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忘れっぽい子が、病気で死んだ子を思い出す話。

作者: 佐々木

「えー、ここはこうであるからして・・・」


前の、前のそのまた前にいる先生の声を集中して聞く。

えっと、Xが二乗して・・んん?ここからどうするんだっけ。

そう思って前を向くと黒板に答えが書いてあった。

あれ、時間切れ。それでも懲りずに次の問題を見る。

そしてふと思い出した。そういえば今日はあの子の命日じゃないか。

いけないいけない、また忘れてた。

手を休ませて目を瞑った。窓から流れてくる風を感じ取る。








今からちょうど一年前。

とにかく私は人一倍・・三倍くらい忘れんぼうで、三歩あるけばさっき話していたことを忘れるような人だった。

そんな私でも忘れられない子。私の友達であり、親友であり、幼馴染であり、大好きだった人。

そんな子が死んだのは、今からちょうど一年前。


いつも通り私は黒板に書かれたことをノートに写していく。

ちなみに先生の言ったジョークなんかもメモ欄に書く。

明日忘れても思い出せるように。まぁ6割くらいは思い出せないんだけど。

最後の一文字を書き終えたところでチャイムが鳴った。


私は部活もやっていないので、さっさと帰路に着く。

今日は野球部がお休みの幼馴染君も一緒に帰っている。

幼馴染君は、今日の出来事をつらつらと語ってくれる。

よく覚えてられるなぁ。やっぱり頭良いなぁ。

幼馴染君は実は学年一位の成績を誇る。

親にも成分を取られたのかね、と笑われる。あれ、呆れられてたんだっけ。

まぁとりあえず、幼馴染君はすごいのだ。


「でな・・っておい、家はこっちだぞー」

幼馴染君が笑いながら右を指差す。

私が向いていた方向は左。なんで私左向いてるんだっけー?

私も笑いながら、ごめんねと謝った。



一週間後。

珍しく幼馴染君はテストの日なのに休んだ。

なんだろうな、風邪かな。

それとも祝日と間違えちゃったのかな。んな馬鹿な。私じゃあるまいし。

心の中でノリツッコミを入れていると、いつの間にか学校が終わっていた。

結局、なんだろう。


少し心配になって幼馴染君の家に行く。

ぴんぽーん。

無機質な音をたててインターホンを押す。

時間はそれほどかからずに玄関の扉が開いた。

出迎えてくれたのは、悲しそうな顔を青ざめさせた幼馴染君のお母さんだった。


「あ、おばさん。  君は風邪ですか?」

にこやかにそう言うと、おばさんは顔をゆがめさせて涙を流す。

どうしたんだろう。40度でも越したのかな。

私もあったらしい。お母さんはすごく取り乱しちゃって泣いたらしい。

ちっちゃい頃のことだから覚えてなんかないけど。


「・・・っ、中へ、いらっしゃい」

おばさんはそう言うと家の中へ入っていた。

よく分からないけど、私もついていく。

なんだろうな、ゼリーとかの差し入れかなぁ。

私はおばさんが泣いてたことを忘れて、そんなことを考えていた。

「お邪魔しまーす」


リビングに着くと、ソファに腰掛けてるおばさんの姿があった。

私も向かい側に座るとおばさんを見る。

「どうしたの?なんで泣いてるの?」

私がそう聞くと、おばさんは涙を拭って声を絞り出すように喋った。


「  がね、病気にかかってしまって。それでおばさん、泣いているのよ」

何の病気か尋ねると、おばさんは小さく若年性アルツハイマーと言った。

アツルハイマー・・じゃなくって、アルツハイマーかなぁ。

その言葉を頭で少しの間反復させると、おばさんに聞いた。


「それ直るの?」

するとおばさんは我慢の限界とでもいう様に泣き崩れた。

よく分からないなぁ。お母さんに聞いてみようとソファを立ってもおばさんは反応を示さなかった。

ちょっと気になったけど、幼馴染君の家を後にした。


自分の家に着くと、部屋に行って鞄をおろした。

それでシャワーを浴びて、ご飯と呼ばれるまで病気のことを忘れていた。

思い出したのは、食べながら見ていたテレビのおかげだった。


大々的にテーマとしてかかれた『若年性アルツハイマー』の文字に私は思い出した。

その文字はすぐ消えてしまったが、私は忘れぬうちにとお母さんに声をかける。


「ねぇねぇ、お母さん」

「ん?どうしたの?」

「あのね、  君さっきのやつになったんだって」


さっきのやつ?とお母さんが聞いてきたので、私は仕方ないなーと答えてあげる。

えっと・・なんだっけ。アルツ・・?あ、あ・・・そうそう!


「アルクハンマー!!」

私がそう言うと、お母さんは一瞬呆けて考え込んだが、みるみるうちに顔が青ざめていった。

そして急いで電話の方に向かっていった。

テレビの音声が、こう告げた。

『若年性アルツハイマーにかかるのは主に50歳以上であり、10代でかかるのは極まれなのです』

極まれ。たしか少ない人数って意味だったはずだ。

それを聞いて私は、やっぱり幼馴染君はすごいなぁと思った。



それから3ヶ月くらいすると、幼馴染君は学校に来なくなった。

どうしたんだろうな、と病気のことなんか忘れて思っていた。

すると携帯が鳴った。ピリリリ。

なんでマナーモードにしてないんだろう、と思ったけど、最近お母さんにマナーモードにはするなと言われていたのを思い出す。

先生もそれを聞いていたのか、何も言わなかった。

教室を出て電話に出ると、おばさんから病院に来るようにとメールがあった。

すごく慌ててたのか、びょういんではなくて、びよういんになっていた。


私は先生にメールを見せると、先生は慌てて病院に行くように言った。

私は不思議に思いながらも、急げといわれたので走って病院に行った。

途中で病院の名前を忘れたので、近くの人に聞いた。

もっとも、最初から病院の名前は書かれていなかったのだけれど。


病院に着くと、ベッドで幼馴染君は目を閉じて眠っていた。

お昼寝かなぁ、いいな、私も寝たいな。

走ってすごく疲れた。息がすごく乱れてる。

そんな他人事のように思いながら、私は倒れた。




目が覚めると、真っ白な天井が目に入った。

よく状況がつかめなかったけど、部屋に入ってきた看護師さんが説明してくれた。

「過呼吸で倒れたんですよ、どれだけ走ってきたんですか」

学校名を言うと、看護師さんは驚いて、それは倒れますよと言った。

そういえば、幼馴染君はどこだろう。お昼寝してた気がする。

羨ましすぎて覚えてるぞ。あ、でも私もしたんだった。

幼馴染君、まだ起きてないのかなぁ。早く遊びたいなぁ。

最近全然会ってないもんね。


「  君、起きましたか?」

笑ってそう言うと、看護師さんは目を見開いて悲しそうに顔を俯かせた。

んん、なんだろう。

それから何故か脳の検査をした。

記憶障がいって、そんなの無いんだけどなぁ。

そう思ってたけど、それはちょっと違ったらしい。


「お子さんは  君が亡くなられたショックで記憶を無くしたのかと思っていましたが・・・まさか、こんなものが見つかるとは。小さいときは?病院には連れて行きましたか?」

お母さんが泣きそうな顔で首を振った。

途中から病室に来たので、いまいち話がわからない。

そんな私を見て、お医者さんの先生が説明してくれる。


「お嬢ちゃんは、小さい頃、40度以上の熱を出したよね?」

私は曖昧に頷いた。なにせ、あんまり覚えてないのだ。

それを気にせずに話を進めていく。

「その時に、テーブルの角で頭を打ってしまったらしくてね。何の異常もなかったから病院には連れて行かなかったようだけど・・・今、脳の検査をして、お嬢ちゃんに障がいがあることが分かったんだ」


・・・。

へぇ、ふぅん、そう。

頭に思い浮かぶのはこの言葉だけだった。

だって何の障がいかも分からないし、内容も難しかったから。

ただただ私は、必死に難しい言葉を紡ぐお医者さんと、泣いているお母さんを見た。

そんなことはいいのに。



私は、  君と遊びたいのに。










あれから、一年が過ぎた。

よく分からないけど、私は養護教室ってところに入れられた。

物覚えが悪かったのも、障がいのせいらしいけど、やっぱりよく分からない。


思い出を振り返ってみて思った。



あれ、今日は何の日だっけ。





読んでくださってありがとうございます。

随分後味が悪そうな作品となってしまいましたが、元々こういう話と決めて書いていました。

ご理解ください。


ちなみに、「  君」というのは、既に幼馴染君の名前を主人公の女の子が忘れていることをあらわすためです。

そういえばこの作品、誰の名前も出てきていない気がしますが、気にしないでください。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 障害をもつ主人公の心の動きを明確に描いており、それでいて、事実としてどういうことが起こっているのかもよく分かりました。 長さ的にもちょうど良かったです。 [一言] 障害という一歩間違えば…
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