしいとばかりにセレアが哲学教授のルネ・デルカトを見るが彼は一切気にしない。
「人間は神が作り給うたもの。その私たちが見ているもの、触っているもの、音やにおいまで、それはただ神が我々にそう見せているだけで、実際には存在しないのではないかと疑ったことはございませんかな?」
「……いや、そんなこと考えたこともないけど……」
何を言い出すんだとばかりにシンがデルカトを見る。
「セレア様は私のその長年の疑問にお答えくださいました。『われ思う、ゆえに我あり』。つまりいくらこの世界の存在そのものを疑ってみても、それを疑っている私自身の存在は間違いなく確信することができるのです。この世界は神が作り給えた幻の世界ではない。確実に存在するのです。今まで宗教の縛りにとらわれた哲学を、神と切り離して考えるという全く新しい哲学をセレア様は……」
「やめてください! 私が教会に怒られます!」
セレアがぶんぶん手を振ってデルカトの講義をやめさせる。
「セレア様――――!」
会場に突然、素っ頓狂な声が響き渡った!
会場に禿げ頭の男が、若い男と一緒になって駆け込んできた。
「『歌劇座の怪人』、新しい脚本ができましたよ! あの『オペラ座の貴公子』ですが、おっしゃる通り怪人のほうを主人公にして脚本を書きなおしました! うちの新人脚本家、アンドレ・ロイドに書かせたんですが、ずっとよくなりましたよ! これは人気になります! ぜひ見てやってくれませんか!」
グローブ座の劇作家、シェイクスピオがロイドと一緒に草稿を振り回す。
「セレア様、ご注文の品ができました!」
紡績ギルドの技術員、シンガーが手回し式クランクのソーイングマシンを持ってきた。
「針の先端に穴をあけて糸を通し、ボビンをくぐらせる。素晴らしい、まさに逆転の発想、実に画期的なアイデアです! これがなければ我々はいまだにどうやって機械で糸を通すかを今でもずっと悩んでいたはずです。これで縫製の効率がいままでの手縫いから格段に作業効率が上がりますよ! いやーまさかこんな機械が本当に実用化できるとは……。これで衣料をずっと安い値段で市民に提供できるようになります。我が国の主力産業になり得ますよ!」
「セレア様!」
今度は学院の数学教授、アンドリュー・ワイルドも駆け込んできた!
「証明ができました! 証明ができたんです! 『3以上の自然数nにおいてx +y =z となる自然数xyzの組み合わせは存在しない』というフェルミーの最終定理、数学史三百年の謎がついに解けたんです。証明が完成しました!」
この報告に学院の関係者全員が驚愕した。
「うそお……。それ、絶対にわからないはずなんですけど……」
これには逆にセレアがびっくりしている。
「セレア様の言う『タニヤマ・シムラ予想』が的中しました! それをベースに楕円曲線のモジュラー定理の応用が成功したんです! 数学史上において画期的な発見ですよ!」
「セレア様――――!」
今度は髪を振り乱してボロボロになったリキュー夫人が、小さな皿を持ってパーティー会場に現れた。
「できました! 発見しました! 鉱石を何トンも精製を繰り返し、ついに見つけたんです! セレア様の周期表の隙間を埋める新元素の放射性物質です! ラジウムと名付けました!」
「それ猛毒です――――! 放射線障害で発がん性があります! すぐに鉛で覆ってくださいぃぃぃいいい!!」
会場は逃げ出そうとしたセレアをはじめ、大騒ぎになり、参加していた多くの人がちりじりになってパーティーは自然解散した。
会場に取り残されたシン王子とヒロインのリンス、それにリンスの取り巻きであるクール担当フリード、バカ担当ピカール、インテリ担当ハーティス、脳筋担当パウエルのもとに、かつかつと国王陛下が歩み寄った。
「シン」
「……はい」
「婚約破棄でもなんでも勝手にするがいい。だが、セレア嬢を辱め、国外に追放するなんてことは決して許さぬ。彼女は我が国の宝だ。何者にも代えがたい至宝なのだ。その価値に比べればお前はゴミだ。出ていくならお前が出て行け。わかったな?」
「…………はい」
シンはその場にがっくり、崩れ落ちた。
「あーあーあーあー……。だからやめとけって言ったんだ……」
会場の料理をもぐもぐと独り占めして飲み食いしているジャックが言う。
「……セレアさん、ずっと一人で頑張っていましたもんねえ」
隣でせっせとジャックの皿にシルファが料理を盛っていく。
「自分が浮気しといて、断罪も何もないだろう。そんなことよりセレアさんの仕事の手伝いの一つもやって、王子としての地盤固めでもやるべきだったんだよ、シンは。そう言ったのに、あいつときたら、まったくもう……」
ジャックとシルファはため息した。
「もうかかわらないほうがいいのかもしれませんね……」
「そうだな……。俺たちも帰るとするか」
ジャックは肩をすくめて、席を立ってシルファの手を取った。
―僕は婚約破棄なんてしませんからね ボツになった展開集その6 END―
やめれとせっかくついてくれたファンからの悲鳴が聞こえてきそうだけど、もう一本ぐらい、上げたいですな!