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三十話 失くしたくない

 賑やかな街を、二人で静かに歩く。


 ……空気が重いな。


 やはり、気に入らなかったのだろうか。

 ……ベルナデッタには、他に欲しいジュエリーがあったのかもしれない。


 それを、私の判断で……しかもついでのように贈ってしまった。


 何か、さっきの失言のフォローを入れなければ。

 私も、姉上のように婚約を破棄されそうになるのではないか?


 ____そうなったら、ベルナデッタを失ってしまうことになる。そんなの、絶対に嫌だ。


 そう思って声をかけようとしたが、ギリギリのところでベルナデッタに先を越されてしまった。


「ユージン様、もしよろしければ……先程のネックレスを今つけたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……気に入ってくれていたのか?」


 恐る恐る聞くと、ベルナデッタは困ったように笑って言った。


「当たり前ですわ。せっかくですから……ユージン様に、直接つけていただきたいのです」

「…………わかった、なら、そこのベンチに座ろう」


 私達はすぐ傍にあったベンチに腰掛ける。

 それから、持っていた箱からネックレスを取り出した。


 ベルナデッタが髪をかきあげる。

 普段は見えていないうなじが大胆に露出されて、思わずドキリとした。


 ……いや、今はネックレスをつけることに集中しなければ。


 深呼吸をしてから、ベルナデッタの首元にネックレスを通す。

 すると、ベルナデッタが「ふふっ」と笑い声を漏らした。


「悪い、痛かったか?」

「いいえ、くすぐったくて……気にしないでくださいませ」

「そうか。…………よし、つけられたぞ」


 ネックレスをつけてあげるなんて、初めてだ。

 それも、自分が贈ったネックレスを……。


 ベルナデッタは、気に入ってくれただろうか?


「……女性にアクセサリーをつけてあげるなんて、初めてだから……もし上手く出来ていなかったらすまない」

「いいえ、ばっちりですわ。本当に素敵なネックレス……ユージン様、ありがとうございます」

「……あぁ」


 ……思った通り、ネックレスはベルナデッタによく似合っていた。


 この調子なら、良いデートになるかもしれない、そう思った。

 私は、姉上のように失敗はしない。したくない。


 そんなことを考えていた時、ぐぅ……と隣から音が聞こえた。


 隣を見ると、ベルナデッタが恥ずかしそうに顔を手で覆っている。


 ____普段は美しいが、こういうところは愛らしいな。


「ご、ごめんなさい……お腹が空いてしまって……」

「……ふ、ははっ! そうだな、そろそろランチにしよう。ベルナデッタは肉料理よりも魚料理の方が好きなんだったよな」


 ベルナデッタがあまりにも愛おしくて、思わず笑ってしまう。


 穏やかな空気が流れていた時、ベルナデッタが控えめに尋ねてきた。


「うふふ、そうなんです、昔から魚料理が大好きで……。でも、そんなことユージン様にお伝えしていたでしょうか?」

「あぁ、ビアンカが手紙で教えてくれたんだ」

「…………え? 手紙……ですか?」


 ベルナデッタの表情が曇った気がした。


「ビアンカとは……そんなに頻繁に手紙を送りあっているのですか……?」

「あぁ、初めて手紙を送った時から今まで、月に一度送り合っている」


 特にやましいことは何もないのでそう答えると、ベルナデッタは感情をごっそりと落としてしまった顔をして、ぽろぽろと大粒の涙を零した。


 私は思わずギクリとする。


「……ベルナデッタ、泣いているのか……?」

「え?」


 なぜ、泣いているのだ?

 わからない。これじゃあ、私も姉上と同じじゃないか……。


「あ、あはは……そうみたいです」

「やはり具合でも悪いのか……?」

「……はい、なんだか気分が良くなくて……ごめんなさい、私もう、帰ります……!」

「待ってくれ! 送っていく!」


 ベルナデッタはそう答えると、突然馬車の方まで走り出してしまった。


 行きはキャントレル伯爵家の馬車に乗せていただいていたけれど、当然貴族である私達には護衛がついている。


 その護衛が乗っていたのが、メイウェザー子爵家の馬車だ。


「ベルナデッタ! 待ってくれ! そんなに走ったら身体に悪いだろう!?」


 全力で追いかけたが、追いつかない。

 ベルナデッタはそういえば、足が速いとビアンカの手紙に書いてあった。


 だが、あのドレスと靴で走るのは危険だ。

 転んだら怪我をしてしまう。




 私は走り続けたが、ベルナデッタが一足先にメイウェザー子爵家の馬車に到着する。


 それからすぐに、馬車を走らせていってしまった。


 ……私は、最悪だ。


 ベルナデッタのことが気がかりだったが、せめて私にできることはないだろうか。


 きっと泣かせてしまったことを謝るべきなんだろう。

 だが、私には何が原因でベルナデッタが泣いてしまったのかがよくわからなかった。


 姉上に散々「お前には人の気持ちがわからないのね」と罵られてきたが、あの言葉はあながち間違いではなかったのかもしれない。


 失意のどん底で私も馬車に乗り込み、伯爵邸まで帰った。




 ____それから少し経ってからのことだ。


 メイウェザー子爵家の護衛から、「ベルナデッタ様がネックレスを失くしてしまったらしい」と伝えにきてくれた。


 きっと、走っている時に落としてしまったのだろう、と。



 私にできることは、もうそれしかないと思った。


 私は急いで馬車を街まで走らせて、ベルナデッタのネックレスを探し回った。


 通りかかった人に「ネックレスを見なかったか」と聞いたり、時にはベンチの下や茂みに潜り込んで探したり……。


 服が汚れたり、怪我をするのなんてどうでもよかった。


 ただ、少しでもこれでベルナデッタが笑ってくれるなら。


 その一心で探し続けること数時間。

 私はなんとか日が落ちた後にアメジストに光り輝くネックレスを見つけることが出来たのだ。


 私はすぐにでもベルナデッタにネックレスを届けたくて、その足でメイウェザー子爵邸に向かったのだった。

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