中
そんなのでよく生活していけるな、とよく大学時代の友人には言われるが、今のところは問題がなかった。
私の住んでいる家、田上家の前当主は生前、たいへん有名な小説家であったらしく、数多くの名作を世に送り届けたようで、そのおかげで多額の資産を所有したらしい。
ただ、今から十年ほど前に四十二歳の若さで心臓をやられ、なんとか一命は取り留めたが、その後翌年の三月、ちょうど今頃の春を迎えた時期に病態が急変し、その二日後に帰らぬ人となった。
生前、その男―――田上鈴彦は結婚はしていたが、子供はいなかった。妻である田上真紀子―――今朝に声を掛けてきた着物の女―――は、先天的に子が産めない体のようで、そもそも鈴彦からの結婚の申し入れは当初は断り続けたという。
しかし、彼女に惚れ込んでいた鈴彦は断り続ける真紀子氏に対して、彼女の身体の事を知りながらも諦めるということをせず一年以上もの間、プロポーズをし続け、根負けした真紀子氏がとうとう承諾して、めでたく夫婦となった。真紀子氏、十六歳、鈴彦、三十歳の頃だ。
だが、当然…という言い方は悪いが、二人の間には子供が生まれなかった。そして、十二年後、倒れ一命を取り留めた鈴彦は、自分の寿命を悟ったのか、複雑かつ唯一の後継者である私、旧姓中村宗一郎を家族として向かい入れた。
当時、十五歳であった私は、その話を聞いてワケが分からなくなった。
隠し子、とでも言えばいいのだろう。鈴彦氏は結婚する三年前に旅行先で出会った女と一夜を共にした。ただ、お互い深い関係になるつもりはなかったらしく、連絡先などはお互い告げず、名前だけを共有した。その後、妊娠が発覚した私の母は、誰の手も借りず女手一つで私を育て続けてくれた。ただただ、母としての愛を全力で注ぎながら…。
けれど、私が五歳になった時、事故により亡くなった。子供だった私は、何の事故だったのか理解できず、今でも何の事故だったのかわからないが、周りには見知らぬ人しかおらず、母も居ない状況に、ただただ泣いて、悲しんでいた。
そんな不安と悲しみで一杯になっていた私を、同じように涙を流しながら抱き寄せた人物が居た。
“すまない”
その人物は、壊れたレコーダーのように、その言葉だけを何度も耳元で呟いていた。
その十年後に知ったのだが、その人物というのが田上鈴彦だったのだ。
彼は、新聞に載る母の名に驚き、そして、葬儀に駆け付けたらしい。…これは知る人がいない今となってはわからないが、おそらく、その葬儀に出向いた時、鈴彦氏は私の存在を知ったと思う。実際、その後に私は孤児院に預けられることになったが、そこの保母のような人たちからは他の子供より手厚い待遇を受けた。…おそらく、鈴彦氏が援助か何かしたのだろう。
ただ、少しおかしな話ではある。私に対して鈴彦氏が援助をしていたとするならば、なぜ、そんな回りくどいことをするのか。そもそも、私に援助したということは私を“息子”として認知したという事だと思う。それなら、孤独の身となった私をその時に家族として向かい入れればよかったのではないかと考える。が、よくよく考えてみれば、当時鈴彦はまだ、結婚してから二年しか経っておらず、そんな時に隠し子がいたなんて妻である真紀子氏に言えるはずなく、こういった形でしか息子を助けることはできなかったのだろう。
まあ、真紀子氏がその事実を知った時は、「なぜ、もっと早く話してくいれなかったのですか?」と言い、続いて「この子がかわいそうで仕方がない」と、田上家に連れられて、動転していた私を抱き寄せ、涙目になりながら夫を罵倒した。
……油断していたのだろう。
私は真紀子氏に抱き寄せられた瞬間、涙が止まらなくなっていた。あの母の葬式の時の様に、ボロボロと崩れたのはよく覚えている。
そして、その時の父親である鈴彦氏はともかく、血のつながりのない真紀子氏は、本当に我が子の様に迎え入れてくれた。
(……もう十年、か)
高校に上がると同時に、この街へやってきて、大学は県外だったため、おおよそ六年間この家に住み着いている。そして、今日も今日とて自分のアトリエに籠り、完成前の作品を仕上げることなく、絵の前に座り泥水を啜っている。
正直にいえば、絵を描くどころではなかった。ここまでくれば、後二、三日で仕上げることができるのだが、どうも筆を取る気になれない。こういう時はたまにある。だが、一日以上何もしないというのは今までなかった。
理由は簡単である。
彼女が―――諸石 真紀菜が私の作品を見に、この家に訪れる事に昨日からその事が頭から離れず、どうしたものかと悩み喘いでいるのだ。
どうにか、理由をつけて別の日に…と考えはしたが、それでは根本的な問題が解決しない。かといって、拒むのはどうかと思えた。どうやら、私は彼女に対して無碍にできないようだ。もし、拒んでこれから話したりする上で溝でもできてしまえば、これからあの事務所に行き辛くなるという事もあるが、いつも見ている彼女の笑顔が一生見れなくなってしまうのは、どうにか避けたい。彼女は私にとって唯一心の清涼剤なのだ。
けど、自分の絵を見られるのも避けたい。彼女はああ見えて、利口なところがある。それを考えると、どうあっても見せるわけにはいかない。いや、見せるコト自体はいい。だが、絵の感想を言われるのはダメだ。もし、芸術品としての評価されて、それが自分の思惑と違う――いや、“正しかった”のなら、私は……。
「宗一郎、ちょっといいかしら?」
と、小屋の扉をノックした後に真紀子氏の声が聞こえてきた。時間を見てみると、もう昼過ぎになっていた。
まだ、朝起きてから一時間程度しか経っていないと思っていたが、気付けば四時間も悩み続けていたらしい。
「宗一郎?」
返事がないから再度呼びかけられ、そこでようやく返事をしてアトリエの扉を開いた。
「作業中にごめんなさいね。 邪魔しちゃったかしら?」
「いえ、大丈夫ですよ。 …それで何か、用なんですか?」
ええ、といつも通りの笑顔をこちらを迎えてくれた。
「お買い物に行ってくるので、留守番をお願いしたかったのですが……これから出かける予定でもありました?」
一瞬、顔を俯かせて彼女のことを考えたが、道は知っていると言っていたから迎えに行くことはないだろうと思い、特にないですと顔を上げて答えると、真紀子氏は何か面白かったのか口に手を当てながら笑っていた。
「あ……ごめんなさい」
こちらが不思議そうに眺めていると、それに気づいた真紀子氏はハッとした顔をした。
「どうしたんです?」
「ええ、あんまりにも宗一郎の仕草が鈴彦さんに似ているもんだから、つい、思い出しちゃって…」
「仕草?」
「あら、気付いてなかったの? 鈴彦さんは何か考えてると、宗一郎がやったように手で顎を擦る癖があったんですよ」
はあ、と生返事をするしかなかった。鈴彦氏の記憶は私の中にはあまり印象深く残っていなかったからである。
私がこの家で住むようになってからの鈴彦氏は、いつも縁側でぼんやりと煙草を吹かしながら座っているイメージしかなく、彼との会話はほとんどなかった。会話のきっかけがなかったと言えばいいのだろう。
もしかしたら、病床につき、だんだんと弱っていく父親を見たくなかった私が自然と鈴彦氏を避けていたのかもしれない。
「まあ、宗一郎も鈴彦さんと同じ芸術の才能を持って生まれたのですから、似ていてもおかしくありませんね」
「…はあ」
留守番おねがいしますね、と告げて玄関を潜る真紀子氏の後姿は、普段は感じない活き活きが感じとれた。
正直、あの歳であの綺麗さは反則なのに、今みたいな眩しさが加わったのなら、そこいらの男が放って置かないのではないだろうか。
こう思うのは自分だけ? と真紀子氏の年不相応の魅力に頭を傾げていると、自宅の呼び鈴が鳴った。と、すっかり忘れていた問題を思い出し、もう逃げ場はないと悟った。
玄関に向かうと、そこには予想通り彼女が門の前に立っていた。
「こんにちわ、田上さん。待ちきれなくて、ちょっと早く着いちゃいました」
「あ、ああ、構わないよ」
お邪魔します、と少し飛び上がって敷地内入った彼女は、キョロキョロと辺りを観察していた。
「へぇー、ここが田上さんの家なんですね。なんというか、古風な上に大きいっ。―――あ、庭に二本も木が生えてる」
無邪気にはしゃぐ子供を見ているようだ。
彼女は目に見えるモノ全てに興味を示し、次々と家の周りを散策していく。何が面白いのか、わからない私には彼女の姿が眩しく映った。
「すごい、すごいっ。田上さん家ってお金持ちなんですね」
だいたい見終わったのか、私の下へ戻って来る彼女は、あれだけ動き回ったというのに息一つ切れていなかった。
「……まあ、そういうことになるのかな。 それにしても真紀ちゃんは若いね。見ていて自分の年を実感したよ」
「何を言っているのです。田上さんだってまだ二十代じゃないですか……」
と。何か思い出したのか、彼女は少し不安げな顔をした。
「…そういえば、ここに来る途中、着物を着たすっごい美人の女の人見かけたんですよ。なんだか、反則みたいな綺麗な人で……その、他意はないんですけど、そんな人、近所に居ますか?」
彼女の言った着物に美人の女で、誰であるのか推測できた。そして、自分だけがそう思っていたわけじゃなかったんだとわかった。近所で着物を着る女性なんて、私が知る限りでは一人しかいない。
「着物を着た女の人だろ。 うん、知ってるし、よく話すよ」
こちらの反応を見て、彼女は難しいそうな表情になった。
「…そうですかぁ。 …うぅ、なんか見た目もそうだけど、論理的にも勝てない気が……」
論理的? ああ、確かに真紀子氏の綺麗さは論理的におかしいな。
「とりあえず、お茶でも飲む? 確か竹屋の団子があったから…」
「いえ、まずは田上さんの絵を見せてくださいっ」
ずいっと、顔をこちらに近づけてきた。その表情は真剣そのもので後ずさる。
「わ、わかった」
思わず返事を返してしまい、後悔する。もともと、そういう約束だったが、全然心の準備も出来てはおらず、のしかかる不安に足取りは重かった。
アトリエの扉を開け、彼女を招き入れる。
「物が溢れてて汚いけど…」
と、喋ったのだが、彼女は気にすることなくアトリエの中へ入ってくると、中の匂いが気になるようでクンクンと嗅いだ。
「この匂いって……」
「大丈夫? この匂いで気分悪くなる人がたまに居るんだけど、気になるんだったら換気する?」
「大丈夫です。 それにこの匂いって田上さんの匂いだし」
「俺の匂い?」
「はい。初めて会った時から気になってたんです。 香水か何かな?って思ってたんですけど、この部屋の匂いだったんですね」
それは―――気がつかなかったな。普段、嗅ぎ慣れているせいで自分ではわからなかった。
「ごめん、気になってたんだね。次からは気を付けるよ」
「あ―――いえ、そういう意味で言ったのではなくてですね、その、気になってたっていうのは、田上さんの匂いだから気になってたというか…あの、その、私はこの匂いは好きですよ?」
ぎこちなく言う彼女は、なんだか可愛らしいブリキみたいだった。…気を使わせてしまったか。こんな風に普段の活き活きとした感じが見えないのはそのせいだろう。
「ありがとう。でも、もし、気になったらその時は言ったね」
そういうと彼女は不満気な顔をしたが、溜め息をして後、すぐいつもの顔に戻り、絵を見せてください、と言った。
少しの間、言葉に詰まりながらも、部屋の中央に白い布で被せられて置かれたモノを指さした。その先を見た彼女は、これですね、と言って白い布を握り、隠していた私の作品を露わにした。
「…………」
緑豊かな風景に青々とした空の光景、広大な土地には田んぼがあり、植えたばかりの苗木が季節を感じさせる。その奥には小高い丘に花も葉もない枯れたような木とそれを眺める女性の姿。周りは色が冴え冴えとしているのに……丘の色は沈んでいる。そのせいなのか、木の前に立つ女性は哀しげに見える。
白いキャンバスに描かれた私の作品、それをじっと見つめる彼女は真剣そのもので、すごく悲しい顔をしていた。
…何を感じているのだろう。
私の頭の中は、彼女が次の行動に移した後の事で足下が崩れそうな錯覚を覚えた。
これが―――これが本当に私が描きたかった絵? 私は描きたかったのは……母の絵だ。 しかし、この絵にいる女性は、私が描こうとした母ではない。この姿は―――
「――田上さん。…この絵に描かれている女の人はモデルが居るんですか?」
モデル―――。ああ、その人物は身近にいる。しかし、その人は私の本当の母ではない。
絵に描かれた女性は、私から見ればどうあっても、真紀子氏にしか見えなかった。
「―――ああ、居るよ。…けど、最初に描こうとした人とは違う人を描いてしまったけど…」
「…どうしてです?」
「それは―――わからない」
わからない。気がついたら、その人物を描いていた。無意識下といえばそれまでだが、その無意識というのがおかしい。
私にとって母とは、もう記憶も定かではない子供の頃に死んでしまった人物だけなのだ。
「でも、モデルがいて、その人を描いたのだから、なにか理由があるんですよね?」
「それもわからないんだ。…ただ、描いていたら、その人を描いていた」
なぜ、描いたのか。理由があるのか。私にとって、真紀子氏は書類上での母でしかないはずだ。
(……この子があなたの子だというなら、私にとって―――)
(……だから、あなたがなんというと私はこの子を……)
「……母さん……」
無意識のうちに口が動いた。
「えっ? なんです?」
彼女に訊かれて、私は自分でも少々おどろいた。
「あ、つまりその、この絵を描く時に決めていたのテーマが“母”だったんだ。桜の好きで、それも一緒に描いたつもりだったんだ」
「? それって、田上さんのお母様じゃない人を描いてしまったってことですか?」
「いや、そうじゃないんだ。 昔の方の母じゃなくて、今一緒に住んでいる母を描いてしまっていたって事なんだよ」
「え? え? どういう事です?」
「あれ? 大隈から何も聞いてない?」
「何をです?」
と、噛み合わない会話で彼女は私の家庭事情を知らない事に気がついた。
「…うーん、難しい話じゃないんだけど…そうだね。簡単に言ってしまえば、僕は“隠し子”ってヤツだったんだ」
「…隠し子って、よくお昼のドラマであるような?」
少し言葉を選ぶように、彼女は弱々しく訪ねてくる。
「だいたい、それで合っている。まあ、不倫でできてしまった子供ってワケじゃないけど…」
詳しく話そうか、簡潔に説明した方がいいか迷ったが、どっちにして同じだろうと思い、自分の思うままに語った。
いや、語るほどのことでもなかった。鈴彦氏が真紀子氏と結婚する前に別の女性と関係をもった時に出来たのが私であり、真紀子氏との間には子供ができなかった鈴彦氏が自分の死を悟り、母を失い身寄りのなかった私を正式に家族として向かい入れた、という内容でしかない。
この事を話したことのある人は、こぞって同情やら感傷やらを抱いて、さぞ辛かっただろう、悲しかっただろう、と言葉をかけてくれたが、私はそれが嫌だった。だって、それってまるで私が悲しい人間のようではないか。
ただ、彼女は私の話を黙って聞きながら少し目が潤んでいたが、彼女だったらそういう同情の念を抱いてくれるのは嫌ではなかった。
「……ごめんなさい」
彼女は、何か恥じるような悔やむような、そんな表情で頭を下げてきた。私は驚き、慌てた。
「ちょっと、頭上げてっ。別に真紀ちゃんが謝るようなことじゃないだろ?」
「でも、私…、田上さんの家に来てから色々無神経なこと言ってしまったし…」
……本当に参った。自分の話でこんな事になるとは思わなかったし、彼女は勘違いしているが、そんなつもりで話したわけではない。
とにかく今の状況をどうにかせねばと、考え、彼女に顔を上げてもらって絵の感想、評価をしてくれと施した。
彼女は俯き加減で、それでもなんとか口を開いてくれた。
「……素人目なんで、細かいところはわかりませんが……印象的には、この女性に対して強い思い、なのかな。そういうのを感じました」
…強い思い。あまりピンとこなかった。
「それと気になったのが、どうして、この木だけが枯れたように描いているのか、ですかね」
「ああ、それはね。 庭にある二本の木があっただろ? あれは、片方は元々植えられていたイチョウの木で、もう一本が桜の木なんだけど、もうかれこれ二十年以上も経つのに未だに花を咲かせないんだ。 それもあって、その桜の木だけ、そういう風に描いたんだ」
「…おかしいですね。確か桜って二、三年もすれば花を咲かせるはずなんですけど……病気なんですかね?」
「どうだろう?。何度か見てもらったって言ってたけど、特に異常はないみたいで、遺伝子的な部分が原因じゃないのかって話してたな」
それを聞いた彼女は、アトリエを飛び出し、桜の木へ駆けていった。
少し、元気になったかな? と彼女のアクティブさにホッとしながら、私も桜の下へ向かった。
「異常は感じられませんね」
そう言う彼女は桜の幹に抱きつき耳を当てて、まるで木の脈動を聞いているようだった。
「わかるの?」
と、問いかけつつ、そんなにくっ付いて大丈夫だろうか、と少し心配になった。聞いた話では、桜の木には虫やダニがいっぱい付いていると耳にしたことがあるからだ。
「いえ、木のお医者さんじゃないんで全然わかりませんけど、こうしてみると生命の息吹を感じるから」
なんとも私にはわからない感覚である。ただ、生命という点では、この桜の木からはどことなく感じられる。
樹齢21年。初めて見たときは、ここまで大きくなかったが、今では大木と言えるほどに成長している。そう、生きている。後、十年二十年もすれば手の付けれない程の大きさになる、と思わせる何かを感じた。
一際強い春の風が庭に吹き付けた。すこし、埃っぽさを感じて目を細める。
彼女のうなじをくすぐるように風でなびく髪。それが気になるのか、頬を緩ませてふっくらとした唇を動かす。閉じていた目は、ただ大木の息吹を感じながらゆったりと開き始める。
「…絵の評価ですけど…」
そう、静かで消えそうな声がした。
「…田上さんらしい生命力を感じて、なんだか悲しくて、醜くて、それでいて優しい絵なんだと思いました」
「……それって評価って言わないよね?」
なんとか聞き取れた私は、彼女の評価が感想でしかないと思った。
「なんですか? はっきり言ってほしいんですか?」
「……いや、そういうことじゃなくて……」
聞きたいような、聞きたくないような、逃げたくなる感覚に囚われた。
そんな私を見てか、彼女はクスリと何処かで見たことがある微笑をした。
「聞きたかったら、早くあの絵を完成させてください。あれって、まだ、仕上がってませんよね?」
そう言われた私は驚きを隠せなかった。
「よくわかったね」
「はい、だって―――」
嬉しそうに顔を綻ばせながら、私の近くにくると、下から覗き込むように身体を屈んだ。
「手で顔を擦りながら、あの絵を見てたんですもん。考えてたり、悩んでる時はいつもそうしてますよ?」
ここにも私の癖に気づいていた者がいた。私は年下が相手だというのに一瞬、彼女が自分より上の存在だと思えた。
「宗一郎? どなたかお客様がいらしているのですか?」
と。私を呼ぶ声がして、そちらに顔を向けた。
真紀子氏だ。
買い物から帰ってきたようだが、その手には何も持っておらず、多分忘れ物でもしたのだろうと推測した。
「あら? …まあ、可愛らしいお客様ですね」
真紀子氏は嬉しそうに微笑いながら、こちらを見た。紹介しようと、彼女の方を見ると、何故か石造にでもなったかのように固まっていた。
どうしたのだろうと、声をかけようとした瞬間、
「…あ、あの時の美人さんだ―――――っ!?」
はち切れんばかりの絶叫を迸った。




