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今日も定位置で、カチカチカチ。
椅子に座り、8本の腕でキーボードを叩く。
でも、8個もある目のうちの1つだけがデスクトップ。
その他の7つの目で、ななめ向かいの先輩を見た。
(今日もバレてないよね…)
きっと、クモの自分に見られてイイ気分な人間はいない。
だから、コッソリ見る。
(…はぁ、眉間にシワ寄せてても先輩可愛いなぁ…。朝は寝坊しちゃったのかな。化粧ばっちりなコンタクトもいいけど、今日みたいな薄化粧の眼鏡も可愛いなぁ…。)
カチカチ、チラチラ。
あくまで、あくまで控えめに。
――人間社会に受け入れられたとしても、自分はクモ。
可愛い猫や犬ならまだしも、部屋に現れたら悲鳴を上げられていたクモだ。
世間に僕の事が嫌いな人間がたくさんいるのは分かってる。
それなのに会社は雇ってくれて
(君は真面目だし勤勉で他の社員の手本だよ)
周りのみんなも優しくて
(いつも頑張ってるな。無理はするなよ。)
とっても親切で
(ほら、コレ食べな!コレも!美味しいよー!)
そんな周りにどう返したらいいか、どうしていいか分からなくて縮こまっていると、人が去った後もいつもずっと傍にいてくれて、話を聞いてくれてたのが先輩だった。
(――あっ、先輩どこ行くんだろ…)
「…女性陣はそろそろ化粧直しか。打ち上げ遅れないよーに!」
隣の席の森野君が笑いながら、前半は僕を見ながら、後半は席を立った女性陣に投げかける。
今日は大きなプロジェクトが終わっての打ち上げだ。
皆で励まし合い頑張って。
いつもは避けて断る飲み会だったけれど、みんながあんまり熱心に誘ってくれたから。
まさかあんな事になるとは…分かってたはずなのに、嬉しくて見えないフリをしていた。




