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二十二話 初恋

 あんなに女性に期待していなかった私が、こんなに簡単に恋に落ちてしまうなんて、全く想像していなかった。


 艶のある黒髪を靡かせながら、優雅な所作でこちらへ歩いてくる彼女に見惚れてしまう。


 正直、私は緊張していた。

 でもそれ以上に浮かれていたのだ。


 だから、初対面にも関わらず彼女の手を両手で包みながら、彼女に話しかけた。


「お初にお目にかかります。ユージン・キャントレルと申します」


 彼女は一瞬ぽかん……とした顔をしていたが、両親に挨拶を促されると慌てたように口を開いた。


「ご、ごめんなさい! つい、見惚れてしまって……。わ、私はベルナデッタ・メイウェザーと申します。ベルナデッタとお呼びください」


 ベルナデッタ。

 ベルナデッタ……。

 ベルナデッタ…………!


 名前まで美しいなんて、なんて素晴らしい女の子なのだろうか。


 彼女の名前を何度も心の中で呼びながら、一緒にテラスの椅子に腰掛けた。


 一緒にお茶を飲みながら、さて何から話そうかと考えていた時、彼女がコソッと何かを取り出して私に差し出してきた。


「このクッキー、よければ一緒に食べませんか……?」


 初対面の相手にそんな気遣いができるなんて、なんて素敵な子なんだろう。


「……私が相手でよければ、いくらでも。いただきます」


 ……この時ほど、自分の不器用さを恨んだことはない。

 本当は、すごくすごく嬉しかったのだ。


 私は丁寧に丁寧に、一枚目のクッキーを口に含んだ。


 ____美味しい……!


 思わず、「今まで食べたお菓子の中で、一番美味しい」と呟いてしまうほどに、そのクッキーは美味しかった。


 あっという間に完食した私の顔色を窺うように、彼女が問いかける。


「お、お口に合いましたか……?」

「……あぁ、すごく。君の家の調理人は、腕がいいんだな」

「じ、実は……このお菓子、私が作ったんです!」


 ベルナデッタの言葉を聞いた私は驚いたと同時に、酷く後悔した。


 自分はなんて勿体ないことをしてしまったのだろうか。

 彼女の手作りと知っていれば、もっと一枚一枚味わって食べたのに……と。


「君はお菓子作りの神様に愛されているんだな」


 後悔しながらも、ふと、思ったことを口にした。


 すると彼女は「ありがとうございます!」と言いながら、なんと私の手を掴んだのである。


 私は突然のベルナデッタからの接触に驚いて、「手を離してくれないか」と言うことしか出来なかった。

 本当は、彼女の手の温もりにドキドキしていたのに。


 ベルナデッタは私の言葉を聞いて、恥ずかしそうに俯いた。


「も、申し訳ございません……! その、あまりにも嬉しくて……。貴族がお菓子作りなんて、馬鹿にされてしまうかなと思っていたんです」

「馬鹿になんかするわけない。それは君の立派な特技であり、努力の賜物だ」


 ____自然と、口から出ていた言葉だった。


 思えば私は、貴族として必要なことしか身につけてこなかった。

 彼女のように、自分の好きなことを伸ばそうなんて考えたこともなかったのだ。


 だから、本心から感心してそう言った。

 それだけなのに、彼女はぽろぽろと涙を流しながら、心底嬉しそうに笑って言葉を紡いだ。


「ありがとうございます……! 私、あなたと出会えて本当によかったです」


 ____その台詞は、私の方だ。


 そう言いたかったけれど、彼女があまりにも泣くものだから……。


 女性の扱い方なんてよくわからなかった私は、ただ慌てることしか出来なかったのだった。

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