表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

水墨の宴

作者: 高原 薫

 人の宴の終局の

 黒衣の列と葬送の儀


 朝目覚めて頭垂れ、反芻したあの頃の

 夕べに枕に顔埋め、今日を思いしあの頃の


 全て颯々流れ去り、峠の頂振り返る……



 おはよう私の終末。

 一昨日は色々な人に挨拶のできた日曜日でした。

 あなたは訝しげに私を見ていましたが、自分の事は自分が一番わかっているのです。

 もう終わりが見えているのに、あたかも其の終わりを忘れさせる、あなたのその言葉、とても温かいですね。私はあなたへの不義理にはなりますが、自分の生をまじまじと眺めたく思います。


 長く自分は感じていましたが、人にはまだまだ若いとか言われるかもしれませんね。でも実際の長さよりも、どう生きて何を感じ、何を以って幸福や充足を感じるか。その方が随分と大切な気がします。

 でもそれは私の幸せ。私以外の他人の幸せは、その人の生きる世界と時間の中にあるものですよね。私の思いはあなたやごく近い家族、そして喜びも悲しみも共有した仲間にしか感じ取れないものでしょう。その共感もあなたたちの眺める世界の中でのもので、たぶん私の本当の思いとは違うものかもしれません。もしかしたら、稀に思わず笑ってしまうほど共感するものなのかもしれませんがね。


 今はその様々な私の想像が何もかも心地よく感じます。

 唯一つ不満なのは、延命に長けた病院のベッドよりも、不具者が生き抜くには不自由極まりない、我が家の畳の上で大往生を成し遂げれない現代社会の窮屈さでしょうか。

 望む人には、路傍の死や腹上死さえも許容する世の中になってほしいものです。

私はそこまで極端な死に様は求めませんが、障子の向こうの落日と共に、静かに息を引き取れれば無上の喜びだったでしょう。

 もっとも私の独り言などは、去り往くものの愚痴と受け取っていただければ結構です。


 不平不満は山ほどありますが、自分の生あるうちに望みの全てが叶うものでもありませんし、仮に叶ったとて、それはそれで面白みのない人生ですね。なにせ終りなき山越えを続けるのが人生の醍醐味なのですから、終点の明確な人生ほど物悲しいものはないでしょう。



 さて、窓の外に薄明かりが見えます。窓越しにも動き出す町の気配が感じられるようになりました。私が寝息を立てるまで見守っていた家内が寝言を呟きました。

 そろそろお暇してもいいですかね。人にこう尋ねれば、まだまだいかんと怒られるでしょう。

 とはいえ人生の味は、生きた長さで全ては測れませんしね。もう立ち去ることにします。私は誰かに自分の人生がいいものだったと伝えることが出来ました。皆さんも、そういう人生であるようお祈りしておりますよ。



 死者の宴は生者への手向け

 寄る辺に集う魂に、最後の勤め果たすもの

 縁遠のき奴輩が、死者の名にて邂逅す

 或いは遠き贖罪を

 或いは遠き後悔を

 人の心に火を灯す


 了 


 とある方の葬儀に参列しました。有力者や実業家の弔辞が続き、会場を普段目にする葬式とは桁違いの人々が埋めていました。

 生前短く言葉を交わした程度でしたが、そんな人の知己を得たことを嬉しく思い、喪失感に打ちひしがれもしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ