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ドワーフのザバル親方

 荒野をぶらりと縦断していたウエンリッドは、前方に立派な道があることに首を捻る。彼の記憶にはこんな道は無かったはずなのだ。だがまあ、ユグナシード帝国の南東部に来るのも久しぶりなので道が敷かれていてもおかしくはなかった。ウエンリッドは、東西に延びるユグナシード式の石畳の舗装道路の終点に興味が出てきた。


ユグナシード帝国の基準で言えば目の前にある道は準幹線道路だ。荷馬車二台が十分に余裕を持って並走できる幅がある。ウエンリッドの記憶では準幹線道路の先には軍事拠点か地方都市があるはずなのである。


 西はわかるが東に何がある?クルース山脈にぶち当たるだけだろうに。


 ウエンリッドは靴の紐を絞め直しズボンの埃を払って石畳の感触を楽しみながら世界の氷壁クルース山脈に向かって歩き出す。


 歩き出して数時間して後ろから陽気な歌声と蹄鉄と車輪の音が聞こえてきた。ウエンリッドが立ち止まって振り向くと、荷馬車が近づいてくる。四頭立ての荷馬車の馭者席に座っているのはドワーフだった。


 ウエンリッドがドワーフを見るのでドワーフも歌うのをやめてウエンリッドを見返した。髭面のドワーフは最初、傍らの戦斧を引き寄せ警戒したが、ウエンリッドの顔に引っかかるものがあるらしく記憶を手繰り寄せようと目を凝らした。ウエンリッドを抜き去ってドワーフはハッと思い当たり、慌てて荷馬車を止めた。


「お前さん、大敵様だろ?俺が子供のとき一度見たことがある」


 ドワーフは荷馬車から飛び降りウエンリッドの元に駆け寄った。


「わたしはこれでも薬師に身をやつしているんですよ、出会い頭に正体を看破されるとこの重い薬箱を背よっている意味が……」


 ウエンリッドは方を落とす。


「嘆きなさんな、俺はたまたまお前さんの顔を知っていただけさ、乗ってくかい?」


「そうさせてもらいます。ところでこの道はどこに続いているんです?」


 ピカピカの戦斧を荷台に押しやって場所を空ける。


「お前さんそんなことも知らずにこんなところを歩いていたのかい?」


 ドワーフは呆れた。


「コンコースの街さ、大敵様は辺境をさ迷っているっていうのは本当なんだな」


「いつの間に出来たんです?」


 ウエンリッドは隣に座る。


「五十年ほど前かな、俺たちドワーフは十年くらい前にコンコース男爵に喚ばれてクルース山脈を掘ってるんだ」


 ドワーフは荷馬車を走らせた。


「俺はザバル、お前さんは大敵様でいいのか」


「それでいいです。一応名乗るとウエンリッドです」


「よろしく、大敵様。ちょっと手綱を持っててくれ」


 そう言ってザバルは荷台に移った。


「有った有った、これこれ」


 ザバルは嬉しそうにエールの樽を馭者席に乗せる。


「これを冷やしてくれ、大敵様。俺は酒が飲めるようになって、親父によく聴かされていたのが、お前さんの冷やしたエールは格別だ、そんじょそこらの魔術士じゃあの旨さにならないって話しなんだ、それを聴く度に俺はなんであのとき子供だったんだと悔しくて悔しくて」


「そんな事ならお安い御用です」


 ウエンリッドは苦笑した。酒好きのドワーフらしいお願いだった。

 ウエンリッドは魔力界から魔力を導くと体内で五つの属糸を精製しそれで冷却の象徴を編んで樽に放った。


「飲んでみてください、温かったらジョッキの方のエールを冷やします」


 木製のジョッキを片手に舌なめずりしているザバルにウエンリッドは言った。


「おお、ついに飲めるのか」


 ザバルはエール樽の栓を抜くとジョッキに並々と注いで一口飲んだ


「旨い!」


 ザバルは破顔し残りを一気に飲み干した。


「大敵様もやってくれ、つまみはどこにやったかな」


 新しいジョッキをウエンリッドに渡すとまた荷台に移った。

 ウエンリッドは二つのジョッキにエールを満たしもう少しだけ冷やした。


 ザバルは燻製肉とチーズを木の皿に乗せて戻ってきた。


「おっと、俺としたことが乾杯を忘れていた」

 ドワーフはピシャリとおでこを叩いた。


「乾杯!」とジョッキをふたりはぶつけ合う。


「親父の言った通りだ、大敵様が冷やしたエールは格別だよ、俺は知り合った魔術士に頼んだことがあるんだが、こんなに旨くならなかったぜ」


「経験の差ですかね、同じ事をしているはずですよ」


 ウエンリッドは燻製肉を自前のナイフで削って食べた。柔らかくて旨い保存用ではない高級な燻製肉だった。


「ザバル親方はクルースで何を掘っているんです?」


「鉄と色鉄鋼が取れる。クルース山脈は大敵様のものだろ?コンコース男爵は俺たちドワーフに居心地のいい鉱山町を作ったから帝国の代わりに採掘してくれって頼まれてコンコースに来たのさ」


 ウエンリッドはキョトンとした。


「クルース山脈ってわたしのものでしたけ?」


「ユグナシード帝国と山脈の民が揉めたことがあったろ、千年くらい前。あんときお前さんが調停してクルースは自分のものだからユグナシード帝国は手を出すなって脅したろ、コンコース男爵に俺はそう聞いたぞ」


 覚えてないのかよ、巨額の投資をしたコンコース男爵が可哀想だぜとザバル。


「ああ、思い出しました。あの部族は昔、わたしがクルースに匿ったんですよ、それでたまたま揉めているのを知って、わたしがこの部族の先導者だ、つまりクルース山脈はわたしのものだって言いました」


「それ何時のことだ」とドワーフ。


「匿ったときですか?ユグナシード王国ができる前です」


「本当に何千年も生きているだな」


 ザバルはしみじみ言った。


「いやーお恥ずかしい」


 ウエンリッドはチーズを燻製肉で巻いて口に放り込んだ。淡泊なチーズと燻製肉の塩気が合ってとても美味しい。エールがいくらでも進む。

 一樽空けたときには周囲は田園風景に変わっていた。


 呑み足らないザバルはワインの壺を出してきた。


「安物なんだが、これも冷やせば旨くなるかい?」


「任せて下さい。ワインならもっと美味しくできますよ」


 そういって壺の栓を抜いて複数の象徴を放つ。ワイン壺から白い湯気のようなものが出ていった。


 ウエンリッドはザバルに少量注いでやった。


「蒸留して酒精を上げてます。火酒と思って呑んでください」


 ザバルは慎重に口に含んだ。


「かー喉が焼ける、あの安酒をこんなにしちまうとは流石、大敵様だ」


 ドワーフはまた相好を崩した。

 ウエンリッドも酔いが回って楽しくなってくる。荷馬車の振動も心地いい。ザバルが歌いだし、ウエンリッドも歌った。


「大敵様、コンコースの街には男爵がいるんだけど手荒なことはしないでやってくれ、あの人は人間にもドワーフにも慕われているんだ」


 コンコースの街が見えてくるとザバルはウエンリッドに懇願した。蒸留ワインも呑み干したので呂律があやしい。


「釘だけ刺しときます。ぶすっと」


 ウエンリッドも酔っている。


 荷馬車がコンコースの街に着いた。



















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