Side-B【言葉を封じるキス】
「卒業おめでとう」その一言を告げようとしただけだった。バグ。バグ。バグ。エラー、エラー、エラー。人生最大級のエラー。エラーの訂正はもう出来ない。
出した言葉は戻ってこない。卒業式での一連の出来事は当事者間では大騒動だったが学校では毎年の事だったので研究と受験に追われていく内に鎮静化した。
受験は第一志望校に推薦合格した。来年からは神奈川まで遠距離通学だ。悠人は都内の大学だから電車で一本だ。悠人に合格をいち早く知らせたかったが集中講義中だったので電話ではなくメールをする。メールの返信はすぐ着た。「合格おめでとうございます。今度もしよければ花火を一緒に見に行きませんか?」この数年間花火とは無縁な夏を過ごしていたのでその提案は嬉しかった。返信メールをうち、浴衣を選びにショッピングモールに行った。身長153cmのちびには浴衣選びは難しい。髪も実験用にみじかいままだ。店員の勧めの黒地に青い花柄の浴衣を選んだ。着付けはにっちもさっちも行かず母親に手伝ってもらった。母親の文句を受け流しバスと電車で花火会場に向う。駅前で待ち合わせをした。悠人も浴衣を着ていた。切れ長の目をした和風の顔立ちの悠人に浴衣はよく似合った。「悠人、浴衣似合ってるよ」思わずかけた言葉に悠人は軽く膨れる。「知世さん。それは彼氏の台詞です。先に言いたかったです。」そんな他愛のない会話が楽しい。こんなに心の底から笑ったのは久しぶりだった。花火大会が始まるまで屋台を冷やかす。人並みに目をやる。家族連れ、友人、カップル。カップル達の手は繋がれていた。羨ましい思いをしながら眺める。手は開いたままだ。悠人はこの人並み、特にカップルをどのように見ているのだろうか。年下の彼氏にどこまで要求をしてよいのか自問自答する。夕飯用に焼き鳥と焼そば、お好み焼き、枝豆を買った。ビールも忘れなかった。
花火大会が始まる。お互い缶ビールで乾杯をして花火を見る。花火が暗闇をキャンバスにして華やかに咲き乱れる。黄色、赤、青、色を変えていく。光は円を中心にして様々な形を取る。しばらく花火を見つめていた。三十分ぐらいだった後、花火よりも悠人が気になった。悠人のはしゃいでいる横顔を見つめる。視線に気づいた悠人は不思議そうな眼差しでこちらを見返す。私は何もなかったかのように振る舞う。悠人は何か言いたそうだ。人気がないことを確認すると年上の意地としてこちらから言葉を封じるキスをした。一度キスが終わりに近づくと更に唇を重ねる。次第に熱が帯びていく。背伸びの限界までキスを続ける。「知世さん。それは彼氏の役目だよ。」そう彼は告げ、キスをする。どれくらいの間、キスをし続けていたのだろうか。最後の尺玉の音が時間の経過を告げた。帰りの人並みが寄せることに気づき顔を急いで離す。悠人の顔に触れると暑かった。手は自然と繋がっていた。キスを重ねる内に悠人との距離が近づいていく気がした。それが夏の終わりだった。FIN.
このあとがきを書く頃にはようやく長い冬が終わり春が来ました。
しかし悠人と知世さんの春は短くあっという間に夏になりました。
この二人の夏はまだまだ続きます。
学生時代は夏が長がったような気がします。
春に出会い、桜とともに結ばれた恋の夏は特別だったと思います。
この二人の四季にお付き合いして下さい。
2017年3月13日 長谷川真美