二十九話 素直になれたらよかった
「わぁ、街ってこんなに人がいるんですね……!」
「ここは特に活気づいているからな。露店なんかもあるが……行ってみるか?」
「はい、ぜひ!」
馬車から降りた直後、ベルナデッタが楽しそうにはしゃいだ声を上げる。
こんな楽しそうな彼女を見れただけで、今日この街に来て良かった、そう思えた。
なにか面白そうな店はないかと思って当たりを見渡すと、そこには如何にもベルナデッタが好きそうなお菓子の露店があった。
ベルナデッタを連れて、そのポップな露店に近寄る。
そこには、色とりどりのクッキーが並べられていた。
「ユージン様は本当に、クッキーがお好きなんですね」
ベルナデッタがクスクスと笑いながら言うものだから、私はなんだか気恥ずかしくなった。
「前は、甘いものは控えていたんだ。でも……君のお菓子があんまりにも美味しいから、好きになってしまった」
____本当は、ベルナデッタが作ってくれるから好きになった訳だが……そんなことは言えるわけもなく。
私の言葉を聞いたベルナデッタは、何も言わなかった。
だが、その表情はいつもより嬉しそうに見えて……。
少しでも、真意が伝わっているといいなと、思った。
それからしばらく黙ってクッキーを見つめていたが、やはりベルナデッタが作るクッキーに比べると魅力を感じない。
結局私は何も買わずに、彼女に「行こうか」と声をかけた。
「購入はされないのですか?」
「……君の作るクッキーの方が、美味しそうに見えたから」
「あ、ありがとう、ございます……」
思わず顔を背けてしまった。
ベルナデッタは今、どんな顔をしているんだろうか。
気になるけれど、それを確認したら私の熱くなった顔まで見られてしまうから、振り向くことが出来ない。
まさか、こんなに良い雰囲気でデートできるなんて思っていなかった。
ベルナデッタも、少しは私に好意を持ってくれているのだろうか?
____いや、そんなことあるわけないか。
そう自嘲しながら、ベルナデッタの装いを見る。
ペリドットの首飾りに、緑のドレス。
ベルナデッタはいつも紫や赤のドレスを着ている印象が強かったから、なんだか今日の服装は印象が違って見えた。
だが、どんな彼女でも美しいことには変わらない。
「ベルナデッタは、緑色やペリドットが好きなのか?」
「はい。……その、ユージン様の瞳によく似てらっしゃいますから」
「……そ、そうか」
…………不意打ちだった。
心臓がまた、ドキドキと煩いほどに音を立てる。
顔が赤くなっているのがバレないよう、誤魔化すようにベルナデッタに問いかけた。
「それなら、この近くに良いジュエリーショップがあるんだ。寄ってみるか?」
「はい、ぜひご一緒したいです」
ベルナデッタが朗らかに笑う。
____ジュエリーショップ……か。
自分で提案したくせに、ふと姉上の顔が思い浮かんだ。
姉上は確か、ジュエリーショップで大喧嘩したんだったな。
そんなことを考えながら、店内に入る。
やはりこの店は品揃えが良い。にしても姉上は、一体どんな宝石を強請ったのだろうか……?
____いや、今はベルナデッタとのデートなんだ。姉上のことを考えるのはやめよう。
そんなことを考えながら店内を歩いていると、私は一つのアクセサリーに目を奪われた。
紫色のアメジストが見事に輝いていて美しい、ベルナデッタの瞳を連想させるようなネックレスだ。
「ユージン様は、こういう色がお好きなのですか?」
静かにそのネックレスを眺めていると、不意にベルナデッタが尋ねてきた。
私は焦りながら、どう答えるべきか必死で考えた。
まさか「君の瞳によく似ていると思ったんだ」なんて答えたら、引かれてしまうかもしれない。
そう思って、少ない交友関係の中でなんとか絞り出した名前を挙げることにした。
「いや、その……この紫の宝石の色が…………ビ、ビアンカによく似合いそうだなと思ったんだ」
……あまりにも苦しい言い訳だ。
どう考えても、このアメジストはベルナデッタの瞳そのものだというのに。
……すると、ベルナデッタはスっ……と無表情になってから、小さく口を開いた。
「……お言葉ですが、ビアンカにはピンクダイヤモンドが一番似合うと思いますわ」
____考えたこともなかった。
そうか、確かにビアンカの瞳も髪もピンク色をしている。
……そういえば、姉上が「せっかくなら妹にもお土産を買ってあげたらいいじゃない」と嫌味ったらしく言っていたな。
「……そうだな。なら、ビアンカへのお土産は隣にあるピンクダイヤモンドのネックレスにしよう。せっかくだから、このアメジストのネックレスは君に贈るよ」
____しまった。これではまるで、ベルナデッタがついでのような言い方じゃないか。
ベルナデッタとビアンカは仲の良い姉妹だ。
お揃いのネックレスをあげたら、きっとベルナデッタも喜んでくれると思っただけなのに。
だから、誕生日にはいつも色違いのプレゼントを用意していた。
私が憧れている姉弟仲を体現したような姉妹には、仲良くしていてほしかったんだ。
それが傲慢な願いだと、心の底ではわかっていたけれど。
____ベルナデッタは何も話さない。
さすがに心配になって、「具合でも悪いのか?」と相変わらず気の利かない言葉を発する。
そんな私の問いかけに対し、ベルナデッタはにこやかな笑みで「なんでもございませんわ。ユージン様からの贈り物、とても嬉しいです」と答えた。
私はようやく笑ってくれたベルナデッタの様子を見て、ほっとしながら購入したばかりのネックレスを渡す。
____彼女がこの時既に泣きそうになっていたなんて、疑いもせずに。




