Side-A【指切りの代わりにキス】
10月の誕生日まであと半月だった。21歳になる。20歳の一年間はあっという間に過ぎていった。去年までと違って今年の誕生日は初めて大切な人と過ごす。学校も学園祭があるので実質的には休みだ。大切な人-知世さんも授業はなく研究も落ち着いているので一緒に過ごすには問題はないらしい。あまりの幸せさにメールを打っているとついニンマリしてしまう。知世さんが誘ってくれた、みなとみらいでの誕生日デートが待ち遠しい。メールで終電の時間を聞かれたのがちょっと寂しいお年頃。携帯を片手に落ち込んでいたら同居している兄貴に笑われた。兄貴は3歳下の弟に彼女がいる事は知っている。変にコソコソしていたらバレた。武士の情けで実家の両親には知らせないと宣言される始末。従順な手下生活に終わりは見えない。兄は博士課程まで進学をする気満々なのでこちらが先に就職をするまで同居は続く。両親から大学院の修士課程まで進学をする事を条件に学費を出してもらっている。このままの成績を維持すれば内部推薦で進学はできる。知世さんにもこの事は告げている。知世さんは次の春からは神奈川の大学の修士課程に進学する。博士課程まで進学するかはまだ聞いていない。知らない事は以外と多い。知りたい事はたくさんあるが一緒にいるとそれだけで嬉しくてなかなか聞けない。大学の友人には子供扱いをされているが義務教育を終えてから大学に入るまで工業系かつ男子寮という男所帯で過ごしていたので恋愛偏差値は低くてもしょうがないと開き直っている。夜も遅くになり知世さんからメールは来ない時間になったので携帯をしまい、来年から配属を希望している研究室の先生の授業の課題に取り組む。課題に取り組んでいる内に秋の夜長はあっという間過ぎていった。学園祭前の追い込みのためか授業や課題が忙しく気がついたら誕生日の当日になっていた。
携帯のメールの着信音で目を覚ました。エリック・クラプトンのCHANGE the World。蛍の夜に知世さんの車のカーステレオで流れていた曲だ。印象深かったので知世さんからの着信だけこの曲にしている。今日の待ち合わせの確認の最終メールだった。みなとみらいに10時。返事をすぐに返し、準備をする。研究室からの朝帰りの兄貴に冷やかされながら家を出る。電車の中でちょっと先に訪れる好きな人との一日の事を考えてしまい、思わずニヤけてしまうのを一生懸命こらえてはいるが我慢できない。イヤホンをつけ音楽に集中しているフリをしていた。一時間あまり電車に揺られていた。待ち合わせ場所には約束の五分前にも関わらず知世さんがいた。アイボリーのノーカラーの上着に緑の花柄のワンピース、ちょっと踵の高いブーツ、いつもよりもよそ行きの格好だった。作業服姿を知っているためか余計に可愛く見える。軽く雑談をした後、見たかった映画を知世さんが覚えていたので映画を見にいった。どちらからか分からないが自然と手は結ばれていた。映画が終わり近くの喫茶店で感想に話を咲かせる。恋人らしい時間を過ごす。
ディナーは赤レンガ倉庫内のレストランに19時の予約なのでショッピングモールをぶらつく。アクセサリー店で知世さんの足が止まる。「悠人がもしよければ誕生日プレゼントはペアリングで良い?」予想外の言葉に返事が遅れる。知世さんが慌てて言葉を濁す。嫌な訳がない。知世さんは本人が研究に一生懸命で気がついていないだけで生態学研究室では知世さんを狙っていた先輩が多かったと聞いている。今度の春からは知世さんは大学院に進学して更に出会いが増えるので男よけの指輪は必須だ。「嬉しいよ。ただ誕生日プレゼントだからデザインは選ばせて。」デザインは知世さんに任せても良かったが言い訳が欲しかった。その言葉で通常モードに戻った知世さんは店員さんに小声で予算を告げいくつか商品を持ってきてもらった。一人で決めるのではなく最終的には二人で相談してシンプルなデザインの物に決めた。指輪の受取はディナーの後にした。知世さんは支払いを済ます。ディナーの予約時間が迫っているためか知世さんはどこか落ち着かなかった。急ぎ足でレストランに向う。ライトアップされた横浜港を望むレストランに案内され気分が高揚した。土木を専攻している知世さんに負けず劣らず橋や船舶が好きな身にとってはこの夜景だけでも満足だ。思わず子供のようにはしゃいでしまう。ビールも普段飲んでいるビールと違いtheアルコールではなくホップがきいている洋食によくあうビールだった。知世さんはようやく落ち着いたようだ。会話が途切れることなく食事が進む。いつまでも終わることなく続いてほしいと思う時間だった。デザートと食後のコーヒーを飲みアクセサリー店の営業時間ギリギリまで食事を楽しんだ。
アクセサリー店で指輪を受け取った。左の薬指に指輪を着ける。サイズはちょうど良かった。シルバーのお揃いの指輪に思わず照れる。プレゼントをした張本人の知世さんもどこか恥ずかしげだ。「プレゼントしてくれてありがとう。大切にするよ。」そう言って指輪をつけた手を広げ、指輪を見つめた。知世さんは安心したらしく今日一日でたくさん見た中でも最大の笑顔になる。その笑顔だけで胸がいっぱいだ。レストランから眺めた光が灯された港に向う。ベンチに座る。しばらく二人で夜景を眺める。いくつもの夜景を知世さんと眺めたが今日が一番だった。「来年の誕生日も知世さんといたい」その言葉を受け取った知世さんは手をぎゅっと握り返しゆっくりとキスをした。約束のキスだよ。そう知世さんはいたずらっぽく囁く。残念ながら終電には間に合った。大切なプレゼントは学校でキーボードを叩く指を飾り立てた。「大事にするよ。知世さん。」指輪よりもあなたが一番大切です。あなたの指にもはめられている片割れの指輪に思いを馳せた。FIN.
こんばんは。明日が休みになったため、書き溜めた分を一気に更新をしています。
伊藤計劃さんが「虐殺器官」を2週間ほどで書き上げたのを知り、驚いています。
人間やろうと思えばできるものなんですね!!
今日と明日の2日間でこの作品のラストまで更新する予定です。
それではまたお会いしましょう。
2017年5月16日 長谷川真美