Side-B【キスの前にお願い一つ】
長い冬が終わりようやく春が来た。明日は修了式だ。悠人と付き合って一年になる。月日が経つのはあっという間だ。デートは両手で数えられる程しかしていない。4月から修士課程で不夜城で有名な研究室に進学するためデートの機会は更に減るだろう。ため息をつきながら研究室の掃除に励む。二年間の荷物は思いのほか多い。本から写真が出てきた。去年の卒業式に研究室全員で撮った写真だった。緊張した面持ちの悠人がいた。確信犯的に私物に混ぜる。悠人は写真が苦手なので悠人の写真は一枚も持っていない。思わぬ収穫に気分を良くする。度々脱線しながらも作業は進んでいく。そうして悠人と過ごした日々をまとめ上げていった。
修了式当日は花曇りだった。桜の花びらが水たまりに浮かぶ。今にも雨が振りそうだ。親と格闘して選んだ慣れない袴を身にまとう。指輪も忘れなかった。和装に指輪をつける事を母親から諫められたが外さない事を決め込んだ頑固な娘に母が折れた。一年前のこの日から恋は始まった。今日、チューリップの花束を持ってその大切な人は微笑みを浮かべている。その人の左手の薬指にはお揃いの指輪がはめられている。その手で去年と同様にこちらに手を振る。手を振り返す。悠人との三度目の春が始まる。キスの前にお願いを一つする。「一緒の写真が欲しいな。」苦笑されながらも願いは叶えられる。花束を抱えて二人とも満面の笑顔を写真に残した。その写真は新しい研究室の一番よく開ける引き出しの中に入っている。挫けそうなときにそれだけで頑張れる。そんな一枚だ。ダメ元で頼んだキスの前のお願いは二人にとって大切なお願いになった。悠人も新しく配属された研究室の机の中に同じ写真を潜ませていると聞いたときは思わず笑ってしまったのは言うまでもない。ふくれた年下の恋人にそっとキスをした。FIN.
この作品も残り一話です。
時間の流れが早い物語でした。
学生時代は長いようで儚さを感じるまでに短い時間でした。
恋人との写真ですが私の学生時代はプリクラが流行っていたので同じ研究室だった初めての彼氏とのプリクラが実家に眠っています。今だったらスマホで撮っていたと思われます。その彼氏は今何をしているのでしょうか。幸せになっていてほしいと願うばかりです。
2017年5月16日 長谷川真美