二十八話 今日も空回り
馬車から降りて子爵邸に向かうと、まるで女神のように美しい女性が出迎えてくれた。
____ベルナデッタだ。
初めて見た緑のドレスがよく似合っていて、思わず目を奪われる。
だが、女性の褒め方なんてわからなかった私は結局気の利いた台詞なんて何も言うことができなかった。
こんなに美しい彼女が見れるなら、約束の時間より早く着けば良かった。
でも、楽しみにしているのが私だけだとしたら、準備を急かすようなことになってしまうから……。
やはり、時間ぴったりに到着したのは正解だったかもしれない。
「……それでは行こうか、ベルナデッタ」
「はい、ユージン様」
ドキドキと煩い心臓に気付かないフリをしながら、ベルナデッタと共に馬車へと乗り込んだ。
こんな風に女性をエスコートしたのは人生で初めての経験だが、上手くできていただろうか。
こんなことなら、両親にデートで女性を喜ばせるコツを聞いておくんだった。
……いや、あの両親のことだから、あまりあてにならないかもしれないな……。
そんなことを考えながら、扉を閉めた。
二人だけの空間。
こんな狭くて近くにいたら、心臓の音が聞こえてしまうのではないかと不安になった。
すると、ベルナデッタが手に持っていた小包を広げる。美味しそうな香りが馬車内に広がった。
クッキーだ。それも、私が大好きなベルナデッタの手作りクッキー。
私は嬉しさが声に滲んでしまわないように、平静を装ってベルナデッタに問いかけた。
「今日も用意してくれたのか」
「はい。ユージン様は、クッキーがお好きなようですから、今日も張り切って作ってきたんですよ」
「……別に、好きなのはクッキーの方じゃないんだが……」
____私はクッキーが好きなのではなくて、大好きなベルナデッタが作るクッキーが好きなのだ。
どうやら、彼女にはただの甘党だと思われているようだが……。
「え? も、もしかしてマドレーヌなどの方がお好きですか?」
「そうじゃなくて……いや、そうだな……君の作るクッキーが、私は好きだ。ありがたくいただこう」
……これで、伝わるだろうか。
伝わっていて欲しいような、怖いから伝わっていて欲しくないような……不思議な気分だ。
クッキーを口に運ぶ。
今日のクッキーも、いつも通り……いや、いつも以上に美味しかった。
初デートで浮かれているからだろうか。
その一方で、ベルナデッタは窓の外を一人静かに眺めている。
しかも、その表情は私と話している時よりも楽しそうで……。
私はなんだか、それに酷く嫉妬してしまった。
「……ベルナデッタ、君は……私と話すことよりも、窓の外を見ている時の方がよっぽど良い顔をするんだな」
「……え?」
「いや、なんでもない。そろそろ馬車を降りる頃だ。クッキーも残り少ないし、食べ切ってしまおう」
「……そ、そうですね……」
ベルナデッタが気まずそうに俯く。
____どうして、いつもこうなってしまうのだろうか。
今日はベルナデッタが大好きなビアンカがいないから、私一人では彼女の笑顔を引き出すことは難しいかもしれない。
それでも、ベルナデッタに楽しんでもらえるように振る舞わなければ。
少しでも、彼女に振り向いてもらうために。
……馬車が止まった。
慣れない手つきでベルナデッタをエスコートして、二人で馬車を降りる。
先程まで晴れていた空には、暗雲が立ち込めていた。




