1.僕ってそんなひどい顔してますかね(注:してません)
「き……、きゃああああ――――!」
公爵令嬢、僕の顔をみるなり、いきなり、悲鳴を上げてたおれちゃいました。
それはもうみごとにうしろにバッタリと。
な、なにごと――――!?
「お、お嬢様――――――!」
あたりまえだけどもう執事さんやらメイドさんやらがかけよって、おおさわぎになっております。
僕も……いや、いいのかな? 僕の顔見てたおれたんだから、僕が原因だよね。その僕が助けおこしたりしていいもんなんですかね?
でもそこは一応紳士の義務。たおれたご婦人を一国の王子が、そのまま放っておいたなんてことがあったら王室のコケンにかかわります。
「セレアさん? セレアさんどうしました?」
僕もかけよって、ご令嬢の横にひざまずきます。
ご令嬢、頭の後ろを芝生とはいえ地面にぶつけたせいか、白目をむいて口からよだれをたらしひくひくしております。あちゃー。
腰まである長い黒髪、つやつやなきれいな髪、顔はまあ、ととのった、かわいいといっていいと思うご令嬢ですが、今はヒサンなことになっております。
そのひどい顔をかくすように、メイドさんがさっとハンカチで口元をぬぐい、おおいました。
「シン様……、申し訳ありません殿下。お嬢様は本日、少々体の具合がよろしくないようで、その、茶会は後日、日を改めましてということに……」
執事さんが大汗かいてこの大失態をとりつくろいます。そりゃあそうだよね。
ミッドランド王家のあととり息子、第一王子である僕と、公爵コレット家のご令嬢、セレア嬢との婚約の話が、今すすんでいて、僕の姉上が隣国に嫁ぐ日が近くなったこの機会に婚約を決めてしまおうということになりまして、今日がその初顔合わせ。
僕は表敬訪問ということで、お供を一人だけ連れてお茶会におしのびで招待してもらったという名目で、王都の公爵家別邸での初顔合わせの席だったのです。
執事さんに抱きかかえられ、お屋敷に運ばれるお嬢様。
それに大騒ぎしながらついてゆくメイドさんたち。
そしてこれも大汗かきながら、僕に必死に頭を下げて謝罪する、彼女の御父上であるハースト・コレット公爵。
「もっ、申し訳ありません。誠に失礼の極み、このハーストお詫びの申し上げようも……」
「お顔を上げてください。お嬢様はまだ十歳。ぐあいが悪くなることもあるでしょう。日をあらためてまたご訪問させていただきます。おみまいという形にさせていただいてもいいです。そんなにあやまらなくても、僕は気にしていませんから」
十歳の僕に大の大人がぺこぺこ頭を下げるなんて、いくら僕が王子だからって、そうそうさせていいことじゃありませんよ。っていうかやめてください。こちらがいたたまれなくなりますって。
「あのっ、娘、娘は、セレアは、持病を持っているとか、体が弱いとか、そういうことはないのです。今までこんなことは一度もなかった。普段はそりゃあもう元気な、その、元気なのはいいのですが、いえ、とにかくこんなことは初めてで」
「わかっています。今日はこれで失礼させていただきます。今はお嬢様を安静に、そばについていてあげてください。お嬢様にお大事に、また会える日を楽しみにしておりますとおつたえください。では失礼いたします」
僕もそう言って、その場を失礼しました。あわてて公爵家のメイドさんが一人、ついてきて案内してくれます。
庭の外で待っていた近衛騎士のシュリーガンに声をかけます。
「お待たせ。帰るよ」
ゴツくていかめしくてものすごく顔が怖いシュリーガンですが、公務で外出が多くなる僕の専属護衛を、今年からしてくれています。顔はすごく怖いんですが、話してみれば面白いお兄さんで、いつもおたがいにからかって遊んでいるような関係ですね。悪魔ってのがいたとしたらこんなんだろうなって顔なんですけど、一緒にいて、僕が、自分が王子ってことを忘れられる気楽なつきあいが、二人だけの時はできています。
「どうしましたシン様、いくらなんでもお早いお帰りで」
「ねえシュリーガン、僕ってそんなひどい顔してますかね?」
「はあ? なに言ってんス? 俺がシン様みたいな顔してたら今頃国中の美女集めてハーレム作ってモテまくりのウハウハですわ。顔に関しちゃシン様は間違いなくこの国のトップを張れる国一番の女ったらしになれること請け合いですがね!」
「……まったくうれしくないほめかたありがとうシュリーガン。ご婦人もいっしょなんだからその口もうちょっとえんりょして」
「あ、失礼しました。シン様付き近衛騎士、シュリーガンと申します。以後お見知りおきを」
そう言ってシュリーガンが、その怖い顔を、僕でないとわからないような笑顔にして案内してくれたメイドさんに向けておじぎをします。
「本日は失礼をして申し訳ありません。セレア様付きメイド、ベルと申します。よろしくお願いします」
……動じませんねこのメイドの方。シュリーガンの笑顔を見て怖がらない女の人を初めて見ましたよ僕は。
「なにがあったんス?」
いぶかしげにシュリーガンが聞くと、メイドのベルさんが「お嬢様が急な体調不良で倒れられてしまったのです」と言います。
「そりゃあお大事に。しかしよりによってこの日にこのタイミングでとは運が悪い。もしお加減が悪かったのでしたらご遠慮なく言ってくれれば日程を変更しましたのに。うちの王子様はそんなことで気を悪くしたりすることは絶対ないですぜ」
「いえその」
……僕の顔を見て悲鳴を上げてたおれたとは、言えないよねえ……。
「お嬢様が殿下の顔を見るなり、悲鳴を上げて倒れてしまったので」
言っちゃうんですか。それ言っちゃうんですか! すごいなこのメイド!
「うわあ……」
いやシュリーガン、その反応はちょっと……。本人の前でドン引くのやめて。
「重ね重ねの失礼、お嬢様付きメイドとしてお詫び申し上げます。王子様には、お嬢様のこと、どうぞお見捨てになりませんようお願い申し上げます」
「いやそれは……。もちろんそんなことはしませんよ。だってまだ一言も口もきいていないんですから」
顔色一つ変えず見捨てるとか見捨てないとか言っちゃうこのメイドさんもなんかすごいよ。
「メイドさん、いや、ベルさん、うちの王子さん、そんなお嬢様に悲鳴上げられるような顔してませんよね?」
追い打ちかけないでくださいシュリーガン。お前その顔でそれ言うなよって言っていい?
「ええ、私から見てもシン様は天使のごとくのかわいらしさでございます。将来美青年になって多くの女を泣かせることは間違いございません。私があと十歳若ければハーレムの末席に加えていただきたいほどでございますわ」
「ですよねえ……」
……ねえなんでみんな僕がハーレム作るって思うわけ? そんな人間に見えますかねえ僕。僕どんなふうに見えてるんですかいったい。
もういいよ……。早く帰ろうよシュリーガン……。
「それでは失礼します。お見舞いの件はのちほど」
「はい、今日はご訪問ありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げるベルさんに見送られて僕らは公爵別邸を後にしました。
「シュリーガン、相手のセレアさんって、どんな子か聞いてた?」
今日はお茶会ということで、おしのびでの訪問でしたので、一頭立ての小さな二人乗り馬車で来ました。御者はシュリーガンがやってます。僕とシュリーガンの二人だけですね。
「甘やかされて育ったわがまま放題の贅沢お嬢様とうかがっておりますが、貴族の娘でそうでないお嬢様なんて俺は見たことないっすからねえ。まあ普通のお嬢様なんじゃないですかね」
彼女は公爵領に住んでいて、王都別邸にはめったに来ませんから、僕も会うのは初めてで情報は全然なかったです。こういうかくしごとのない、ミもフタもない言い方するから、僕はシュリーガンのこと好きなんですけどね。顔は怖いけど信用だけはできる男です。
「それにしても、見ました?!」
見たよ……黒髪のきれいな子だったけど、倒れて白目むいてるあの顔を見たっていっちゃあお嬢様に失礼でしょ。
「あのメイドさん、俺のことを怖がっていませんでしたよ!」
そっちかい! そっちのほうが大事なんかい!
「うんめずらしかったね。僕もシュリーガンの顔を怖がらない女の人って初めて見たよ」
お嬢様付きのメイドさんですからね。肝がすわっているのかもしれませんね。
いやメイドの肝がすわってないとつとまらないってのも、どんなお嬢様だって思いますけどね。
「脈アリってことっすかね!」
すごいなお前。自分の顔を怖がらなかったってだけでそう思うってどんだけ前向きに善処してんの。
「何考えてんのシュリーガン。今日は僕のお嫁さんになる人に会いに来たんだよ? お前のお嫁さんを探しに来たわけじゃないんだからね?」
「俺は二十四時間、常に自分の嫁になってくれる女がいないか探してますけどねえ」
はいはい。どんだけモテないのシュリーガンって言うと馬車から叩き降ろされそうなんで、言いませんけどね。
「また来るっすよね、シン様!」
「そりゃあ来るよ、約束したんだからさ」
お前が楽しみにしてどうすんだ。こりゃあなんども通うことになるのかなあ。僕ちょっと不安になりました。