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最終話 明るい未来の物語

 ***


 ____ガチャン!


「おかあさま〜! わたくし、新しいネックレスがほしいです!」


 ……突然仕事部屋の扉が開かれて、扉の向こうから小さくて可愛らしい私の娘・レイラが飛び出してきた。


 私はペンを一度机の上に置いてから、娘を膝の上に抱き上げる。


「あらあら、先週買ってあげたばかりでしょう?」

「でも、わたくしもおかあさまみたいに、素敵なネックレスが欲しいの! そのネックレスをつけているおかあさま、すごく素敵だから!」


 そう言ってレイラが指さしたのは、首元に輝くアメジストのネックレス。





 ____このネックレスを貰ったのも、もう随分昔の話ね。


 今はもっと高価なネックレスや首飾りをたくさん持っているし、社交界に顔を出す時にはそれらを身につけているけれど……。


 家にいる時は、このネックレスを身につけるようにしている。

 若かった自分への、戒めの意味も込めて。


「ふふ、ありがとう。でもこれは貴女のお父様にもらったものだから……そうね、明日のマナーレッスンで満点をもらえたら、お父様におねだりしてみたらどうかしら?」

「うん! わかった!」

「今日はせっかくビアンカが来てくれているのだから、沢山遊んでもらいなさい」

「はーい!」


 私がそう言うと、レイラはパッと顔を輝かせて部屋を出ていった。


 その可愛らしい表情に、思わず笑みが零れてしまう。






 ____あの結婚式から、気付けば十年の月日が経った。


 私には現在、五歳の可愛い娘・レイラがいる。

 もちろん父親は、夫であるユージン・キャントレル伯爵だ。



 結婚式の帰りに交わした、「初夜は一年間お預け」という約束を、ユージンはちゃんと守ってくれた。


 それどころか、私が伯爵家で苦労しないよう様々な気遣いをしてくれて……。

 数年かけて、私への償いと信頼回復に務めてくれた。


 いつだって私を第一に考えてくれたし、社交界で私が失礼な言葉を浴びせられた時なんかもすぐに庇ってくれて……。


 伯爵家にいる間も、好きな花を部屋に飾ってくれたり、一緒にお菓子作りに挑戦したり……。


 少しずつ、少しずつ私達の仲は近付いて行ったのだ。

 


 本来なら「跡継ぎはまだか」と急かされるのでしょうけれど……お義母様達も事情を把握してくれていたおかげで、温かく私達を見守ってくれたのもありがたい話だわ。




 そして六年前、ユージンが若くして爵位を継いだ日のことだ。

 その時にはもう、私達の間には立派な夫婦の絆が生まれていた。


 この頃には、私は自然と彼のことをユージンと呼んでいたし、彼は私をベルと呼んでくれるようになった。


 だから、一年どころか五年お預けにしていた夜をその日に解禁して……無事に私達は、子宝に恵まれることが出来たのだ。


 娘のレイラを妊娠中、ユージンは私の身体を常に気遣ってくれて……。

 ここまで人って変われるのね、と感動してしまった。


 産まれてからはすっかり子煩悩になっちゃって、大好きな娘を抱っこする時間が一番幸せみたい。


 ……本当に、結婚前のユージンとは別人みたいでしょう?



 まぁ、幸せになった今では……あの頃のユージンも、初々しくて可愛く思えるわね。

 もちろん、あの頃の傷が完全に癒えたわけではないけれど……。


 でも今では、笑い話にできるくらい幸せよ。




 ____そんな風に思い出に浸っていると、レイラが再び仕事部屋に入ってきた。


 何か伝え忘れたことでもあるのだろうか?


 不思議に思ってレイラに近付くと、レイラは何やら少し分厚い本を持っている。


 どうやら、大衆小説のようだわ。


 ……レイラには、少し難しいんじゃないかしら……?


 そんな私の考えが表情に出ていたのだろう、レイラが本を興奮した様子でズイッと私に差し出してきた。


「ねぇねぇ、この本、おかあさまとおとうさまがモデルになってるって、ほんとうなの!?」

「え? この本が? ふふ、流石にそんなわけはないと思うけど……読みたいの?」

「うん、あのね、いますっごく人気の本なんだって! わたくしにも読めるかなぁ?」

「う〜ん……見たところ令嬢や貴婦人向けの恋愛小説みたいだし、レイラにはまだちょっと早いかもしれないわね?」


 私がそう告げると、レイラはしょんぼりと肩を落とした。


 ……本当は読み聞かせをしてあげたいけれど……。

 実際レイラにはまだ早いだろうし、何より私自身が恋愛小説を余り好まないのよね……。


 なんでかって言うと、自分自身の恋愛を思い出してしまうからなのだけれども。


 私が申し訳なく思いながら断ると、レイラは爛々と輝く瞳で私に本をもう一度差し出した。


「じゃあ、おかあさまによんでほしい!」

「えぇ? 私は大丈夫よ、お仕事もあって読む時間がとれないし……本を読む時間があったら、少しでもレイラとお話ししたいもの」

「でもでも、この本を書いたのってね……!」


 ____ガチャン!


 ……そうしてレイラが何かを言おうとした時、再び勢いよく部屋に誰かが入ってきた。


「レイラったら、お姉様のお仕事の邪魔をしたらだめでしょう? ほら、私と一緒にお庭で遊びましょう、ね?」


 ビアンカだ。

 二十六歳になったビアンカは、現在メイウェザー子爵家の女主人として、バリバリ事業を展開している。


 結婚はまだしていないみたいだけれど……必要になれば、婿養子を迎えることになるだろう。


 今日は忙しい中、伯爵邸に遊びにきてレイラの相手をしてくれている。


「ビアンカ、苦労をかけるわね。助かるわ、ありがとう。ちょっと最近忙しくて……」

「ふふ、お姉様の頼みでしたらいくらでも! あまり無理はしないでくださいね? ……さぁレイラ、お庭に戻りましょう!」

「はーい!」


 ビアンカがペコリと会釈をしてから、レイラを再び外に連れ出してくれた。


 ____幸せだわ、と思う。


 こんな日々がいつまでも、続きますように。

 ……いいえ、未来は祈るものではなくて、自分で作り上げるものだったわね。



「……こんな日々がいつまでも続くように、これからも頑張らなくっちゃね」



 私はそんなことを呟きながら、仕事に戻ったのだった。



 ***



「全くもう、レイラったら……あのことは私とレイラだけの『秘密』って、約束したでしょう?」

「うぅ〜……でもでも、おかあさまにもよんでほしかったんだもん!」

「ふふ、気持ちは嬉しいけれど……。だめよ、私が小説家ってことは、お姉様達には内緒にしているんだから」

「はぁい……」


 レイラはわかりやすく、悲しそうな表情になる。

 その表情がなんだか可愛くて、つい甘やかしたくなってしまう。


 だって、大事な姪っ子だもの。


「もう、拗ねないの。代わりに、私がこの本を今から読み聞かせしてあげる」

「ほんと!?」

「本当よ。自分の書いた本を音読するなんて、初めてだからちょっと恥ずかしいけれど……。ほら、お膝の上に座って?」

「うん! じゃあね、この本のおなまえからよんでほしい!」

「ふふ、わかったわ。じゃあ、タイトルからね……」


 私は小さく深呼吸をして、口を開いた。


「…………『本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました』」

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