下編
あれから俺は自分の部屋でこっそりコミュニティの中で妹と会話する日々が続いていた。今日は3日目。
「どうもー、ラナだよ!」
ラナというのは俺が小さい頃に買っていたメスのハムスターの名前だ。やっとの事で女言葉っぽく喋れるようになってきた。本気で俺は妹を騙すつもりでいる。
「よっす!」
挨拶と、相変わらずの顔文字が付けられて返事が戻ってくる。別に特別な話をするわけでもないし、妹だけを相手にしているわけでもない。だが、なるべく会話は多めにしておいた方が目に止まりやすいだろうと思い、俺はなんでも返事をするようにしている。
「暇ー」
そう送れば、とりあえず間が持つ。妹も返す言葉は同じ。
「暇っすねー」
あまり展開しないのはつまらないが、妹がまだ食いついているのだから問題はない。しかし、やり始めて気づいたことがある。妹の書き込みは、面倒だったり、どうでもいいことだったり、自分に対してのコメントでなくとも返事をしているのだ。俺は絶対に面倒事だけは避けたいからしなくて良さそうな返事はスルーするのが当たり前だったが、妹のはかなりしつこいくらいに必ず返事のコメントが上がっている。
(こんなんに何でわざわざ返すかなー、あいつは。)
これも妹のコミュ力なのだろうか、最近妹のことがわからなくなってきていた。
するとこんな書き込みが目に入る。
「ラナさんって天然だなー」
そして最後に笑の文字が。
(え、何? 馬鹿にしてんのか、これ?)
文字だけで見るといまいち感情が読めない。ただ最後に笑がついているのであれば、そこまで何も考えずに書いた言葉なのかもしれない。
「え、そうかな?」
ついでに俺も笑。
(こいつは何考えて打ってんのか、全く読めねぇーな。)
コミュニティにもそろそろ馴染んできた俺も染まってきているのか、自分の書き込みを遡って見てみると、なかなかテンションが崩壊したコメントがずらずらと連なっていた。
(うわ、俺も大概だな)
思わず自分に呆れる。
「ちょっとー、下降りて来てくれるー?」
突然、一階から母さんが呼んできた。
「あー、わかったー。」
返事をしてスリープモードにしたタブレットを机の上に置き、部屋を出ると丁度目の前で妹も部屋から出てきたところだった。
「あ、お兄ちゃん、私レベル40まで上げたよ! ねぇー、もうコミュニティで会話しよーよー。」
そう言いながら預けておいた携帯を渡してきた妹。俺は自分の携帯を受け取って、そのままポケットにしまった。
「また後でな。 母さん呼んでるから。」
そして2人して母さんのいるリビングに入った。
「あんたたち、2人して部屋にこもって勉強してたの?」
ダイニングテーブルの前に座っていた母さんが聞く。妹はたじたじしながら答えに詰まっている様子だった。
「俺はレポート仕上がったから、とりあえず復習をちょっとしてたんだよ。」
さらりとそう答えてニヤリと笑いながら妹に視線を向ける。妹も俺の答え方に気づいたようで慌てて答えた。
「私も大量の夏休みの宿題してたの!!」
「そう、大変ねー。 ところでお願いがあって2人を呼んだのよ。 これ暑中見舞いなんだけど、鮎川さんの家に持って行ってくれない? 母さん、これからちょっと出かけないといけないのよ。」
鮎川さんと言うのは家族ぐるみの付き合いで、新しく一軒家に住み始めて少し離れたところに住んでいる父の友人。俺たちに歳の近い兄弟がいるから、俺たちも仲がいい。
「いいけど、今行ってきた方がいいのか?」
「そうね、そうしてくれる?」
そして手渡されたのは少し重みのある紙袋。中は箱が入っていて、中身が何かはわからなかった。
「帰りにアイスでも買ってきていいから。 これ、その分のお金ね。 じゃ、よろしく言っといてちょうだいね。」
俺と妹は玄関で母さんに見送られ、紙袋とアイス分のお金を持って鮎川さん家に向かった。
「お兄ちゃん、最近さ、新しく女の子と仲良くなったんだよ。 名前がラナって言うんだー。」
その名前にピクッと反応しつつ、顔中笑みが広がって口を覆って隠すが、歪む口角は上がりまくって隠しきれない。
「へ、へぇー。 で、そいつがどうかしたわけ?」
「ん? 何か最近ずっとその子と話しててさー。 そのラナって子、他のコミュニティでも人気みたいな。 どう思う?」
「え、何が?」
(人気だったんだ、俺……)
たまらなく可笑しくなってくる。
「だから、その子ってどんな子だと思うかってこと!」
「さ、さぁなー。 俺に言われてもわかんねぇよ。」
「そっか…」
どうして妹がそう聞いたのかがわからない。しかしこの時俺は浮かれていた。後々、この最後の妹の妙な表情は俺を追い詰めることになるのだった。
鮎川さんに無事に手渡し、帰り道にアイスを買って母さんも父さんもいない家に帰ってきた。
「俺、部屋でアイス食いながら勉強の続きするから」
それだけ言って階段を登る。
「ね、お兄ちゃんの部屋で宿題やってい? 私、一人だとはかどらないし、ゲームの続きも出来るし!」
それはまずい。さすがに来られたら俺の方ができない。
「いや、ゲームとかされたら俺ができなくなるだろ?」
やんわり断りつつ部屋の扉を開いた時だ。妹の手が閉まる扉を抑え、無理やり中に割り入って来た。
「お、おい!!」
しかし体全部を扉の隙間からねじ込んできた妹は引き下がるはずもなく、部屋を見渡しながら笑う。
「もう入っちゃったもんねー。」
そう言って部屋を見渡していた妹がある一点を見つめる。
「ねぇお兄ちゃん、タブレット買ったの?」
(まずい!!)
今開かれたらスリープにしておいたゲームが開いてしまう。慌てて机の前を遮って言った。
「まーな。 大学で使うのに便利だから。 勝手に使うなよ。」
「いいなぁー。 私も欲しいー。」
そう言いながら目線を外して床に座った妹に、俺は早まった心拍を落ち着けようと深呼吸を繰り返した。
しかし俺は甘かったんだ。
これが妹に追い詰められるきっかけになるなんて、まだ俺は気づいていなかった。
あれから俺は妹の前ではタブレットを使わないようにし、とりあえず勉強をしているふりをしながら携帯をいじっていた。妹は床に置いたミニテーブルの上で本当に勉強している。
「なぁ、どうせなら狭いだろうし、下行かね?」
妹を部屋から追い出すつもりで言ってみた。
「え、でもここ落ち着くし…お兄ちゃんが嫌なら降りるけど」
「嫌って訳じゃねぇけどよ、部屋掃除してねーから。」
「別にいいのに……わかったー、下降りますー」
なんとか言い訳をつけて妹を部屋から出せたはいいが、俺も出なければ不審がられるかもしれない。結局意味もなく部屋を出てリビングまで来た俺たち。すると妹が言い出した。
「あ、私お兄ちゃんの部屋にシャーペン落として来ちゃった。 取って来まーす」
そして返事も聞かずにそのまま階段を上がって行った。
(ったく、落ち着きがねーなー。)
そんな風に落ち着いていた俺。しかしシャーペンを探すのにどれだけかかっているのだろう。5分経っても降りてこない。
「おー……」
慌てて口を押さえた俺は、おーいと呼びかけるのをやめた。先ほど部屋に入ってくる時に妹が見ていたのはタブレット。まさか、と思い階段を音を立てずに登り、自室の扉が少し開いたままだったのでそっと覗いた。
隙間から見えるのは妹の後ろ姿だけ。しかし可笑しいのは探しているのはシャーペンのはずだが、妹は立っている。
「おい! 何やってんだよ!!」
その声に過剰に反応した妹はすかさず手に持っていたものを後ろに隠しながら振り返った。
「お、お兄ちゃん…」
妹に近づいて後ろに回された手を持ち上げると、持っていたのは案の定タブレットだった。しかも電源が入り、一番困る画面が開かれていた。
(嘘だろ……)
「だ、だって…お兄ちゃん、タブレットのこと聞いた時、眉間にシワがよったんだもん。 お兄ちゃん隠し事とか嘘つく時は必ずそうなるよね。」
「は、はぁ? ってか勝手に触んなって言ったよな?」
「お兄ちゃんがラナだったの!?」
「おい、人の話聞けよ。」
どちらもが一方的に話し続け、話は平行線。バレたなら諦めるしかない。
「お兄ちゃん、何これ…女のフリ、めっちゃうまいじゃん!!」
(……は?)
妹が突然興奮し始め、まさか予想もしていなかった反応を見せる。
「ね! これ私のキャラの彼女ってことにしない!?」
「はぁ? ちょ、まじで何言ってんだよ!」
「ね、そうしよ!!! しかもお兄ちゃん、レベル凄いじゃん! なんだー、苦手とか言っておいて本当は好きだったんだー。 別に隠さなくても良かったのに。」
もう話についていけないのは俺だけのようだ。勝手に盛り上がり始めた妹を放置して、結局ばれてもお互いダメージなんて喰らわずに決着がついた。
それから俺は妹の彼女役を果たすため、さらに屈辱的で恥ずかしいセリフを言うハメになり、結果俺だけが被害をこうむったというわけだ。
ただ意外にもこの俺のキャラはうけているようで、妹と張り合う程に知り合いが増えた。
しかしそれから一ヶ月も経たないうちに、妹は「飽きた」の一言を残し俺にアカウントを任せると、一方的に押し付けて一人辞めていった。俺は何故か3つのアカウントを行ったり来たりと本来の自分を見失うかの如く、ゲーム世界でまた別の悩みに頭を抱えるのであった。
完。
これで終わりです。
オチ、弱いねって思われた方が多いだろうなって自負しておりまする。
うーん、どうすべきか悩んだ末、残念感漂ってましたらごめんなさいです(笑




